第6話 修羅
───半年前、私は “家族” を失った。
家族だけじゃない。友達も、家も、全てを失った。
失った原因は “運” 。
丁度、騎士団の循環が終わったばかりの頃で。
依頼をしようにも、受けてくれそうなハンターは軒並み遠征中で。
………サガ兄も、あの時はまだ強くなかった。
私の村が壊滅するのは運命だった───そう言われてるみたい。
全部が全部、噛み合わなかった。
どうしようもなかった。
でも、「運が悪かった」なんて言葉では納得できなくて。
私の中で生まれた “何か” は、頭なんかで抑え込めるほど弱くはなくて。
この怒りを、私は “まず” 魔獣達に向けた。
私の中で生まれた “何か” は───凶暴だった。
私の一部の筈なのに、私ですら恐怖するほど歪なものだった。
放っておいたら、いつか、その成長した “何か” に、私の体を食い破られるんじゃないのか? 私の頭すら貪り食って、“私” に成り代わられるんじゃないか?
そんな恐怖を感じるものだった。
だから、純粋な怒りと、その恐怖に駆り立てられるように、ストレス発散の対象を求めた。
私にとって、魔獣は丁度いい八つ当たり対象だった───それだけ。
でも、徐々に魔獣ではストレス発散できなくなった。
相も変わらず、魔獣への怒りはある。
魔獣を見たら、どんな相手だろうと確認する前に体が動くぐらいには、唾棄してる。
でも、魔獣狩りでは、もう、私の中の “何か” の勢いを割くことはできなくなっていた。
いつしか、私は “サガ兄” に八つ当たりをするようになった。
サガ兄は私の恩人。
弱かった時でも、私を抱えて長距離を走り、都市まで送り届けてくれて。
依頼の仕方のアドバイスまでしてくれて。
家や家族を失った際には、私を見捨てずに手を差し伸べてくれた。
サガ兄だって、私とそんな歳、変わらないのに……。
だから、八つ当たりどころか、怒りを向けることさえお門違い───そんなのは分かってる!
でも、向けずにはいられなかった……!
メタルスライムを狩っていた時、初めて、サガ兄にも悪い感情を覚えてることに気付いた。
サガ兄は私にこれでもかと親切にしてくれたのに。
あんなこと言ったって、しょうがないって……分かってるのに……!
私は、サガ兄を、まるで「事件を目撃しながら見て見ぬフリした卑怯者」と言わんばかりに罵倒した。
───サガ兄が悪い訳じゃないのにッ。
あんなことを言っても、サガ兄は私を見捨てなかった。
凄く優しくて、お人好しなお兄ちゃん。
そんなサガ兄に対して、私は酷いことを言った。───その事実のせいで、私はサガ兄に気まづさを感じるようになり、自然と「お兄さん」と呼ぶようになった。少しでも、言葉でだけでも、距離を取りたかった。
きっと、そんなサガ兄を「底抜けに優しい人」と認識したから、私は八つ当たりの対象にしたんだと思う。
そんなつもりは無かったけど、振り返ってみると……そうとしか思えなかった。
駄目だって分かってるのに、サガ兄に苛ついて……苛つくタイミングが増えていって、気付けば、彼に対して怒ることが増えていた。
サガ兄に怒鳴ると、私の中の “何か” が小さくなるの。そうやって余裕ができることに快感を覚えて、いつしか病み付きになってた。
………最低だ。とんでもなく最低な行為だって、分かってるのに……。
私は怒りを手放せなかった。───快感を、手放せなかった。
そんか自分が嫌で、変えようって思うのに……上手くいかなくて、自分に失望する。
時間が経てば、怒りと “何か” への恐怖に頭が押し潰されて、これらを消すこと以外、頭から抜け落ちていて。
そして、サガ兄に怒鳴る度、自己嫌悪に陥った。
いつしか、私は、自分を出すのが怖くなった。
自分の感情を少しでも出したら、もっと酷いことをサガ兄にしてしまうかもしれない。
それがどうしようもなく怖くて……サガ兄に取り返しのつかないことを仕出かすかもしれないのが怖くて。
嬉しいとか面白いとか、驚いたとか、そんな感情も全部、押し殺すようになった。
サガ兄には、罵倒以上の酷いことはしたくないッ!
