第六幕 末摘花
「・・・悪かったな、ルル」
「キィ?」
「勝手に村を出ることになって」
「いいよ、大丈夫」
「ルルには話しておこうと思うから今日は野宿でも良いか?」
「・・・うん」
日が暮れて道が分からなくなったころに焚き火をして明かりを確保する。
外で寝ても風邪を引くような季節でないのが救いだった。
「・・・たまたまギルドに寄ったときだった。一泊して次の日には出発するつもりだった。依頼も完了していたから報酬をもらうために寄った。A級ランクだったからな。サインが必要だった。そのサインをした書類がマスター承認書だった」
「騙された?」
「承認書には依頼番号しか書いてないからな。いちいち覚えていないし、ハンターを騙すようなことをすればマスターとして信用を失う。だから確認していなかった」
「キィ」
「気づいたときにはマスターになっていて村から出られなくなっていた。騙されてサインをしたことは申請したが、中継地のギルドを潰すわけにはいかなかったから後任が見つかるまでマスターを務めることになった。それから二十年が経った」
「・・・キィ」
「そんな顔をするな。悪いことばかりじゃなかったさ。村の人は受け入れてくれたし、ルルがいたからな。最初の五年は楽しくなかったが、ルルが来てからの十五年は楽しかったからな」
毎日、後任のマスターが現れるのを待ち、同期のハンター達がランクを上げる雄姿を、指を咥えて見ているしかなかった。
いきなりマスターになったキルシェを訪ねる仲間も居たが、年を重ねるにつれて身を固める者が出てきて、次第に手紙のやりとりも少なくなった。
何人かは旅を続けているが、中継地のギルドでしかないところに寄ることも稀だ。
ルルーシェに外の世界を見せるために他のハンターに預けることも考えたが、灰色の世界に色をくれたのもルルーシェで離れるのが寂しかった。
そんなことは口が裂けても本人に伝える気はまだない。
「ようやく自由に旅に出られるからな。取り戻すさ」
「キィ、でも年寄り、んぎゃ」
「そんなことをいう口はこの口か」
キルシェは御年四十歳になる。
ハンターとして二十年のブランクがあって旅に出る年ではない。
それを指摘したルルーシェは容赦のないデコピンを食らった。
「キィ、遺体」
「あ?そりゃ痛いだろうよ。痛くしたんだから」
「違う、死んでる人」
「あ?」
痛みを堪えるために視線を移したさきに死体があった。
森なら彷徨って亡くなる人は少なくない。
誰にも気づかれずに朽ちていく。
森には魔獣もいるのに綺麗なままだった。
死んで間もないのかもしれない。
「ハンターだな。階級は、B級か」
「強い?」
「隻眼のトンくらいだな」
「弱いね」
「・・・うん、そうだな」
戦闘において右に出る者がいない魔獣の血を引くルルーシェから見れば、たいていの人間は弱いだろう。
だけど、顔見知りの人間ですら容赦なく判断するルルーシェにもう少し情操教育をすれば良かったと後悔することになった。
キルシェがランクC+級だということは黙っておこうと思う。
「外傷は無いが、餓死した感じでもないな。とにかく埋めておくか。あとギルドに報告だな」
「うん」
旅の道具からスコップを出し、穴を掘る。
重労働だが、荒らされて人の味を覚えられても困る。
ハンターの身分証だけを取って、あとは埋めてしまう。
「ゆっくり寝ていられないかもしれないな。今夜は徹夜だな」
「交代する?」
「そうだな。先に寝るか?」
「うん」
「おやすみ」
火を絶やさないようにして夜が明けるのを待つ。
夜に歩く者もいないため静かだった。
「俺の方がルルに依存しているのかもな」