#22
「バレンティノ伯、残党の姿はもう見当たりませんが」
天幕内で、ウィリアムが座る椅子の前に跪いたリザードマンからの報告。
トニーがいない間の名代として総大将のような扱いを受けているが、魔族側からも伯爵と呼ばれるのはどうにも慣れない。何なら、人間からそう呼ばれるのも未だこそばゆい。
「そうか。ただ、警戒は解かず、これまで通りに捜索を続けてくれ」
「はっ!」
トニーと別れて二日経った。自身が留守にしていた間にもチェザリス大尉らの奮闘もあって戦況はこちらに傾いており、すでに大勢は決した。
捕虜はいない。つまり相手の兵はほとんど玉砕だ。
ただ、それはようやく昨日の夜になってからの判断でしかなく、昨日の今日でもう戦争が終わったのだと安心するわけにもいくまい。
一応は終結したが、戦闘が発生する可能性はあるので散らばった敵兵がいないか探索をせよ、という状態だ。一体二体で潜んでいる魔族も必ずいるはずだ。
「あっ」
ここはトニーが利用している天幕であり、ウィリアムの陣のものではない。
つまり、隣には床でゴロゴロしているカトレアがいる。そんな彼女が天井を見ながら何かに気付いたかのような声を上げた。
「どうした、カトレア嬢?」
「閣下が帰ってきそう」
「ほう。不思議なもんだな。そんなことも分かるのか、魔族というのは」
「ううん。女の勘。閣下があたしのことを考えている気がした!ダーリン!愛ウォンチュー!」
それは浮気などに気付くときに使うものだろうとは思いつつも、勘であるならばウィリアムはあてにする必要はなさそうだ。
バリバリバリッ!
「驚いたな。どうやら本当にお出ましだ」
「女の勘は当たるのよ~ん!」
天幕の外から聞こえてくる空間転移の亀裂音。敵襲の可能性もなくはないが、外が守衛らの喧騒に包まれている様子はないので、少なくとも味方であることは確定する。
その数秒後、天幕入口にスーツ姿のスケルトンが見える。入口の布を持ち上げ、主を中に通す。
「おう、ウィリアム。帰ったぞ。戦況は?」
「無事でよかった。もうほとんど終わってる。仕事は残党狩りくらいしかない。モスクワ城内にも問題なく出入りできるはずだ」
「閣下ぁ!おかえりぃ!……って、あれ!?おばあちゃんも来てるの!?」
カトレアに言われてウィリアムもゲストの存在に気付く。カトレアがお婆ちゃんと呼ぶのであれば、彼女こそが名高い大魔女様か、とピンときた。
「おやおや、案外元気そうじゃないかい。安心したよ。そちらはバレンティノ将軍の弟さんだね」
「あぁ、コイツが俺の弟のウィリアムだ。それで、少しカトレアの状態を診てやってくれないか、婆さん」
「もちろんさね。カトレア、そこへ寝てもらえるかい?」
カトレアも特に反抗的な態度は見せず、寝台に横になった。それに手をかざす大魔女。魔力がどういう状態にあるのかを診るということのようだが、ウィリアムには何をしているのかさっぱり分からない。
「ウィリアム、ちょっといいか」
「あぁ」
兄弟二人は天幕の外へ。何か内密な話がある、というよりは魔女たちを二人きりにした方が良いだろうという気遣いだ。トニーがいる手前、カトレアが辛くとも辛くないと嘘をつく可能性もある。
「寒いな」
「そりゃそうだ。コートもなしにこんな雪景色を拝んでれば。ジャック、トニーに何か羽織るものを調達してきてやってくれないか?」
「はっ、お待ちくださいませ」
ジャックに命令したのはウィリアムだが、ジャックも主の危機とあればそれを拒否はしない。トニーの天幕には入れないので、他の兵舎へと駆けて行った。
そしてトレンチコートを二着、手にして戻って来る。ウィリアムの分は頼んだつもりなどなかったが、本当に気の利く護衛兵だ。
「お待たせいたしました。お二人とも、サイズが合わなければ御申しつけください」
「あぁ。俺の分まで持ってきてくれてありがとう」
ウィリアムは礼を述べ、一着をトニーに、もう一着には自ら袖を通す。
トニーの方はコートを肩に乗せるような形で腕は入れず、首元のボタンをひとつだけ止めた。風が強いと飛んでしまいそうだが、無風なので問題はない。
「なんだ、寒いと言った割にはカッコつけるような真似して」
「ババアの処置が終わったら戻るだろうが。すぐ脱ぐ想定でこうしてるだけだ」
「で、何かあったのか」
ここに呼び出して、という意味ではない。アメリカに戻っていたのだから何か進展はあったかという意味だ。
「おぉ、そうだ。忘れっぽくて敵わねぇ。部隊が要る。ロサンゼルスを取り返す作戦だ」
「ほう?引き上げるって意味か?」
「いいや、一部の兵だけ連れていく。あっちの将軍共も加勢に来てくれるって話でな」
「そりゃ驚いた。揃いも揃ってオースティン副長に敵対か。同僚から気に入られてるんだな」
諸侯にオースティンが嫌われる謂れはない。であればトニーの味方が多いと考える。
「ふん。大魔王の鶴の一声だ。俺の軍のロシア、アジア統一を急ぎたいみたいでな。他の連中はそれを後押ししようってだけだろ」
「少なくとも嫌われてはいないわけだ。全員参加ではないんだろ?」
「そうだな。ロサンゼルスに関しては自由参加だ。来たる大侵攻に向けての余興扱いだな」
大侵攻。やはりそうなってしまうか。
「イタリアには攻め込まれたくないもんだが」
「心配すんな。それも伝えてある。イタリアと、あとはついでに日本もか。俺とつながりのある国に関しては交渉役として先に立つ」
「同盟であれば陛下もご決断されるだろう。ただし、今までの侵入で奪われた命に関しては根深い問題になりそうだ」
モスクワがそうであったように、魔族に対する恨みは人間に深く染みついている。歴史を辿ると人間の暴挙から始まったらしいが、魔族を迫害したという事実は伝わっていない。都合良く消されてしまったわけだ。
ただ、それでもロシアはトニーに味方することを決めた。であれば、他の諸国も……と考えたところで、魔族ではなくトニーに味方するという事に気付く。
やはり、兄には人を惹きつける何かがあるわけだ。
嬉しくもあり、羨ましくもあり、結局は喜ばしい、にウィリアムの感情は着地する。
「思ってるほど深刻ではねぇと俺は感じるがな」
「そうなのか?」
「魔族にも人間にもクズは多い。だが、良い奴も多い。それだけだ。言語が通じるんならやり方次第でどうにでもなる」
「まぁ……今はトニーの考えに付き合うさ。正直、他に頼れる後ろ盾もない。イタリア国だけの問題ならば俺の力でもどうにかできたかもしれんが」
ウィリアムがイタリア国内で力を持てたのは、国王や大司教の好意でしかないが、今や時の人だ。
しかし世界大戦のようなことになってしまえば、たとえ魔族サイドであろうとトニーのいる軍に頼るのが最も平和的である。
「それはそれとして、モスクワには出向かないのか?目と鼻の先だが」
「お前に任せるわけにはいかねぇのか?」
ウィリアムが名代を務めるより、トニー本人がロシア皇帝らと会うべきだと進言する。
「それでジノヴィエフ卿みたいな連中が納得するかね。どうだろう、急ぎであれば先に俺がロサンゼルス攻めの指揮を執っておくというのは」
「あぁ?出来んのか」
「問題ない。他の将軍とも会ってみたいしな。連合であれば俺が全体の指揮を執るわけでもないんだろ?」
「会ったところで大した連中じゃねぇぞ」
絶対に違う。トニーがそう感じていても、普通の人間は圧倒されるくらいの精鋭揃いだろう。ウィリアムもそれなりに肝は座っているが、怖くないと言えば嘘になる。
しかし自身の顔くらいは利くようにしておいた方が今後のために良いと踏んだまでだ。
「どんな奴らなのか、教えておいてくれないか。大したことはないと言っても、その見た目はやっぱりおぞましいんだろ?」
「見た目なぁ。でけぇ巨人がいるから……いや、あれはロサンゼルスには来ねぇのか。誰がいたかな。ミイラ男に、竜の騎士みたいなやつか」
「竜の……騎士?」
嫌な思い出がよみがえる。イギリスの地でかの国の先王を討ち取った魔族の戦士。
まさかな、と思うと同時にかなりの類似性がある。聞かずにはいられない。
「それは、イギリス国王ウィリアム・マンチェスター陛下を討ち取った武人か?」
「あぁ?そんなこともあったかもな。天下の大将軍様だ。真面目な野郎だからお前と揉めることはねぇと思うぞ」
「やっぱりそうか……いや、それでも今は味方だ。過去の因縁を責めるのはおかしな話だな」
「当たり前だ。喧嘩になるならてめぇは行かせねぇ」
悲しいかな。乱世は敵味方がこうも簡単に入れ替わる。しかし、マフィア時代にだって似たような経験はしてきた。駄々をこねるほどウィリアムも子供ではない。
思えば確かに、あの竜騎士は討ち取ったイギリス先王に対しても礼節を重んじていたように感じる。真面目だというのは間違っていない。
「ミイラ男というのは?」
「リーバイスって将軍だ。包帯でぐるぐる巻きの野郎でな。こっちも真面目だが、声が小せぇ。聞き耳立ててやらねぇと何言ってんのか分からねぇ。おとなしい奴って印象だな」
「虐めたんじゃないのか?そのせいで引っ込み思案になったとか」
「誰がだよ。もしそうなら、どこかの誰かにさっさと殺されて将軍なんかやってねぇだろ。性格は元々あれで、実力はあるってことだろうさ」
その二名がロサンゼルス奪還に協力してくれる将軍だが、どちらも人型、背丈も人間と変わらないくらいでウィリアムは安堵する。
少なくともドロドロに溶けた異形や、目がいくつもある化け物などではないようだ。
今まで見たリザードマンやオーガ、スケルトン、飛竜などで言えば、一番おぞましいのは動く白骨死体でしかないスケルトンか。ただ、ジャックなどの優秀な様を見るとそれも消え失せた。
ゾンビやゴーストと会えば気味が悪いと感じる可能性もあるが、それらは魔族にいないらしい。想像するような異形もいないのかもしれない。
「思っていたよりも、魔族に気持ち悪い奴はいないんだな」
「見た目か?リザードマンやスケルトンを見てもそう言えるんだったら、映画やゲームの方がよっぽど気持ちわりぃな。このファンタジーな世界よりも、現代人の想像力の方が残酷ってこった」
確かに、より気持ちの悪いものを生み出すのは、自然ではなくクリエイターの脳内という事になる。
「それで、どのくらいの部隊を引き抜くつもりだ?」
「もう残党狩りなんだろ?数百くらいは連れていけ。俺もお前が言う厄介な連中と話がついたら向かう。ジャック、てめぇはしばらくウィリアムにつけ」
「はっ!」
ウィリアムにも副官はいても、人間である彼らに空間転移はできない。
随伴する一般兵は出来るのでそれに便乗して移動するしかないと思っていたが、ジャックをつけてくれるのならば小回りが利きやすく便利だ。
「それは助かるな。しかしトニーがこっちに合流するときは?」
「あぁ?それは適当に……」
「そのスケルトンは残していきな。こっちの存在を忘れてもらっちゃ困るねぇ」
大魔女が天幕から出てきた。確かに、ウィリアムの移動には彼女の助力があるので、ジャックはトニーが使うべきかもしれない。
「ガキのお守は終わったか?ウィリアム、ジャック、聞いた通りだ。お前の移動には婆さんを使う案に変更だな」
「もっとマシな言い方はないのかねぇ」
「大魔女様か……世話になるよ」
「おやおや、弟の方は常識人みたいで安心したよ。こちらこそ、よろしく頼むよ」
しわしわの手を差し出されたので、ウィリアムはそれを握り返す。意外と言っていいのか、人間と変わらないように温かかった。それでも、死んだら霧のように消えてしまう生物なのだから不思議だ。
手を離すと、大魔女はトニーへ向く。
「で、アンタの愛しのカトレアなら眠ってるよ。多分、次に起きた時は全快だろうね。ただし二、三日は起きないと思っておいたほうが良い」
「そうかよ。静かに過ごせそうでなによりだ」
いったい何をしたというのか、あれだけ弱っていたカトレアをこうも短時間で簡単に治せるものなのか。
魔力を注ぐような処置なのだろうが、カトレアもかなりの使い手のはず。そんな彼女の燃料タンクを満タンにするほど魔力を酷使してなお、平気なのか。
魔術の威力だけで見ればカトレアは魔族内での第一人者だと聞いているが、それ以上の、いや、それ以外の何かをこの老婆は持っている。これが、大魔女という存在かとウィリアムは唾を飲む。
「それで、ロサンゼルスにはいつ向かうね?あたしゃすぐにでも問題ないよ」
「一日だけ待つ。明日の朝に出ろ。ウィリアムも異存ねぇな?」
「あぁ、問題ない。兵の選別は俺で良いのか?」
「おう。だが人間は連れて行くな」
なぜだ、とは思うが、自分の城を取り返す戦いなので、部下である魔族の兵士を使うのが当然か。
オースティンと直接ぶつかる場合は、今までよりも激しい戦闘が予想される。ウィリアムのイタリア兵や組員、ロシア兵などは失いたくないという事なのだろう。
ウィリアム自身は前線に突っ込むわけでもないので問題ない。
「そうか。トニーがそう言うならそうしよう」
モスクワ周辺の残党狩りであれば、チェザリス大尉らやロシアの女団長がいれば事足りる。トニーも残りはするがそちらにはおそらくほとんど関与しない。
