6 ほっほっほっ
プリスはアトスとワナッシを送り出した後、酒場でまた酒をちびちびと呑む。
「嬢ちゃん、見ておったぞ。相変わらず精が出るの」
プリスに話し掛けたのは、杖を頼りに歩く老人だ。
「オーボさん……。もう『嬢ちゃん』は止めてよ。そんな歳じゃないんだから」
「ほっほっほっ。わしから見ればまだまだ嬢ちゃんだの」
プリスが口を尖らせてみせると、オーボは朗らかに笑った。
プリスも釣られて笑みを作るが、少しばかり苦みが混じる。
「これだから年寄りは嫌なのよ」
ところが老人にはそんなプリスの様子も楽しいらしい。
「ほっほっほっ」
プリスとオーボとの付き合いは、八年前にプリスがセントラルスに来て以来になる。出会った頃はまだ杖を必要としていなかったこの老人は今や杖を手放せなくなっている。短いようで長い時間が過ぎていた。
そしてプリスは隣のテーブルに着いたオーボと暫し話す。内容は主にこの老人の昔話だ。以前から時系列に話を聞いていた。たまに話が前後するのはご愛敬だろう。
ただ、日を置きながらでも、八年も話していれば同じ話が出て来るものだ。最近では未だ話していないことを思い出そうとして前と同じ話をすることも多い。
だけどもプリスはそれを指摘したりはしない。老人が楽しそうに話すのに水を差すのは無粋だ。それにこの老人は話し上手で、たまたま通り掛かった冒険者が静かに近くのテーブルに着いて老人の話に耳を傾けたりもするのだから。
暫し話して満足したオーボは立ち上がる。
「腹ごしらえも終わっておるし、わしはそろそろ帰るとしようかの」
「出口まで送るわ」
「ありがとの」
プリスはオーボに合わせてゆっくりと歩き、出口の扉を開けて導く。
「ではまたの」
「うん。またね」
そしてプリスはオーボの小さな背中を見送った。
アトスはワナッシの後に付いて、農地を貫く道を歩き続ける。すたすたと先に行くワナッシに置いて行かれないようにするには、頻繁に小走りで追い付かなければならない。いつまでこの調子で歩けば良いのか。それが判らないから不満も溜まる。
だから不平たっぷりにワナッシに呼び掛ける。
「なあ、おっさん。なあって!」
不平混じりのキンキン響く甲高い声と言うものはどうしてこう神経に障るのかと、ワナッシは暗澹たる気持ちだ。無視していたらこれが延々続くことになるから、相手をするしかない。
「ったく、五月蠅い。何だ?」
「どこまで行くんだ?」
「外壁までに決まってる」
外壁とはセントラルスを二重に囲む外側の城壁のことだ。実際の目的地はその手前で折れて、開墾が手付かずの草地に入って行くのだが、距離感としては同じくらいである。町の中心から大人の足で歩いて一時間弱くらいだろうか。
「マジかよ! もう、疲れたよ!」
「はあ? たったこんだけ歩いただけで疲れただぁ? ったく、体力の無い。そんなんでよく冒険者になろうなんて思ったな?」
「歩いてねぇよ! おっさんがさっさと行っちまうから走ってんだよ!」
「お、おう。そいつは悪かったな。魔物を倒すなんて息巻いてるから、てっきりこのくらい平気かと思ってたぜ」
こればっかりはワナッシの不注意であった。誤魔化すように少し言い訳がましくなるのもまた人情だろう。
しかしそう言うのは案外と相手に伝わるもので、アトスのこめかみでは血管ブチ切れだ。
「走るのと魔物を倒すのとじゃ違うだろ!」
しかし言葉尻を捕まえたようでいて、返球は暴投気味。ワナッシにも付け入る隙を与えてしまう。
「直接はな。でもよ? ボウズが成りたい英雄ってのは、二時間や三時間走り続けても平気なもんじゃないのか? 少なくともワッシの知ってる英雄みたいな人なら、みんなそのくらい、平気で走る」
「マジかよ……。嘘言ってんじゃねぇぞ?」
話が完全に逸れて、ワナッシ大勝利である。何の勝負かは判らないが。ともあれ、ワナッシの失態がうやむやになった瞬間だった。
大人は狡いものである。
「嘘だと思うなら、夜明けくらいに南の大通りでも見てみるんだな」
本当は外壁の外と言いたいワナッシだが、町の外に子供一人では行かせられない。だから町の中を指定した。
「南の大通り? 何が見えるんだ?」
「そいつは見てからのお楽しみだ」
種明かしをしたら面白くないだけでなく、アトスの反発が予想されるから誤魔化した。
「……ケチ」
「ケチで結構」
尚、アトスがこの指定の時刻に指定の場所で件の英雄みたいな人を見るまでは複数年の時を要する。
単に朝が弱いだけなのだが。
プリスがオーボを見送った頃には、勇者の少年とそのサポート担当の少女達の冒険者登録も終わっていた。ココットの疲れた様子が、説明に酷く時間を要したのを窺わせる。
「ネッケートさん、ペコラさん、カリンさん、これで登録は完了です。これからよろしくお願いします」
「勿論だとも。この勇者に任せて貰いたい」
「あはは……」
ココットが額に冷や汗を垂らしながら、力無く愛想笑いをする。この調子で何度も説明の腰を折られたのだろう。
「この、お馬鹿! いつも生意気ばかり言って!」
