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10 い・い・で・す・ね?

 内門――セントラルスを二重に囲む、内側の城壁の門――を目前にして、テビックは逃げないのを条件にネッケートの肩から下ろして貰った。町中を抱えられたまま移動するのを想像したら、あまりに恥ずかしくて、このままでは居られなかったのだ。

 外門から内門まで運ばれる間に、ビクともしないネッケートの腕から逃れるのを諦めた。逃げてもまた直ぐに捕まってしまうのだから、下ろされた後も逃げるつもりは無い。彼がいつまでも付いて来る訳ではないのだから、別れた後で好きにすれば良いと考える。

 既に夕刻を迎えていたが、まだ諦めてはいなかった。

 しかし思う通りには事態は推移してくれない。そんな思惑など百も承知とばかりのネッケートに妻の待つ自宅まで付き添われ、引き渡されてしまった。

 立腹を隠そうともしない妻に叱り付けられる。反論しようにも「お黙りなさい」と、させて貰えない。だからこの妻の目を盗まなければならないと考える。説教を聞き流しながらの思案中、意外なことを聞かされた。説教はまだ終わってないと言う妻を振り切って、リビングへと急ぐ。


「アトス! 帰ってたのか!」


 捜し歩いて求めた息子がそこに居た。へなへなと、足から力が抜けてしまった。


「父ちゃんこそどこに行ってたんだよ! 母ちゃんが父ちゃんの帰りを待てって言うから腹ぺこなんだぞ」


 アトスにしてみれば「帰ってたのか」ではない。覚悟を決めて冒険者ギルドに戻ってみれば入れ違い。帰宅しても居ないのだ。本当に「どこに行ってたんだ」だ。

 アトスの母リッテも追及する。今度は夫テビックの言い分を聞く方向に少し頭を切り替えてだ。


「そうですよ。冒険者さんに連れられて帰って来るなんて、何をしてるんですか」

「アトスを捜していたに決まっているではないか。冒険者なんかになったら、いつ死んでもおかしくないんだぞ」


 冒険者になったらいつ死んでもおかしくないと言うのは、ある部分では真実だが、別の部分では虚偽だ。いつ死んでもおかしくないようなことをする冒険者が居るだけのことで、危険の少ない仕事を選び続けることも可能。単に稼ぎが少なくなるだけである。

 しかしテビックは、冒険者に都合の悪い部分だけを信じる傾向にある。


「だからってあなたが町の外に行かなくてもいいでしょ。あなたの方こそ死にたいんですか」


 リッテの懸念はここに有る。これはリッテだけでなく、今日テビックに関わった人々全てに共通するものだ。

 ただ、テビックは未だそれを理解していない。そして未だに思い込んでいることを訊く。


「しかしだな。アトスは町の外に行ったのだろ?」

「はあ? 俺は外になんて行ってねぇよ」

「少し考えれば判ることじゃないですか。子供が独りで外に出ようとしたら兵隊さんが止めるなんてこと」


 アトスもリッテも心底から来る呆れを言葉に載せた。


「ああ……」


 漸く。ここで漸くだ。テビックは今日の自分が如何に無駄なことをしていたかを理解した。

 しかし、それならそれで訊かねばならないことが有る。


「そ、それでアトスはどこに行っていたと言うのだ?」

「罠猟師さんの所だそうですよ。助手をすることになったのですって」


 既にアトスと、アトスに付き添っていたワナッシから話を聞いていたリッテが答えた。

 罠猟師は危険が比較的少ない。それも城壁内を担当するワナッシならもっと少ないことを聞いたリッテは罠猟師に前向きだ。

 しかしテビックは思い込みが激しかった。


「駄目だ! 罠猟師だって冒険者だろう? 冒険者なんてさせられる訳がない!」

「ああ、もう。あなたのその『冒険者なんて(・・・)』はいい加減止めてください。私が聞いても不愉快です。私達は冒険者さんが獲って来た魔物の皮で商売をしているのだから、もっと敬意を払うべきではありませんか」