しばらくは皇帝やジノヴィエフ卿を相手取って話し合いだ。
「婆さん、カトレアが起きたらどうする?戦力として使うか?」
「いいや、あの子はここで遊ばせておいておくれ」
「まぁ、クリスティーナを留守番させたくらいだからな。ガキどもは全員そうさせておいてやるか」
「また魔力を奪われたりしちゃ面倒だからねぇ」
自身にはそれが起こり得ない何かがあるのだろうか。たとえば、魔力制御だったり、魔力防御だったり。
魔術は一切使えないウィリアムには難解だが、使えるはずのトニーも良くわかっていないので、やはり大魔女の知識と技術は別格か。
ところで話題に出たクリスティーナというのは、三魔女最後の一人の事だろうとウィリアムにも推察できる。
「では明日に向けて兵を招集してくる。使いやすい分、俺の陣内にいる連中を優先させてもらうぞ」
「じゃあ俺も、モスクワ城内に行くとするか。婆さんはカトレアの側にいてやれ。ジャック、来い」
「はっ!」
トニー、ウィリアム、大魔女はここで三者三様に分かれる。
ウィリアムは一人でトニーの本陣を抜け、元々自身が使用していた陣へと向かった。
……
「バレンティノ伯!お帰りなさいませ!」
この陣の責任者は一時的にチェザリス大尉となっている。一日一回は顔を合わせるが、ウィリアムがこちらに戻ってくるのは珍しく、チェザリスが笑顔で迎えた。
「あぁ、ご苦労。魔族の兵を借りたくてな。準備できるか」
「勿論です!どちらかへ向かわれるので?」
「アメリカだ。百名から二百名程度、精兵を集めてほしい」
詳細は伏せ、数だけを指示する。調査や移動の名目にしては数が多いので、チェザリスは何かを感じ取ってその表情を険しくした。
「……かしこまりました!」
側にいたスケルトン兵にそれを相談し、そのスケルトン兵がまた走る。
そんなやり取りが所々で散見され、いよいよウィリアムの前に二百近い兵が集結したのは三十分後だった。
「バレンティノ伯、お待たせいたしました。彼らをお連れください」
「良く集まってくれた。兄のトニー・バレンティノから直々の命令だ。居城、ロサンゼルスを奪還する作戦を明朝より開始する」
不安からなるどよめきにでも包まれるか、興奮からくる歓声に包まれるか。答えはそのどちらでもなく、静寂だった。
兵らもモスクワでの戦闘が終わりかけ、そろそろかと心構えは出来ていたのだろう。
戦いの連続となり、休暇でも欲しいのではないかと思うものだが、そもそもそんな感覚は魔族には薄い。
「伯、それに私が参加するのは難しいでしょうか?」
チェザリスも同行したいと申し出るが、これは却下だ。
「俺も自由に兵を選べと言われれば迷わずお前たちを選ぶんだがな。今回はトニーからの命令だ。魔族の兵士だけを連れて行き、敵を牽制。数日後にロサンゼルスに到着する将軍本人へと指揮権を渡す」
「なるほど。将軍がお越しになるまでの繋ぎのような任務でしたか。承知いたしました。ご武運をお祈りいたします」
ウィリアムの身を案じる理由もあっての志願だったのだろう。ある程度は危険度が少ないものだと理解すると、即座にチェザリスは引き下がった。
「みんな、今聞いた通りだ!将軍が数日後にロサンゼルスに来るが、それまでは俺が指揮をする!よろしく頼んだぞ!では明朝、またここに集合してくれ!解散!」
バラバラと兵たちが散っていき、チェザリスだけが残る。
「どちらかというと、自分がついていきたいというよりは軍曹に行かせたかっただけなんですがね」
そう言ってチェザリスは苦笑した。よく言えば気にかけてやっているが、虐めたいだけなのかもしれない。軍隊式の愛情か。
「軍曹には今、何をさせているんだ?」
「残党兵の捜索の一隊を任せていますよ。ただ、これまでに何も挙げてこないもので、サボっている可能性もあるのではないかと」
「運悪く敵の残党兵を本当に見かけていない可能性だってあるだろう。あまり決めつけてやるな。カンナバーロ軍曹はやるときはやる男だ」
確かにサボり癖はある。ただ、実際に敵兵を見つけた際に見逃すような真似まではしないはずだ。
「だと良いんですが」
「はは、お前は軍曹には以上に厳しいな。アマティ伍長にはそんなことは無かったじゃないか」
「ガットネーロ隊の頃が懐かしいですね。アマティは自発性こそ無かったですが、根は真面目でした。私は真面目な兵士は評価すると決めているんですよ」
いつまでもカンナバーロにだけは不真面目なイメージが残っているわけだ。
「おっと、噂をすればなんとやら。あれは軍曹の隊じゃないか」
帰還してきた小隊。だらだらとその数人の先頭を歩いていた男が、ウィリアムとチェザリスの影を認めるなり、ピシッと背筋を正して両手両足を大きく上げて行進し始めた。
続く兵たちは隊長の変わり様に笑っている。メンバーは魔族やロシア兵、イタリア騎士の混成のようだ。
そのまま二人の前までやってきたカンナバーロは、かかとを鳴らし、仰々しいほどきれいな敬礼をした。真面目さを演出しているのだろうが、ふざけているようにしか見えないのは可哀想でもある。
「これはバレンティノ伯に隊長殿!自分らはただいま哨戒の任務から戻りました!敵影無し!よって、負傷者などは出ておりません!」
「ご苦労」
チェザリスが答礼し、ウィリアムは軽く手を挙げた。
「はっ、それでは失礼します!」
両手両足を大きく上げる、かしこまった行進の続きだ。それは二人の視界から消えるまで延々と続いた。
「何だあれは」
「我らの前ではしっかりしている風を装っているんでしょうね……私がいつまでもあれに厳しく当たる理由が分かっていただけたかと」
「ま、まぁいい。明日からしばらくまた空ける。留守ばかりですまないが、ここは頼んだぞ」
「はっ。お任せください。今夜はこちらの陣の天幕でお休みになられますか?すぐに湯と風呂桶を準備させます」
「あぁ、頼むよ」
言われてみれば、確かにトニーの天幕には戻れないので、チェザリスの提案に甘えることにした。まだ眠くはないが、出張となれば早めに休んでおいたほうが良いだろう。
自室、と呼んでも良いほどに愛用してきた天幕内。
カトレアがはしゃいでいたあちらとは違って静かなものだ。ただ、大魔女のおかげで数日間はあちらも静かなのかもしれないが。
トニーも一度、モスクワ内から戻ってきている頃だろう。
置いてあったウォッカの瓶から一口だけ飲み、ウィリアムは目を閉じた。
……
昨日招集した兵らの前。向かい合ってその顔を一つ一つ確認する。抜けている者はいなそうだが、実際のところいても分からない。
さて、出発だ。
「よう。無理はすんなよ、ウィリアム」
まさか。わざわざ見送りになど来ないものと思っていたが、隣にはいつの間にか兄の姿があった。
「驚いたな。それだけ肝いりの作戦ってことか?もっと戦略について詰めておくべきだったか。指揮権を返すまで城を囲む以外、何も考えていないぞ」
「はっ、幽霊でも見たような面しやがって。ババアを届けに来たんだよ。それに、作戦はその通りだ。俺が行くまでは余計なことはしなくていい」
「なーにが届けに来たかね。むしろ魔術で運んでやったのはこっちのほうだろうに」
大魔女も合流。彼女に関してはウィリアムの管轄外なので、あちらに着いても勝手に動いてもらうことになっている。
トニーに文句を言っているのは文字通り運んだのが大魔女の空間転移術であり、トニーの足ではないからだ。ジャックの姿がないので間違いないだろう。
ではトニーはこの後、自陣に歩いて帰るのかという要らぬ心配が芽生えるが、兵などその辺にたくさんいるので誰かを捕まえれば良いだけの話だ。
「大魔女様だ……」
「あの御方が、大魔女エリーゼ様か。初めてお目にかかるな……」
昨日の集合時点ではざわつきもしなかった兵たちが、大魔女エリーゼの登場には少し驚いている。あまり人前には出てこない存在なのだろうか。
魔女とも言えば森の奥にでも潜んでいそうだが、カトレアのせいでそんなイメージは消え去っていた。
「ひゃっひゃっ。若い男共にちやほやされるのも悪くないさね。ファンクラブでも作るかねぇ」
「これがちやほやされてるって感じるなら幸せ者だな。ウィリアム、この婆さんは自由に動くらしいが、邪魔だと感じたらすぐに帰せ」
帰せと言われて帰せる存在ではないだろう。おそらくここにいる誰よりも強いはずだ。
「あぁ。しかしそうならないことを願ってるよ。大魔女様、こちらの障害にならなければ好きにしてくれていい。それだけは守ってくれ」
「ひひっ。もちろんさ。オースティン副長が何をしてカトレアを封殺したのか。それが知りたいだけだからね。逆に、こちらの邪魔もしないでおくれよ?あたしゃ戦争の駒じゃないんだからね。そっちの仕事は他の将軍たちと仲良くやりな」
「もちろんだ。互いに気を付けようじゃないか」
移動前の会話はこのくらいにしておき、そろそろ空間転移が発動となる。
まずは大魔女、名はエリーゼだったか、彼女が転移。ウィリアムはそちらには入らず、他の兵らと共に一拍おくれる形で移動を開始した。
空間の亀裂が閉じる瞬間、腕組をして葉巻をくゆらせているトニーと目が合う。兄が頷き、弟も無言でそれを返す。
言葉にするまでもないが、頼むぞ、任せろ、といった掛け合いか。
……
ズゥン……
空間転移が閉じ、ウィリアムの革靴はアメリカの地を再び踏むことになる。
目の前には西洋式の石造りの城。今までに見たローマやロンドン、モスクワの城塞と比べれば随分と小ぢんまりとした代物だ。
トニー・バレンティノの居城、ロサンゼルス城である。
「ふーむ、今のところは何の異常も感じないねぇ」
城を見つめる大魔女の小さな背から、声が漏れるのがウィリアムにも聞こえた。
彼らの後ろには次々と兵士たちが到着している。
城を見下ろす小高い丘。草木は一本もなく、岩石と土だけで出来た丘だ。
大魔女の言葉の通り、城はただ沈黙している。敵方の兵士などの姿も見えない。
しかし、彼女が言ったのはそれよりも、魔術的な異常が感じられない色の方が強い。ここに立つだけでは魔力が吸われるようなこともないという話だ。
「近寄るつもりか?」
「まさか。カトレアみたいにポンポン飛べないもんでね。じっくりと観察するつもりだよ。アンタらはここに陣を張るのかい?」
「そうだな。包囲しようにも人数が足りない。後続の将軍らが来るまではここを拠点にしよう」
そのまま兵どもに設営の指示を出し、ウィリアムは城を睨む大魔女の横に並んだままでいた。
意外だったのは、大魔女と言えどもカトレアのように連続で瞬間転移は出来ないという点だ。
カトレアの専門が転移術なのは知っていたが、瞬間転移は大魔女に学んだのではなく、自身で習得した物なのだろう。
ただ、やはり知識量では年の功には勝てないはず。
立っているだけに見えるが、何かを仕掛けているようにも見える。
「大魔女様。観察ってのは目視だけの話じゃないよな」
「そりゃね。今、城の中を見てるところさ。共有してあげてもいいけど、きっとアンタの頭が許容できないからやめておこうかね」
「それは困るな。もちろん遠慮しておくよ」
城の中を見ている?透視か、はたまた他者の視界をジャックしたり出来るのか。
「おっと、潰されたね。しかしそれをやった者の姿が見えなかった。でも何か、勘が働くのがいるのは間違いなさそうだ」
潰された、か。透視でも視界ジャックでも、どちらにせよ妨害を受けたという意味だ。後者を使っていたのなら、対象が殺されたのかもしれない。たとえば、ゴキブリやアリ、クモなどか。
「どうやって見てるんだ?」
「そりゃあ、魔力のあるものを利用しているのさ」
魔力のある「もの」か。つまりウィリアムが予想したような虫の可能性もあるが、無機物の可能性もある。
たとえば、魔力で灯されたランプがあればそれを介せるし、使い魔の猫がいればそれも使えるだろう。
そして何より、魔族だ。死ねば塵となって消える。即ち魔族は、その身体が魔力からなる。
ただ、魔族を使ってしまうと、そのもの自身に気付かれる可能性、声を出して視界などが乗っ取られていることを周りに伝えてしまうかもしれない。
喋れない何かを使うのがベストだろうな、とウィリアムは他人の能力に勝手ながら自前の結論を出した。
「城の中に誰かいた、という事だな」
「いるね。無人にしか見えなかったんだけどね。ちなみに使ったのは置いてあった魔剣の類やら、飾ってある像やら、いろいろさね。魔術で作られたものや魔術が付与されたものだよ」
「少しでも魔力があれば使えるわけか。制約はあっても便利な魔術だな」
「こんなのは序の口さ。では別の方法を試そうかねぇ」
そう言うと、大魔女は右手から何かを生み出した……ように見えたが、何もない。
「これさ。よーく見てみな」
「これは……コバエか?」
しわしわの掌の上に、小さな黒い物体が三つ。
「まぁ、似たようなもんだよ。これなら動けるから使い勝手がいい。そら、行っといで」
三点が飛び立つ。小さいが、使い魔のような存在を即席で作ったようだ。
