02
私は、部活を掛け持ちでやっている。
一つは、中一からやっている料理部。
もう一つは、今年、高一で始めた、天文学部。
退屈な授業を聞き流し、放課後、部活に来ている。
今日は、天文学部だ。
部室は割と広くて、備品もそれなりにあるので、私は、この場所を気に入っている。 ゆうなも天文学部で、同じクラスなので、一緒に部活に向かう。
「ねーねー、聞いてー!!」
と、部室に入り、ソファーに座った途端、ゆうなは、そう切り出した。
「あのね、ゆうな思い出したの!」
「何を?」
彼女は、楽しそうに笑いながら言った。
「この世界が、乙女ゲームの世界だってことに」
「……」
私が黙っていると、彼女は私の顔を覗き込んできた。
「聞いてるー?ゆなー?」
「聞いてるよ。ゆうなは、寝ぼけてるのかな?」
「寝ぼけてないよ!ちゃんと聞いてよ!!」
ゆうな曰わく、昨日の夜、夢をみたらしい。
所謂、前世の夢というやつ。
前世のゆうなは、ゲーマーというやつで、特に乙女ゲームが大好きだった。
そして、この世界はゆうながプレイした乙女ゲームに似ているということに。
「ただ、の夢だったんじゃないの?」
私はもとよりそういう、幽霊とかは信じない性質なので、ゆうなの夢は本当にただの夢だと思う。
「違うよ!確かに思い出したの。私の前世について!うろ覚えだけど、確かに、あれは私だったの!そして、ここは、乙女ゲームの世界なの!」
つまり、ここは乙女ゲームの世界だと、言ったことを訂正する気はないらしい。
タイトルは、よく覚えていないようだが、ストーリーの内容は、高一の一年間、この学校を舞台に、ヒロインが男の子達と恋愛をしていくという、よくある設定の乙女ゲームだそうだ。
「信じてくれた?」
一通りの、話を聞いて、「うーん」と、うなった私の顔をゆうなが覗き込んでくる。
「信じられない。信じない、と言いたいところだけどね…」
嘘だとも思えなかった。
なんでか分からないけど、ゆうなの話を聞くたびに私の心臓がじくじく痛むのだ。
とりあえず、と私は話を進めた。
「とりあえず、信じるよ。でさ、私が信じたとして、ゆうなはどうしたいの?」
ゆうなは、とても良い笑顔で言った。
「逆ハーレムを作りたいの!」
と。
私は思わず吹き出した。
お腹を抱えて笑う。
ダメだ、笑いが止まらない。
「なんで笑うの!?」
と、ゆうなは不満顔。
「だってさ、…う、ははっ、あははっ」
ーガラ
誰かがドアを開いた。
「何やら楽しげな声が聞こえると思ったら、二人とももういたんだ」
と、一人の男子生徒が入ってきた。
着崩されることなく、第一ボタンまでしっかりと止められたYシャツに、真面目そうというイメージの、とても整った顔立ちをしている。
「響くん」
ゆうながさっきより少し高い、甘い声で彼の名前を呼んだ。1-2の朝田響だ。
「お前、そういうときはな、「消毒だよ」とか言って、舐めるのが普通だろ」
「ばっか、お前! 絆創膏持ってるのに渡さないとかおかしいだろ」
と、ドアの外からアホらしい会話が聞こえてくる。
ーガラ
と、当然のようにドアは開かれ、今度は二人の男子が入ってきた。
「あっれー、俺らが最後だと思ったらまだ、こーへいも翠も来てねーじゃん」
「本当だね。まー、こーへいは忙しいからさ。翠は、教室で寝てるんじゃね?」
先に言ったのは、響とは、正反対で、制服がセンスよく着崩されていて、首にはシルバーネックレス、チャラそうだが、イケメン、彼が1-4の谷山裕。
後に言ったのが、面倒見が良く、少し背が低いのがコンプレックスの1-4の大野翔。
「遅いよー、二人ともー」
またもや、甘い声で二人に声をかけるゆうな。
二人は、「ごめんごめん」といいながら、私達が座っている、ソファーの向かい側に座った。
ーガラ
「俺らが最後だな、おまたせ」
と、言いながら入ってきたのは、1-4の川田晃平。
走ってきたのか、額には少し汗が浮かんでいる。
Yシャツで汗を拭っている姿まで爽やかなのは、イケメンだからなのかな?
