表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/43

♭17

「グルゥゥゥアゥ!」


「は、怒ってやがるぞ」


 引き抜いた銃を構え、トニーは余裕の表情で照準をオーガに向けた。

 スッ、と飛び出してきたジャックもそれに並んでくる。


 オーガ以外にもリザードマンが二体いるのだ。そちらの攻撃から主人を守るためには、もう隠れたままではいられない。


「おい、南蛮人!本当に大丈夫なのであろうな!?」


「大丈夫だと言っただろ。黙ってそこで見てろっての、陰陽師。ジャック、お前は防御だけ考えろ」


「かしこまりました」


 短い打ち合わせが済むころには、対峙する魔族らは一斉に突っ込んできていた。魔術師タイプではなく、すべて白兵戦タイプの兵のようだ。物理攻撃には破魔衣が機能しないので、トニーが危険視すべき相手と言ってもいい。


「ウァァァァァウ!くたばれぇ!」


 雄たけびを上げながら最初に突っ込んできたオーガの棍棒を、ジャックが刀で受け流した。

 小隊長のような力技でねじふせることはしない。というより、ジャックの腕力ではできない。


「閣下、どうぞ」


「おう、どけ」


 ズドンッ!


 大ぶりの一撃をすかされ、隙だらけになったオーガの脇腹へ一発。最小限の言葉と動きだけであるにも関わらず、見事な連携攻撃だ。だが、これはオーガの分厚い筋肉がうまく防いだのか、致命傷とはならない。


「ギャァァァァウ!許さんぞ、人間ん!」


「おぉぉ、なんという力じゃ!勝てる、勝てるぞ!」


「下がれ。貴殿まで守ってやる余裕はないぞ」


 興奮した陰陽師が近寄ろうとし、ジャックに注意を受けている。


「マテ、こ奴ら強いぞ!オーガよ、その怪我は大丈夫か」


「人間に、スケルトンとは……一斉に仕掛けよう!」


 トニーとジャックが今までの敵とは違うと認識し、魔族の三人組が作戦を練り直している。力任せのオーガよりはリザードマン二体のほうが知恵は回るようだ。


「はっ、一斉だろうが一匹ずつだろうが大差ねぇよ。てめぇら雑魚じゃ話にならねぇ」


「何をっ!なめるなよ!ぬぅぁぁぁっ!」


 ズドンッ!


 簡単に挑発に乗ってしまい、一歩先んじた突撃を開始したオーガの胸を弾丸が貫いた。

 そのまま絶命して、どうと倒れる。しかし、勢いがありすぎてせいでその巨躯が地面を滑りながらトニーの目の前まで進んできた。


「ふん」


 その頭に右足を乗せ、トニーは残る二体に銃を向ける。


「馬鹿な、オーガが簡単にやられたぞ……!」


「これは、我々の手には負えん。援軍を呼んだほうが良いのではないか?」


 魔族の一般兵らは、有利不利など関係なしに力任せの攻撃を繰り返す者も少なくない。

 その多くは命知らずな上、命令以外の事を考える知性が足りないからだ。これは魔族の中での種族差もあるが、きちんと訓練を受けているかどうかも関係してくる。


 今、目の前にいるリザードマンらは援軍を要請すべきとの判断をした。もちろん、チーム内の主力であったオーガが死んだからだ。

 多少なりとも知恵が回るのであれば、厄介な相手になり得る。


「そんなもんは呼ばせねぇし、ここから逃がしもしねぇよ」


 その言葉に、逃げ腰になっていたリザードマンらはぞくりと背筋が凍ったはずだ。まさか、下等な人間から恐怖心を抱かされるなど、予想だにしていなかっただろう。


「待たれよ、南蛮人!そやつら、囮に使えはしまいか?」


「あん?なんだ、急に」


 陰陽師が意外なことを言い出した。勝てるかどうかすらわからなかったはずの状況から、トニーの実力を知った途端に機転が利くものだ。


「そやつらにわざと味方を呼び込ませ、一網打尽にするのよ。どうじゃ」


「で?それを俺が殺すって?てめぇ、他人任せにもほどがあるぞ」


「それは否めんが……ここに集めてしまえば、代わりに街の被害は減る。違うかね」


「却下だ、めんどくせぇ。何十、何百も一人で相手できるかよ」


 ズドンッ!ズドンッ!


