第三十九幕 御法
惑わしの森に棲む生き物がエルフの里に近いからと言って怯えることはない。
彼らにとってこの森の気配は生まれたときからのことで恐怖の対象にはならない。
だから動き続けていたものが留まれば狩る獲物へと変貌を遂げる。
「やはり来たか」
「ロディ、どうした?」
「森の奴らが近づいて来ておる。一瞬で狩られるぞ」
ルルーシェの気持ちが落ち着くまで待ってはくれなそうだった。
仕方なく抱き上げるが走るのは難しかった。
もっと小さいときは抱き上げて歩くなど当たり前にできた。
「方向はこちらだ。まずは移動してから後で標を探すことにするか」
「そうだな」
「ここを真っすぐ進め。後ろは我が見ておく」
「真っすぐと行っても俺はほとんど見えないぞ」
足元に注意をして転ばないように進む。
ロディの誘導がないからどうしても手探りになってしまう。
それでも動いているうちは襲われない。
「生き物には縄張りがある。エルフの里に近づけば奴らも諦めるはずだ」
「ルル、降りてくれないか?腕が疲れた」
「いや」
「ロディの背中はふわふわだぞ」
「いや」
「里の入り口が見えてきたぞ」
入り口といっても門があるのではない。
洞窟の入り口があるだけだ。
ロディの考え通りにエルフの里の近くになると後ろをつけていたものはいなくなった。
棲み分けというものが完全に成り立っている。
「ルル、降ろすぞ」
「いや」
主張を無視してルルーシェを地面に立たせる。
不満を全面に出して首を横に振るが足が地面に着くと素直に立った。
「ここに入れば戻れないと思うが進んでも良いか?」
「ここまで来たからな。ルルも良いか」
「うん」
少しだけ落ち着いたのだろうが不安なのは変わっていない。
キルシェの腕を抱きかかえて落ち着かせようとする。
ロディがルルーシェの年のころにはエルフの里から逃げ帰った。
よく耐えていると感心していた。
「では進むぞ」
洞窟の中に入ると思いのほか暗かった。
夜目が利くロディでも動けないくらいだった。
灯りとなるものを持ち合わせていない。
普段の夜は活動しないから装備として失念していた。
「むっ」
「何だ!」
突如として目映い光が辺り一帯を照らし出した。
目を開けていられず蹲るようにして緩和しようとする。
「これはどういうことだ」
「花畑?」
光が落ち着き目をようやく開けられるようになると洞窟の中ではなく水平線が見えるのではないかというくらいの花畑が広がっていた。
しかも季節感を無視した花が咲き誇っている。
「ここがエルフの里だというのか?」
「さよう。惑わしの森を抜けしものは歓迎いたしますぞ」
幻覚の中で見たようなエルフがそこにはいた。
老人の姿で杖をついて立っている。
話しかけられるまで気配は感じなかった。
「わしはエルフの里の長老のマルハブラと言う。先日は同胞のアンディが失礼をした」
「幻覚ではないよな」
「さてな。判別はできん」
伯父の名前が出てきてルルーシェは眉を顰めた。
失礼なことをしたという認識がないなかキルシェとロディはそれを受け入れているからだ。
「アンディが何かしたの?」
「まぁな」
「俺は知らないよ」
「熱を出して寝ていたからな」
知らないままにして起きたかった。
身内が誰かを本気で殺そうとしたことは知らない方がいい。
「キィ、どういうこと?」
「あとで話してやる」
「絶対だよ」
小さいときからキルシェがあとで話してやると言ったときは寝る前に話してくれていた。
反対に話さないと言われたら何があっても話してくれない。
その約束だけは破られたことはなかった。
「わしの館にて聞きたいことを話しましょう」
「ついて行って襲われることはないか?」
「ありませんな。我らエルフは調停者であるがゆえに多くの誓約に縛られておりますからな」