現世で無理やり再現するならば、超微細なドローンのようなものか。
「おやおや、風に吹かれてまともに飛べたもんじゃないね。早く城内に入っておくれよ」
視点を共有しているのであれば、上下左右に揺れるコバエが見ている世界は乗り物酔いしてしまいそうだ。
「お、一つは入ったね。他の子たちは何をやってんだい、こりゃ」
強風ではないが、そよ風だろうと小さな存在には暴風だ。婆さんの運転が悪いんだろ、とも言えずに黙って見守る。
「あぁ、入った入った。全員無事みたいだね」
ウィリアムやエリーゼのいる丘から城まで、コバエの速度ではなかなかたどり着けるとは思えないが、あれはかなり早いらしい。一分と経たずにすべて到着とは。
で、あれば風にも負けなそうだが、そうもいかないらしい。
「三つ分の視界が広がってるんだよな。よく混乱しないもんだ」
「移動は指示している以外の時はあの子らに任せてるからね。勝手に動いているのを監視するだけなら誰だってできるさ」
多くのモニターが表示された、スタテンアイランドの屋敷の監視カメラ部屋を思い出す。
マフィアの屋敷ともなれば警備は厳重で、誰かが交代でモニタールーム内から見張っていた。
確かにあのような感じであれば誰にでも可能か。
「おっと、いるね。これはさっき悪さしたのとは違うだろうけど。リザードマン兵が三体。武器の整備をしてるみたいだ」
さすが、固定カメラとは違いドローンは強い。移動することで、今までの手法では死角にいたであろう敵兵を瞬時に見つけ出す。
「武器の整備、か。さっき見られてたのがバレてるんじゃないか?」
「おそらくそうだろうねぇ。警戒されちゃったようだよ。でも問題ないだろう?どうせ、他の将軍らが来たら囲むんだろうしさ。すぐにバレることさね」
それはそうかもしれないが、まだ味方がそろっていない今、打って出られてはまずい。できれば見つかってほしくはなかったが、大魔女に非があるわけではない。
「起きてしまったことは仕方ない。それよりも、兵は案外少ないようだな?」
「そうだねぇ。たくさん集まっていそうなところを見てみようか。感謝しなよ?あたしゃ正直そんなことはどうでもいいのに見てあげるんだからさ」
練兵場にいるか、集合がかかっていれば玉座の間などか。どのくらいの兵員がいるかは重要な情報だ。
「あぁ、感謝する。アンタは魔術が無力化される理由を探りに来たんだもんな」
「そうさね。あっ、一つやられちまったね。可哀想に」
これでコバエの残機はあと二つ。虫として処理されたか、偵察機とバレていたのかでその意味は変わってくるが、それは分からない。
「仮に魔力が吸われる理由が分かっても、あのコバエは飛べるのか?」
「さぁね。でも、飛べるんじゃないかい?魔力で出来たものを止めるのと、魔力を使っている者から魔力を奪うのでは全然違うからね」
分かるようでさっぱり分からない。ただ、城内に魔力を帯びたものが残されていたおかげで先ほどまでの手法が使えていたわけなので、やはり物には影響しないのかもしれない。
となると、術者から発せられる魔力を無力化する手法でカトレアはやられたと考える方が自然か。
「妙だね。一つを兵員の詰所、一つを玉座の間にやってはみたけど、誰もいやしないよ」
「もしかすると今は手薄なのか?せっかく落とした城を管理しないなんて」
「ふーむ。いても数十ってところなのかもね。こりゃ楽勝だよ、よかったじゃないか」
そうは言っても、敵の守備兵から副長へ連絡が飛べば増援は来るだろう。
「しっかし、勝てたとしても魔力の件は迷宮入りになってしまうねぇ。やっぱりオースティン副長本人がいないと何もわかりゃしないよ」
ウィリアムたちの目標は達成できても、自身の目標は達成できないとなれば大魔女は不満だ。
「まさか……それでわざわざ最初は見つかったってんじゃないだろうな?」
「馬鹿言うんじゃないよ。いくら何でもそんな下種なことはしないさね」
ウィリアムが言いたいのは、オースティンを呼び寄せるためにわざと城内の敵に見つかったのではという意味だ。
本人は否定したが、真相は分からない。ただ、魔剣や像からの視点を利用したのであれば別に何かを動かしたわけではないか。
「おや、ここは食堂かね。うーん、五体ほどいるね。それでもやっぱり少ないよ」
「時間はあるから隅々まで頼む」
その程度の数なら他の将軍を待つまでもない。だが、ウィリアムは当初の手筈通り、攻撃はしかけない。
「別棟があるね。ほうほう、奴隷を置いておく場所かい。おや、人間がいるよ」
「何?」
これは奴隷のための別棟に驚いたのではなく、人間の生き残りがいたことへの驚きだ。
「人間の数は?見張りは?」
「慌てなさんな。今見てるからさ……そうだねぇ、数十人ってところかい。見張りは棟の入り口にオーガが一体だけだね。中の生活空間は人間だけのようだよ。あぁっ!人間の手で叩かれちまったよ!何すんだい、あの女!」
コバエが飛んでいると思った女にやられたか。きっと綺麗好きな主婦だな、などと、どうでもいい想像が浮かぶ。
「生き残りがいたのは朗報だ。ロサンゼルスにいた組員も生きてればいいんだが」
「組員とか言われてもどれだか分からないよ。さて、最後の一つは客室やら将軍の私室に向かわせようかね」
人間がコバエを落としたのは魔力などを感じたからではない可能性が高い。では、最初に魔族にやられた一つもそうなのかもしれない。
「おや、まぁ。こりゃ驚いたね」
「どうした?」
客室は使われている可能性が少ないはず。そこで大魔女が反応するという事は、何かがいたということだ。
「いたよ。オースティン副長本人だ。呑気にお昼寝かね。客室の一つを使ってるよ」
トニーの私室ではなく、客室を使っているのも意外だが、この手薄な状況でオースティン副長がいるのはもっと驚きだ。そして、彼がいながら大魔女の魔力が失われていないのは、寝ているからだろうか。
「そんな馬鹿な。襲われないとでも高をくくっていたのか。奴は慎重で狡猾だって話だったが」
「そう言われてもあたしにゃ分かりゃしないよ。オースティン副長だって生きてんだから、疲れることもあるだろうさ」
「最大の好機に思えるが、どうしたものか」
ウィリアムはトニーから、自身と交代するまで手を出さないようにと命令されている。
もちろんそれを守るつもりだが、守備兵は少なく、オースティン副長は寝ている。ここまでのお膳立てをされるとさすがに意思が揺らぐ。
「それもアンタが決めることだろう?しまった、副長が起きたね。机にある水を飲んで……おや、また寝るのかい」
「コバエに気付かないのは意外だな」
「そうだねぇ。ここまでだとむしろ城内に誘われている気さえするよ」
その線もある。非常に薄いが。しかし、ウィリアムはウィリアムらしい判断をする。
「……手筈通り、待機だな。大魔女様はまだ探索を続けるのか?可能であれば、もっと偵察機を飛ばして城内すべてを把握してもらいたい」
「言うねぇ。ま、お安い御用さね。この子はオースティン副長のいる場所に置いておきたいしね」
特段疲れる魔術でもないのか、二つ返事で大魔女は協力を了承してくれた。
さらに三匹、新たに生み出されたコバエがロサンゼルス城に向かっていく。
「これを飛ばす前、物を使っていたのが潰されたのも、副長には伝わっていないという事か。であれば、まだバレていないのか……?」
「楽観的に考えればそうなるね。最初の手段は誰かが魔剣や像に触れるだけで消されちまうのさ。たまたま武器の手入れをしようとして触れたって線もあるにはあるねぇ」
楽観的、か。
そうかもしれないが、オースティン副長が寝ている時点で誰も報告は飛ばしていない。城内が見られていると知れれば彼は飛び起きるだろう。
ウィリアムとしてはまだ、城内は警戒体制ではないという風にしか取れない。
「話は変わるんだが、魔力を吸われるって話。あれは何か道具が必要だと思うか?」
「さてね。オースティン副長の能力か何かじゃないのかい?そんな魔術や道具、聞いたこともないのが癪だがね」
「狡猾なら、こっそりと編み出した可能性はあるな。切り札なら本気でヤバい場面にしか見せてくれないだろう。カトレアみたいな化け物が来たときだったりな」
カトレアは魔族一の火力が出せる魔術師なのだから、彼女を脅威とみなさない魔族はいないと思って間違いない。
「カトレアに使ったんなら、あたしにも見せてくれるのが道理さね。期待してるよ」
「何の期待だよ。俺たちにか?無論、アンタが動けなくなったら助け出すつもりだが、だからといって無茶はしてくれるな」
「多少は接近して脅してやらないとあっちも本気にはならないよ。やれやれ、誰かと戦うなんて何年ぶりだろうね。孫娘のためとはいえ、年甲斐もなく張り切って恥ずかしいもんだ」
大魔女の戦いも気にはなるが、それで彼女がやられてしまっては話にならない。
魔術なしでも十分に強いと思われる、他の将軍らの協力は不可欠だろう。
ただ、そこまでの戦力差があると、オースティンは逃げてしまうかもしれない。大魔女の目標を優先するのであれば、最初は囲むのではなく、隠しておくのが上策かもしれない。
だが、トニーはそうは言わないだろう。ロサンゼルス城の奪還が優先。カトレアの魔術が防がれた術を見破ることは二の次だ。
それに、隙あらば大魔女の思惑など無視してオースティン副長を殺しに行くだろう。
「戦ったら勝てる相手なのか?」
「普通なら相手になりゃしないよ。こっちの圧勝。でも、それが分からないってのが今回の問題だろう?しかしね、カトレアはオースティン副長と対峙するわけでもなく、ロサンゼルス城に近寄っただけで力を奪われてる。わけが分からないよ」
それは初耳だ。カトレアを介抱している間にでも聞いた話なのか。
城に近寄っただけ。距離は不明だが、この場所はまだ安全。あとは、オースティン副長が何かしたのであれば、寝ている今はその効力は出ていないとも考えられる。
「彼が口を割るとも思えない。危険を承知で、実際に使ってもらうしかないのか」
「そうだね。おや、これは……人間かい。自由に歩き回ってるのが一人だけいるね。どこへ向かうのやら」
コバエたちからの新たな情報だ。奴隷のいる別棟ではなく、城内を歩き回っている者がいるらしい。
「何?どういうことだ?味方か?」
「知るわけないだろっての。外套で頭から足まで覆っていてよくわからないね。体ががっしりしてて大きな人間の男に見えるよ」
「そいつは何を?」
「さぁ。歩いてるだけだ。こそこそ隠れてる様子はないから、むしろオースティン副長側の味方なんじゃないのかい。こっちだって人間も魔族もいるんだ。あっちに味方する人間がいたって不思議じゃないよ」
言われてみればそうだなと納得するも、どこか腑に落ちない。
トニーはその功績でのし上がっている特別枠だが、本来であれば人間は魔族にとって食料や労働力でしかなく、人間を味方と考えている者はトニーの供回りの魔族だけの気がする。
「そいつにも一匹、つけておいてくれないか」
「言われなくともそうするさね。城内を闊歩してるんだ。オースティン副長の部隊の中でも重要なポストについてるんじゃないかね」
「ところで、外套で身を包んでいるなら、なぜ人間だと分かったんだ?」
「手だね。ここだけ出ていて肌の色が人間だ。それに、魔族っぽいオーラって言うんだろうか。それがないね」
手の方は理解できるが、オーラは分からない。その者と対峙すればウィリアムもどこか人間っぽい雰囲気を感じるのかもしれないが。
「……そうか。しかし気になるな。その者が協力していることもそうだが、それを魔族が認めているのも。かなりの実力者かもしれないぞ」
魔族は分かりやすい実力主義だ。弱いものは排斥され、強いものは信頼を得る。その人間も、その辺にいる魔族を倒せるくらいには強いと考えておいた方が良い。
しかも、オースティン副長側にいるのであれば、人間の街を滅ぼすのを是としている思想だ。実力よりも、そちらの方が危険かもしれない。
「どうだろうね。強い人間ってのは見たことがないもんでね」
「人間にも化け物級の奴はいるぞ。先代のイギリス国王陛下とか、な」
「ハインツ将軍が討ったって人間かい。おや……この男、オースティン副長の部屋に向かっているようだね」
副長に直接会いに行ける。やはり重役か。
「ちなみに会話が発生した場合は聞けるのか?」
「聞こえるよ。もしこの男が副長を起こして何か喋ってくれれば、何者なのかが分かるかもしれないね」
だが、その期待は叶わなかった。
男は確かにオースティン副長の寝ている部屋までやってきたが、寝ているのを見ると何も言わずに退室したのだ。
「なんだい、期待外れだねぇ。起こさないなら大した用事でもなかったのかもしれない。ただ、これでやっぱり副長の味方だと判明したね」
「ソイツの監視も引き続き頼むよ。他は何を見てる?」
「兵士が数人いる部屋と、奴隷のいる別棟だね。こっちも特に動きはないよ」
「分かった。継続しつつ、こちらの増援を待とう」
副長と謎の男を入れて四か所の監視状態。これ以上望むのは贅沢だろう。
……
ズゥ……バリバリバリッ!
