第1話 さっそく辺境に追放されました
初投稿になります。
都市計画の実務経験を活かした作品になればと思います。
この地図は、主人公が追放される大森林盆地と帝都との位置関係を示しています。そのほかの場所はおいおい追加していきます。この大陸はアフリカ大陸より2回りほど大きいという設定なので、かなり長大な山脈で、山脈を超えての移動は事実上不可能です。
主人公たちの開拓が、大陸の物流を一変させてしまうことが、この地図からもわかると思います。
「──よって、皇子ルシウス・ユリウス・ユスティニアヌスを大公へと叙爵し、帝国北西の『大森林盆地』をその封土とする。また、大公国設立に伴い、帝国元老院議員の職を解く。以上である」
きらびやかで、しかし、ただそれだけの宮殿。
高く格式ある玉座から見下ろすように、俺の腹違いの兄──現・帝国摂政であるティベリウス・ユリウス・マグヌスは、感情を含まない声を響かせた。
(……いや、知ってたけどさ。知ってたけど、やっぱりそう来ましたか、ティベリウス兄上!)
俺は内心で盛大に肩をすくめた。
現在の皇帝──俺たちの親父の体調が芳しくなくなってから、宮廷の空気は一変した。
純血のハイエルフであり、保守派の強い支持を受けるティベリウス兄上。兄上が元老院さえも掌握し、摂政に就任した時点で、俺の排除は既定路線だったのだろう。
なぜなら、俺の母親はこの帝国においてあまりに特別すぎた。
数千年に一度、世界樹そのものから生み出される純粋なる『世界樹の化身』──その化身が側室として入内し、産み落とした息子が、この俺、ルシウスだったからだ。
当然、元老院の中には、「玉座には、世界樹の化身の血統こそふさわしい。ルシウス皇子を次期皇太子に据えるべきだ!」と主張する強力な一派がそこそこ存在した。ハイエルフにとって「世界樹」という名のブランドは絶対だからね。
だが、ティベリウス兄上に言わせれば、そんなイレギュラーによる皇位継承順位の変更など、今後の権力闘争の火種でしかない。前例を作れば帝国が荒れる。だからこそ彼は元老院を裏から掌握し、「帝国秩序の維持」という大義のもと、俺を宮廷から物理的に引き離す法的な手続き──大公叙爵という「名誉ある追放」を仕組んだわけだ。
もっとも、思慮深い兄上のことだ。建前上は大公の位とそれに見合う領土を与えて体裁を整えつつも、「追放先で不慮の事故でも起きてポックリ死んでくれたら万々歳」くらいには思っているのだろうと俺も考えていた。まさか与えられる領土が、あの魔境だとは思わなかったが。
「……ありがたき幸せに存じます、摂政閣下。建国以来千三百有余年、誰も開拓をなし得ていない化外の地を見事帝国の版図に切り取ってご覧に入れます」
俺がティベリウス兄上に対し臣下の礼をとると、周囲の貴族たちから、くすくすと品のない笑い声が漏れた。
特に、ティベリウス兄上の斜め後ろで勝ち誇ったような顔をしている、彼の同腹の弟──俺にとっては別腹の兄にあたる、カシウス・ユリウス・バルブスは、にやけ面を隠そうともしない。歳の近さゆえに幼い頃から何かと俺と比較されては、勝手にコンプレックスを爆発させていた可哀想な奴だ。ティベリウス兄上も、アホだけど、なぜか国民からは愛される弟の扱いには手を焼いているらしいが、今は放置のようだ。式典中に私語をしちゃいけないんだぞ。そういうとこだぞ。
彼らが笑うのも無理はない。大公として独立を許されることは異例とも言っていいほどの待遇だ。だが、問題はその領地だ。
『大森林盆地』。
建国から千三百年、帝国が幾度となく開拓団を送り込み、ことごとく失敗に終わってきた狂った魔力溜まりの魔境である。強力な魔獣が跋扈し、道なき大森林に阻まれたそこは、普通なら生きて戻る術のない事実上の流刑地だった。おおかた、領地をもらったのに開拓もできずに王都で肩身を狭くして生きていくしかないとでも思っているのだろう。大公として名目上独立はしたので、元老院議員の資格も失ったしな。
ティベリウス兄上は、玉座から俺を冷たく見下ろしたまま言葉を続ける。
「ルシウス。大森林盆地は人外魔境の地だ。無理をせずともよい。お前が授かった世界樹のギフトは確か『箱職人』であったな。開拓に向くとは思えぬが、大森林の木材を切り出して財を成すことはできるだろう。落ち着けば帝都に腰を据えても構わぬ。陛下の体調が良いときは顔を出すとよい」
「お気遣い、痛み入ります」
思いのほかティベリウス兄上が温かい言葉をかけてくれたので逆に不気味に感じていると、案の定、横からアホのカシウスが余計なことを言い出した。
「『箱職人』など、木箱や馬車の空間を僅かに広げる程度の、いかにも平民らしい慎ましい能力だ。……ふん、まあいい。その地味なギフトがあれば、魔境の伐採にも資材の運搬にも事欠くことはあるまい」
(いやー、盛大に勘違いしたまま、ろくに調べもせずに追放してくれて本当に助かるわ。おかげで変に警戒されずに済む。兄上たちも、まさか俺が本気で魔境の開拓を実現する気でいるとは思ってないんだろうな)
俺は頭を下げたまま、必死に口元がニヤけるのを堪え、そして前世の記憶を思い出す。
そう、俺には前世の記憶があるのだ。日本でキャリア官僚として働いていた記憶が。俺は東大を首席で卒業したのち、インフラを司る省庁で、トップまであと一歩というところまで来て、敵対派閥の政治家に罠に嵌められた。国会の証人喚問に立たされ、連日ネットで叩かれた。結果、心労でポックリ心臓が止まったのである。
気がついたらエルフの帝国の皇子に転生していたのだが、前世のあのタヌキどもに比べれば、兄上たちの嫌がらせなんてぶっちゃけ可愛いもんだ。魑魅魍魎のうごめく永田町に比べれば、今世の人生はイージーモードと言ってもよい。
彼らは何も分かっていない。現代日本の国家的な工学知識と、この世界で俺が磨き上げてきたオリジナル魔法が組み合わさったとき、一体どれだけヤバいことが起きるのかを。
「では、ルシウス。大公としての最初の任務だ。帝国の辺境を沃土となし、版図としてまいれ」
「御意のままに」
こうして俺は、たった一台のボロ馬車と、一人の従者を連れて、帝都を後にすることになった。誰もが開拓不可能と笑った、世界の果ての死の大地。
だが、俺にとっては誰にも邪魔されない、最高の社会実験のステージでしかなかったのである。
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