表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
緋色の奇術師  作者: オクヒロ
アンノウン編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/10

第1話 理不尽

 第二次世界大戦から80年以上が過ぎ、平和が続く日本。岐阜県高山市の山奥に、一人の少年がいた。


「見つけた」


 大狼糸成おおがみいとなは、深く息を吸うと胸を張る。意識を集中させ緋色に輝く右眼で狙いを定め、矢を射る。矢が当たると、すかさず雪のような白毛に鋭い爪と牙を持つ超大型猟犬“琥珀(こはく)”が、獲物の喉元へ噛みつく。


「やった! 立派な雄鹿だよ、父さん!」


「あぁ、今日は紅葉鍋だな。糸成、よくやった」


 父、大狼転哉(おおがみてんや)が笑顔で糸成の頭をワシャワシャと激しく撫でる。糸成は、この荒っぽいが優しく温かい父の手が大好きだ。


「さっさと血抜きをして、母さんと狼希(ろうき)に見せてやろう」


「うん! 琥珀、今日もありがとね」


 糸成が声を掛けると、琥珀はツンとしてそっぽを向く。琥珀と糸成は幼い頃からの付き合いだが、家族の中で糸成だけには懐いていなかった。

 糸成の家は、高山市の山奥にある。家の隣には小さな“鬼門神社”があり、転哉と母の結衣(ゆい)はそこの神主だ。半自給自足生活の中で、糸成の仕事は狩である。10歳から狩を始めて5年が経ち、最近では安定して獲物が取れるようになり、大狼家の食卓を潤している。

 血抜きを終えて家へ帰ると、来客がいた。


「おじさん!」


 シワの付いたワイシャツを着て、無精髭を生やしボサボサの髪型をした男。名は服部雷蔵(はっとりらいぞう)。彼は転哉と結衣の古い友人で、糸成が小さい頃からよく遊んでもらっている親戚のような存在だ。


「お〜糸成、今日は大物が獲れたなぁ。お土産、持って来たぞ〜」


「本当⁈ いつもありがと! 今日は、何処のお土産なの?」


 糸成は、雷蔵の持つ紙袋に目を輝かせる。そして、雷蔵は少し焦らして紙袋から箱を取り出し、糸成へ見せた。


「今日はなぁ、北海道のバターサンドだ!」


「マジ⁉ おい狼希! 今日は紅葉鍋とバターサンドだぞ!」


 玄関へと向かいながら、糸成が高揚した声で家の中へ叫ぶ。


「兄ちゃんマジで⁈ やったー!」


 家の中からは糸成の2歳下の弟、狼希の元気な声が返ってくる。村から出たことのない糸成と狼希にとって、雷蔵の持って来るお土産はまるで別世界のものであった。糸成は、こんな日常がいつまでも続いていくと思っていた。いつまでも。

 しかし、その日は突然訪れる。いつもどおり、糸成と転哉が琥珀を連れて獲物を狩り、手際よく血抜きを終えて帰り道。突然、爆発音が聞こえてきた。


「家のほうからだ!」


 そう言って家へ向かって走り出そうとする糸成の腕を掴み、転哉が止めた。


「いいか? 糸成、よく聴け。向こうでは何が起きているかわからない。だから、お前はこのままここで隠れていなさい。父さんが、様子を見て来る」


 普段、笑顔を絶やさない転哉の初めて見せた鬼気迫る表情に、糸成は不安を覚える。


「わ、わかった」


「大丈夫だ。・・・・琥珀、行くぞ」


 糸成の目を見つめ優しく頭に手を置いた後、転哉と琥珀は普通の人間では到底出すことの出来ない速度で、家の方角へと駆けて行った。


 最初の爆発音から、10分程経った頃。同じ様な爆発音が、何度も聞こえてくる。糸成は心配になり、転哉の言いつけを破って家へと向かった。木々の向こうから、転哉の驚きと悲しみの混じった声が聞こえてくる。


「生きていたのか⁉︎ 何故こんなことを!」


 家に着いた糸成は、その光景に目を疑った。燃える家と神社、胴が2つに別れている結衣。片腕を無くし血まみれの転哉と、顔に3本の爪痕の様な切り傷のある知らない男が対峙していた。


「父さん! 母さん!」


 転哉が、森を抜けて来た糸成に気付く。


「糸成⁉︎ 早く逃げなさい!」


 転哉の気が一瞬逸れたのを、傷の男は見逃さなかった。傷の男が、腕を素早く振った瞬間。転哉は左鎖骨から右脇腹にかけて斜めに血しぶきを出し、倒れる。糸成は、唯それを見ていることしか出来なかった。糸成が、転哉に駆け寄る。


「父さん!・・・・父さん!」


「糸成・・・・狼希と一緒に逃げなさい。まだ、近くにいるはずだ。狼希を、頼んだ・・・・ぞ・・・・」


 そう言い残すと、転哉は事切れた。

 その頃、傷の男は神社の御神体に向かって、何かを唱えていた。唱え終わると、その男は「次だ」と一言だけ口にして、音も無く消えるように姿を消す。すると、御神体がカタカタと震え始める。初めて見る光景に、糸成は動揺した。


「な、なんだあれは・・・・」


 御神体があった場所に、光の鳥居が出来ている。すると、地響きを立たせて巨大な影が鳥居を潜る。5メートルはあろう巨体、赤い肌、額に生えた2本の鋭い角。産まれて初めて目にする糸成でも、それが何と呼ばれるか分かった。


「お・・・・鬼だ・・・・」


 その禍々(まがまが)しい姿と深く暗い瞳に、糸成は戦慄する。狩で幾度となく自然の摂理を見てきた糸成は、途端に理解していた。その瞳は、捕食者のものであることを。


「父さん! 早く逃げなきゃ! 早く!」


 既に息絶え、目から光を失った転哉の腕を、涙を流し震えた声で呼びかけながら、糸成は必死に引っ張る。そして、鬼が糸成に手を伸ばしたときだった。鬼の、森の木々を揺らす程の雄叫びと共に、鬼の人の胴程はあろう太い腕が落ちる。


「お、おじさん!」


 糸成の前には、日本刀を握った雷蔵が立っていた。


紫電一閃(しでんいっせん)


 雷蔵は、たちまち鬼の首を()ねる。


「おじさん! 父さんと母さんが!」


 徐々に冷たくなっていく転哉を抱き抱え、泣きながら糸成が雷蔵を呼ぶ。


「遅れてしまってすまない。転哉、結衣、よく糸成を守った。こいつのことは任せろ。・・・・ゆっくり眠れ」


 雷蔵は落ち着きの中に悔しさを滲ませながら声を掛け、転哉の(まぶた)を手のひらで優しく閉じた。その姿を見て糸成は大声で泣き叫んだ後、父と母の死を受け入れられず彼の脳は思考を停止し、気を失った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