「あぁっ!何たることじゃ!」


 トニーの愛銃が火を噴き、リザードマンの身体を貫いた。大きなオーガの死体の方はゆっくりと消滅し始めている。


 基本的に、魔族の侵入はある程度の物資を確保すれば自ずと撤退する。言い換えればそれまでの辛抱だ。

 ただ、今回のオースティン副長の部隊の侵入の目的は不明なので、どこまで凌げば良いのかは謎である。


 とはいえ、トニーはすべての魔族を全滅させるつもりなど毛頭ないし、そうなったとしてもカトレアに任せるか、こちらに被害が出ないうちに撤退を選ぶだろう。

 オースティン本人が現れる事があればその限りではないが、見たところ新兵ばかりなので、実戦演習のような名目による侵入ではなかろうかと推測できる。


「何だ、てめぇのために一匹残しておいて欲しかったってか」


「いや、そうは言わんが……なんとも勿体ないのう。それほどの腕前がありながら」


「贅沢言うなよ。俺だって疲れるっての」


 銃をしまい、葉巻に火をともすトニー。ジャックも納刀し、周囲の警戒を開始した。


「三体だけのようじゃが……いかがする。非難した者どもをまた寺社に呼び戻すか?」


「知らねぇよ。その辺はお前の好きにしろ」


「あいわかった。お主らはこれからどうするつもりだ?」


 とりあえず手を貸したが、引き際はノープランだ。まさか全滅させるまでとはいかないので、ある程度のところで魔族が引き上げてくれることに期待するほかない。


「とりあえず、奴らの目的が知りたいな。略奪をしている様子はなし。家屋を燃やしてはいるが、必要以上に殺戮をしているわけでもなし」


 火事は遠くからでも目立つので、結果として人々に感づかれて逃げられやすくなる。


「となれば、隊長格の司令官っぽい奴でも探すか、ってところだ」


「同じく、副長の手下どもを各個撃破なさっているカトレア様と連携が取れれば早いかと」


「そうだな。まぁ、どこかで鉢合わせになるだろう」


 ジャックの意見はもっともだ。カトレアは何も考えずに魔族を殺して回っていることだろうが、隊長格がいたら目的を聞き出すように指示しておいた方がいい。


 ただし、彼女自身が尋問できるかといったら不安が残るので、結局はトニーの仕事になるだろう。

 発見した隊長格のところへ案内する、あるいはトニーのもとへ連れてくる、などが彼女の仕事だ。


「適当に飛ぶか。陰陽師、もしここにカトレアっていう女のガキが来たら俺のところに来いと伝えろ」


「かとれあ?とにかく、お主らの仲間に女の童がおるのだな?承った」


 彼だけを残していったところで、この場所の死守は難しいだろう。先ほどの三体程度の敵でさえ倒せはしない。

 別にトニーとしては寺の状態や陰陽師の生死などどうでもいい。あくまでもカトレアと接触するための布石の一つだ。


「ジャック、転移術を出せ」


「はっ、かしこまりました」


 ズゥ……バリバリバリッ!


 空間転移が発動し、ジャックがその手前でトニーに一礼する。


「おぉ、この術は」


 初見、というよりはどこかで見たことがあるという反応だ。


「魔族が移動に使う技だな。こいつを見かけたら警戒すると良い。敵がわらわらと湧いてくるかもしれねぇからな」


「心得た。武運を祈る」


「それでは閣下、どうぞ」


 トニーが空間の亀裂に入り、ジャックが続く。


……


 火の手や騒ぎが起こっている個所に駆け付けるも、その多くは事後。おそらく、というよりは確実にカトレアが仕留めたものだろう。

 ごく少数ではあったが、まだ魔族が活動していた場所もあり、その場合はトニーとジャックによって討伐される。


 だが、残念ながら隊長格、指揮官クラスの個体は発見できていなかった。やはり、新兵ばかりで演習にでも来たのだろうか。それにしてもノープラン過ぎるのは否めない。


 一番最初に話し、逃がしたリザードマンは特別な任務らしいとは言っていたはずだが、その情報すらも上官から嘘を吹き込まれていた可能性はある。


「あっ。閣下じゃん」


「やっと会えたか、ご苦労さん」


「え?いやぁん、あたしに会いたかったのぉ?」


 フッ、と目の前に現れたのはカトレア。中々に激しい戦闘の直後だったのか、衣服や髪に煤汚れや返り血を浴びている。


「用事がある。用事と言うか探し物みたいなもんか」


「なになにー?」


「とりあえず離れろ。スーツが汚れる」


 意味もなく腕を絡ませてくねくねと身体を摺り寄せてくるカトレアを引きはがす。が、やはり彼女の力は強く、離そうとすればするほどさらに力を込めてくっついてくるだけだった。


「このガキ……探し物ってのは敵の大将首だ。ここまでの数だと全滅には手間がかかる。そいつに目的を聞き出して帰すか、何も話さなければ首だけとって全軍撤退に追い込む」


「ええー?もう結構な数を殺しちゃったよ?その中にいなかったのかな?」


「もしすでに死んでたら何らかの動きがあったと思うが、今のところそれは感じられねぇな。マジで大将がいないってんなら不毛な戦いの始まり始まり、だ」


 カトレアならどれだけの数でも対応できるかもしれないが、それでもかなりの時間を食うのは目に見えている。

 軽い観光気分だったトニーにとっては飛んだ災難だ。


「じゃあ、閣下もあたしと動けばいいんじゃない?あたしよく分かんないから」


「まぁ、それもいいな」


 そう返した次の瞬間には景色が入れ変わり、トニーとカトレアはまた新たな魔族の兵士らと対峙していた。

 トニーに掴まったまま、カトレアが瞬間転移をした結果である。当然ながら、ジャックはあの場に置いてけぼりだ。


「おい、飛ぶなら先になんか言え!」


「へへーん、もう遅いですぅ」


「な、なんだ!魔族か!?どこの者だ!」


 一体のオーガがトニーらに吠える。

 そこにいたのは、オーガが三体のチームだった。


「分かっちゃいたが、逃がした伝令への指示は伝わってねぇようだな。てめぇのところの大将のお友達だよ。犬の副長さんのな」


「何をっ!戯言を言いおって!」


 バシュンッ!