それから数時間後、ウィリアムたちは既に陣を構築し終わっていたところに、増援が到着した。
漆黒の鎧を着た竜騎士。大きな翼竜を模した盾と大剣を持っている。間違いない。ロンドンでイギリス先王を討った、あの騎士だ。
「六魔将。ヒューストン城主、ハインツ。二百の兵と共にただいま参陣した」
胸に手を当て、礼の姿勢。ウィリアムは返しが分からず、同じように胸に手を当てる。
「トニー・バレンティノ将軍の実弟、ウィリアム・バレンティノだ。現在、兄はモスクワ王宮内での会合に出席中のため、着陣までの間の名代を承った」
「よろしく頼む。まだ何も始まっていないようで一安心だ。某らは、そうだな……城の西側、あの辺りに布陣いたそう。如何か、名代殿」
ウィリアムの陣があるのは城の南側、もう一軍来るという話なので三方を囲む形を想定している。
「あぁ、構わない。攻撃は兄が来てからの予定だ。ちなみに、大魔女様の術で城内にオースティン副長がいることを確認している。城の外に見張りがいないおかげで、我らの存在は知れていないようだ」
「なるほど。副長の首だけはバレンティノ将軍にお譲りせねばなるまいな」
「……副長を討つことに異論はないようだな」
「どちらでもよい、というのが正直なところだ。ただ、陛下のお考えに最も早くたどり着くのはバレンティノ将軍だろう。ならば手を貸す。それだけだ」
アメリカが世界を統べるという話だったか。確かにトニーの快進撃は聞いているだけでも凄まじい。アジアだけ見ても、ここ数百年の膠着状態だった戦況を一気に進めたと言える。
「であれば兄の方を蹴落とそう、ともならないんだな。不思議なもんだ」
「某は地位や名誉にこだわりはない。そしてなにより、陛下のために忠義を尽くす。それが最優先だ」
「見上げたものだ。他の将軍もそんな感じなのか?」
「概ねそうだと言える。バレンティノ将軍をどうこうしようという輩はいないだろうな。彼はああ見えて世渡りが上手い」
ウィリアムもそれに同感だ。トニーは破天荒なくせに、不思議と敵は多く作らない。あれがカリスマ性という奴か。
「魔族内でも名うての武人だと聞いている。特に先のイギリス国王、ウィリアム・マンチェスター陛下との一戦、実は俺も現場で見ていてね」
「何?これも巡り会わせか。知っての通り、イギリス先王は見事な戦士だった。人間にしておくのは惜しいくらいにな」
「あぁ、その通りだ。その時は勝利した貴殿を恐ろしいと感じた。しかし今回、貴殿はこちらの味方だ。これ以上に頼もしい者はいない」
「なるほど。名代殿は兄君に身を寄せる前はイギリスにおられたのか。国王を斬って申し訳ない、とは言わんぞ。全身全霊でお相手することこそ、戦場での礼儀だ」
ウィリアムはゆるゆると首を振る。
「気にしないでくれ。惜しい人を亡くしたとは思うが、貴殿に恨みなどない」
「うむ。では某はこれにて。攻撃開始の合図はバレンティノ将軍の着陣後で相違ないな?」
「そうなるはずだ。ただし、先に敵方から動きがあった場合は対応も変わって来る」
あんな少数で打って出てこちらを襲ってくる、とは考えづらい。あるとしたら逃げようとする、だろうか。
「承知した。迎撃する程度のことは造作もない。ではさらばだ」
ガチャガチャと鎧を鳴らしながらハインツが自軍に戻る。その一団は宣言の通り、城の西側へとゆっくり移動し始めた。
ハインツ以外の兵らも見事な鎧兜を着込んだ歩兵たちだ。割と服装は自由なトニーの軍とは違い、まさに軍団といった様相である。
「大魔女様?」
ハインツがわざわざ訪ねてきたのに、彼女は目も合わせようとしなかった。
おそらく上位なので無礼とまでは言わないが、さすがに冷たすぎやしないだろうか。
ただ、何も大魔女エリーゼはハインツ将軍を無視したわけではなく、新たな魔術を生み出していたようだ。
「あぁ、すまないね。今、ハインツの方に伝令係を作っておいたよ」
言いながら、大魔女は小さな木人形を取り出す。
『おや、これは』
すると、その人形からさっきまでこの場にいたハインツの声が聞こえてくる。
「もう気付いたのかい。さすがはハインツ将軍さね。今、アンタの肩のあたりに出てきただろう人形で、こっちと通話できるようにしておいたからさ。使っておくれよ」
なるほど。コバエに比べるとさらに高度な魔術だ。この人形の近くに居ればウィリアムでも、あとから来るトニーでも会話に参加できる。
『感謝する。この人形は腰に差しておいてもよろしいか?肩では落ちてしまうやもしれん』
「構わないよ。声の届く範囲に置いておきな。通話したくないときは、頭が取れるからそれを引っこ抜くんだよ」
なかなか恐ろしい作りのようだが、便利ではある。
『なるほどな。首を抜いている間、そちらからの声は届くのか?』
「いや、届かないよ。だから、基本的にはそのままにしておくことを勧めるねぇ」
だがそれでは、ずっと会話が聞こえっぱなしでやりづらくないだろうか。無線のように受信は常時、送信時はスイッチ、というような作りであればよかったのだが、今更それを言うのは我儘だ。
『なるほどな。であれば、そちらに話しかけているもの以外は無視してくれ。全体、停止!ここに設営を開始!』
後半は言うまでもなくハインツが部下たちに飛ばした命令だ。
それからもガヤガヤと声は聞こえ続けている。
「そうか。こうなっちまうかい。改良の余地ありだねぇ」
「何?まさか、これは今即席で編み出した魔術なのか?」
「そうだよ?少し離れて作戦をやるんだったら、即座に話せた方が良いだろう?道具なんかなくとも、こっちからなら話しかけれるんだけどねぇ。相手から話しかけたい時はこういう物が必要さ」
これは驚きだ。今の今、思いついた魔術だったとは。しかもそれを、多少の改善案はあるものの、ほとんど使える状態ですぐに作り出している。
そして、これは誰もが話せるように配慮したものだった。
「もう一人、別の将軍も来るという話だが。そっちにも?」
「もちろん、リーバイス将軍に渡す人形も作るよ。こりゃあさらに騒がしくなるねぇ……いや、彼はほとんど話さないんだったよ。声も小さいしね」
トニーもそんなことを言っていた気がする。
「そ、そうか。しかしこの人形は役には立つさ」
それからさらに半日、話していた通りの男が現れた。
六魔将、ジャクソンビル城主、ミイラ男のリーバイスである。
「…………。…………」
「……えぇと、リーバイス将軍、であってるよな」
後ろに控える手勢は百五十程度のスケルトン兵。爪先から頭まで包帯でぐるぐる巻き、腰には二振りの曲剣。間違いないとは思うが、名乗らないので仕方なくこちらから話しかける。
大魔女は少し離れた天幕内で食事中なので、応対は外にいたウィリアムの仕事だ。
「……バレンティノ将軍はおられぬのか。貴様は誰だ」
「あぁ、彼はあとで参陣する。初めまして、俺はバレンティノ将軍の実弟、ウィリアム・バレンティノだ。彼が来るまではここの指揮権を名代として預かっている」
目の部分だけ穴が開いており、つぶらな瞳がギョロリとこちらを向く。
「おぉ、そうであったか……大変失礼いたした。ジャクソンビル城主のリーバイスだ……よろしく頼む」
ウィリアムがトニーの実弟であり、名代であることから、ある程度の地位の人物だと認識されたようだ。最初は部隊長クラスの有象無象だと思われていてつっけんどんな態度を取っていたのかもしれない。
しかし、それにしてもやはり声が小さい。
「よく来てくださった。あそこにハインツ将軍が展開しているのが見えるだろうか?リーバイス将軍にはその反対側についてもらい、城を囲むように布陣していただきたい」
「……うむ」
「城内は大魔女様の魔術によって手薄だと発覚している。攻撃開始は兄の着陣後になる予定だ」
ここで、大魔女がやってきた。当初の予定通り、作っていた木人形をリーバイスに手渡す。
「おや、リーバイス将軍じゃないか。ちょうどよかったよ。これを持っておいてくれないかね」
「これは何だ……?」
「離れた場所から会話ができる代物さ。バレンティノ将軍の攻撃開始命令もこれがあれば即座に伝わるよ。逆にアンタから意見があるときも話しかけてくれれば良い。ただし!声はしっかり出すんだよ!聞こえやしない!」
意外や意外、その小言が面白かったのか、リーバイスは肩を震わせて声もなく小さく笑った。
「では準備を頼む。何かあればその人形で伝えてくれ。俺か大魔女様が応答する。それと、ハインツ将軍も同じものを持っているので話せる」
『あぁ、先ほどから聞こえているぞ。リーバイス、一緒に戦うのは久しいな。楽しみにしている』
ハインツからも返答があり、会話ができるという実演を披露した。
「こちらも……楽しみにしている」
木人形を胸あたりの包帯に差し、リーバイスが移動を開始する。
「さて、あとは兄の到着を待つばかりだな。城内に何か動きはあったか、大魔女様」
「気になっていた人間がいただろう?あれが副長と話していたよ」
おそらく敵方の重役だろうと思われていた、あの人間か。
「それは興味深い。どんな話をしていたんだ?」
「モスクワの話だった。ほとんど壊滅状態、ロシア方面の戦況は彼らにとって一段と厳しくなるってさ。それで、新兵の増強をしたいって相談だったね」
モスクワは部下に任せてきたが、問題なく終結できそうだ。そして敵は徴兵しようとしているわけだな。伝手はあるのだろうか。
「彼らにアメリカ国内から兵を作れるのか?ロシア人を使おうって腹なのか」
「彼らはオーガなんかの成熟が早い魔族を多く産ませていてね。軍に同行するメスを増やそうとしてるのかもしれないね。要は、初めから兵士になるための赤子さ」
「奴らに人権って考え方は無いようだな。分かった。どこかに娼館のような拠点があるはずだ。今後はそれを探して潰す必要があるのも、兄に進言してみよう」
おそらくトニーはオースティン副長の軍団がそういった手段を取っていることは知っている。だが、副長を最短距離で殺すことだけを考えているようなので、回り道もあると伝えるわけだ。
それを採用するかは兄の機嫌次第だが。
「他には?」
「城内の兵が少し増えてるね。百体くらいはいるよ」
まだ余裕だが、多少の抵抗は覚悟しなければならない数だ。さらに増えるのであれば攻略も難しくなってくる。
「こちらに気付いている、ということか?」
「それは分からないね。でも、そうだと考えておいたほうが良いよ」
数が増えているのであれば、外への見張りもいるはず。既に気づいていて、気づいてないフリも考えられるので油断できない。
「しかしそれでも奴らの勝算は薄い兵数……だな。折を見て、我々の背後に別の増援を招集して挟み撃ちにする、とか」
「そういったことをしてくるかもしれないね。どう対処するんだい」
「他に協力してくれている将軍もいるんだよな?彼らを呼び出してさらに囲むというのは可能だろうか」
名前までは忘れたが、ロサンゼルス攻略には参陣せず、他で活動している味方もいると聞いている。
「まぁ、出来るよ。だったら早いうちにそっちの手配をしてこようかね。暫らく空けても構わないかい?」
そちらとの連絡手段や兵員も確保しようという意味だろう。木人形かもしれないし、距離があるだろうから他の手段かもしれない。
