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第二十九幕 行幸

「私たちに何か用かしら?」

 

「あぁ」

 

「あら驚いた!ハーフエルフじゃない」

 

後ろから現れたのはアンディだった。

 

アイリーンを付けていたというよりもキルシェを見張っていたという方が近い。

 

「失われし一族の末裔の女には用はない。用があるのは男の方だ」

 

「何だ」

 

「ルルーシェをなぜ危険な目に遭わせた?貴様が身を挺してでも守るべきであろう」

 

「ルルを真綿で包むようにして守って何になる?確かに危険だった。だがハンターとはそういう職業だ」

 

「笑止!人の決め事など知らん!我らは我らエルフの掟に従う!」

 

そのままキルシェを殺そうとする勢いだった。

 

おそらくはルルーシェが倒れたと知ったときにキルシェを殺すつもりだった。

 

傍にアイリーンやカイルがいたから様子を見ていたということになる。

 

「エルフの掟はエルフの血の流れを持つ者を守るだったわよね」

 

「滅び朽ちた一族の末裔ごときが口を挟むな!黙っていろ、女」

 

「坊やはエルフの血を持っていないようだけれど、それは掟に反するのではなくて?まぁ一族が滅び掟も無くなった私には関係のないことだけど、黙っていることにするわ」

 

アイリーンは壁に凭れて腕を組んだ。

 

五百年前の地殻変動よりも以前から生きているアイリーンにとってエルフが調停者となった経緯も知っている。

 

さらに言えば、アンディよりも遥かに年上でもあった。

 

「俺はルルーシェが残りの長い時間を独りで生きるのが我慢ならねぇ。無理矢理にでもテメェを理に触れさせたいくらいにはな。それで気が狂おうが知ったこっちゃねぇ」

 

「俺は・・・」

 

「だけどな。ルルーシェを危険な状態にするしか能がねぇんなら話は別だ。ここで俺が殺してやるよ」

 

「俺は死ぬわけにはいかない」

 

「なら戦うしかねぇな。最初は譲ってやるよ」

 

薄暗い路地で獲物を持った男が二人睨み合っている。

 

巻き添えにならないようにアイリーンは移動する。

 

女であるアイリーンには理解できない状況だが戦うことでしか語り合えないのが男という生き物だということをカイルで嫌というほど学んだ。

 

命の危険がないうちは諦観することが最善だということも同時に。

 

「てやぁ」

 

「ふっこんな弱いのにルルーシェと一緒に旅するなんて百年はえぇんだよ」

 

「関係ないだろうが」

 

「関係あるわ。ルルーシェを守れねぇテメェに預けられるかぁ」

 

刃が触れるたびに火花が散る。

 

実力としては拮抗しているくらいと見たアイリーンはますます諦観する。

 

「いつ終わるのかしら?」

 

そんな独白が出ても決着は付かない。

 

止めることは簡単だがそれでは解決しない。

 

エルフに付き纏われるのは気が滅入る。

 

調停者であるエルフを相手にするのは骨が折れる。

 

「坊やにエルフの血は流れていないのは明白なのにハーフエルフが来たのは何かあるわね。それとも独断?あり得るけれど理と掟を何よりも大切にするエルフがあるのかしら?」

 

互いに肩で息をしていて立っているのもやっとだというのが分かる。

 

キルシェはポイズドラゴやポイズドクイーンと戦ったままで疲労がある。

 

でもアンディは戦闘をしていない。

 

体力だけで言えばハーフエルフのアンディの方が圧倒的に上だ。

 

「・・・なるほど掟に背いているということね」

 

エルフは調停者であるが故に掟に縛られている。

 

掟に背く行為をすれば命を落とすことになる。

 

そうなるようにエルフの血には制約がかかっていた。

 

「テメェが死ねば済む話なんだよ」

 

「だ、れが殺されてやるか!」

 

「そこまでよ」

 

一瞬で大鎌を出し、二人の刃を受け止める。

 

キルシェが死ぬとルルーシェが大変なことになり対応が面倒だという思いと長引く戦いに飽きてきたという私情もあった。

 

「邪魔をするな!女」

 

「さっきから私のことを女とか滅び朽ちた一族の末裔とか言いたい放題だけど、誰に向かって言っているのかしら?」

 

「邪魔をするなと言っている!俺はルルーシェを!」

 

「そこよ。エルフの血を持たぬ者への介入はエルフの長老の承認がいる。でも承認を得ていない。そうでしょう。でなければ体力の消耗の仕方に説明がつかないのよ」

 

子どもに言い聞かせるように話す。

 

ハーフエルフの力を知らないキルシェは黙って聞く。


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