 憤った一体がトニーに突っ込もうとしたが、それにカトレアの放った魔術の刃が突き刺さって阻止した。


「ぐぉっ!?脚がっ!」


「だめだめー。はーい、閣下に突っ込んでいくの禁止ねー」


「この小娘、魔術師か!気をつけろ!」


「見りゃわかることをいちいち声に出すのは阿呆っぽいぞ」


 負傷したオーガが下がり、彼らは三体一組で陣形を組んだ。正面の一体目と二体目が家屋の戸板を横にした盾を構え、後方の一体が落ちていた槍や棒を拾って携えている。

 さながら投擲武器の固定砲台といったところか。


 いくらか知能が低いとされるオーガにしては、見事な判断、見事な連携だといえる。

 戸板を盾にしたり、武器を拾って再利用している点も評価はできる。


 だが、それがどうした。目の前にいるのは六魔将であり、三魔女である。このくらいでは勝てないだろう。

 彼らがとるべき最も賢明な判断は、命乞いをしてトニーらが欲する情報を与えるか、脱兎のごとく逃げ出すかのどちらかだろう。

 もっとも、後者の場合は逃げ去る前に仕留められて終わりだが。


「お前らが大好きな副長はこの街には来てねぇだろうが、隊長みたいな役職持ちはどこだ?」


 オーガが防御に徹し、仕掛けてくる様子がなかったのでトニーが問いかけた。

 仕掛けなかった時点で即死だけは免れたわけだ。


「……?なんだ、まさか話し合いを望んでいるのか?」


「答える義理などなかろう。このまま奴らの隙を伺うぞ」


 カトレアが魔術師であるという事実をもとに防御へと変更したわけなので、隙というのは魔術発動後の一拍を言っているはずだ。

 魔術を盾で防ぎつつ、カトレアに槍や棒を投げて攻撃するつもりなのだろう。


 だが、それではトニーへの警戒が出来ていない。カトレアの魔術の後に反撃をしようとしたところで撃ち抜かれて終了である。

 そもそも、カトレアの魔術を戸板の盾で防ぎきれずに前列のオーガ二体が死んでしまう可能性すらある。


 先ほどの魔術の刃は本気ではないので、さすがにそこから彼女の魔力までは推し量れない。


「もう一回聞く。オースティンの野郎はいないんだったら、他のお偉方は来てないのか?別に小隊長クラスでいいから呼んで来い」


「副長の名をなぜ!?」


「おい。まさか、彼らは副長のお知り合いなのではないか」


 オーガたちに動揺が走る。


「オースティン副長とあたしたちは当然、知り合いだよーん。大魔定例幹部会でもよく会ってたし」


 最近はオースティン副長の参加は見受けられず、トニーの出席率も低いが、大魔定例幹部会は常に執り行われている。

 天真爛漫なカトレアにしては良いパスを投げられたようで、オーガたちはさらに動揺し始めた。


「大魔定例幹部会だと?あ、いや……ですと?」


「聞いたことはないが、なにやら大魔王様が開かれている会合ではないのか、それは」


「そうか、下っ端じゃ知らねぇのか。まぁ、ロサンゼルスが特別なのかもな。毎度、それに行ってくるってのは周知してたからよ」


 ロサンゼルスとはいえ、大魔定例幹部会のことを知るのは城内勤めの者だけであり、郊外に住む平民らはその存在を知らないだろう。

 トニーもそれとの関りは薄いので、ロサンゼルスにいる者として存在が抜けてしまっている。


「仮にその大魔定例幹部会とやらに貴殿らが出席しており、オースティン副長とお知り合いだとして、我々に何の用だ!」


「さすがは馬鹿でお馴染みのオーガだぜ。俺に同じことを三度言わせようってのか?」


「何をっ!」


 殺してしまってもよかったが、トニーは不思議と気分がいい。

 気まぐれで彼らは生かされ、世にも珍しい三度目の同じ質問を受けることになった。


「だから、小隊長とかで構わねぇから呼んで来いって言ってんだよ。次は殺すぞ。それとも、そういう隊長格の奴はこっちに来てねぇのか?てめぇらみたいな新兵だらけじゃ話にならねぇし、指示出しくらいする奴はいるだろ?」


 カトレアがあんぐりと口を開けてトニーを見ている。あえてその心境を言えば「え、殺さないんだ……めずらしっ」といったところか。


「……どうする?」


「騙されているのではないだろうか?あのような者がオースティン副長とお知り合いだと?」


「いいや、あの小娘の魔術の腕前を見ただろう。瞬時に発動した上に狙いも正確だった。突然現れたのも、通常の空間転移ではなく瞬間転移ではないか?」


 いよいよオーガたちはそんな相談をし始めた。

 目の前にいるトニーとカトレアの話を、聞こえるように堂々と話すというのもどうかと思われるが。


「だとすると、やはり上位者であることは疑いようもない事実か」


「あっちの男はどうだ?人間のように見えるが、強いのか?」


 魔族にとって、地位の高さは戦いの強さとイコールだ。知識の深さなどで尊敬される者もいないわけではないが、戦闘力が最重視でそれらは二の次とされる。


「まーだグダグダ言ってやがるのか。強いかどうかが知りたいなら、誰か一人選べ。殺してやるからよ」


「やーん!閣下、逞しいぃ~」


「んなこと言うと、コイツらには茶化してるようにしか聞こえねぇだろうが。で、どうすんだ。今すぐ隊長を呼んでくるか。一人死んでから呼んでくるか。俺はどっちだってかまわねぇぞ」


