後編 神様にはまるっとお見通しだ!
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どちらが正しいか主張が食い違う場合、話し合いを行うか、暴力で決着をつけるかの選択となる。より正確に言うのであれば、話し合いで決着がつかなかった結果、武力を用いた闘争による決着を試みることになる。
それが国単位であれば「戦争」であり、その背景あるのは互いが自分の側に正義があると考え。故に争いが発生する。
そして、勝利した側が正義となるわけだが、これは勝者により歴史が書かれるということだけではない。
『神』による審判、すなわち、正しいものにこそ神は味方をし、その結果勝者となると考えるから成り立つものである。
これは裁判の形態において神明裁判と呼ばれ、「湯起請」や火の中に手を入れても火傷をしなかった場合、神の加護を受けた正しい者とみなす裁判の形態である『火審』『熱鉄審』といったものがある。その一つが『決闘裁判』だ。
『決闘裁判』では、原告と被告の双方が参加する点が少々異なると言える。つまり、被告の有罪無罪を判断するだけでなく、どちらが虚偽の申告をしているか神の前で明らかにするという意味がある。対等の身分の者同士が対立した場合、その上に立つ存在が神しかいないのであれば、決闘を持って判断するという『アルマン人』の文化を起源とする方法である。
なので、古帝国時代の法律を元とする契約等の民事に関すること、窃盗・殺人のように犯罪と刑罰の内容が明確なもの以外において『決闘裁判』が成立する。
例えば、貴族としての名誉を棄損されたといったといった非定型の争いの場合、こうした形をとる事も少なくない。
また、百年戦争の頃に盛んであった、『馬上槍試合』も、戦争の帰趨を制するイベントとして、両陣営の代表者が決闘のような形で大いに争い、死者・重傷者を出しながら行う攻城戦の模擬戦闘も行われた。
決闘裁判は「自力救済」という、側面もある。同じ貴族でも立場の弱い者が不条理を押付けられたとしても、決闘に勝利すれば少なくとも押付けられた問題を自分の力で解決することができる。貴族とは戦士であるから、戦いに勝利したものが正しいという在り方は、その即効性と用いられる手段が日常の延長であるということで好まれたという面はある。
古くは貴族と自由民の決闘も許されていた。
だがしかし、男女の決闘というのは……大変珍しい。
国内で領地持ちの貴族が減り、戦争も騎士から兵士がその主役となりつつある今日において、国王の権威を損ないかねない「決闘裁判」は忌避される傾向にある。が、今回は国王夫妻がお忍びとはいえ同席しているので問題ない?
神明裁判であるがゆえに、立会人・審判は王都の教会の司祭が行う
ことになる。
決闘する人間の紹介、そして、どういった事由について争うのか、説明をする。また、決着の付け方についても。
代理人を立てず、今回は当事者同士で争うことになる。
「逃げずによく来たな」
「そうだね。逃げる必要性が無いからね!」
剣をクルクルと廻しながら軽やかにステップするアイネ。一方、子供の背丈ほどもある長剣を振り突き、反す動きを確かめるように体を動かすアンベセシル。その動きは鍛錬を十分こなしたものであり、見ている者から少々感嘆を込めた歓声が上がる。
少なくとも、阿呆ではあるが弱者ではないと見られたのだ。
相手の動きは軽やかであるものの、「ほっ」「はっ」と子供が剣に見立てた枝を振り回すような動きであり、その姿を見て呆れたような声や、心配の余り卒倒する若い女性の姿も見て取れる。決闘を見たいわけではなく、夜会の参加者であったため強制的に立ち会わされている者もいるのだ。
「どちらかが負けを認めるか、出血を持って決着とする。また、首から上、膝から下への攻撃は反則とし、行った側の敗北と見做す」
10m程離れた状態で向かい合い、その中間点に立会人の司祭が立っている。剣を構え二人は合図を待つ。
「では、始め!!」
