第四十九幕 宿木
黙ってついて行くと小高い丘に出た。
町を見下ろすことができるほどに高低差があるから賑わっている市がよく見える。
「エルフの里に行ったんでしょ?どうだった?」
「どうって、何もないところだなって」
「何もない?でも寿命の差を考える必要はないわ」
「だからこそ変わらない。俺たちは今までできなかった旅をして依頼をこなしていきたい。それができないなら里にいる必要はない」
いつか離れることを考えなくて済むのなら、それは魅力的な話だ。
どう頑張っても、あと二十年一緒にいられるかどうかというくらいだ。
それでは足りない。
「エルフの里、いや、理は時間から切り離された場所だ。それは五百年前に起きた地殻変動のときの力のひずみでできたものだ。違うか?」
「正解よ。理の中にエルフの里は存在する。そこへ行くには通ったでしょうけど洞窟が入口になっている」
「そこ以外で理に入ろうとすれば、弾かれる」
「弾かれるというのは正確じゃないわ。精神だけ、魂だけ取り込まれるというのが正しいわ」
魂がエルフの里に留まっている限り体は腐らない。
何か特別な方法で繋がっているからだ。
その仕組みまでは分からないが、それが腐らない死体の出来上がる原因だ。
「五百年前にあそこで大きな力が使われた。それこそ全てが揺らぐほどに」
「失われし一族の末裔、吸血鬼が力を暴走させたことだな」
「あら、よくそこまで調べたわね」
「知っていたのはロディだ」
アイリーンが失われし一族の末裔と言っていることと五百年前の地殻変動がヒントだということから推察した結果だ。
根拠は何もなかった。
だが合っていたようだった。
「そうよ、五百年前に私の仲間が力を暴走させてしまい、ひずみを生んでしまった」
「止めなかったのか?」
「止めたわよ、止めて、あの程度で済んだのよ」
エルフもそうだったが、どうして長命な種族はこうも傲慢で自由なのだろうか。
それとも人が気にしすぎなのだろうか、自信を失いつつあった。
「止めたあとに、あそこ一帯がエルフの一族が住む場所だったと知った。何とかエルフだけでも助け出そうとしたわ、したけど間に合わなかったのよ」
「間に合わなかった?」
「エルフは調停者と呼ばれる前には、森の妖精と呼ばれていたのよ」
「・・・・・・・・・」
「ピクシーやコロボックルとは違うと思ったのでしょう」
「あぁ」
人に姿を見せるだけで何もしない妖精は多くいる。
見ることができれば一族が繁栄するという伝承も存在する。
「助けようとしたけど、彼らは自力で理の中で生きていく術を身に着けていた」
「それなら良いんじゃないか?」
「理の中で生きていくために“黒の魔女”と契約をしたのよ」
「黒の魔女?おとぎ話じゃないのか?」
「おとぎ話、そうね。存在がおとぎ話と言えるくらいに不思議な魔女のことよ」
ヴィリシアの村で伝わっていた話は本当だった。
たしかに理に黒の魔女が関わっていた。
「代償として、理から出られない掟に縛られた」
「それで掟は甘くないと言ったのか」
「もともと不可思議な力を持っていたエルフはさらに自分たちで掟を強めていった」
それがエルフの血を持つ者以外に関われないという掟だ。
これは魔女が作った掟ではないから理の中や長の了承のもとであれば、無効になる。
エルフが外の世界に興味を持って出ていかないようにするために出来てしまった。
「もうすでにエルフたちは、どうして理から出てはいけないのか。分からなくなっているわ」
「理には時間の流れがない。だから死を迎えることもない。神であると思いこむようになったということか」
「そう。だから時間が解決するということもない」
アイリーンの声は一段と低いものになった。




