第三十幕 藤袴
「掟に背いて独断で天命がまだの人間を殺そうとしているのね。ただの私情のために」
「それは・・・」
「処分はエルフの長老に任せるわ。とにかく引きなさい」
「それは、できない。こいつはルルーシェを」
納得せずに言い募ろうとしたアンディにアイリーンは鎌の柄で薙ぎ払った。
避けることができずに吹き飛ばされる。
鎌で切らなかっただけ情けが残っていた。
「ハーフエルフの小僧が粋がってんじゃねぇよ」
1. アイリーン?」
「あらヤダ、嫌なところ見せたわね。ごめんなさいね」
「いや、べつに」
「ハーフエルフの小僧が分かったような口を利くものだから頭に血が上ってしまったわ。私もまだまだね」
現れたときと同じように大鎌を一瞬で消すと壁に凭れた。
全身を強く打ったアンディは立ち上がることができず蹲る。
叩きつけた張本人は手を貸すことをせずに黙って見下ろす。
「エルフの掟は私情を許すほど甘くはないわよ」
「分かっている。だが俺はソイツを殺しルルーシェを」
「ルルーシェを、どうするの?エルフの里に連れて行くの?」
「あぁ、そして一緒に暮らす。すぐに死ぬ人間と一緒にいるより幸せになれる」
寿命が違うから不幸せだと言い切るアンディを冷めた目でアイリーンは見つめる。
エルフの掟もエルフが調停者であり続ける理由も知っているアイリーンにすればアンディの言葉は戯言にも等しい。
「何も知らない哀れなハーフエルフの小僧だと言うことが分かったわ。話すことは無いわ。私が直々に教える価値も無いようだから・・・・・・行くわよ」
「えっ、あぁ」
「その身が掟により朽ちる前に里に戻り長老の沙汰を受けると良いわ」
キルシェの腕を掴んで歩いて行く。
アイリーンが本気で戦えばハーフエルフでは太刀打ちできない。
それが分かっているから黙って見送る。
最後の忠告を考えながら。
急な展開についていけないキルシェはアイリーンに引っ張られるままに歩く。
「アイリーン」
「ごめんなさい、痛かったかしら?」
「いや大丈夫だ」
「そう、なら良かったわ。あの小僧があまりにも無知だから殺したくなったのよ」
今でこそ抑えているが一族が繁栄をしていたころは苛烈な性格で知られていた。
そしてそれは今でも根底は変わっていない。
楽しそうに獲物を弄ぶのは変わらないのとカイルはそこを諦めて傍にいることを望んだ。
「安心して貴方のことは気に入っているから殺さないわ」
「あぁ」
「癖というのは治らないわね。本当に嫌になるわ」
「アイリーン」
「気になる?」
「あぁ」
「悪いけど話せないわ。話せるのならハーフエルフの小僧にも話しているわ。知りたければ自力で理に辿り着くことね。でもヒントだけ、五百年前の天変地異が関わっている。これが私から言えるギリギリのところね」
理の謎を解明しようとした者は数えきれないくらいにいる。
その全員が道半ばで命を落としているから謎のままなのだがアイリーンは根拠のない勘でキルシェがたどり着くのだろうと思っていた。
たどり着く者は本人の意思に関係なく引き寄せられて否応なしに巻き込まれる。
「納得いっていない顔ね」
「あぁ」
「なら理以外のことなら話してあげるわ」
アイリーンの中ではルルーシェが回復すれば別れるつもりでいた。
おそらくはカイルも同じだろう。
自分たちが背負うものから考えるとキルシェとルルーシェに良い影響は与えないからだ。
「エルフは調停者であるから話す言葉に嘘はないわ。何一つとしてね。それはエルフの掟で決められているから真実のみを話すわ」
「真実のみ?」
「そう。だからハーフエルフの小僧が貴方を殺したいと思うのもルルーシェをエルフの里に連れて行こうと考えていることも真実よ」
それだから性質が悪かった。
アイリーンにとってエルフは関わりたくない種族の一つだ。
「だから相手を騙すようなこともないわ。無いのだけど本人が真実だと信じて言っているときもあるから厄介なのよね」
「ルルーシェと血のつながりがあるのも本当なんだな」
「ハーフエルフの小僧が真実だと思い込んでいなければ本当ね」
嘘を吐かないということは全てを無条件に信じることには値しない。
相手を騙そうとする害意がないから分かり辛い。
「あのハーフエルフは長に叱られるでしょうね。掟破りをしたから」
「掟破り?」
「気になるのならエルフの里に行くと良いわ。たしかここより東にあったはずよ」
アイリーンに誘導されているのが分かるがエルフの里の所在は調べられない。
知っている者に案内をしてもらう以外に辿り着く方法はないが知っている者を探す方が大変だとも言われている。