 リッテは夫のテビックとは違って、冒険者を疎んではいない。むしろ好意的だ。と言うのも、この町に構えている店の番をしているのはリッテで、客には冒険者も多い。疎むようでは商売が成り立たない。また、この町の冒険者は比較的高齢で温厚。目立ったトラブルを起こさないことも理由だろう。トラブルを起こすような跳ねっ返りは、もっと前線の町で活動しているのである。


「そんなもの、仕入れの行き掛けの駄賃程度のものではないか!」


 テビックの店では大陸東部で仕入れた品物を売っているが、店の商品を仕入れるだけでは、仕入れの往路の馬車が空荷になる。空荷だろうと掛かる費用は同じ。その分だけ利益が減る。これが距離が近いなら大きな問題にはならないだろう。しかし、この町から大陸東部の町までは順調に進んでも馬車で往復四十日ほど掛かり、費用の負担が重くのし掛かる。勿論、輸送費は商品価格に転嫁している。ただ、それにも限界は有るのだ。そこでその埋め合わせとして、この町の冒険者ギルドから仕入れた原皮を東部まで運んで売っているのである。


「駄賃だろうと、それが無ければ首が回らないではありませんか。これ以上そんな言い方を繰り返すようなら離縁しますよ?」

「なっ! おまえまで私から離れようと言うのか!」


 リッテが少し脅しただけで、テビックが狼狽えた。最近、アトスとの仲が今一つのところに持って来て、妻から愛想を尽かされそうになっている。いきなり孤独を突き付けられたようなものだ。不安になってもおかしくはない。

 しかし、そんな夫の姿にリッテはがっかりだ。


「はあぁ……。まったく情けない。本当に離縁しようかしら……」

「待ってくれ! 私を捨てないでくれ!」


 泣いて縋り付く夫に呆れ、暫し閉口するリッテである。

 その後で夫に言い渡す。


「……とにかく、罠猟師の助手なら危険も少ないことですし、少しくらい何か有ってもこの町にはプリスさんがいらっしゃいますから、アトスには冒険者を続けさせます」

「冒険者なんて駄目だ。駄目だ!」


 駄々を捏ねるように拒絶する夫を前に、腰に手を当てたリッテの目が据わる。


「『なんて』は、い・い・加・減止めなさいと、言・い・ましたよ?」

「あぅ……、あ……、あ……」


 リッテの眼力にテビックは言葉を失った。

 そしてリッテは念を押す。


「い・い・で・す・ね?」

「わ、判った……」


 納得はしていないと顔に書きながらも、テビックは頷いた。握った拳がわなわなと震える。

 リッテは夫のそんな頑固さにカクンと首を傾げながらも、これで話は終わりとばかりに微笑んだ。


「よろしい。じゃあ、早くテーブルに着いて。わたしだってもうお腹ペコペコなんだから」

「冒険者を続けるのは認めよう。その代わり、私が付き添う」


 テビックは往生際が悪かった。

 当然の如く、アトスが嫌そうに顔を歪める。


「や、止めろ、馬鹿!」

「親に向かって馬鹿とは何だ。馬鹿とは!」


 ここぞとばかりに親らしく息子を叱るテビックだ。

 しかしリッテからは、一層情けなく見えるだけ。親らしくしたいなら、もっと大らかに息子を見守ってやったらどうなのかと。


「あなた……」


 溜め息混じりで夫に呼び掛ける。


「元々は明日仕入れに出発する予定ではありませんでしたか?」


 仕入れをするには運び屋と護衛を雇わなければならないため、何日も前に予定を決めている。その出発予定が明日だったのだ。そしてその当日にいきなり出発とは行かず、その前日に準備をする。つまり今日は出発の準備をしなければいけない日であった。


「それは……」


 口籠もるテビックに、リッテは言い付ける。商売をしなければ生活できないのだ。


「とにかく、早く冒険者ギルドから皮を受け取って、東まで行ってください」

「しかし……」


 ごねるテビックに、リッテは念を押す。


「い・い・で・す・ね?」

「わ、判った……」


 全く理の無いテビックは頷かざるを得なかった。


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