「どのくらいだ?」
「丸一日、ってとこかねぇ。バレンティノ将軍が来るまでには戻れると思うよ」
丸一日だとトニーが来る方が早い可能性もあるが、誤差だろう。大魔女が今日中には戻ると伝えておけば着陣後すぐに攻撃開始とも言わないはずだ。
戦闘中でも城内の情報は欲しいので、彼女の使役するコバエは使いたい。
「分かった。ではその仕事、任せるよ。気を付けて行ってきてくれ」
「はいよ。それじゃあね、色男」
大魔女が空間転移を発動。その中へと消えていった。
「色男、か」
どちらかと言えばそれはトニーの気もするが。男の色気という点で、兄の逞しさには敵わない。ただ、タイプは違えど兄弟揃ってなかなかの男前なのは認めざるを得ないが。
『配置についたぞ……この辺りで良いか?』
リーバイスから、ウィリアムが携帯している木人形に入電。ちなみに、大魔女も別の個体を自分用に作っている。つまり人形は合計四体だ。トニーが来たらもう一体作るのかもしれない。
そして、この連絡はウィリアム以外には答えようがない。大魔女はおらず、ハインツからは城を挟んでいるせいでリーバイスの位置は見えていない。
「問題ないぞ。陣の構築に移ってくれ」
『わかった、色男』
「おいおい、聞こえてたのかもしれないがその呼び方は勘弁してくれ」
リーバイスはあれで冗談好きらしい。意外なものだ。
『なんだ、復唱していたから自身でも気に入ったのかと某も思っていたぞ』
「馬鹿を言うな。どうせ呼ぶなら兄の方にしてやってくれ。うるせぇぞ、と返されるだろうがな」
『はは、違いない』
ハインツの掩護まで入る。通信が常時繋がっているので失言には注意しなければ。六魔将とはどんなものかとウィリアムは思っていたが、気の良い奴らで仲良くできそうだ。
……
トニーの到着は、予想通り大魔女よりも先になった。
右腕のジャックだけを引き連れ、ウィリアムたちがいる場所に空間転移で飛んでくる。
「ったく、長々とジノヴィエフ卿と皇帝の話に付き合わされちまった」
「ご苦労様。だが、その様子だと上手く纏まったんだろう?」
「そうだな。正式にロシアとウチとで同盟締結だ。ただし、魔族全体じゃねぇ。ウチだけだ」
つまり、オースティン副長の部隊は当然敵対だが、それどころか味方であるはずの他の将軍や大魔王とも直接は仲良くできないという事になる。
それだけ、クレムリン内の魔族への敵対心は色濃い。逆に言えば、トニーの部隊だけがそれを氷解することには成功した。
既に手中に収めているアジアのほとんども、魔族の味方というよりはトニーの支配下という認識が住民たちには強い。
大魔王がそれを咎めていないのであれば、ロシアも今のままのやり方で問題ないのだろう。
「モスクワ近辺の戦闘の方はどうなってるんだ?」
「終わりも終わりだ。やることはほとんどねぇからこっちに集中できるな」
大魔女が言っていた、ロサンゼルス城内にいる謎の人間とオースティン副長の会話とも一致する。モスクワの戦いは終わりとみて良さそうだ。
「それは良かった。こちらからも報告がある。城内の兵数は百体前後。オースティン副長も確認できている。それと、傍で彼に助言している人間がいる」
「ふん、ようやく犬っころの尻尾を掴めたか。人間の方はどうでもいいが、使えそうな奴なら引き込むか」
「外への警戒は無いが、こちらに気づいていないと決めつけるのは危険だと判断した。攻撃開始後に敵増援から背後への不意打ちをされた場合に備え、こちらも他の将軍らに増援を依頼する可能性があると、大魔女様に伝えに行ってもらっている」
トニーも逡巡し、それは否定できないなと首肯する。
「悪くねぇ考えだ。それでババアがいねぇわけか」
「今日中には帰ってくる予定だ。城内は大魔女様の魔術で筒抜け状態。それを使うために彼女の帰着を待った方が戦いやすいと思う」
「オーケイ。お前の考えを尊重してやる。指揮権は俺が持つ。リーバイスとハインツは、あれか。ちゃんと来てるじゃねぇか」
城を正面に見て、左右に展開する部隊をトニーが指さす。
『聞こえているぞ、バレンティノ将軍。エリーゼ様を待つのだな』
『こちらも……承知した』
「うおっ!?なんだ、この人形か?すげぇな、まるで無線機じゃねぇか」
「あぁ。これも大魔女様が作ってくれたものだ。先に話した城内の情報は、別で小型のドローン型カメラみたいな魔術を飛ばしてくれてるおかげで手に入った。その映像は彼女しか見れないみたいだが」
映像を共有するとして、モニターどころか、映写機のようなものすら作るのは難しいだろう。木人形から声が届くだけでもこの世界では大発明だ。
「この人形は増やせねぇのか?もしいけるんなら、お前に兵隊を五十だけ預けてぇんだが」
「要は別働という事か?何をさせたい?」
「一面だけ囲めてねぇだろ。そこに配置だ」
城から出れないようにするわけか。空間転移が使える種族なので、完全に逃がさないというのは難しいが、四方を囲むのは効果的だ。
ただし、逃げ場がなくなると強くなる敵もあるだろう。そして、打って出るという判断をした場合は、どうしても一番手薄なウィリアムの持ち場が襲われる可能性が高い。
「大魔女様に相談だな。きっと作ってくれる」
だが、ウィリアムはこの命令を受けた。保身よりも、勝利の確立アップだ。
「何、お前のタマは取らせねぇから安心しろ。増援を呼ぶとなった場合もそっちに多く補填してやる」
「問題ない。しかし、オースティン副長は空間転移で逃げる可能性が高いと思うが、どうするんだ?」
「面出したら遠慮なく撃ち抜け。逃げる暇も与えねぇさ」
特に策があるわけではないか。ただ、殺害に失敗してもロサンゼルス城は奪還できるので、悪い話ではない。
「兵を増やしている拠点があると睨んでいる。オーガなんかに戦争用の子供を産ませているらしいじゃないか。逃がした場合はそこを襲い、徐々にすりつぶしていくのはどうだろうか?」
「場所が分かってんならそうするのも悪くはねぇな。ただ、ここで殺しちまえばそんなことする必要はねぇ」
予想通りの回答。まずは兄の意思を尊重しよう。
頭ごなしに否定されなかったのは良かった。足元からじりじりと詰めていく戦法は実にウィリアム好みだ。一撃必殺を狙いがちなトニーとは異なる。
「婆さんの帰りを待つ。お前はそれまで天幕内で休んでろ。俺のいない間の名代、ご苦労だったな」
「あぁ、そうさせてもらうとするよ」
「お前らも聞こえたな?とりあえず待機で頼むぜ」
木人形に向かって喋りかけるトニー。すぐに返答も二つ返って来る。
『うむ、変わらずだな。城内が見えるのであれば、確かにエリーゼ様がいた方が勝算は高いだろう』
『今の話を聞くに……オースティン副長を見かけた場合は遠慮なく討ち取って良い、のか……?』
「だな。俺への遠慮は無用だ。接触したらさっさと殺してくれ」
無論、因縁の相手のようなので出来れば譲ってやりたい。しかし、それで逃げられるくらいならばとトニーも許可した。
その会話だけ見届け、ウィリアムは指揮官用の天幕へ。トニーと共用になるが、久しぶりの一つ屋根の下も悪くないだろう。
ただ、トニーはすぐにここへ来ることは無く、陣内の確認のために外を回っている。
身体を休めるため、寝台に横にはなったが眠りはしない。
その内、トニーが寄越したのかジャックが入室してきた。
「バレンティノ伯、失礼いたします。起きておられましたか」
「あぁ、特に眠気もなくてな」
「であれば、何かお食べになりますか。簡単なものであれば私が準備しますが」
「いや、腹も減ってないよ。トニーの方はもういいのか」
強いて言えば水が欲しいくらいだが、すぐ目の前には水差しもあり、手を伸ばせば届くのでわざわざ頼むほどの事でもない。
「はい。先ほど、大魔女様もお戻りになりました。今はお二人で城内の様子について話しておいでです」
「そうか。それは俺も聞いておきたいな」
結局、一時間も経たないうちにウィリアムは外へと出ることになった。
……
「というわけで、やはりこちらには気づいているようだねぇ。どう出てくるつもりか、油断しない方が良いよ」
「関係ねぇ。ぶっ叩く。ヘルやアルフレッドの支援も問題ないんだろ?イェンだけが来れないってか」
トニーと大魔女に合流したところ、援軍の話のようだ。二人の将軍が後詰として動けるという内容で間違いない。
「まぁ、アイツは馬鹿力で城を壊しかねん。来なくて正解だろうぜ。あ?ウィリアム、どうした。お前は酒でも飲んで休んでろ」
「そうも言ってられない。大事そうな話だから聞きに来たまでだ。あとから来ておいて悪いが、もう一度聞かせてもらえないか?」
トニーは眉間にしわを寄せたが、代わりに大魔女が答える。
「端的に言えば、確実にこちらのことは知られているってことだね。兵も少し増えているし、あの人間と副長の会話がまた聞けたのさ。囲まれているようだがどうするねってな具合にね」
「なるほど。オースティン副長はどんな指示を出したんだ?」
「指示という指示は何も。ただ、増員だけ見れば迎え撃つつもりでいるらしいよ。逃げるつもりなら今すでにいなくなってるはずさ」
つまり、ハエ型のドローンはまだオースティン副長の存在を映しているということだ。
「それと、木人形を追加しといたから、これでアンタも個人で扱えるよ」
木人形が合計で五つとなる。トニー、ウィリアム、エリーゼ、ハインツ、リーバイスの五人で連絡の疎通が可能だ。
「俺は別働体として展開だな」
「だからその前に休めって言ってんだろうが。動くのは今日の夜中から明日の早朝にかけて、暗い間に動かしてぇんだよ。必要な情報はその時に伝える」
その為に数時間寝ておけという事だろう。
「分かった。必要な情報でなく、全ての情報を伝えてくれると助かる」
「同じ意味だろうが!さっさと行け!」
トニーがそういうのであれば仕方ない。言われた通り、酒でもあおって無理やり眠るとする。
……
夜半、ジャックがウィリアムを起こしてくれた。トニーからの出動命令だ。
ただし今度はトニーが隣の寝台で眠っており、情報の伝達もジャックの仕事となったようだ。
「バレンティノ伯、おはようございます。閣下からの伝言です。敵兵数は城内で二百半ば程に膨れ上がっており、現在もオースティン副長は城内におられます」
「そうか。連れていく兵は?」
「天幕の外に。当初よりも増やし、百名おります」
そうなるとトニーの本陣も百ほどになって手薄になってしまうが。モスクワから多少呼び寄せるか、またはヘル、アルフレッドの両将軍が支援に来た場合はバレンティノ兄弟のいる二点を同時に手厚くするつもりだろう。
天幕の外に整列した魔族の兵士たち。それを伴い、闇に紛れて移動を開始する。
城を正面に、左手から回ったので、途中でハインツ将軍の陣の近くを通過した。木人形で話しながらの行軍であり、それは味方に伝わっているので何事もなく通る。
持ち場に着いたところでトニーがちょうど起きたのか、連絡が入った。
『ウィリアム、今どのへんだ』
「たった今、予定地点に到着した。防護柵を張って陣を構築する」
『おう。城内には動きなしだ』
その時、どこからか喧騒が起きた。味方の兵士同士が何やら揉めている。いや、第三者がいるのか?