 愛銃を構えながらトニーが恫喝する。

 オーガたちはまた動揺し始めたが、十秒と経たずに結論を出した。


「わかった。いや……わかりました、閣下。隊長なのかは知らんが、指示を出している先達がいるので、彼を呼んで来よう。皆、それでいいか」


「アァ、それがいいだろう。私も相違ない」


「……他に道はない。それほどの強者なら、一戦交えたかった気持ちもあるが、我らに勝ち目などないんだろうな」


 やっとか、とトニーが息を吐く。

 この状況で不意打ちなども考えづらいので、気を緩めても良さそうだ。


「では我が呼んで来よう。空間転移」


 ズゥ……


 バリバリバリッ!


 防御陣の一番後ろにいたオーガが空間転移を発動させ、亀裂の中へと消えていった。


「お前らもロシアの生まれか?」


「うむ、そうだが」


「犬っころも厄介なことしやがるぜ、まったく。バカスカと生得の兵士を産みやがって。人権侵害甚だしいな」


 これはイェン大僧正が言っていたことだ。正直に言えば、トニー自身は誰かが生まれながらの兵士として生育されようと知ったことではない。

 だが、その兵士が自らの敵となって襲い掛かってくるとあれば話は別だ。いずれはその生産元を見つけ出して、潰す必要があるだろう。


「人権侵害とは何です、閣下」


「人権侵害ってなぁに?」


「ふん、てめぇらには必要のねぇ知識だ。この世界の奴なら、魔族だろうと人間だろうとな」


 イェンのような聖職者でもない限り、そもそもそんな考え方を持ちえない世界だ。奴隷の販売なども表立って行われているのだから。

 特に魔族には固有名称が無い者さえいる。ミッキーやジャックもトニーが名づけるまではそうだった。

 目の前もオーガたちも間違いなくそうだろう。人知れず生まれ、人知れず散っていく、名もなき兵というわけだ。


「……閣下は将軍なのですか?」


「何だ、藪から棒に。まぁそうだがよ。六魔将だ。こっちのガキは三魔女だ。わからねぇなら、大魔王アデルに次ぐくらいの地位だと思っておけばいい。てめぇらが逆立ちしても敵わねぇ、本来なら口を利くことも許されねぇ存在だって、その出来の悪い脳みそに叩き込んどけ」


「六魔将に三魔女、ですか。ふぅむ……」


 一般常識、すなわち魔族においては魔王国家アメリカの常識だが、それをロシアで量産されている兵士らに教えているとは考えづらい。

 もちろん、知っている者も多少はいるはずだが、目の前のオーガはそうではないと分かる。


 ズゥ……


 バリバリバリッ!


 ここで、先ほど離脱したもう一体のオーガが戻ってきた。

 その横には半人半馬の立派な甲冑と槍を持ったケンタウロスがいる。上の立場にある者だろう。


「失礼、突然呼ばれたもので状況が分かっておらぬ。人間……ではないようだな。もしや、我々の作戦行動が貴殿らの活動に不都合をもたらしたか?」


 要は、たまたま京都に侵入して、物資の強奪などをしていたトニーらの邪魔をしてしまったか、という質問だ。


「作戦行動だぁ?んな呼び方するには陳腐な活動だな。新入り向けの演習だろう」


「……部外者に作戦内容の開示は出来ん。貴殿らはどこの者だ?アメリカからというのは間違いなかろうが」


「ロサンゼルスだ」


「あら、普通に答えるんだ?意地悪して遊ぶのかと思った!」


「うるせぇぞ。ガキんちょ」


 叱られていじけたのか、カトレアが杖先でトニーの尻の辺りをつついている。


「ロサンゼルス……そうか、であれば敵対関係に当たる可能性がある。貴殿らと個人的に、というわけではないかもしれんが」


 このケンタウロスはオースティンとトニーの敵対関係を知っているようだ。情報伝達が上手くいっていないおかげで、今は一般人と見られているだけに過ぎない。


「なに、敵なのですか!ではやるか!」


「こうやって話せているのに、わざわざ戦うこともないだろう!」


 オーガたちから真逆の意見が飛んでいる。


「まぁ待て。私も貴様らにこの二人を殺せと言いたいわけではない。今言ったように、ロサンゼルスのトップと我らがオースティン副長が敵対しているというだけの話。何もその街の者だからと言って、誰も彼も殺してしまえとは考えていない」


「ん?でも、この方は将軍様だって話のはずですが」


 一体のオーガがトニーの正体を明かし、空気感が変わる……


 ということは起きなかった。


「何?はははっ、貴様ら、まんまとそんな冗談を真に受けたのか!こんなところにのこのこと出てくるはずがなかろう!仮にいたとしても、それ相応の武装と、それ相応の部隊を引き連れていなければおかしな話だ」


