7 出会さなければ良いだけです
入り口の扉を少しばかり乱暴に開けて入って来たのは、ぽっちゃり体型で生え際が後退気味の中年男性だった。
冒険者ギルド内をざっと見回した彼は、受付に真っ直ぐ歩み寄る。その鬼気迫る様子に、受付前に居たプリス達は場所を空けた。
「あの! すみません! 私はテビック・カーワーと申します。子供が、私の息子のアトスがこちらを伺いませんでしたでしょうか!?」
「お答えできかねます」
ココットは即答だ。
「伺ったかどうかだけなのですが……?」
「些細な事柄だとしても、個人に関することはお答えできかねます。これは冒険者でも、単なる訪問客でも同じです」
冒険者個人の所在を明らかにしては、時としてその冒険者の生命に関わる。元々命を狙われていた場合も有れば、冒険者を狙った襲撃の可能性も有る。このため、冒険者ギルドが冒険者の所在等を明らかにすることは無い。そしてこれに準じる形で、単なる訪問者に関しても明らかにしないようにされている。
「私の子供なのにですか!?」
「左様でございます。親族かどうかを客観的に判断する手段がございませんので、悪しからずご了承くださいませ」
親子関係だろうと何だろうと、二人が並んで互いに証言することで、赤の他人は「互いに言うのだからそうなのだろう」と判断できるだけだ。容姿がそっくりで親子にしか見えない場合も有るが、それとて並んでいればこそで、別々に見たのでは判断ができない。
「何とかならないのですか?」
「カーワー様がご子息に伝言を残されることは可能です。ご子息の可能性の有る方がお見えになった場合に、確認させていただいた上でお伝えいたします」
ココットは、可能性の有る人物全てに伝えることになるため、重要な内容は伝言しないようにと、付け加えて説明した。そしてこの伝言には当然の如く手数料が掛かる。
「そんな不確かなものには頼れません。こうなったら自分で捜します。お騒がせしました」
そんなテビックに、近くで様子を窺っていたプリスは危ういものを感じた。
「捜しに行くのはいいんだけど、どこを捜すつもり?」
振り返ったテビックはプリスの容姿に目を瞠る。これが顔形や肢体の造作から来るのか、服装から来るのかは、テビック自身にも判断の付かないところだろう。そしてそのプリスの押し出しの強さに気圧されたか、一歩引いた。
「それは……、きっと、町の外だと思いますから、町の外を……」
具体的な考えが無かったようで、答えはしどろもどろだ。
「魔物が出たらどうするつもり? あんた戦えるの? ううん、逃げられるの?」
「魔物に出会さなければ良いだけです」
核心を突いた問いをすれば、酷く楽観的な答え。どうして都合の悪いことは起きないと信じられるのかと、プリスは酷く切なくなる。
そして重ねて問う声音は愁いを含み、冷たくもなる。
「どうやって?」
「出会さなければ良いだけです」
「……」
二の句が継げない。こうも頑なに思い込んでいる相手に何を言っても無駄かも知れない。
それでもこの勘違いを払拭できないか、もう少し粘ってみる。
「それに、町から出た確証は有るの?」
「有りませんが、それ以外に手掛かりが無いのですから、仕方ないではありませんか」
恐らくテビックはアトスの父親で間違いないのだろう。だからと言って、プリスはアトスをワナッシに預けたのことをテビックに教えるつもりは無い。冒険者ギルドの方針に沿うからと言うだけでなく、テビックがワナッシに不利益を運びかねないためだ。自分の意に沿わない相手の行動なんて、沿うようにねじ曲げてしまえと、考えないなどと誰が断言できようか。