「トニー、何か問題が発生したようだ。おい、お前たち!どうした!」
「伯、お下がりください!何者かが我らを襲っているようです!おい、さっさとあれを仕留めろ!」
敵襲、と呼ぶには貧相な規模だが、害意を持つものが近くにいるのであれば危険だ。
「敵確認!十数名規模の小隊のようです!おそらく副長の軍団かと!」
味方からの報告が飛ぶ。
「まさか、敵が先に伏せていたのか!?」
三方を囲まれ、残り一方は空いていた。そこに展開される前にオースティン副長が先手を打った、という事らしい。
ただ、さすがに数が少なすぎたな。五分と経たないうちにそれは制圧され、数名が討たれると残りは散り散りに逃げて行った。
『状況を』
「あぁ。敵部隊と遭遇した。先にこの地点を押さえていたらしい。数は少なく、問題なく撃退した。ただし、こちらも二名やられた」
『そうなるのは目に見えてただろうに。何が狙いだ?』
確かにここを取らせたくないのであればもっと多くの兵を置いておくはず。これでは何の効果も得られなそうだが。
『なるほど。そう来たか』
「ん?どうした、トニー?」
『お客さんだ。正門から大量に打って出てきやがった。二百ってところか。すぐにぶつかるぞ』
「何っ!」
つまり、城の裏手に別働体が来るのであれば、トニーの本陣が手薄になることを読まれていたか。先ほどの伏兵はその伝令。
しかしハインツやリーバイスではなく、トニーの部隊を割くと予想できたのはなぜか……なるほど、ウィリアムの存在か。味方の将軍には副官がついていない。分けるならトニーとウィリアムの指揮官が二人がいる本隊だと見破られた。
『某が救援に向かおうか。横っ腹を突けるぞ』
『こちらも……行ける……ぞ』
『いいや、こっちは俺だけで食い止める。婆さんもいるから何とかなるだろ。お前ら三隊は城を取れるか』
オースティン副長も、トニーを殺れるなら城など不要だと、ほとんどの人員を突撃に使っているようだ。今なら簡単に城は取れる。
だが、言うまでもなくトニーの命は危険にさらされる。大魔女がいるから問題ないという話は鵜呑みにしてもいいのか。
「いや、ハインツ将軍!兄の救援に向かってくれないか!リーバイス将軍は俺と一緒に二方向からの攻めでロサンゼルス城を落としてほしい!」
やはりそれは出来ない。かといって自分は城を挟んで真逆の位置。それよりはすでに状況が見えているであろう二人の将軍のどちらかに委任した方が効果的だと判断した。
『承った』
『了解……だ』
『ウィリアム!てめぇ何を勝手なことを!ババアも何か言ってやれ!てめぇと俺じゃ高々兵力二倍の犬っころ相手に役不足だと言われてるようなもんだぜ!』
当然トニーは憤慨する。ただ、その気持ちでいるのはトニーだけだ。他の三人は指揮系統の序列を無視してでもウィリアムの判断を支持した。
『いいや。弟の言う通りさね。倍もいる敵を舐めてるとやられるよ。ハインツ将軍、横でもいいけれど出来れば敵の後ろを取れるかい』
『無論だ。挟撃ですり潰す。副長の首級を取っても文句は言わないでくれよ』
『クソが!どいつもこいつも!やるならさっさとやるぞ!』
彼らは部下ではないので、言う事を聞かないのであればトニーとて飲むしかない。ただし、部下というより身内ですらあるウィリアムにだけは、あとで雷が落ちるだろうが。
「頼んだぞ……ではリーバイス将軍、我らも陣の構築は放棄し、このまま裏手から突入する。合わせてくれ」
『分かった……では、参ろうか』
ロサンゼルス城の入り口はトニーたちのいる箇所の正門とウィリアムのいる場所の裏門の二か所のみ。リーバイスの位置にはそれがないので城壁をよじ登るか転移することになる。
裏門も閉まっているので、転移でまずは誰かが登って内側から開ける必要がある。
しかし、大魔女の監視の中、少数の兵を伏せておいたオースティン副長の手腕は見事だ。外から呼び寄せるなどして見せないようにしていたか。
トニーに向けた攻撃も予想できなかったのか。それも大魔女が見るより先に、迅速に兵を動かしたという事になる。
「大魔女様、オースティン副長はどっちにいる?」
中か外か、という意味だ。
『もちろん外さね。近くにいるよ。よくもまぁ、こんなに早く動くもんだ。見られてるのを利用したのかもね。わざとのんびりしてるようなフリしてさ』
「了解した。俺たちも城の中を制圧したらそちらに加わる」
『はっ! ウィリアム! 俺がそんなチンタラやるかよ! 先にこっちを終わらせてやる! むしろこっちがお前らに加勢してやるよ!』
トニーの大口はいつものことだが、やはり味方の士気を高める不思議な力がある。ウィリアムだけでなく、ハインツやリーバイスも乗せられたようだ。
『某も負けてはおれぬな。急ぐのであれば副長は貰うぞ。貴公の位置より、背面からの方が近いだろう』
『バレンティノ伯……我らが先に城を取ってやろう……』
まずはウィリアムの部隊から数人の兵士が空間転移し、城壁の上に登る。予想通りというよりも、大魔女が見ているので当たり前なのだが、守備兵はほとんど残っていなかった。
そして城壁から内部へと降りた兵らが、今度は裏門を開門する。
悠々と門をくぐって入城するウィリアムの部隊。
リーバイスたちは門がないので全員が城壁の上に飛び、降下して侵入だ。
もちろんロサンゼルス城内は無人……ではない。押し込められた人間らや、少数の兵は残っている。とはいえ、攻撃側が多いので止められるような話ではない。
そして兵らも防衛を命じられていたわけではないようで、ぶつかる前に正門から逃げて行った。
だがつまりそれは、トニーが向き合う敵が少しばかり増えてしまうことを意味する。
「くっ……!急いで城を占拠するぞ!逆にこちらの拠点として利用する!」
「伯、肩透かしだったな……城は任せてて良いか?こちらは、先に救援に行く……」
「あぁ、頼めるか!」
リーバイスと合流すると、悪くない提案を受けたので承諾した。
先程まではこちらが先に城を落としてしまおうと彼も軽口を叩いていたが、さすがにトニーの戦況が少なからず悪化するのであればと機転を利かせてくれた形だ。
普通であれば身内な分、心配の度合いが段違いであろうウィリアムに行けとも言いそうなものだが、城の占領の手柄を譲ってくれる辺り、彼の人柄の良さがにじみ出ている。
『リーバイス将軍、そちらに回ってもらえるだろうか』
『任せろ……敵は虫の息だな。しかし……死に物狂いで向かってくる』
『あぁ、油断は出来ん』
早速、ハインツとの連携でオースティン副長の軍団を包囲しているようだ。
ウィリアムは兵らに城の制圧を任せ、自身は城壁の上、戦況を見下ろせる位置へと走ってきた。
『おや、ついに使ったようだね』
ちょうどその時だった。大魔女エリーゼが不審なつぶやきを漏らしたのは。
ウィリアムの目にはぶつかっている両軍しか映らないが、大魔女の言葉からするに、魔力を吸い取る例の秘術に違いない。
「大魔女様、魔術が使えなくなったのか!?」
『ご名答さね。使えないというよりは、異常なまでの魔力が漏れ出してるような感覚だねぇ。発動するだけでも一苦労だよ』
「そうか、しかしアンタはカトレアみたいに萎れないんだな」
『誰が最初から萎れてるだい!立ってるのもやっとだよ!』
ウィリアムは心配のつもりだったが、妙なツッコミが返って来た。
『む、確かに力が入りづらい……な』
『案ずるな!某らは魔力頼りの戦いはしない!』
ハインツたちも魔力が吸われる感覚はあるようだ。ただ、それでは止まらない。
「叔父貴!ご無事で!助けに来てくださったんですね!」
「味方らしき魔族の連中に、叔父貴がここにいると聞いて飛んできました!」
ウィリアムの横に、組員らが数人やって来る。なるほど、閉じ込められていた奴隷の中には彼らも混じっていたのか。
「おぉ、みんな生きていてくれたのか!トニーも来ているぞ、もう大丈夫だ」
ただ、そのウィリアムが指をさすトニーの軍勢は戦いの真っ最中だ。それを見た組員らは安心とは思えなかったらしい。
「あそこに親父が!?助けに行かないと!」
「叔父貴はここにいてください!俺たちは親父のところへ行ってきます!」
「馬鹿言え!道具は持ってるのか!?」
捕まっていたのであれば銃は取り上げられているだろう。丸腰で魔族の兵士に突っ込むなど、自殺に等しい。
「銃なら城のどこかに隠されているはずです!」
「なければ剣でも槍でも借りていきますよ!」
「行くな!命令だ!心配しなくてもこちらが優勢だ!」
ウィリアムの全力の阻止に、組員らは固まる。優勢なのは本当だ。魔力が吸われているらしいので大魔女が戦えない程度の弱みはあるが、それでも負けるとは思えない。
「いや、しかし親父が……!」
「押されてるなら俺だって加勢に向かってる!それよりは、城内を確認して、取られていたものを回収しておいてくれないか?今後はデカい戦争に入る。銃もあればあるだけ欲しい。間違ってもそれを持って突っ込んでくれるなよ」
これで終わりではない。トニーに手を貸すのであれば、他の国への侵攻作戦も待っている。
「……分かりました」
「叔父貴に従います。ただ、いつでも身体張る覚悟ではいますので!」
「あぁ。今後、トニーが存分に働かせてくれるだろうさ。今まで捕らえられている間にサボっていた分もな。楽しみにしておくと良い」
組員らを見送り、再び視線を戦場へ。挟み撃ちでじわじわと追い込んではいるが、オースティン副長の部隊もトニーに肉薄している。
組員に伝えたほど楽観的な状況ではないか。
「伯、怪しい男を捕らえました!降りて来てくださいませんか!」
今度は自身の部隊の魔族の兵士からの報告。怪しい男とは、オースティン副長側に加担していた人間か。
「わかった、すぐに行く!」
観戦できないのは名残惜しいが、今はトニーやハインツ、リーバイスを信じる。
……
階下、一階のとある部屋にその男はいた。椅子に座らされ、両手両足を縛られている。かなり恰幅が良く、大柄な人物だ。筋骨隆々というよりは肥満体に近い。
上下はフード付きの茶色い外套、だが、靴は意外にも現世にあってもおかしくないような革靴だった。
「顔を見せてもらってもいいか?」
「あー、いや、気まずいんでこのままだと助かりますね」
ウィリアムをここまで連れてきてくれたリザードマン兵に問うたつもりだったが、なぜか捕まっている男から返答される。
「そ、そうか。まぁ別に良いんだが。オースティン副長に助言をしていたらしいな?彼とはどんな仲なのか聞かせてもらえると嬉しい」
敵とはいえ人間サイドだ。即断ではなく、これから先の処遇はこの男の返答次第だろう。
「関係も何も、捕まった後に自身の命が惜しいもんで従っていただけと言いますか。空間転移も使えない人間の身では逃げるに逃げれませんしね」
やけに軽快な話口調。本当に命の危機など感じていたのか。そして今もまさに、魔族側を相手にしている命の危機のはずだが。
「ちなみに俺も人間なんだがな」
「えぇ、そうでしょうね」
「驚かないのか?」
「驚きません。自分のような境遇にある者が他にいても不思議ではない。ところで、解放はしてもらえるんでしょうかね?オースティン副長が死んだとなれば自分はお役御免でしょう。それとも、貴方と同じように今度はこっちで働かされるんですかね?」
妙な男だ。やはり怖がっているようには感じない。オースティン副長と過ごして重用されていたせいで一般的な感覚が狂っているのか。
「さてな。残念ながら俺にそんな権限はない。ボスに委ねることになる」
「オースティン副長の宿敵ですね?そして、貴方の兄だ。おっと、驚くことは無いですよ。自分は副長の相談役だったんです。いろんな情報を知っていてもおかしくはない」