だから、私は “現状維持” を選んだ。
───罵倒だって、十分、相手の心を傷つけるのにッ。
武闘都市ライラックに着いた日、私はとうとうサガ兄に愛想を尽かされた。
「俺とヨミはここで別れよう」
あの言葉がどれだけ恐ろしかったか。
私は、村を失った時と同じだけの絶望を、この言葉で受けた。
この時は、あれだけ私を蝕んできた “何か” でさえ、一気に萎んで、どこかに隠れてしまうくらい、私が受けた衝撃は大きかった。
当然、必死に泣き付いたよ。
感情が乱れ過ぎて、何言ったか覚えてない。
でも、かなりみっともないことを言ったと思う。
お人好しのサガ兄は「仕方ない」といった様子で、私との “別れ” を見送ってくれた。
あの時に感じた安堵は、他の何にも言い換えられない。
感情が一気にストンと落ちたみたいな感じで、サガ兄にしがみついてなかったら、きっと、手を床に着いてたと思う。
感情の空白のせいで、もう何も考えられないくらい力が抜けていた。
───あの日から、一年。
私はサガ兄にオススメされた道場で稽古を続けていた。
サガ兄に別れを告げられたあの日から、私は罵倒をやめることができた。
私の中の “何か” は、私と同じく小心者みたいで、あの日のサガ兄の言葉を思い出す度、小さくなった。
───でも、完全に消すことはできなくて。
時間が経つ毎に、“何か” は大きさを取り戻していった。
今は、“サガ兄との別れ” が枷となって、私の罵倒を封じてくれてる。
でも、分かるの。
いつか、この枷も外される。
予感があるの。その時になったら、“何か” はこれまでにないほど肥大化して、きっと、私の理性なんて吹き飛んで───私はサガ兄に取り返しのつかないことをしてしまう。
嫌だ!
サガ兄と別れるのは嫌!
それ以上に、これ以上、サガ兄を傷付けるのはもっと嫌!!
少しでも “その時” を遅らせるために、サガ兄との接触は最小限に絞った。
サガ兄を見て生まれる悪感情を少しでも減らすために。
でも、サガ兄とのやり取りが減ったせいで、寂しさが “何か” の成長を助長する。
悪循環だった。
どうにかしようともがく度、さらに状況が悪化する。
私、これ以上、最低な奴になりたくないのにッ、私は着実とさらに最低な奴へと成りかけてるッ。
どうすればいいか分からないッ。
どれもこれも、私の手助けにはならなくて!
もォッ分からない!
もうッ、分からないよッ……!
今日も私は道場で模擬戦を行っていた。
「ああああ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁあぁ゛ああ゛あ゛!!!!」
模擬戦相手に、これまでに習得した技を次々と仕掛ける。
でも、それは容易に躱されて。
しかも、後隙の大きい代わりに、威力と攻撃範囲が大きい技ですら、紙一重で躱されて。
「───ぐッッ!!」
私は反撃を受け、床に背中から叩き付けられた。
道場に通い始めてから、私はこんな模擬戦を繰り返してる。
自分でも分かってる。これは経験を詰むための模擬戦になってない。
ただ、自分の中にあるモヤモヤを発散するための八つ当たりにしかなってない。
私の中の “何か” が大きくなるのを、少しでも目を逸らすためにしている “逃避” にしかなってない。
そんな状況じゃ、勝てる訳がない。
相手は、私よりも長い間、武術に打ち込んできたベテラン。
大会で結果を残してきた猛者や師範代方。
この道場で学べる技は全て習得した。
なのにッ、私はまるで勝ててない!
私が対戦した相手は数十人も居る。なのに、勝てたのは片手で数える程度。
一度、勝てた相手にすら、勝った負けたを繰り返してる。
こんなんじゃ駄目!
サガ兄はこれからもハンターを続けるって言ってた。さらに強くなるって。
そんなサガ兄の横に居るには、強いことが最低条件………なのにッ、私はちっとも強くなってない!
どうしよう……どうしようッ……!