冒険者は中級下位までだと立場が弱い。多少の腕力が有ったとしても、権力や搦め手に掛かれば太刀打ちできない。自衛が必要だ。
だからワナッシに預けたことには触れず、アトスが居なかったものとして別の切り口で足止めを試みる。アトスが帰るまで足止めできれば何の問題も無くなるのだ。
「あんたの思い込みは手掛かりじゃないわよ。冒険者になりたいって言ってたのなら、いつかここに来るでしょ。それを待ち構えていた方が何倍もマシよ」
「待ってなんて居られませんよ!」
テビックは声を荒らげた。子供の行方が判らなければ焦る気持ちも有るだろう。
それでも焦り過ぎだとプリスは考える。これでまともな判断ができるとは到底思えない。少し頭を冷やして貰わなければと。
「ただ待つのが嫌なら、事情を話してみる? あんたに理が有るなら、あたしだって手を貸すのに吝かではないわ」
「同じく、この勇者も手を貸しても良いぞ」
プリスが言っただけの時は目を眇めるだけのテビックだったが、ここぞとばかりにネッケートが口を挟んだ途端、目に見えて目が揺らいだ。一人だけの助力なら心許ないが、二人ならひょっとしてと考えても不思議ではない。
それでも助力を乞うことに抵抗でも有るのか、テビックが口籠もる。
「それは……」
「嫌ならいいわ。好きにしなさい」
言い淀むテビックをプリスは突き放した。プリスが手を差し延べるのはここまでだ。冒険者は自己責任。いくらテビックが冒険者ではないからと言っても、この町の外で人捜しをすると言う、冒険者の領分に足を踏み込むなら、冒険者に準じて貰うまでのこと。
ところがそれが却ってテビックの決心を促したらしい。テビックにも多少は不安が有るのだろう。
「……判りました。お話しします」
「じゃあ、先に酒場に行ってて」
話が決まったところで、プリスはテビックとネッケート一行を酒場に先に行かせ、そのテビックに聞こえないように近場の冒険者に話し掛ける。日頃からワナッシと連むことの多い冒険者だ。
「ちょっと一走り、ワナッシとあのガキを呼んで来てくれない?」
その冒険者は肩を竦めながらも了承した。
酒場では、フロア中程のテーブルにテビックが着き、通路を挟んだ隣のテーブルにネッケートとカリンとペコラが着いていた。
プリスはテビックの正面に着く。そしてテビックを促し、テビックが話し始める。
「私は皮革商を営んでいるのですが、アトス……、息子と少し喧嘩をしまして……」
喧嘩の原因はよく有る話で、稼業を継ぐの継がないのの言い合いだ。テビックは息子に跡を継がせたいらしいが。
「息子は私の跡を継ぎたくないようなのです」
親が継がせたくても子は継ぎたがらない。これもありがちだ。だからプリスも内心で「あー、はいはい」と相槌を打つ。
しかしそこからがいけない。
「あ! 別に継ぎたくなければ継がなくてもいいのです」
ここでプリスは片眉を上げた。話が奇妙なのだ。跡を継がなくて良いと言うのなら、継ぐ継がないが喧嘩する理由になりようが無い。恐らくここには嘘が含まれている。本人は嘘だと思っていないのかも知れないが。
「私はこの町で買い取った原皮を東で売り、東で仕入れた商品をこの町で売っているのですのですが、あまり芳しいとは言えず、実のところ商売はかつかつです」
プリスの表情に気付いたのか、テビックが言い訳をするように捲し立てる。しかし継がなくて良いと考える理由を語るにしてはあまりに俗物的だ。もしも商売がかつかつではなかったら?