それはそうだが、こうなると開放は難しいかもしれない。保護の名目で他の奴隷と同じようにロサンゼルス城内で預かるのが現実的だろうか。
「捕まった、というのは?いつ、どこで、何をしていて捕まったんだ?」
「……あまり覚えてないので。答えたくても答えれませんね。ハッキリしてるのは、オースティン副長といろいろと話してきたことくらいで」
記憶喪失、という奴だろうか。
「そんなお前が彼に重用されていた理由は分かるか?」
「なぜでしょうね。皆目見当もつきません」
何者なんだ、とウィリアムは男の特徴を改めてまじまじと見る。靴に目が留まり、まさか、とフードに手をかけた。
「あぁ、ちょっと!外さないでくださいよ!」
髭面、禿げ頭の丸々と太った巨漢。やはり革靴は現世の名残だったか。
「フランコ……」
「……ははっ。髭をかなり伸ばしたんですが、さすがにバレちまいましたね。決定打は靴ですか。こっちには合う靴がなくて。変装が甘かったです」
男の正体は失踪していたフランコ。会話から記憶喪失は演技だと確定する。
つまり、フランコは分かっていてトニーに弓を引いていたことになる。オースティンに脅されていた可能性もあるが、トニーの決定次第では粛清だ。
「演技は続けなくてよかったのか?」
「目を見られちゃ、叔父貴にその手の小細工は通用しませんから」
「自分がやったことの重さは理解できているようだな」
ウィリアムは控えているリザードマンに目配せした。知り合いだ。縄ぐらいは解いてやれ、と。
意図を汲んだリザードマンがフランコを自由にする。命惜しさに襲い掛かってくる心配は絶対にない。
「あぁ、ありがたいです。ボンレスハム状態で肉がはち切れそうだった」
「トニーが来るまでは自由だ。楽にしておけ。酒は?」
「え、貰えるんです?」
「形はどうあれ感動の再会だ。祝わずにいられるかよ」
ただ、フランコは笑顔のままで首を横に振る。
「親父が来たときに酒盛りしてたんじゃ、助かる命も助からないんじゃないですかね?反省する場面で泥酔なんかしてたら烈火の如く怒りますよ」
「それもそうか。ほら、祝杯代わりだ。一服やれ」
「ありがとうございます。いただきます」
酒がダメなら紙巻きタバコで歓迎だ。
……
およそ一時間後、オースティンとの死闘を終えたトニーが入城してくる。
ハインツ、リーバイスの協力があったにも関わらず、半壊させた時点で転移されて結局は取り逃がしてしまったらしい。
大魔女は魔力消失の情報が多少は得られたらしく、一人で何やら現場検証中とのことだ。
ウィリアムとフランコの顔を見たトニーはまず、フランコを殴り飛ばした。意味は特にない。オースティンを逃がしたことへの八つ当たりだ。
「フランコ!久しいな!生きてやがったのか!完全に諦めてたぞ!犬っころは逃げやがった、クソが!」
「お、親父、目覚めの一発をありがとうございます。帰って参りました。粛清なら自分の命が尽きるまで存分にやってください」
ハインツとリーバイスも同席しており、状況が理解できずに目を丸くしている。
「あぁ?粛清?」
「トニー、オースティン副長に助言してた人間がフランコだったんだ」
「なんだと?どうしてそんなことしてやがった?てめぇが消えてからの動向を全部話せ」
フランコが離脱してからの説明を本人の口から求める。
「えぇと……自分が親父らとはぐれたのは中国に侵攻中の時期でしたかね。馬鹿みたいに地面と瓦礫に埋まってたんですが、その後、皆との合流や連絡が出来なくなってました」
「あれだけかき分けて探したのに、その太鼓腹で隠れてたってか?嘘をつくな」
「まぁ、そう言われてもそうとしか。ただ、起きたのはおそらく戦闘から三日くらいは経った後だと思います。胃も空っぽで、かなり痩せてたんで」
「面白くねぇんだよ」
ははっ、と笑いながら禿げ頭を撫でるフランコの冗談にトニーは舌を打つ。
「で、当然ながらまずは味方との合流を目指したかったんですが、運悪く最初に見つかったのがオースティン副長の手の者でして。殺されなかったのは僥倖でしたが」
「理由はバレンティノファミリーと思わしき格好からか?」
ウィリアムが訊く。
「そうですね。正直に答えて脅威と見なされ消されるか、報復を恐れて見逃されるか。どちらに転ぶかの賭けでした。無論、見逃されるのが狙いです」
「蓋を開けてみりゃ第三の結果だったんだな。有用だと見なされて登用されるとは予想外だ」
「登用なんて大袈裟な。利用されていただけですよ。親父の事はオースティン副長も警戒してるんですから」
トニーに視線が集まると、自然と彼の発言を待つ空気になった。
「犬にはどんな情報を与えてた?俺の行動予測か、ファミリーや部隊、この城の話か?」
「……全てです。親父にとっては災難だったでしょう。今回、奴を取り逃がしたのも俺の助言です。敵も多く、押し切れなければ撤退を推奨する、と」
「全く、あれが俺をイライラさせてくれるのも半分はお前の入れ知恵かよ」
「はい。なので、どんな罰でも受け入れます。親父のお好きなように」
言い終わる前にトニーから二発目のストレート。
「うるせぇ、俺に指図すんな。だが、てめぇが戦略家の真似事まで出来るとは思っても見なかったな。ウィリアムの横でコイツの補佐に付け。それが嫌なら俺の横でサンドバッグだ」
殴り飛ばされて床に伏せっていたフランコが、まさかと顔を上げる。だが、反論はない。後者を選ぶほどトニーの真意を見抜けない付き合いではない。
トニーの命令は、前者を選べ、だ。
フランコが自身の側近になることは、ウィリアムとしては大歓迎だ。ファミリー内ではフランコがトニーの、そしてマルコがウィリアムの世話役のイメージだった。
実際にはマルコもウィリアム直属ではなくトニーの部下ではあるが、所属と事実は若干異なる。
フランコはマルコよりも実直なイメージが強い。冗談はよく言うが、仕事の出来に関してはマルコよりもさらに信頼できる。
マルコが使えないという意味ではない。フランコが優秀過ぎるのだ。
「叔父貴、よろしくおねがいします」
「あぁ。トニー程ではないが、こき使ってやるから楽しみにしておいてくれ」
しかし、トニーがオースティン副長を取り逃がし、それがこのフランコ本人のせいだったという割には寛大な沙汰だ。
それほどまでに、フランコを失うのが大きな穴になる。
いや、どちらかと言えばフランコが再び味方に加わることでのメリットの方が大きいとトニーは踏んだか。
そしてそれはウィリアムも同意見だ。もちろん、ここで処刑というのであればそれにも従うつもりだった。だがやらなかった。珍しく感情よりも実利を取った形だが、兄の判断は正しいと胸を張れる。
むしろ感情で判断して、付き合いの長いフランコを殺したくない、という話だった可能性もあるが。それは口にしないでおこう。恥を感じて殺しかねない。
「犬っころがどこに退いたのかはババアが調べてるが……おい、フランコ!」
「はい、親父」
「ババアも魔術の研究の方にばかりリソースを割いて、追跡の仕事をするかが信用ならねぇ。てめぇも何か知ってるならウィリアムにでも言っておけ」
……
トニー、そしてハインツたちも退室していった。
次なる手を考えるのであればウィリアムも同席しておきたいが、今はそれよりもフランコの話だ。
「それで?オースティン副長の行先に心当たりはあるのか?ここの他にも、拠点として使っていた場所はあると思うんだが」
「ロシアに何点かと、アメリカ国内にも一か所。自分が知っているのはそのくらいですね。可能性が高いのはロシアまで退いてる方かと」
「全部まとめておいてくれ。ただ、地名も知らない場所じゃあ、転移は使えないか」
空間転移も瞬間転移も、術者がそこを知っているかどうかに大きく左右される。ただし、街の名前などが分かれば知らずとも近くには飛べるという仕組みらしいので、フランコの情報にまったく意味がないわけではない。
「名前の分かる場所は記しておきますが、俗称だったりした場所は分かりませんね。たとえば、雪山拠点、湖畔拠点、みたいなものだと地名が分かりません」
「分からないものはそれで構わない。拠点数の把握にだけは使えるからな」
「わかりました」
個室のテーブルに置かれている、羊皮紙と筆ペンを使い、フランコがそれらを記載してゆく。
ここでウィリアムは気になった。英語を話す魔族は、英語の筆記は出来るのだろうか。
イタリアでも当然のように人間は文字を使っていたが、対して魔族は誰かが何かを記しているのを見たことがない。しかし、大魔女のような研究者もいるわけなので、おそらく使われているはずではある。
研究して、何も残さない。口伝のみで継承する。いくら長命種でもそれは考えづらい。
「フランコ、オースティン副長は読み書きができるか知っているか?」
フランコに訊いたところで仕方ないが、浮かんだ疑問をそのままにしておくのも気持ちが悪い。
「え、どうでしょう。言われてみればってやつですね。そんなこと自分に尋ねなくても、お仲間の魔族に訊いてみればいいじゃないですか。大魔女とかいるんでしょ?あぁいう魔術関連の専門家なら文献の取り扱いも得意そうでは」
「そうだな。ちょっと訊いてくるか。暫らく外す。その間に集中してまとめておいてくれ」
「はい、叔父貴。お気をつけて」
ウィリアムがいては思い出すものも思い出せまい。
フランコがわざわざオースティン副長のところへ逃げ出すなどとは微塵も思わない。むしろ魔族だらけより、ファミリーの人間もいるこちらの方が居心地も良いだろう。
部屋を出て城内を歩く。本音を言えばトニーらと合流したい。
ただ、置いて行かれてしまった以上はフランコの相手をしているものだとトニーからは思われているので、突然現れては何をしているんだと非難されかねない。
次の手についてはあとで共有してもらうものと諦め、近場にいた兵らに話しかけることにした。
「すまない」
「はい、伯爵。なんでしょう」
何かの荷物を運んでいたオーガ兵が足を止めてくれた。この巨体が敵であった頃は恐ろしかったのを思い出す。
「兵たちの間で、文字の読み書きがどのくらい出来るのかを知りたい」
「文字ですか。いやぁ、おらは出来ねぇです。見ての通り、野良仕事専門なんですよ」
訊く相手が悪かったか。オーガは短期間で成人する。すぐに兵士になったのであれば勉学する時間はない。
本人がダメならと質問を変える。
「他の連中はどうだ?似たようなものか?」
「いいえ。偉い御方らはみんなできるはずですよ。偉くなくても御付きの連中とかも」
ジャックのような護衛、という意味ではあるまい。書記や秘書のような仕事をしている者を指していると思われる。
思ったよりも識字率は低いか。ただ、やはり上位の面々は出来て当たり前らしい。
ほんの気まぐれから出た疑問だったが、即座に解決できた。
「文字を書ける奴をお探しで?声をかけてみましょうか」
「いや、大丈夫だ。自分で探してみることにするよ。いなければ自ら書けばいいだけだしな。助かった、行っていいぞ」
「さすがは将軍の弟さんだぁ。伯爵ともなれば頭も良いんだなぁ」
そんなことを言いながら、オーガ兵は仕事に戻る。
「ご苦労さん」
「はっ!これはバレンティノ伯!どうかなさいましたか?」
次に通りかかったリザードマンにも声をかけてみた。答えは同じだろう。
「突飛な質問だが、お前は文字の読み書きができるか?」
「は?はぁ、出来ますが……もしや、書記をお探しで?」
「いや、単純に疑問に思っただけだ。この部隊の兵員はどのくらいの識字率があるのかってな」
