第42話 作戦終了
糸成が朝日へ呟くと、連合の特権術師が敵首領を討伐した合図の赤い花火が打ち上がる。それを見て、周囲の連合奇術師は勝鬨を上げた。戦闘が終わり、緊張の糸が切れた糸成が後ろへ倒れる。
「糸成! 界斗、早く糸成の治療を!」
「あぁ、分かってる!」
真矢を座らせた界斗が、糸成へ駆け寄る。糸成の酷い傷に、界斗は一瞬手が止まった。界斗の結界で威力は落ちたものの、それでも転凱の渾身の一撃は糸成の胴を切断寸前まで切り裂き、その状態で走ったことで内臓が腹腔内からずり落ちてしまっていた。糸成の顔色は、大量の出血でどんどんと血の気が引き、悪くなっていく。
『神産巣日陣』
必死に治癒術式を起動するが、内臓を一から再生する技量は、まだ界斗には無かった。真矢が糸成の傷と、界斗の術式でも一向に良くならない様子を見て、もう助からないと思い口を抑え泣き崩れたとき。聴き覚えのある声が聞こえて来る。
「良く持ち堪えさせました。後は私が」
音も気配も無く、エペルがやって来た。
「エペルさん!」
エペルが糸成の横に立つと、左手で開いた聖書に右手をかざす。
『ヘブンズ・ブレシング』
聖書に術式が浮かび上がると同時に、糸成の腹部が温かく光った。たちまち、糸成の内臓は何も無い状態から再生され、傷も残らず完治する。呼吸を荒くしていた糸成だったが、急激な自身の回復に驚き目を見開くと、勢い良く上半身を起こし自身の腹部を触って確認した。
「君、昨日のパーティーで肉ばかり食べましたね? 腸内環境が乱れていたので、それも改善しておきましたよ。それにしても、獣神化した術師をあなた達だけで倒すとは。流石、Mr.服部の弟子ということですかね? ・・・・それで、あなたはいつまで死んだフリをしているつもりですか?」
糸成達は、転凱の遺体を警戒した。すると、転凱の上半身の残っていた部分がうねり始める。
「ケケケッ。極限まで聖気を抑えてたってのに。これに気付くとは、流石は特権だなぁ?」
転凱の遺体の獣毛は消え、胴の上に1匹の鼬が姿を表す。
「これが、亜神・・・・。初めて見たわ。見た目は普通の動物なのね」
鼬の亜神は、転凱の遺体を尾の先で突く。
「ケケケッ。転凱の奴、面白ぇもんを見せてやるって言うから契約してやったが、まさかガキの術師に負けるとはなぁ? まぁ、充分楽しめたから、良しとしてやるかぁ? ケケケッ。そんな殺気向けんじゃねぇよぉ。俺っちに、もう戦う気はねぇ。あれば、こんな弱ったガキなんてとっくにぶっ殺してるぜぇ? ケケケッ」
エペルは殺気を納めた。
「どうやらそのようですね。行くならさっさと行きなさい。道中で他の術師にちょっかいを掛けるようであれば、容赦しませんからね?」
鼬へ、エペルは鋭い視線を向ける。
「ケケケッ。怖ぇ怖ぇ。お前ぇと殺り合う程、俺っちも馬鹿じゃねぇさぁ? それじゃあ、俺っちは行かせて貰うぜぇ?」
鼬は、機敏な動きで瓦礫の間をすり抜けて、姿を消した。エペルはため息を吐く。
「あの手の亜神は、何を考えているかわかりませんね。さてと。あなたの術式なら、そちらのお嬢さんの怪我は治せますね? 私は、他の重症者を診て回ります。残党には気をつけて下さい。では」
「エペルさん!ありがとうございます」
御礼を言った糸成にエペルは笑みを見せると、他の重症者の元へと向かった。界斗は、直ぐに真矢の傷を治療する。糸成に比べて軽傷だった真矢の傷は、直ぐに癒えた。