上げた腕が振り下ろされ、審判は二人の間から離れ、途端にアンベセシルは剣をやや引いた状態で突進する。直線的な動き、そして、一撃を重視するのは『法国流』の刺突剣技の特徴。
レイピアは神国と法国、二つの大きな流れがある。船上や屋内での平服での戦闘を前提に、レイピアを用いた剣技を前提とする神国流は、切っ先が円を描くような連続した攻撃を特徴としており、絶えず斬撃が繰り出されるように見える反面、速度では法国流に一歩遅れる。
直線的・速度重視、切っ先での一撃を優先する法国流は、それが決闘・ゲームの要素を多く含んでいるからと言える。実剣での切り合い、百年戦争以前であれば、騎士同士が年収をかけて戦う戦争の代わりに、手首の皮と名誉をかけて戦う決闘が貴族の嗜みになったと言えるかもしれない。
実際、王国においても貴族出身者で固められた近衛騎士には、決闘を好むものも少なくないという。アンベセシルは、王都での社交の合間にそうした交流を深めたのかもしれない。
リーチで優位に立つ相手に対し、アイネは剣の長さで20cm、リーチで10cmの合計30㎝は負けている。相手の剣がアイネの護拳を叩いたとしても、アイネの剣は相手の剣の半ばまでしか届いていない。
防戦一方に見えるのだが、体を横に向け、狭い正面で護拳を突き出して捌いている状態では、剣以外に相手の切っ先が全く届いていないことが段々明らかになる。攻めあぐねている、もしくは、攻めを捨て守りにアイネが徹しているように見えなくもない。
「なにやってんの!!」
「左が薄いよ!!」
好き勝手なことを周囲は言っているものの、当事者とその周辺の人間は息を殺して勝負の行方を伺っている。特に、アイネの妹は今にも倒れそうなほど大きく目を見開き、口をキュッと結び姉の一挙一投足に反応している。
そんな妹の顔を横眼で見つつ、アイネは「可愛いな今日も」などと詮無き事を考えている。
「はっ、口先ばかりで、手も足も出んではないか!!」
更に動きを加速させるアンベセシル。その体には薄っすら魔力を纏っており、身体強化を行っている様子が見て取れる。
「勝負はここから!」
アイネは前に出る。突き出される切っ先を強引に護拳で弾きながら、前へ前へと出る。そう、アイネは基本脳筋なのだ。胸が大きな女は頭が悪いなんてのは迷信の類だが、脳筋=頭が悪いというわけではない。
「くっ、間合いがとれん」
「でしょ!!」
前後の出入りの速度で相手の隙をうかがい、致命の一撃を狙う『法国流刺突剣術』は、相手が前に出る事でその加速に必要な間合いが潰されてしまう。自分の有利なスペースを確保しようとすれば、少しずつ後退せざるをえない。
広い円形の闘技場にもかかわらず、アンベセシルはついに壁を背負って戦わざるを得ないようになった。
「なっ、ひ、卑怯だぞ!」
「何言ってんのか分からないけど、ジリジリ下がったのは君だよアンポンタン君」
「アンベセシルだ!!」
婚約者として一度も名前を読んだことのないアイネは、この時点でも『トワーズ卿』としか呼べないのだ。が、直感的にアンポンタンではないかとヤマを張ってみたがはずれた。
足を止めての攻防、下がるに下がれなくなったアベンセシルは、その剣の長さが仇となり、アイネが前に出てくるのを裁けなくなってきた。そして、その動きが鈍化する。
目に見えて失速するアンベセシル。決闘開始から五分ほどが経過している。
「魔力切れか」
「まさか、騎士なら十五分やニ十分は持たせるだろ」
「……いや、実戦経験が無い奴は……」
近衛騎士のように遊びの『決闘』くらいでしか実際の剣を持ちえない者なら、五分程度の身体強化で決着を付ければ問題ないが、頻繁に実践において魔力による身体強化を駆使する『騎士団』所属の騎士達は、ペース配分を考えて魔力を使用する。
勝負を仕掛ける一瞬に魔力を載せ、それ以外は素の身体能力で対応できるように鍛錬を行うものだ。
「へっへーん、日頃の鍛錬不足がでたようだねアンポン君!」
「ア、アンベセシルだ!」
アイネが踏み込んでくるのを剣で牽制するのがようやっとの状況、そして、その切っ先がアイネの腕に向け吸い込まれていく。アンベセシルが勝利を確信した瞬間。
CHUIINN!!!