「なるほど。肌感覚ですが、四割から五割程度ではないでしょうか」
「ほう、思っていたよりは高いものだな。さっき、オーガに訊いた際にはそこまでに聞こえなかったが」
同じ答えとも見なせるが、以外にも差が出た。どちらかと言うとこのリザードマンの意見の方が正しいように思える。
仮に今できないものに学習させるとしたら、出来るものに教えさせれば良さそうだ。
「私も含め皆、それを計測したわけではないですからな。調べさせますか?」
「そうだな。気が向いたらお願いするかもしれん。今はまだ、そんなことよりも先にやるべきことがあるはずだ」
「そうですか?ではいつでも遠慮なく」
リザードマンも仕事に戻る。
ここで、戦場で何やら調べていたはずの大魔女が入城してきて、フランコのところへ戻ろうとしていたウィリアムとバッタリと会った。
「戻られたか、大魔女様。カトレアほどには辛くなさそうだな」
「いいや、こう見えて死にそうなくらい辛いんだよ。それでもここまでする価値はあったねぇ。魔力が吸われるのはやっぱりオースティン副長のせいで間違いないさね」
「ほう。その残滓的なものでもあったのか」
魔術のことはさっぱりだ。特に、人間の国で過ごしていたウィリアムは、魔族の使う、人間よりも強力な魔術には疎い。
「残滓……残滓か、良い表現だね。それがぴったりかもしれないよ。オースティン副長の能力か、はたまたそういう類の道具でも持っていたのか。とにかく彼がいた周辺からは力が抜けるようなものを感じたのさ」
「いなくなった後も、その付近の空間では魔力を吸われるんだな」
「いる時に比べれば弱いけどね。尾を引くらしい。吸った魔力をオースティン副長が蓄えてるって可能性が高いよ。とすると、本人よりは魔具だろうねぇ。カトレアの魔力なんか吸って、身体一つで耐えられるはずがない」
カトレアの身体にある魔力は魔族随一。魔術の専門家でもないオースティン副長では持て余すという事だ。
大魔女の身体がぐらりと揺れる。ウィリアムはとっさに手を伸ばして彼女を支えた。小柄な老婆なので当たり前だが、驚くほど軽い。青味がかった浅黒い肌という特徴こそあれ、魔族の重鎮にはとても見えない。
「おっと、眩暈がして。ひひっ、可憐な美女を支えてくれるなんて男前だねぇ」
「冗談はいい。大丈夫なのか?」
「あぁ、でもこれで中々にきつい仕事だってのは口だけじゃないってわかってくれたろ。部屋へ案内してくれないかい」
「あぁ、こっちだ」
この城に彼女の部屋があるわけではないので、客間の一つへと案内する。
担いでも良かったが、肩を貸してゆっくり歩いた。お姫様抱っこをすれば喜んでくれそうだが、周りの目もある。大魔女としての威厳を損なうよりはこちらの方が良いだろう。
「この部屋で休んでくれ。何かあった時のため、一人つけておこう」
「あぁ、すまないねぇ」
力なく答えた大魔女は、寝台の上で寝息を立て始めた。カトレアと同じだ。暫らくは起きないかもしれない。
もう少し、オースティン副長の力について具体的な話が聞きたかったが仕方ない。
現段階で分かったことをまとめると、オースティン副長の近く、本人の意思で魔力を吸収している。その力はしばらく残る。
取り上げるだけではなく、おそらく蓄えている。その推測から、本人の能力ではなく道具を使っている可能性が高い。
つまり、何らかの道具に魔力を貯めていずれ莫大な力を使おうとしているのか。使う、という行為がその道具に可能なのかは分からないが。
近くにいたインプに大魔女の部屋の入り口での見張りを任せ、ウィリアムはようやくフランコのところへと戻った。
「あぁ、叔父貴。おかえりなさい。とりあえず、オースティン副長の軍団が拠点としていた場所を出してきました。しかし、歳には勝てませんね。これよりもっとあったはずなんですけど、思い出せねぇ」
禿げ頭を撫でながらフランコが笑う。
その手元にあるメモには、およそ十か所程度の地名や俗称が並ぶ。しっかりと地名があるのはそのうちの半分くらいか。もっとあるとしても、これだけ思い出せただけでも良しとしよう。
「いや、分かる範囲で良いぞ。どうせ、これ以降も増やしていくんだろうしな。仮に全部わかっていても、新しい拠点に移られたら結局はこの情報も使えなくなる」
「そうなる前までの時限的な手掛かりですか。早めに尻尾を掴みましょう」
「一応聞いておきたいんだが、トニーの決定に不服は?俺付きだって話だったが、たとえばトニーと顔を合わせるのが気まずいなんて気持ちがあれば、飛ばしてやるぞ」
ウィリアム付きである以上、ウィリアムの判断で遠方、たとえばイタリアの屋敷住まいにしても良い。マルコも屋敷にいるので問題はない。フランコが離れたければ逃げ道を用意してやるつもりだ。
「えっ、いいんですか?気まずいって程でもないんですが、親父の機嫌の為にも視界に入らない方が良いとは思ってますが」
「それは言えてるな。であればイタリアに行ってくれるか。俺の屋敷があるから、そこに向かうと良い」
フランコの仕事はオースティン副長の拠点書き出しでほとんど終わっている。このままウィリアムの補佐をやらせても良いが、必要かと言われれば無くても構わない。
「おぉ、マルコはそっちにいたんですね!久しぶりにからかってやるとするか」
「アイツも忙しくしてるからほどほどにしておけよ。転移はできないよな。全体のロサンゼルスからの動きは未定だが、移動は必ず起きる。その時に別れるぞ」
「了解です!それまでは、そうだな……この城の食い物でも荒らしておきますよ」
デンとした太鼓腹にどこまで詰め込めるか。やることがない間は大食いに走るか。
「……そっちもほどほどにな。ここの備蓄量は知らんが、すっからかんじゃ出撃の時に兵隊も動かせなくなる」
「ははっ!親父はそんなにゆったりしないはずですから、数日ってところでしょう」
これにはウィリアムも同意だ。ただ、大魔女の容態は気になる。彼女が起きるのをトニーは待つのだろうか。
「ではそれまではゆっくりとくつろいでくれ。城の案内でもしようか?」
「いえいえ、お構いなく。むしろ自分の方が叔父貴よりも詳しいですよ。気ままに散歩させてもらえればそれでいいです。自分のイタリアへの移動は誰かつけてくれるんですか?」
「もちろんだ。ローマの郊外にあるから誰か、魔族の兵士に空間転移で送らせる」
屋敷のある場所は特段、目撃されたりする心配はない。飛竜もいるので、仮に目撃されたところで大きな驚きもないとは思われる。
「こちらへの連絡網はあるんですかね」
「それが、今のところは確立できていないんだよな。俺が帰らない限りは話せないんだ。マルコともしばらく話せていない。何か案はあるか?」
「定期的に、服を着せて変装させたスケルトン兵なんかに手紙を持たせるくらいしかないんじゃないですかね」
確かにそれは可能だ。パッと案が出てくるあたり、フランコの頭の回転の速さには驚かされる。
「さすがだな。それを採用しよう。では、今回のお前の移動にスケルトン兵を準備して、そいつに今後の連絡も任せるとするか」
とはいえ、ウィリアムには直属の魔族の部下がいるわけではない。あくまでもトニーの兵を一時的に借りているだけなので、彼の許可が必要だ。
「叔父貴も親父に負けず劣らず、話が早くて助かりますよ。働き甲斐のある職場だ」
「世事を言っても食い物は出ないぞ。では、トニーにそれを相談してくる。キッチンの場所は分かるな?あまり食いすぎるなよ」
「えぇ。親父にバレない程度にしておきます。ではまた後程」
メモ用紙を懐に忍ばせ、ウィリアムが先に退室する。
フランコやマルコ、イタリア組との連絡手段のスケルトン兵を借りるのはあとだ。まずはこのメモ帳を渡すためにトニーの居場所を探す。
まずは彼の自室、いない。応接間、いない。
他の将軍らと話しているはずだが、ぐるぐると城内を回り、ようやく城壁の上で彼らを発見した。
トニー、ハインツ、リーバイスの三将が揃い踏みだ。
「兄貴」
「おう、フランコの馬鹿はもう始末したのか」
「馬鹿を言ってるのはどっちだ。殺すわけないだろう。それよりも、アイツにこれを書かせた。オースティンが今までに使っていた拠点だ。地名で呼んでいない場所も多いようだが、地名の場所は捜索と追撃に使えるはずだ」
トニーが渡された紙に視線を落とす。
「チッ……それよりも、ババアはくたばったのか?」
「話が早いな。死んではいないが、少し前のカトレアと同じように寝込んでるよ。魔力切れのことはよくわからんが、数日は起きないんじゃないか」
「オースティン副長も侮れぬな。大魔女様を無力化できるか」
ハインツがつぶやく。
トニーも言い方は最悪だが、彼女のことは気にしてくれているようだ。
「元気そうだったのに……今頃になって、力がなくなるんだな……」
ウィリアムも、リーバイスがぼそりと呟いたのと同じように思う。オースティン副長の能力、あるいは彼の持つ魔具の能力は遅効性というわけでもないだろうに、疲れを押し殺して頑張っていたのだろう。
「ババアにはまだ働いてもらう。さっさと起こすなら、カトレアか、クリスティーナを呼ぶのはどうだ」
「否、どちらもやめておいた方が良かろう。カトレア嬢は病み上がり、クリスティーナ嬢はあの性格だ。間違いなく大魔女様がアトランタに連れ帰られるぞ。最悪、怒り狂って某たちに斬りかかって来る可能性すらある。無論、大魔女様の身体を思えばお帰り頂いても良いがな」
トニーが大魔女を使いたいのは、オースティン副長の能力の研究のためではない。どちらかといえば今回も大いに役立った、偵察のための目や耳が欲しいからだ。
「……ウィリアム、どのくらいでアイツは起きそうなんだ?」
「今言った通りだ。数日は確実だろう。俺にも正確なことは分からんが」
「仕方ねぇ。起きるまでは隊を分けて犬野郎を捜索ってところか。お前らもまだ手伝えるんだよな?」
「うむ」
「……あぁ、問題ない」
結局今回は呼び寄せなかった他の面々も既にロシア方面、あるいはアメリカ本土を調べているはず。着々とオースティン副長の居場所は狭められている。
ウィリアムも当初の予定で魔族を倒すよりは、トニーに協力している方が正解だとは考えていた。ただし、人間を滅ぼされては困るので、大魔王とやらには任せられない。トニーが最前線に立つからこそ任せられるのだ。
「フランコはイタリアに送る。マルコの仕事を手伝わせるつもりだ」
「あぁ?知らねぇよ、好きにしろ。あれはもうお前の部下だ。マルコも勝手に使え」
「助かるよ。それと、スケルトン兵を一名、専属で俺に付けてもらえるか。イタリアとの連絡係が欲しい」
「適当なのを使え。ただしジャック以外でな」
これは予想できていたので大丈夫だ。そもそも、ジャックを借りようなどとは微塵も思っていない。あれはトニーの優秀なボディガードであり、連絡係などにしておく器ではない。
「で、すぐにでも動くのか。どう振り分ける」
ハインツが次の仕事の段取りをトニーに求める。意外と個々でバラバラなのではなく、主催のトニーに従うようだ。
「分けても二つか三つだな。俺らはこのままのメンツで、あっちはヘルやアルフレッドでもう一つのチームにするってのを考えてる」
「あまり大人数だと目立って取り逃がすのではないか?」
「少数で返り討ちに合うよりマシだろ。さっきの犬の戦いぶりも見たはずだ。同数だと刺し違えるくらいになっちまうぞ。最低でも将は二人。その場合は三チームか?」
毎日投稿します。
最新話であるこのページの本文の最下部に、毎日300~400字程度を追記していく形です。