「ごめんなさい。ごめんなさい。内の馬鹿が調子に乗ってごめんなさい!」
ココットの愛想笑いも引き攣るばかり。それを目にするプリスも同情を禁じ得ない。ココットの心情を代弁するかのように口を挟む程度には。
「謝ることはないわよ。呆れはするけど」
尤も、呆れる対象は勇者の少年ネッケートだけでなく、サポート担当の二人、カリンとペコラも含まれている。双方懲りもせず、飽きもせずによくやるな、と。ネッケートの不遜な態度は時に鬱陶しく感じられることも有るだろう。しかし、目くじらを立てるほどかと言うとそうでもないのだ。
そしてプリスの視線がカリンやペコラに向かっているのに気付いているのかいないのか、ネッケートがまた陽気な声を上げる。
「これは辛辣な。この勇者、心にダメージを負ってしまったぞ。わっはっはっ」
何かを誤魔化しているようにも見えなくはないその態度。言葉通りの心象を陽気な態度で誤魔化しているのだろうか。いや、きっとそうではない。誤魔化しているとするなららもっと別のことだ。
「全然そうは見えないわね」
「ごめんなさい。ごめんなさい。内の馬鹿が粗忽でごめんなさい!」
そう言ってペコペコと頭を下げるペコラを見るネッケートの目がどこか慈愛を含んでいるように見える。プリスは三人の関係性が何となく判ったような気がした。
それはそれとして、ペコラの態度もネッケートとは少し違う意味で面倒くさい。
「いや、あんたは謝り過ぎだから」
「ごめんなさい。ごめんなさい。謝り過ぎてごめんなさい!」
「……」
処置無しであった。そうして絶句するプリスの様子にカリンは気付いたらしい。
「もう! ペコラったら!」
「ど、どうしたの? カリンちゃん……?」
「あぁ、もう! 私まで残念に思われるじゃない。あんた達のせいで!」
「カリンちゃん、カリンちゃんはその……、今でも十分残念だよ?」
ペコラは生暖かくカリンを見やる。
「ね? 自覚しよ?」
「きぃぃ! 誰が残念よ!」
少なくともペコラとカリンは、しっかり者の自分が残念な二人の面倒を見なければいけないと思っているらしい。極めて残念な仲間内での残念の擦り合いだ。
ココットも見かねてしまう。
「カリンさん? 少しくらい残念でも大丈夫ですよ。当ギルド所属の冒険者で一番残念なのが、いつも呑んだくれているこちらのプリスさんですから」
「えっへん!」
間髪を容れずに胸を張るプリス。
「プリスさん……」
ココットは額に手を当てて唸った。引き合いに出したのが悪いと判っていても、自慢げにされたら釈然としないものを感じずに居られないのだ。
しかし、それならそう言うことで紹介するまでのこと。
「……これですから」
「プリス……さん? プリスさんはその……、上級冒険者のプリスさんと同じ名前なんですね」
そしてやはり同じ治療術士と言うべきか、プリスの名前にいち早く反応したのはペコラだった。
しかし、本人かどうかの判断が付かない。治療術士にあるまじき格好でこんな所で油を売っている様子が高名な上級冒険者のイメージに結び付かない。だから尋ね方も遠回りになる。
ココットには軽く返されるだけなのだが。
「あっ、ご本人ですよ。この方が上級冒険者のプリスさんです」
「えっへん!」
「プリスさん……」
さっきと同じように胸を張るプリスに、ココットは少し頭痛気味だ。軽い、あまりにも軽いと、もやもやしてしまう。
そんな風に、近くで見ているココットからはどうしても残念な部分が目に付いてしまうプリスではあるものの、名前と活躍を伝え聞いただけの治療術士にとっては憧れの存在らしい。
「きゃああっ! ご本人だなんて、感激ですっ! 一度お話を伺いたかったんです。上級冒険者に登り詰めるのって、やっぱり大変なんです!? 秘訣が有ったら是非、教えてください!」
「あれぇ? それ、ほんとに聞きたい?」
一瞬だけ目を見開いて、不敵な笑みを零すプリス。これにはペコラでも少し不穏なものを感じたらしく、少しトーンダウンする。
「は、はい。可能なら、是非に聞きたいです」
「そっかぁ、それなら仕方ないわねぇ。だけど言葉じゃ説明しにくいから体験してみない?」
プリスはペコラの肩を抱いて、顔をすり寄せるようにして囁いた。
「いいんですか!?」
ペコラは身体を強ばらせながらも、知るチャンスに心を沸き立たせる。
「勿論よ。その気が有ったら、明日の朝夜明けに、ギルド前に集合よ? いい?」
「よ、夜明けですか?」
しかし、夜明けと聞いて一気に及び腰になった。それに気付かないプリスではない。
「無理なら諦めてね」
「い、いえ! 頑張ります! 明日、夜明けですね!」
話をあっさり無かったことにされそうになって、ペコラは焦った。そして勢いで話に乗った。仲間の意見も聞かないままに。
「プリスさん……」
どうしてプリスがこんなことには乗り気なのか、ココットにはよく判らない。そしてどこかまた釈然としない。
ガララン。
ココットの思索を遮るかのように、冒険者ギルドの入り口が少々乱暴に開けられた。




