第8話 青春は入部届けだ!
部活動の時間。 ……と、言ってもそんなに大げさなものではない。 部室でただ漫画の本を読んでいるだけ。 傍から見れば遊んでいるも同然なのだろうが……
「それが青春部の活動だからな」
と、部長はゲームをしながら言う。 画面では戦国武将が多数の兵士相手に無双している最中だ。
「そういえばさ、キョンって部に入ってどれくらい経った?」
僕の真向かいで小説を読みながら亜里沙さんが尋ねてきた。
「えぇと二週間目ぐらい、でしょうか」
「へぇ。 青春部も部員が増えて『らしく』なったわね、環」
「…………」
「環?」
亜理紗さんの言葉に顔を背ける部長。
「どうしたんですか?」
「……キョンはまだ部員じゃないんだ」
「はい?」
驚きのあまり亜里沙さんは読んでいる小説をテーブルに落とし、僕は口が半開きになる。
「ど、どういうこと?」
「いや、キョンから入部届けは貰ってあるんだ。 貰ってはあるんだよ、それは確実」
「で、持ってるの?」
「えーと……えーと……」
「持ってるの?」
コントローラーを手放し、ロッカーから自分の鞄を取り出す。 あれやこれやと探すが良い返事が聞けそうにない。
「ちょっと教室行って来る!」
全力で部室から走り去る。 ど、どうすれば……
「あの、亜里沙さん」
「あぁ、別に心配しなくてもいいわよ。 念の為と思ってキョンの部活に出た日はメモしてあるから本人の証言もあれば大丈夫」
「よ、良かったぁ……」
「だけど、環はこってり絞られるわね」
「どうしてですか?」
「一応、あんなのでも部長だから。 監督責任ってやつ?」
「大変なんですね、部長も」
僕の言葉と同時に部室の扉が開く。
「お、戻ってきた。 どうだった?」
「うん、あった」
何故か棒読み気味の部長。 一体、どうしたというのだろう。
「ほら、出してみなさい」
「はい」
やけに素直な部長なだけにその後の展開は何となく予想出来ていた。
「ちょっと! これ白紙じゃない!」
「遥。 遥ちゃん、ちょっとお願いします」
「はいはーい」
部長は台所から出てきた遥ちゃんに耳打ちをする。 時々、僕と亜里沙さんをちらっと見て様子を伺っているようだ。
「どういうことなの、遥ちゃん」
「キョン君から貰った入部届けは完全に失くしたそうで、先生に頼み込んで新しい入部届けを貰ったそうです」
「で、何とかなりそうなの?」
再び耳打ち。
「活動していたことを証明出来るものとキョン君の証言があれば今回は特別、ということらしいです」
「全くもう……」
「反論の余地など全くありません」
「当然でしょ! キョン、職員室に行くわよ」
「はい。 ……あの、部長?」
「な、何だ?」
若干涙目の部長。 その状態から察するにこういった失敗は殆ど無かったか初めてだったのか……
「あまり気にしないで下さいね。 これで済んで良かったと思わなくちゃ」
「……キョン、お前って優しいんだな」
涙の他に鼻水も垂れる。 ……母親に叱られた後の子供みたいだ。
「ほら、部長。 ティッシュとハンカチ」
「お、おう。 …………みっともないところを見せちまったな」
「いえ、大丈夫ですよ」
「次からは気をつけなさいよね、環」
「頑張る……」
そして、僕と亜里沙さんは揃って部室を後にするのであった。