剣を持つ腕を護拳を避けて切裂いたと確信したが刹那、その体表を剣が滑り体が前へと倒れ込んでいくように見える。
「うぉりゃぁぁ!!」
明らかに『剣』ではなく鉄の鞭のように振るい、アンポンの胴を思い切り薙ぐアイネ。
GUSHIII!!
幅2センチほどの鉄の棒がその胴の腰骨の上あたりにめり込んでいる。が、その勢いのあまりへし折れる。だからどうした!!!!
「あぁぁぁががああ!!!!!」
痛みに剣を取り落とし、思わず脇を押さえるアンポン、体を躱し剣を握りしめ、そのまま護拳で左わき腹、そして下から顎をカチ上げるように殴りつける。身長差は15cm程だろうか。下から伸び上がるように護拳を叩きつけるアイネ。その姿は、カモシカのようにみえる。
背後の壁に向け倒れ込み、壁板で後頭部を強打し、ズルズルと背を預けて地面へと倒れ込んでいくアンベセシル。
慌てて、審判役の司祭が走り寄って来る。
「さて、出血してもらわないとね。殴っても血が出てないからさ」
と、切っ先でちょこちょこと腕に斬りつけ、流血するように傷をつける。
裁判の結果、アイネの勝訴となり、名誉は回復され……たんじゃないかな。それ以上に、王都で久しく行われていなかった決闘裁判を見た観客は、それ程血が流れなかったこともあり、最後は「いいもの見た」とばかりに万雷の拍手をよこすのである。
アイネは魔力量に余裕はあったものの、流石に騎士の剣を捌き続けた心労もあり、珍しく疲れた顔をしていた。
「姉さん、無事勝利出来てよかったわ」
「当然だよ! 私には、こんなに可愛い勝利の女神が付いているんだからね!!」
と姉の応援をしていた妹が駆け寄ってくると、周りに妹アピールを欠かさない姉馬鹿である。その光景を見た観客の拍手が一段と大きくなる。
そこに、王都では見かけたことが無い偉丈夫の老人が現れた。
「む、見事な体裁きであったな。しかし、レイピアで殴りつけるとは、とんでもない女剣士だな」
とアイネの肩をバンバン叩いて悦に入っている。その横には、静かに微笑む夫人が佇んでいる。
「もし、アイネ様に自己紹介もせず、失礼ですわよ」
「おお、失礼した。先のニース辺境伯、隣は妻だ」
その針金のような白髪交じりの髭を扱きながら、ガハハと相変わらず
楽しげな老人と、「仕方ない方ですわね」とアイネに詫びる夫人。その横には、
先の辺境伯閣下に似た面差しの若者がいる。
「初めましてアイネ嬢。私は……」
子爵が噂をしていた辺境伯家の三男坊であった。聖騎士だと聞いていたわりには、祖父の体の半分ほどの胴回りしかないように見て取れる。とはいえ、魔力を用いた騎士であれば、筋肉の量が戦力差になるとは限らないのはアイネの決闘を見れば一目瞭然でもある。
「魔力量が凄まじいですね。溢れているのを感じました」
「そうだな。儂の若い頃を思い出すようだったな」
今でも暑苦しいほど魔力を纏っているご老人。そこに子爵が加わり、後日会食でもという話に至るのであった。
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そして、こののち、アイネの妹が『妖精騎士』として王都で有名となったり、アイネが辺境伯の三男坊と婚約・結婚し、王国とその周辺国を往来し商会経営を頑張ったり、聖騎士団の立上げに尽力したりするお話へと繋がっていくのである。
ちなみに、アンベセシルは実家から勘当され、王都にて騎士団の『従騎士』として採用される事になった。そこには、子爵の骨折りと決闘裁判に立ち会った王都の騎士達の推薦もあったという。
実際、王都の治安を維持しながら、街としての在り方を学び、やがてひとかどの部隊長へと成長していくことになる。また、愛するマルール嬢も後を追い王都へやって来たものの、世間知らずのお嬢さんであることから、最初に子爵家の使用人として採用教育をしたのち、子爵の母の家の使用人として厳しく教育される事になる。
やがで、アンベセシル騎士の妻となり、子爵家とのつながりを生かして王都の治安を守る夫の為、社交を頑張る女性となったという。
が、その話の詳細は……(以下略)
――― fin
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