「だから、息子には贅沢をさせてやる余裕がありません。こんな商売を継がせても、苦労させるだけでしょう。だから好きな仕事が有るなら、それでも良いのです」
ここまで聞いて、プリスは腑に落ちた。要するにテビックは「息子がもっと儲かる商売をするならさせても良い」と言っているのだ。
これでは他の職業に就くのを認めていないのと同じことではないか。どんな職業でも下働きの段階では賃金が安い。そこを取り沙汰して「ほら見ろ。もっと貧乏をするだけではないか」とケチを付けるだけで事が済む。
「しかしそれが、よりによって冒険者なんて危険でしかないものになりたいなどと!」
「ふぅん」
プリスの声は冷たい。とっくに冷めていたが、テビックが冒険者を持ち出したことで完全に白けてしまった。
恐らく親子喧嘩では、冒険者になるならないの話だけをして、他の職業についてはまるで言及していないのだろう。息子が跡を継がなくても良いような話をしたのも、自分が如何に寛容なのか、そして息子がその寛容さを以てしても度し難い我が儘を言っているのかを主張するためだったのだ。無意識にしていることではあろうけども。
どっちが我が儘なのかと言う話だ。実に馬鹿馬鹿しい。
「『ふぅん』ってそんな。事情を聞いてはくださらなかったのですか?」
「聞いたけど、手は貸せないわね」
プリスはテビックの言い分が尤もだと感じられるものなら、アトスの説得を手伝うことを考えていた。
しかし、テビックが自分の我が儘を通したいだけにしか見えないとなると、それに手を貸すことなんてできやしない。もしここで説得に加担して、それをアトスが聞き入れたなら、アトスの一生がそこで決まる。アトスの選択肢を奪うことになるのだ。冒険者になるのを阻止するだけなら、将来的に冒険者になる選択肢までは奪わない。ここに大きな違いが有る。
「事情をお話しすれば、手を貸してくださるのではなかったのですか!?」
約束が違うとテビックが憤慨する。
プリスは腕を組み、白けた眼差しで言い放つ。
「あんたに理が有るならって言ったでしょ?」
「この勇者もそう心得ている」
ネッケートは意外なほどに静かに同意を口にした。カリンとペコラはプリスとネッケートとテビックの間で視線を彷徨わせている。
「大体さ、跡を継がなくてもいいって言ってるけど、そんな選択肢を与えるつもりが有るなら、どうして西に来たの? 西には冒険者以外で弟子を取るような職人も、人を雇うような商人も居ない筈よ?」
大陸西部の職人は、東部では独立できる見込みも無く、これと言った顧客も付いていなかった若手だ。商人にしても同様の若手か、商売が芳しくなくて心機一転を図ったかだ。町が出来て直ぐからだったとして十年。建設中に来ていたとしても十一年。それだけの期間で人を育てるだけの余裕を持ち合わせるのは難しいだろう。
これはテビックも胸に手を当てて考えれば心当たりの有る話だ。だから言い淀む。
「そ、それは……」
「言いたくなければ言わなくていいわ。だけどこの町に居たんじゃ、あんたの跡を継ぐか冒険者になるかの二者択一になっちゃうじゃない。その上で冒険者になるのが駄目だって言ったら、あんたの跡を継ぐように押し付けてるように見えるわね」
「そのように見えるのかも知れませんが、私とて好き好んでこんな町に来た訳ではありませんし……」
好き好んでなければ尻尾を巻いて逃げて来たことになるだろうと、プリスは内心で呆れ果てる。
「あっそ。だけどあんたの好みなんて関係無いわよ? この町に居ることに変わりは無いんだから」
「……判りました。冒険者なんかに頼ろうとしたのが間違いでした。失礼します」
「待つのを止めるならそれでもいいけど、町の外には出るんじゃないわよ?」
「ご忠告には感謝いたします」
プリスが一応だけ釘を刺すと、テビックは口だけの感謝を述べて足早に立ち去った。
「さて、用事が出来たので、この勇者も失礼するとしよう」
ネッケートが前触れも無く立ち上がって、これまた足早に立ち去る。これに慌てるのがカリンとペコラだ。
「え!? ちょっと待って」
「置いて行かないでぇ!」
慌てた拍子に椅子を引っ繰り返し、それを立て直してネッケートを追い掛けるペコラ。
プリスはそんなペコラが忘れてしまっていそうな予定を再度伝えに呼び掛ける。
「ちょっと! 明日の朝、忘れないようにね!」
「あ! はいっ!」