第四十一幕 雲隠
エルフの血を持たぬものへの干渉が最大の禁忌ならば多種族との間に子どもを作ることも禁忌となるはずだ。
そのことが矛盾していた。
「ただし、という言葉がありますが。このエルフの里であれば多種族との交流が可能となります。エルフの掟というのは調停者であることを忘れさせないための戒めのもの」
「つまり惑わしの森を通り抜けて来たものだけを受け入れるということか」
「外の世界でいくら甥といえども関われば掟に従い命を落とすことになります。その掟について話す前に外に行き貴殿らに関わってしまったのではありますが」
勝手な思い込みで殺されそうになった身からすれば迷惑な話だった。
掟を知っているエルフならば絶対におこさない。
アンディは本当に年若いというよりも子どもなのだろう。
アイリーンは終始小僧呼ばわりだった。
「アンディにはきつく申しておきます。あれでもエルフの数少ない次代なのです」
「それなら自由にさせすぎではないのか?」
「我らエルフにとって時とは有限ではなく無限であります。今伝えることも明日伝えることも遥か先に伝えることも我らにとっては同じことです」
時の流れを無限と感じるのなら急ぐということもないのだろう。
話を聞けば聞くほど何か違和感が増していた。
会話が噛み合わないわけではないが何か違う気がする。
「我らは理を守るものでありますからな。大切なのは理であり一族であります。それ以外は些末事です」
「些末後・・・つまりは他のものが死んでも、いや俺が殺されても問題ではなかったということか」
「さよう。エルフの掟を破ったことへの咎めはあるでしょうが貴殿らへの償いは調停者である我らには必要のないものですからな」
黙って聞いていたルルーシェは怒りを露わにした。
だがキルシェに腕を捕まれて引き戻される。
「落ち着け」
「だけど」
「俺は生きている。それにエルフの里で戦うのは不利だ」
「さよう。エルフの里は神の領域に等しい。人が神を殺せないように、我らエルフを殺すこともできない」
何も警戒することなく受け入れたのはエルフの里にいる限り、エルフを殺せない。
どんな致死性の怪我を負わせても死ぬことはない。
エルフたちが自分たちを神にも等しいというのは間違っていなかった。
「我らエルフは外のものと時の流れを異なるものとしております。我らは理とともに生きるもの。理が時を持たぬ限り我らもまた時を持たぬのですよ」
「そうか。ならここから出たいと望めば素直に出してもらえるかな?」
「時に縛られた生き物のすることに目くじらを立てたりはせん。好きなように出て行けば良い」
「なら出て行かせてもらうよ」
キルシェは違和感の正体を掴みつつあった。
それは恐ろしいことを引き起こす。
急げば間に合うかもしれない。
そんな曖昧な賭けだった。
「ロディ、急いで里を出てくれ」
「承知した」
里では多くのエルフは不思議そうにキルシェたちを見ていた。
中には小さいエルフもいたが数は圧倒的に少ない。
最初に見た花畑まで戻ると目を開けていられないほどの光が辺りを包んだ。
もう一度目を開けると洞窟の出口が見えた。
洞窟の唯一の出入り口だった。
「・・・夜が明けたというだけではなさそうだな」
「とりあえず近くのギルドに向かおう」
「落ちぬよう捕まっておれよ」
今は考えることを置いておいて惑わしの森を出ることが先決だった。
文字通りエルフは追って来ない。
「ふむ、いささかおかしいな」
「そうだな」
「季節が秋から夏になってるよ」
洞窟に入る前は肌寒い気温だったのが今では裸になっても風邪をひく心配がないくらいに暑い。
町の外れから様子を見るだけにしたのは正解だった。
この格好のまま町に行けば必ず話題になる。
長袖の上着を脱げば半袖になるから手間ではないがエルフの里に行っている間に何が起きたのか確認しなければいけない。