そして、彼の後ろから顔を出した、色素の薄い髪に同じく茶色の目の1-3の紺野翠。
眠たそうにしているから、晃平に起こされて連れて来られたのだろう。
「俺らも今来たとこだけどな」
と、裕が言い、全員がソファーに座ったところで、私の隣に座っていたゆうなが、私だけに聞こえるような小さな声で言った。
「朝田響、谷山裕、川田晃平、紺野翠、大野翔、みんな攻略対象なんだよ」
と。
ここにいる、みんなの名前…。
私は、驚いて、ゆうなを見たが、その後、ゆうなは、すぐにみんなの方を向いてしまった。
「ゆうなね、みんなのこともっと知りたいの!」
ゆうなは唐突に言った。
あらら、今日は、今度の天体観測の日程とかについて決めたかったんだけど、無理そうだ。
「いきなりどうしたんだよ。」
と、裕が笑いながら言う。
裕だけではなく、ゆうなの突然の発言にみんなが笑った。
「だってね!だってね!もっとみんなと仲良くなりたいんだもん」
と、ゆうなは笑われたのが恥ずかしかったのか、顔を赤くして言った。
「そんならさ、遊びに行くのが一番じゃね?」
「私、ハイハイランド行きたい!」
翔の言葉にゆうながすかさず言う。
みんなが私の方を見た。
ゆうなのいう「ハイハイランド」というのは、絶叫マシンで有名な遊園地だ。
「ハイハイ」ていうくらいだから、高いところから真下に落ちる乗り物が一番人気だ。
「それじゃあ、ゆなが楽しくないでしょ?」
「えー!ゆうなハイハイランド行きたいのにー!!」
「いいのにー、気にしなくて。でも、ありがとうね、晃平」
窘めるように言った晃平にお礼を言った。
そう、私は絶叫マシンに乗れない。
乗ると酔ってしまって、大変なのだ。
そして、それをみんな知っているから、気遣ってくれたのだ。
だから、遊園地に行ってもメリーゴーランドとかゆるーいものしか乗れない。
「まあ、ゆなが良いならいいんじゃないかな?みんなで順番にゆなのお守りをすればいいんだしね」
「僕も別に乗らなくてもいい。ゆなと一緒にメリーゴーランド乗ってる」
響の言葉に翠が言った。
翠だって、絶叫マシン好きなのにね。
優しいよね、みんな。
「ありがとうね」
私は嬉しくて、笑顔でお礼を言った。
「もうゆな!ゆなはもっと三半規管鍛えなよ!」
と、ゆうなにそう言われ、思わず笑ってしまった。
三半規管鍛えるって、何すればいいんだろうか?
グーグル先生に後で聞いてみよ!
「確かに!調べてみるね」
「うん、調べてみなー」
ゆうなは可愛らしく笑って言った。
あぁーやっぱり、美少女は得だ。
可愛いは、正義だね。
「なんかお腹すいてきちゃったー」
「あっ!さっきのクッキーあるけど食う?」
と、裕が、自分の鞄から可愛らしい小さな袋を出した。
多分、女の子から貰ったクッキーなのだろう。
彼らがたまに貰っていたのは知っていたけど、こんな風に出してきたのは初めてだ。
「裕!」
少し冷たい視線を送りながら、名前を呼んだ。
「ほら、やっぱり怒られたじゃん!!」
と、裕がゆうなに非難するように言う。
「どういうこと?」
「さっき知らない子がこのクッキーをくれた時にちょうどゆうながいてさ」
と、裕がクッキーを渡された時の状況を話してくれた。
丁度ゆうなが来たところ、クッキーを渡した女の子は逃げるように居なくなってしまったらしい。
そこで、ゆうなは裕に
「そのクッキー後でみんなで食べよう」
と言ったらしい。
逃げた女の子の気持ちも分からなくもない。
きっと、並んだゆうなと、裕がとてもお似合いに見えたのだろう。
そんなところ見たら女の子はもう何も出来なくなっちゃうよね。
それでも、ゆうなが言った言葉はよろしくない。
「ゆなは頭固すぎるんだよ!いいじゃん!別にー」
「良くない。だって、ゆうなだって、手作りクッキーが自分が食べて欲しい相手に食べて貰えなかったら嫌でしょ?」
「嫌だよ」
はっきりとゆうなは言った。
なら、ダメだよ、と言おうと口を開こうとしたら、
「でも、ゆうななら何してもいいでしょ?だってヒロインなんだから」
と、とんでもないことをゆなは言った。
びっくりして口を閉じてしまった。
そんな中、裕が笑い出した。
「ヒロインね。全く、ゆうなは小悪魔だな。そんなこと言うなよ」
と、優しく言ってゆなの頭を優しくぽんぽんと二度叩いた。
でも、ゆうなを責めるようでも、非難するようでもなく、ただひたすらに優しかった。
他のみんなも笑い出して、呆れながらも優しく、「ゆうなは仕方ないなー」といった感じで笑い出した。
「小悪魔じゃないよ!天使だもん!」
と、ゆうなが言い、さらに大きな笑い声になる。
そんなみんなの様子をただ呆然と眺めていた。
ただ、私は笑えなかった。
みんなが何を笑っているのか分からなかった。
ただとてつもない疎外感を感じてしまうと同時に、ゆうなの言動が心配になった。
彼女の中でこの現実が完全にゲームとして認識されたような気がしたからだ。
ゆうなが前世の夢を見たときから、ゆうなの中で何かが変わってしまったのだろうか?