私が四つん這いの状態から中々立ち上がらなかったせいで、勘違いをさせたんだと思う。
私が頭の中で反省会をしていると勘違いした先輩方が、私にアドバイスを始めた。
「ヨミちゃん、勢いは良いんやけど、ずっと同じリズムなんよなぁ……」
「荒々しさはウチの流派にピッタリだけどな」
「それなー」
「でも、それと同時に、ウチは冷静さもいるけん」
「つっても、中々戦闘中に冷静になるのは難しいだろ。それこそ、慣れるまで時間がいる」
「驚くほど技覚えるの早かったし、肉体もすでに完成しとるけん、多分、自分で勘違いしちょるかもしれないけど、ヨミちゃんの成長はこの道場の中でもピカ一やで」
「リューとかチカは嬢ちゃんに負けたもんな」
「そんな完敗したみたいに言うなや! ちゃんと勝ち越しとる!」
「いやいや、一敗するのもどうかと思うよ?」
「俺はいーねん。ほどほどがい〜んや。その方が楽やねん」
「ホンットお前は男らしくないよな。少しはヨミちゃんの情熱を見習えっつうの」
「へいへーい」
やる気のない先輩の気の無い返事で、他の先輩方の笑いが溢れる。
道場に和やかな空気が流れる間に、私の模擬戦の相手をしてくれた先輩が近くに来て、
「まぁなんだ? そんな焦んなよ」
私の頭を撫でた。
道場の人達は、私に時間があると思ってる。
私がまだ子供だから、いっぱい時間があるって、そう思ってる。
───でも違う、違うの!
何も知らないクセにッ……!
焦るな? 焦るなって何!?
焦らないと駄目なの! 私は!!
サガ兄は凄い。
ハンターに詳しくない私でも「凄い」と分かるくらい、サガ兄の成長は早い。
いつもいつも、サガ兄は “正解” を選んでる。
この一年半、ずっと見てきた。サガ兄が強くなる姿を、ずっと見てきた。
サガ兄は強い武器を作る才能がある。少しの時間で、次々と新しい武器を生み出していた。
どんどんと攻撃の多彩性が増えてる。
それなのに、私は?
この一年、どれだけ成長した?
このままだと、私はサガ兄に置いてかれる。
いつか、「ヨミにはこれ以上は無理だよ」と言われて、捨てられてしまう!
早く……早く! 強くならないといけないのにッ! 全く上手くいかない!
私はァ! ちっとも成長できてない!!
道場に居るのも忘れて、涙が溢れそうになった───その時、
「ヨミ、修練が終わったら、今日は残りなさい」
師範にそう言われた。
修練が終わり、先輩方が全員、帰宅した頃。
すっかり日は暮れていた。
やや薄暗い道場の中。携帯魔道具の明かりが唯一の光源として床に置かれている。
私と師範は、それを挟むように、そして、向かい合う形で、床に正座していた。
「さてと、どう切り出したものか。……悪いの、なんせ、ワシは口下手じゃからのォ」
師範は視線を下に向けて、後頭部を掻きながら、気まづそうにしてる。残るよう指示したのは師範なのに。
「う〜ん……世間話の一つや二つしてから本題に入りたかったが……いかんのォ、なんも思い付かん。仕方ないから、単刀直入に言うとするかのォ」
師範が苦笑しながらこちらを向く。
「ヨミやァ、お主、何を抱えておる?」
「───え?」
それは私に衝撃を与える質問だった。
何を……抱えて?
てっきり、修練を八つ当たり代わりにしてることが見抜かれて、道場を出ていくように言われると思ってた。
だから、師範と二人きりになってからは、まともに目を合わせられなかった。
でも、師範の用事は “私を追い出すこと” じゃない?
私が抱えてる? 何を?
意味不明すぎて、さっきまで見られなかった師範の方に、顔を反射的に向けてしまった。
「ヨミよ、ワシがお主の面倒を見るようになって一年が経つのォ」
「……………はい」
私は混乱をそのまま顔に出していたと思う。
師範は、そんな私を見ても表情を変えず、穏やかな口調で話を続けた。
「ワシが初期の頃に言ったこと、覚えてるか?」
「………」
初期?
この流派の基本理念……じゃないよね? よく確認させられるし。
他に何か重要なこと、言われたっけ?
「『お主には “修羅” が宿っとる』───そう言ったんじゃ」
「……」
そう……だったっけ?