「閣下、あなたは我らを騙したのか!?」


「将軍!いや、にせ将軍だったのか!」


「……いろいろと単純すぎて笑えてくるな、てめぇらは」


 非難が集中するも、本人は涼しい顔だ。


「偽物じゃありませんー!閣下は本当に閣下なんですぅ!」


 せっかく穏便に済みそうなところを、カトレアが意地になって騒ぎ立てる。

 今の今、その本人に叱られて膨れていたはずだが、信じてもらえないことの方が癪だったと見える。トニーへの愛ゆえか。


「はははっ、そちらは貴殿のご息女か?では、そういうことにしておこう。貴殿はロサンゼルスの将軍様である。それは私も認めるところだ」


「あぁー!馬鹿にしてる、このケンタウロス!あと、娘じゃありませんから!あたしは閣下の、お・よ・め・さん!」


「別にいいじゃねぇか。俺は自分が六魔将だって認められて万々歳だぞ?」


「はははっ!奥方であったか!これはまた、仲睦まじいことだ!」


 よく笑うケンタウロスだ。

 人の良さはともかく、トニーの身分も、カトレアが嫁だということも信じていないのは明らかだが。


 もちろん、トニーはその程度読んでいるが、カトレアは言葉通りに受け取ってしまう。


「でしょでしょ!ラブラブなんだよぉ!あぁ、早く閣下の子供が欲しいなぁー!ねぇねぇ、閣下も欲しいよね?べびちゃん」


「はははっ!何とも積極的な奥方だな!その幼さで子作りとは、やり方も知らぬであろうに」


「知ってますしー!」


「からかうのはその辺にしといてやれ。このガキは止まることを知らねぇからよ……」


 誰から見ても敵対しているとは思えない空気感。ここまで来たらもはや何の心配もいらない。


「で、何の任務なんだよ?ウチのガキンチョと仲良くなったよしみだ。少しくらい教えてくれたっていいだろ?」


「うぅむ。個人的な気持ちを言えばそうだが、任務は任務であるからな。外部のものに漏れたとあれば、私の首が飛び兼ねない」


「そう言うなって。オースティンの犬野郎には俺の方から話通しておいてやるからよ」


「むっ!?貴殿、副長の……いや、アメリカ本土に住まうものであれば、あのお方の特徴くらい知っていて当然であるか」


 オースティン副長の容姿の話題を出したことで一瞬驚かれたが、すぐにケンタウロスは自身を納得させる。

 今や副長は魔王正規軍を率いる団長扱いなのだ。有名に決まっている、と。


「で、何しに来たんだよ?京都に何か目ぼしいものでもあんのか?」


「すまぬが話せぬのだ」


「刀か?着物か?あとは何がある。鉄砲……はこっちの世界じゃ開発されてねぇんだったな。さっき見た陰陽術やら、忍術やら、日本独自の魔術とかか?」


 思いつく限り、魔族が日本を狙う理由を挙げてみる。だが、ケンタウロスは申し訳なさそうに首を横に振るばかりだ。


 本人を痛めつける、あるいは目の前で部下を殺すなどして脅してもいいが、こうして仲良くなって取り入るよりも効果は薄そうだ。

 このケンタウロスの忠義心はそう薄くない。ただ敵対して終わるだけだろう。


「破魔衣か?いや、それなら日向を襲わない理由が不明だな」


「……貴殿、今何と?まさかな」


「破魔衣だ。知ってるのか」


「ほう、事情が変わった。なぜその名を?」


 狙いは破魔衣なのか。だが、それだと今しがたトニーが言ったように、京都に来ているという理由がわからない。オースティンも、日向がトニーのお膝元であることは承知している。


「なぜって、破魔衣は俺も愛用してるからな」


「ふむ……アメリカ本土ではそれほどまでに一般に普及しているというわけか」


「いいや、着てる奴が多いのはロサンゼルスとフィラデルフィアくらいだな」


 当然、これはロサンゼルスのトニーの兵と、その友人であるフィラデルフィア城主ヘルの兵だ。この二都市の軍勢はすでに破魔衣の支給率が150%と100%になっている。

 ロサンゼルスの方の非常に高い支給率は、予備として取ってあるものである。


 銃器と弾薬の生産もいよいよ本格化するところで、多くの兵に渡るようにすれば、破魔衣と銃器とで最強の軍隊になる予定だ。


 ただ、銃の方は魔族の種類によっては無い方が強い個体もいるので、女団長の指揮下にあるロシア兵へ貸し出す方が効果的かもしれない。


 引き金や照準、弾倉などは当たり前だが人間の手に合った作りになっているので、例えば指の太いオーガなどに持たせても使えないし、爪が長く指は三本しかないリザードマンに持たせても人間ほど精密な射撃は出来ないはずだ。


