中編 地獄行き列車
耳障りな騒音で目を覚ますと、私は真っ黒な岩盤の上だった。
いつの間に気を失っていたのだろうか。それとも、単にあの穴の影響なのか・・・・・・。
辺りを見渡すと、大勢の人の形を模した様々な生物がそわそわとしている。中には自分の体を狂ったように掻きむしる者もいる。
天界ではまずありえない異常な情景。その隙間から騒音の正体に気づく。
「・・・・・・え?」
それも、天界には存在しない、というかパネルでしか見たことの無い物体。色こそ黒だが、それはーー列車。
それが風を切りながら岩盤の隣に留まる。すると、そこから数人の悪魔のような風貌の人型の魔物が現れた。
「おい! 罪人ども! こいつが今からてめぇらを地獄に連れてく“魔界号”だ! 精々今のうちに新鮮な空気を吸っとくんだな!」
その言葉に、私の周りにいた人々が口々に愚痴をこぼしはじめる。
「い、いやだ!」
「なんで俺が!」
「おい! 俺は絶対に乗らねえぞ!」
そう喚く者共から順番に魔物達が列車の中に押し込んでいく。
と、まったく動く気配の無いことを察してか、魔物達が釘を刺すように告げる。
「さっさと乗れ。・・・・・・自分から乗ったやつァ、罪が軽くなるかもしれん」
それを合図に一転。我先にとこぞって人々が列車の中へと駆けていく。
「俺が先に!」
「おい、押すな!」
そんな不思議な光景を眺めていると、魔物の一人が私の方を向いた。
「あぁ? なんで天使がいんだ? まあいい。このホームにいる限りはこいつに乗るのがてめえらの義務だ。乗れ」
「は、はい」
そして、私は若干の不安と恐怖を抱えて、素足でホームを渡ってぎゅうぎゅう詰めの列車へと乗り込んだ。
赤色の列車の扉が閉まった。
「・・・・・・これが、赤」
思わずそう独り言を呟いてしまい、周りに聞かれてないかとはっとして口を塞ぐ。
下手に悪目立ちするのも嫌だ。・・・・・・天界の時のようになったら、耐えられない。
だが、そうはわかっても目の前の色から目が離せない。
天界には白以外の色が存在しない。
パネルも、淡い水色ではあるが、あれを色と認識するのは難しいことだ。
ああ、違う。こんなことを考えている暇はないんだ。
彼を、エル先輩を探さないと。
そう思って後ろへ一歩下がりーー
ドンッ。
誰かにぶつかった。当たり前だ。だって、あんな大勢の人が入ったのだから・・・・・・。
「おい」
「すいません!」
私は逃げ出すようにしてその場を後にした。
ぶつかった人の顔は見えなかった。ただ、こんな大勢の間を誰にもぶつからずにというのは、やはり無理で。
ドンッ。
「いってぇなぁ!」
「すいません!」
ドンッ。
「・・・・・・てめぇ」
「すいません!」
ドンッ。
「すいません!」
「・・・・・・」
そうして幾数人にぶつかりながら、私は逃げる。目には見えない、何かから。
言ってしまえば、私はただの迷惑だ。だから・・・・・・。
「・・・・・・ちっ。なんで天使がこんなところに・・・・・・。死ねよ」
こんな言葉にも耐えなければならないだろう。
・・・・・・この舌打ちが、一番堪えたのはなぜだろう?
そうしているうちに、私は列車の最後尾。その隅に辿り着いた。
・・・・・・彼を探すはずだったのに、私は何をしているんだろう。
私はもう彼を探すのを諦めて、その場に座り込んで膝に顔を埋める。
もう、何にも関わりたくない。
『地獄行きの皆様』
不意に上からアナウンスの声が聞こえてくる。
『ただ今より、地獄入り直前ツアーというものをさせていただきます。ベニーと申します』
アナウンサーのような淡々とした口調。すると、何を思ったのか乗っている人々が口々に怒鳴り出す。
「何がツアーだ!」
「ふざけんな!」
「出てこいベニー! ぶっ殺してやる!」
一気に騒がしくなる列車内。先程までの緊張と不安の空気が嘘のよう。
だが、私には関係がない・・・・・・。
『それでは、案内の方を続けさせていただきます』
・・・・・・あれ? 静かになった。
私はそれを疑問に思って、膝に埋めていた顔を動かして周りを見る。すると、心做しか、というか、はっきりと人数が減っている。
『皆様、足元をご覧下さい』
・・・・・・足元?
私は言われたとおりに下を向く。すると・・・・・・。
「へっ、きゃあ?!」
床がなかった。
否。そうではない。床が透明になっているだけであった。そして、そこから見えるのはーーごうごうと燃え盛る火の海と、落下する黒い粒。
『ただ今私に反抗しました罪人を落下しましたのは、地獄の最高刑、《フェニックス》でございます。こちらでは、七千度の温度を誇ります地獄の火の海と、どんな傷も瞬間的に治療する瘴気のおかげで、死ぬこと無く永遠と炙られる体験のできる場所でございます』
延々と火に焼かれる・・・・・・?!
想像するだけでも恐ろしい・・・・・・。でも、これが最高刑ならば・・・・・・。
・・・・・・彼、落ちてないわよね?
それを考えた途端。胃が締め付けられるような感覚に襲われる。
彼は、三十年もの間、火に焼かれて・・・・・・。
そこで、私は考えるのをやめた。
その後なんこもベニーが紹介していたような気がするが、そんなもの覚えていない。
『では、地獄までの数十分をお楽しみください』