あまり、覚えてない。
「ウチは攻撃型の流派じゃ。戦闘になると顔を出す、お主の荒々しい姿勢は、確かにウチ向けと言えるじゃろう。………じゃが」
師範が「うんうん」と頷きながら、分析した結果を私に伝えてくる。
でも、次の瞬間、師範は鋭い視線で私の体を貫いた。
「一つの性質しか持たぬ武術家は “弱い” 。他を圧倒する荒々しさは確かに強力じゃが、弱点も多い。時に、相手を観察し、相手のリズムを掴み、こちらのペースに引き戻す冷静さ───荒々しい心の炎を一気に鎮火させるほどの “明鏡止水” の境地もまた、必要になってくる」
「………………ッ」
私はまた顔を伏せる。
それは………自覚していた弱点だったから。
これまで指摘されてきて、それでも尚、直せなかった所だから。
気まづくて、つい視線を逸らしてしまう。
「“修羅” というのは一種の比喩じゃがな。お主の猛る心は、まるで、他の何かが取り憑いているみたいに常軌を逸しておる。“冷静に相手を見よ” ───そのアドバイスがまるで耳に入らぬほど、お主の心の猛りは大きかったようじゃな」
「………」
「ここまでとは思わなんだ。一年経っても改善の兆しが見えんとは」
「……………破門、ですか?」
膝の上に置いていた両手が、いつの間にか握られ、力が入る。
別に、この道場に深い思い入れは無い。
サガ兄が「ここが私に合ってる」と言ってたから通ってただけ。
師範や先輩方にはそれなりに感謝してるけど、サガ兄に向ける思いとは比ぶべくもなく。
………でも、破門になったら、きっと、サガ兄を失望させる。
それが、どうしようもなく怖い。
私は恐怖に耐えるように、ギュッと両目を瞑った。
「あ? 何故、破門するんじゃ? お主のような煌びやかな才能の持ち主を」
「……………え?」
師範が「本当に分からない」といった様子で私を見る。
まさか、微塵もそんなつもりが無い、とは思わなくて、私もまた驚いてしまった。
「お主の才は皆が認める所。猛る心をも落ち着かせる冷静さを手に入れられれば、この道場きっての秀才となるじゃろう。………悲しいのは、お主がここに長く留まる気が無い、ということじゃが」
「………」
私の評価を語った後、師範が心底残念そうな顔をする。
そんなに高く評価されてるとは思わなくて………私は言葉が出なかった。
「元々、ウチは実力主義じゃ。生半可な実力の者には見向きもせん。お主と一緒に修練してる奴ら、お主が子供だから優しくしとる、とでも思っとったか? ───違う。あヤツらもまた、お主の才を認めておるからこそ、あのように手を差し伸べるのじゃ。お主が強い武術家になると分かっているから、期待しておるんじゃよ」
「───」
驚きが続く。一向に、声が出せない。
「本来なら、教える者として、お主のその “修羅” をどうにかしてやりたかったんじゃがなァ。どうやら、ワシらでは力不足のようじゃからなァ」
私はまた目を伏せる。
今、自分に湧いてる感情が理解できない。
恥ずかしくて、嬉しくて、苦しくて……そして、不甲斐なくて。
色々な感情が押し寄せてきた結果、気まづくなって、また師範の顔が見れなくなった。
「せめて、お主の抱えてる悩みが分かれば、と時間を取ってみたんじゃが………どうやら、お主にもその自覚が無いようじゃな」
「………」
分かった。師範の言いたいこと。
抱えてる、とは違うけど……私が冷静になれない理由───それには、心当たりがあったから。心当たりがありすぎたから。
でも、こんなことは、流石に師範には言えない。
「……」
一通り話し終えた師範は、少しの間、無言で私の様子を見ていた。
すると、師範が鼻から息を吐く。
顔は見れなかったけど、師範から感じるものや息の音から、それが “呆れ” から来るものではないことは、なんとなく分かった。
「お主、一緒に暮らしておる者が居るんじゃったな」
「……はい」
「なら、その者に相談してみてはどうじゃ?」
「………え?」
「一緒に暮らしておる……面倒を見てくれてる相手なんじゃろ? そやつのことは、ワシらより信頼しとるようじゃっからな。だから、そやつに相談してみてはどうじゃ?」
「それ、は……」
「上手く言葉にできなくてもえぇ。感じるものをありのままぶつけてみたらどうじゃ? そしたら、お主を蝕むものの正体が分かるかもしれんゾ?」
「……………」
「お主のような子が信頼する相手じゃ。きっと、どんな要領を得ない相談であろうと親身になってくれるじゃろうて。一度、本音を曝け出すのも手なんじゃないか?」
「………ッッ」
師範は親切心で私にアドバイスをしてくれてる。それは分かる、分かるけど……!