少し考えてから
とにかく、裕にクッキーをしまわせなくてはと、
「でも、ダメだよ。これは家帰って裕が一人で食べてね!そして太ってモテなくなってしまえばいいんだよ」
できる限り冗談めかして言い、クッキーを裕に押し付けた。
「しゃーねーな。家帰ってゆっくり食べるよ。でも、言っておくけど、俺は太らない体質なんだよ。お前と違って」
裕の冗談に少し安心しながら「ばーか」と言い笑った。
そして、ふとゆうなにならそんな冗談なんて言わないよなー、と思った。
それに裕は最初からゆうなに対して好意的だった。
ゲームの世界、ヒロイン、それの証拠のようなものが浮かんで来て、少し怖くなった。
ゆうなにもう一度、今度はしっかりさっきの前世の夢の話を聞こうと、思った時、
ーガラ
と、突然ドアが開いた。
「山川!山川柚菜!助けてくれ!」
そう叫びながら入ってきた男子が私を見つけると私の腕をとって立たせ、
「鞄はどこだ!」
ともとから少し怖い顔を焦っているのかさらに怖い顔にして聞いてきた。
もっと優しい顔をすればかっこいいのになんて考えながら、床に落ちている自分の鞄を指さした。
彼はそれを持ち上げ、ドアの方へとずんずん歩いて行った。
「おい、ちょっと待てよ」
と、晃平が焦ったように言った。
確か、この二人は面識なかったっけ、と思い、紹介しようとしたとき
「こいつはもらって行くぜ」
と、なんだか知らないがとっても楽しそうに笑って(周りからみると悪人面)、私を連れて部室を出た。
あー、ゆうなに聞かなきゃいけなかったのに…、夢の話。
まあ、仕方ない。
明日にでも聞こう。
部室を出て歩きながら、腕を放してもらった。
「でさ、さっきの決め台詞なに?すごくダサかったよ」
「お前、開口一番それかよ。違うからな、普通ここは、「そんなに焦ってどうしたの?」だからな」
私の言葉に彼はため息を吐いてそう言った。
ちなみに、「そんなに焦ってどうしたの?」という部分はあからさまに声を高くして言ったので少しも面白くて笑った。
彼は面白くて、とても楽しい人だ。
それに優しい。
だってほら、歩いている今だって、私に歩調を合わせて長い足を少しゆっくり動かしてくれてるんだもの。
「ありがとう」
「おう」
と、彼は言い、私は彼の後について行った。
ゆなが去った後の部屋で、晃平が不機嫌そうにドアを睨みつけていた。
翔と、さっきの彼は面識があり、何の用か検討のついたのでみんなに説明をしたのだが、晃平の機嫌は直らなかった。
翠もゆながいなくてつまらなそうな顔をしたが、それを響が宥めた。
という、響もゆながあんな連れて行かれ方をされて面白くはないが。
翔は母親に置いてかれた子どものようだと思ったが、言えるはずがない。
ゆうなはというと、そんな彼らとは真逆で上機嫌だ。
裕もゆうなが上機嫌なので、同じく上機嫌。
どちらでもない翔はただ彼らの様子を傍観していた。
「ゆな、なんていらない」
可愛い女の子のくちから紡がれた言葉は、翔の耳にも届いたが、ゆうなが言う言葉なら許される気がした。
曖昧な、すっきりしないものが一瞬胸に広がって、翔は眉をひそめたが、すぐに消えた。