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「まだいるの? 感染者」
「多分、あと二人かな。他の人に感染さなければ…」
「前に、駅の近くの公園で見たことあるんだけど…。赤い目の人と、女の人」
…もしかして、あの時公園を走り抜けていった猛者はこいつか。あんな時間に薄暗い公園を通るなんて、女子として、もうちょっと警戒心を持った方がいいな。
「ああ、それは多分、化学の小田先生とクラスの沢村さん。ほら、定期忘れた日に教室にいた、あの二人」
「あの時、いちゃついてた相手は虎倉君じゃなかったの?」
え。
…まさか、そんな勘違いされているとは思わなかった。
「相手の男は一緒に出て行っただろ? 気がついてなかった?」
気がついてなかったのか…まじか。
俺はどういう奴だと思われてるんだろう。こいつの中で俺の印象、かなり悪い気がする。…いや、元々そんなもんか。
「沢村さん、…一時彼女だった人? だよね?」
「…あー、そう、だな」
まあ、どう考えても、女の子から見れば俺は結構最低の男だよな。沢村と付き合ったのが、小田先生と引き離すため、なんて言ったら、…俺、詰むよな。例え「吸血鬼退治のため」と言う理由があったとは言え。
「日和も…感染ってたんだよね」
「日和?」
…誰だっけ。
思い出せないでいたら、怖い顔になった。
「田村日和、彼女だったでしょ?」
「あ、田村ね。そんな名前だったっけ?」
うわ、露骨にあきれた顔された。ああ、田村と友達だったっけ。もう俺死んだ。
心の中では、自分は棺桶に入って埋められていたのに、三上は真実を言い当ててきた。
「彼女は、…口実? 感染者に接触するための?」
「…そういう時もある」
だが、それだけじゃない。
「…血、目当て、も、あり?」
もう、頷くしかない。言葉は出なかった。
いいんだ。俺はそういう男だ。
後腐れなく血をもらって、人の振りして生きていくしかない、ヴァンピールだ。
いつか誤解した人から銀でできた十字架の剣で刺されて、間抜けに死んでいくしかない、しがない人間もどきに過ぎない。
諦めと覚悟を抱いた俺に、
「…まあ、ほどほどにね」
その言葉は、あまりに意外だった。
ほどほどって…。認めるのか?
こんな、こそこそと人の血を吸って生きてるような怪物を、人間のおまえが、認めるのか?
「女の子をもてあそんだら、怒るよ。まあ、私が怒ったところで、何ちゃないだろうけど」
今なら、おまえに怒られるのが一番こたえる。
でも、もてあそぶ、と言われたところで、そんなつもりはない。
「向こうも、こっちの顔狙いで声かけてくるんだから、少々献血してもらったところでWin-Winだと思うけど?」
開き直った俺に、
「鳥のあれね、雄の方が派手で、格好が良い奴ほどモテて生存競争に生き残るって奴」
鳥!
あまりに奇妙奇天烈な表現に、もう降参した。面白すぎる。もう鳥でも何でもいいや。
「でも切実だよね。あなたの血が欲しいって言って、くれる人なんて、そういないもんね。顔でも何でも、使えるものは使わないと」
…そんなこと、言ってくれるな。もう…。もう、惚れてしまうだろ?
何なんだ。何でそんなに判ってくれるんだ。
どうせ俺は人にはなれない。人として生きることなんか諦めていたのに、今、俺はとてつもなく人間でありたいと思ってる。
このまま、隣にいていい存在でありたい。
「おまえは顔に引かれないよな…」
俺の捕食武器が効かない女だ。
表現は珍妙でも、俺を、俺の立場を否定しない。
ずっと心の支えだった、幼なじみ。
しかも、血は俺好み。
どうしてこんなそばにいたのに、気がつかなかったんだろう。
…決めた。やっぱりこいつ、俺のもんにするしかない。
ゆっくりと立ち上がった三上は、
「ごめんね、足止めして。あとのウイルス退治、よろしくお願いします」
と、まるで人類代表にでもなったかのように、残りの任務を押しつけてきた。
ああ、頑張るよ。自分のために。人のために。おまえのために。
「なあ、三上。…全員の『治療』が終わったら、俺と付き合わない?」
「やだ」
即答だ。いっそ潔い。
「事情は分かったけど、私、使い捨て、嫌だから」
「使い捨てにしない」
「…私、小さい頃から貧血気味だったの。多分、私だけじゃ足りなくなって、他の人の血も必要になっちゃうでしょ? そういうのって仕方なくても気まずいし、彼女になったら嫌だって思うだろうし。…やっぱり、健康で、自分を好きになってくれる献身的な人を選ぶのが一番じゃない?」
ちゃんと考えて出してくれた答えだ。…悪くない。
今日はともかく、普段は貧血はなさそうだ。小さい頃の貧血は、間違いなく俺のせいだろう。
他の人の血が必要にならない方法はないこともない。俺次第だ。
それに、他の人の血は吸わないでって言うのは、独占欲だ。母に言われて笑っていた父を思い出し、ようやくその意味が判った。
健康で、自分を好きになってくれる、…かは判らないけど、嫌われてはいない。そして献身的な人。…おっしゃるとおり。そういう人が一番だ。目の前に、そういう奴がいる。
「血はくれる気あるんだ。ふうん…」
じゃあ、他の人の血は必要ないようにできるってことを証明すればいい訳だ。
「じゃあ、今日の分のお礼と、残り全員の治療が終わったら、ご褒美が欲しい」
お人好しのぴかりんが断れないように持っていく。
「…まあ、内容によるけど、…いいよ」
条件付ながら、引き受けた。ほら。やっぱり俺のぴかりんだ。
はい、俺のにする、決定。
それなら、俺も本気を見せないとな。