何も知らないクセに……!
サガ兄と私のこと、何も知らないクセに……!
「安心せい。もし、それでお主を捨てるような奴なら、その程度の奴だったということじゃ。そうなったら、ワシが面倒をみちょるからなァ!」
師範が笑みを作る。これは、私を安心させるためのものだ。
それも分かる、分かる、けど……!
今は、その師範の気遣いが憎かった。
さっきまであった、師範や先輩方に対する温かい気持ちや申し訳なさが全部吹き飛んで、今は悪い感情しか残ってない。
これは出しちゃいけない感情だ。それは頭で理解できたから、私はその感情を必死で抑え込んだ。
「……………」
でも、それでも、少し漏れていたのかもしれない。
師範が悲しそうな顔をした。
「ワシは所詮、部外者じゃからな。これ以上のことは言ってやれん。じゃがのォ……それを吐き出さんと、いつまで経っても前には進めんぞ」
「………………」
よく知らないクセに、何を……!
私の我慢は限界の所まで来ていた。
けど、師範が最後に放った「前には進めない」という言葉が私の心に引っかかった。
あの後、どうやって道場を出たか覚えてない。
多分、一言も師範に伝えず出てきたと思う。
サガ兄の居る宿へ戻るため、私は道を歩いていた。
サガ兄のことだ。
私が相談すれば、サガ兄はきっと寄り添ってくれる。
こんな醜い私なんかのために親身になってくれる。
でも、嫌だ。
言いたくない!
サガ兄に対する感情は伝えたくない!
私がサガ兄に胸の内を打ち明ける───それは、サガ兄に対する憎しみを直接、本人に伝えることになるんだから!
絶対、今よりもサガ兄を傷付ける。
そんなの……耐えられないッ。
でも、前に進めなきゃ、遅かれ早かれ、サガ兄と私は離れなきゃいけなくなる。
それも嫌ッ。
今の私に残ってるのはサガ兄だけだもん。
サガ兄と離れたくない!
師範の言うことは当たってると思う。
多分、この “何か” をなんとかしなきゃ、私は前に進めないんだと思う。
でも、それはできない。できないよォ……!
どうしよう……どうしよォ……!
私は道の端で蹲ってしまった。
私は迷子になっていた。
道が分からなくなったとか、そういうことじゃない。
これから先、どう歩むべきか───未来の私が思い浮かべられなかった。
どこに行っても、どん底へ突き落とされる罠が設置してある、そんな迷路に迷い込んじゃったみたい。
一つ、案が思い浮かんでは、自分でそれを否定して、どんどんと答えが消えていく。
少しずつ、私が消えていく───そんな錯覚さえ覚えた。
私の中の “何か” は、もう育ちきってしまった。
とうとう枷が外れる。
私が食われる───そう思った瞬間、ふと、サガ兄の言葉が思い浮かんだ。
『作ってみた武器、全力で試運転したいんだけど、この近隣に居る魔獣相手に使うには過剰だからなァ。どれくらいの強さなのか、イマイチ測れないんだよなァ』
………………あ。
そうか……そうだよ。
別に、言葉で伝えなくてもいいじゃん。
どうせ、私のこの “何か” は、私でも説明できないんだし。
なら、体で……全力でぶつかってくのも、ありなんじゃないかな?
それは一つの答えだった。
それが思い浮かんだ瞬間、迷路に迷い込んでいた私の前に光る道が現れた───それに近い希望が私の心を守る。
その答えが導かれた途端、“何か” は侵食をやめた。
「………」
私は顔を上げ、街を眺める。
別に、この景色に何かヒントがある訳じゃない。
でも、今は何かしらの景色を見たかった。
見て、余分な感情を押し流したかった。
「……よし」
私は立ち上がって、急いでサガ兄の下へと走った。