 攻撃力の底上げに最も効果を発揮するのはスケルトンくらいなものか。事実、トニーのボディガードであるジャックも人間の得物を実によく使いこなしている。


「フィラデルフィア、という街があるのだな」


「なんだ、てめぇ隊長格だろ?ロシアの生まれかよ」


「そうだ。私も含め、この京都に出向いている者はすべてロシアで生まれ育っている」


 オーガは成長スピードが早いという話は聞いていたが、ケンタウロスもそうなのだろうか。

 思い返せばこの部隊にはリザードマンもいた。


「む、何奴だ」


 会話の途中、ケンタウロスが警戒の色を見せる。何者かが現れたらしいが、カトレアは何も言っていないので危険性はないはずだ。

 スッ、とトニーの後ろに跪いて控えるスーツ姿の人影。ジャックがここを探し当てて合流してきたのだ。


「閣下、お待たせいたしました。御身を守る任にありながら、はぐれてしまい申し訳ございません」


「いい。ガキが急に飛んだせいだ」


「あたしは悪くないもーん」


 カトレアに悪気がないのは本当だろうが、ジャックはここへたどり着くまで気が気ではなかっただろう。


「待て、珍妙な服装のスケルトンの護衛。まさか、貴殿は本当にロサンゼルスの将軍、トニー・何某か?」


「姓はバレンティノだ、覚えとけ。ジャックから身元が割れるってのは気に食わねぇが……だったらどうする?討ち取ってみるか?出来るのならやってみろよ」


 半信半疑。だが、確実にケンタウロスはトニーが本物であると確信しつつある。どう出るか見ものだとトニーは楽しげだ。もちろん、負ける気など一切ない。


「いや、もしそうだとして……何も聞かなかったことにしてくれ。我らの任務は別のところにある。さらに貴殿へ打ち明けるわけにはいかなくなったがな」


「なんだ、破魔衣じゃねぇのかよ」


「それは……何も話せん」


 もはや回答しているようなものだが、他にも任務の目標がある可能性はある。

 せっかくここまで馴れ合ったのだからと、トニーはこのチャンスを逃さない。


「それなら交換条件ってのはどうだ?お前が訝しんでいる通り、俺らはロサンゼルス、ひいてはアメリカ本土の情報だってそこらの住民よりは持ってるぞ。それを教えてやろう」


 これはアメリカ陣営の中でも、トニーにしか出せない条件だ。彼にはアメリカへの忠誠心などほとんどないのだから。

 別段、オースティンはアメリカ全体と敵対しているわけではなく、あくまでもロサンゼルスと敵対しているだけなのだが、そこも条件に乗せてやるとお得感が出る。


「何?ロサンゼルスの情報か。それを持ち帰れば副長もお喜びになるやもしれんな。しかし、重要な情報はどうあれ出せんのだ」


「お前が言ったってのを伏せときゃ構わねぇさ。何なら証人を全部殺してやろうか」


「馬鹿を申すな!誰が部下に手など上げるか!」


 にやりと笑いながら周りのオーガたちを指さすトニーに、ケンタウロスが声を荒げる。オーガたちも自分たちが殺される話だと理解して、怒りをあらわにした。


「おい、将軍!ふざけるな!」


「何を言ってるんですか、このお人は!」


「冗談かどうかも分かんねーってか?カリカリすんなよ」


 誰のせいだ、などと非難の声は続いている。

 トニー本人も、仮にやってくれと言われれば確実に殺していただろうから、別に冗談ではなかったはずだが。


「で、お前は昇進でも狙ってんのか?」


「さてな。与えられた任務と役職を全うするだけだ。むしろ、なぜそれほどまでにこちらの情報を欲しがる?」


「個人的には興味ねぇ。知り合いがこの街が大事だって言っててな。お前らの目的が達成されればさっさと引き上げるだろ?それが狙いだ。協力できる目標なら手を貸したっていい」


 本山や田之上、それにクロエなども喜ぶだろう。恩を売っておくのは悪くない。


「それに……いずれは首都の京都も俺の支配下に置いたっていいと考えてるからな」


 ぼそりと、誰にも聞こえぬような小声でそう付け加える。

 大火に見舞われ、魔族に壊されてしまった京都と、美しい景観を保った京都であれば、自分のものとするのは後者が望ましい。

 既に廃れている場所もあるが、今以上に悪化させて良い理由にはなるまい。


「手を貸す……か」


「内容による。必要以上に家を燃やしたり、人を殺したりするのが目的ならお断りだ」


「これは意外なことを。ロサンゼルスの将軍とその軍勢は恐ろしい殺戮者であると学んだのだがな」


「ならその教科書か教育係の頭がイカレてやがんだよ。今、てめぇの目の前にいる俺らがそう見えてるかって話だろ。それに、てめぇが教えを本気で信じてるとしたら何で斬りかかってこねぇ?」


 薄々どころではない。明言こそ避けたが、はっきりとトニーが何者であるかをこの会話は暗示している。


「ふふ……はははっ!承知した、私の負けを認めよう。腹の探り合いでも貴殿が一枚上手のようだ」


「別に舌戦してる気はねぇよ。で、何をやってほしい?それから単刀直入に、てめぇらの作戦達成条件を話せ。このガキの脳みそにも理解できるようにな?」


 トニーが顎でカトレアを指す。


「むむっ!?今、あたしを馬鹿にしたんじゃない!?」


「慮ってんだよ。俺の深い思いやりに感謝しやがれ」


「やぁんっ」


「はははっ!やはりこちらの奥方には敵わん!毒気を抜かれてしまうな」


 やはりよく笑うケンタウロスだ。魔族であろうと個体差があるのは知っていたが、トニーのよく知る、ロサンゼルスの兵の中にもいるケンタウロスは総じて寡黙で真面目なものが多かった。