「ふぅ。これで、真矢の傷も大丈夫だ。それにしても、糸成が無事に治って本当に良かったぜ。俺じゃあ治せなかった。エペルさんに感謝だな。・・・・それにしても、糸成と行動するようになってから、真矢はよく泣くようになったなぁ」
界斗が、親が我が子の成長に感動する様にしみじみと言うと、脚が完治した真矢は黙って立ち上がる。そして、真矢は不適な笑顔を見せると、治療の為にしゃがんでいた界斗の顔を治してもらった右脚で蹴り飛ばした。界斗は、再び瓦礫に頭から突き刺さる。
「界斗、あんた最近本当にデリカシー無いわよ?」
瓦礫から頭を抜き出した界斗は、頭から流血しながら真矢へ不満を垂れる。
「おい真矢! 誰がその脚治してやったと思ってんだ! 糸成みたいに、もっと俺にも優しくしろ!」
「うっさいわね! だいたいあんたは!」
真矢と界斗の言い合いが始まった。その兄妹喧嘩のようなやり取りに、糸成は狼希とのやり取りを思い出しながら、小さな声で笑い笑顔を見せる。糸成は鬼門神社襲撃事件以降、心の底から笑ったことがなかった。笑顔を見せていても、頭の片隅には常に失った両親と居なくなった弟の顔があった。それが、復讐という呪縛から解き放たれ、心の底からの笑顔を糸成は取り戻す。
その後、転凱を倒してから5分も経たずに、エペルと雷蔵の特権術師両名が作戦終了を宣言し、緑の花火が打ち上げられた。捕虜11名、連合奇術師の殉職者237名、重軽傷者579名。アンノウンの構成員は熟練した脱国奇術師が多かった為、連合奇術師の被害は大きかった。奇術界に残る歴史の中で、最も大規模な大戦となった。
作戦終了後。雷蔵が、疲れ果てた糸成達の元へ姿を現した。糸成は、コードネーム怨狼が傷の男で、父転哉の兄転凱だったことを伝えた。転凱の遺体を見た雷蔵は、目を細めて獣神化の痕跡を見つめ、ゆっくりと目を瞑る。そして目を開けると、優しい目で糸成達を見た。
「獣神化した相手に、良く戦った。強くなったなぁ、お前ら。俺の指導が良かったんだなぁ〜うんうん」
雷蔵は腕を組み、再び目を瞑ると大きく頷いた。
「先生。そういうのを口に出すから、格好がつかないのよ?」
「なんだとぉ〜? 生意気なのはこの口かぁっ!」
両頬をつねろうとする雷蔵に真矢が対抗し、取っ組み合いが始まる。朝日が照らす中、4人は1人も欠けることなく、いつもどおりの日常がそこにはあった。
翌日、神隠れの里の墓地に糸成は居た。転哉と結衣の墓石に花を手向け、手を合わせる。
「父さん、母さん、久しぶり。やっと終わったよ。仇討ちは終わったけど、僕のやることは変わらない。父さんと母さんが護ってきたように、次は僕が皆を護る番だ。そうだよね? 2人みたいに立派な術師になれるか分からないけど、僕なりに全力で頑張るよ。だから、見守っててね?」
暖かい追い風に、背中に手を添えられ優しく押されたような感覚がした。糸成は、笑顔で墓を後にする。
アンノウン掃討作戦から1週間。
「糸成〜。まだ〜?」
「さっさと行こうぜ〜」
服部邸の四脚門から、真矢と界斗が呼び掛ける。
「うん! ちょっと待って〜」
糸成はウエストポーチに苦無を入れ、狼の仮面を持つと服部邸の四脚門へと向かう。
「ごめん、お待たせ。行こっか!」
糸成は今日も、任務へと向かう。
アメリカ合衆国、バージニア州。アメリカ奇術省ヘキサゴン、地下10階。
白塗りの長い通路に、ヒールで歩く音が鳴り響く。スーツを着た女性がIDカードをドアノブにかざし、ロックを解除して入室する。拘束椅子に座った男に対し、テーブルを挟み対面の席へ女性が腰掛けると、女性は脚を組んだ。
「それでは、岩真。尋問を始めます」
アンノウン編完