「まずは出来る限り街の住民を外へと追い出したい、というのが第一目標だな」


「ほう」


 それで家屋に火をつけたり直接襲ったりしていたわけか。殺戮自体が目標でなかったのは何よりだ。


「この街のいずれかの地中に、強力な魔石があるという情報が合ってな。それを探している。破魔衣もあれば捨て置けぬが、それはおまけだ」


「魔石?なんだそりゃ」


「私も詳しくは知らぬ。名前からして強大な魔力を秘めた石であろう。本当にそんなものがあるのかは眉唾よ」


 魔石。聞きなれない名だが、ケンタウロスの言う通り、何か力を秘めたものであるのは間違いない。魔術や魔族が存在する世界なのだ。そのくらいあったところで大きな驚きはない。


「それを手に入れてパワーアップしたいってか。熱心な野郎だ、あの犬っころもよ」


「おかしなことを言うものだ。自らの力を強大化することは全魔族の悲願であろうに。貴殿は違うのか?」


「現代社会じゃ、腕っぷしより金なもんでな。金は力だ。最強のボクサーもレスラーも、私兵や武器まで持ってる投資家には勝てねぇ。だが……俺は前者だって嫌いじゃねぇぜ?」


 オースティンのやろうとしていることを否定はしない。むしろ、魔族ですらないトニーにとっても充分理解できる話だ。


「探し方は?魔力的なもんなら、近づけば何か感じるのか?」


「不明だ」


「大海原で小石を探すような話だな。カトレア、話聞いてたな?魔石ってのを探したい。何か案を出せ」


「ひぇっ!?な、名前で呼んだ!?えへぇ」


 魔力的なものであれば三魔女の出番だろうと話を振るも、関係のないところで独りでに骨抜きになっている。


「ジャック」


「はっ。少なくとも、街を荒らす必要はないかと。魔石の存在、人間たちは知らないか訊いてみてはいかがでしょう?それで魔族が退くと知れば情報をくれるかもしれません」


 ジャックも優秀な人材に育ったものだ。副官として重用していたミッキーに匹敵するかもしれない。


「貴殿ら、人間と話せるのか?」


「日本語が分かるかって意味ならノーだ。このガキの翻訳の魔術に頼ってる。だが、それだけじゃ普通は話せないだろう。なにせ俺には人間からの信頼があるもんでな」


 寺の住職や、陰陽師であれば何か知っているかもしれない。

 守ってやった甲斐があったというものだ。


「おい、クソガキ。寺に戻るぞ。転移を。くそっ、いつまで呆けてんだ」


「待て、我らは?」


「ここにいるか、俺らと来い。どっちでもいいぞ」


……


 東寺の境内で腕組をして煙草をくゆらせているトニー。

 その横にいるカトレアはたまたま飛んできたトンボを捕まえようとして何度も失敗していたところだ。


 ズゥ……


 バリバリバリッ!


「閣下、お待たせ致しました」


 目の前に出現した空間転移はジャックが発動させたものだ。その中からはジャックの他にケンタウロスとオーガ三体が現れる。

 トニーとカトレアは先行して瞬間転移。おおよそ一分後にジャックたちの到着、といった状況である。


「おいおいおいおい!南蛮人!これはどういうことだっ!」


 背後からこちらに向かってかけてくる陰陽師の男の声がする。彼はここに残って僧侶や住民を守ることを選択したようだ。

 その後ろには住職や他の面々の不安そうな顔が並んでいた。


「元々ジャックがいたんだ。今さらケンタウロスが増えようが、オーガが増えようが大した問題じゃねぇだろ」


「そうは言ってもこれでは皆、怖がって仕方なかろう!お主が敵側に寝返ったようにしか見えぬぞ!」


「こいつらは何もしねぇよ。そういう約束だ。なっ?」


 振り返り、ケンタウロスに問いかける。


「うむ。しかし本当に話せているのか?こちらからは英語と日本語で会話しているようにしか見えんが」


「あー、そうだっけー。んじゃあみんなにも分かるように、えいっ!」


 今回引き連れてきた敵方のケンタウロスやオーガには翻訳の魔術の効果が当たっていなかったので、カトレアがそれを使う。

 彼らは今後、日本語が理解できることになるが、それはオースティンの側に、通訳が出来る優秀な人材を作ってしまったことにはならないだろうか。


 ただ、それをやったカトレア本人はそんなことなど気にもしていないし、トニーも同じだ。もし気になったらその瞬間に殺せばいい、くらいにしか思わない。


「なんと、我らにも使ってくれたのか。大盤振る舞いだな」


「いちいち説明するより聞いてもらった方がいいじゃん!」


「陰陽師、この後ろのデカブツ共が探してる石っころがあるらしいんだ。何か情報はねぇか?それを見つけたらさっさと帰るんだってよ」


「石っころ?なんだそれは?」


 陰陽師が日本語でそう返したところで、ケンタウロスたちからは「おおっ、言葉が分かるぞ」と感動の声が上がる。


「お前から説明してやれよ」


「う……うむ、我らは魔石と呼んでいる。人間がどう呼んでいるのかは知らんが、強い魔力を秘めたものだと聞いているぞ」


 トニーのことは魔族であると認識しているため、ケンタウロスは生まれて初めて人間と会話をしている、と思っている。

 そのせいか、たどたどしい口調になってしまっていた。緊張というよりは、敵対する種族との会話に抵抗があるといった様子だ。

 たとえオースティンの敵であるロサンゼルスの民であろうと、種族そのものが人間である方が、より気に食わないらしい。


 しかし、それでも冷静に会話をしているのだから、このケンタウロスの気概もなかなかのものだ。


「魔力の石?さてな。仮に知っていたところで、それをどうして魔族に教えねばならんのだ!南蛮人よ、お主はこの魔族も従えておるのか?いよいよ何者なのか分からん!」


 トニーの配下であるジャックだけを見ても恐れているのだ。そこにケンタウロスとオーガまで引き連れてきて、自分たちを襲おうとしているというのも分かる。


「あのな。殺すつもりなら五秒とかからねぇんだよ。さっきは守ってやっただろ?俺に対して妙な疑いを持つのはやめろ」


「人間。貴様、閣下に対してあまりにも無礼であろう」


 静かに怒るジャックも口をはさんでいる。


「むぅ……それはお主らの言う通りだが……」


「仮に知っていたとしても、と言ったな。陰陽師、心当たりがあるのか?住職や坊主共もそういった話は詳しそうだから連れてこい」


「閣下、よろしければ私が」


「おう、行け」


 陰陽師ではなく、ジャックが動く。


「見たことはないが、伝説、伝承としてはそういった話がないわけではない。石だけではないぞ。聖樹と呼ばれる大きな欅や、聖地と呼ばれる古びた神社や寺もいくらでもある」


「ふん、日本ってのはそういう国だったな。おとぎ話みてぇな国だ」


「それほど歴史が深いということだ」


 現世でも日本は、現存する国家としては世界で最も古い国である。

 数千年の歴史を持つなどと自負する国もあるが、国名や元首の血筋を何十回も変えているのだからそれは国の歴史ではない。


 不安そうな住職らがスケルトンに連れられてくる。なんともシュールな画だ。

 坊主共の経でジャックが成仏させられたら面白そうだな、などとトニーは他愛もないことを考えている。


「先ほどは敵を追い払って下さり、ありがとうございました。お話があるとのこと、どういったご用件でしょう」


「おう、魔石ってのを探してる。魔力が籠った石らしいんだが」


 代表者である老年の住職とトニーが会話する。


「ふむ、それは報酬として受け取りたいというお話でございますかな?」


「報酬?いや、違う。お前らを助けたのは気まぐれだ。寺社から金品なんて受け取れるとは最初から期待してねぇよ」


 教会や神社、寺といった宗教施設は蓄えを持つ場所も多いが、トニーは金など必要としていない。


「左様ですか。魔石という表現は聞き及びませんが、力を持つ石、岩などはこの京の都だけでもごまんとございます。日ノ本すべてとなれば、それはもう星の数ほどでしょう」


「なにっ!人間、それらの場所を出来る限り教えろ」


 ケンタウロスが首を突っ込む。


「……こちらの方は?」


「あぁ、この街を攻めてきてる連中の頭取みたいなやつだ。石さえあれば引き上げるってんで連れてきた」


「南蛮人!?やはりこやつは敵ではないのか!?」


 陰陽師が唾を飛ばす。住職は歳のせいか、この話を聞いても落ち着いているが。


「そうだな。その敵が石さえ渡せばさっさと帰るって言ってるんだ。そっちの方が被害が減るだろ。追っ払ってもまた別の魔族が来るぞ?」


「そんな言葉を鵜呑みにしたというのか!?魔石とやらを見つけた後、結局は都を滅ぼして帰るつもりやもしれんぞ!」


 がしりと、トニーの手が陰陽師の肩を掴む。


「ん……?」


「こいつらが、そんなことできるって思ってんのか?俺の、目の前で!あぁ!?俺がそれを見過ごすって言いてぇのか!?やられるとでも思ってんのか、こらぁ!?」


 トニーの中で急にスイッチが入るのはよくあることだが、それを知らない陰陽師は、途端に膨れ上がって目の前で向けられた怒りに、強い恐怖を感じる。


「お、落ち着いて下され!」


「貴殿、情報を持っている人間をあまり粗末に扱うな!」


 住職と、なぜかケンタウロスまでもがトニーをたしなめている。


「ふん。とりあえずその場所を聞こうか。仮にてめぇの言う通り、この馬野郎が俺を騙してやがったら、その場で殺すだけだろうが。誰も、文句ねぇよな?」


「南蛮人……後ろの化け物らと、どちらが魔族なのか分かったもんじゃないわい」


 聞こえないよう呟いたこの陰陽師の言葉は、人間側ならではの意見と言える。ケンタウロスやオーガたちはトニーも魔族であると思っているのだから。


「じいさん、それと陰陽師、何かに書いてくれ。魔石かもしれねぇ岩や石ころがある場所は、相当な数なんだろう?」


「えぇもちろん。しかし、持ち主がいるもの、たとえばどこぞの神社にご神体として置いてある岩があったとして、果たして持ち出せるでしょうか?」


 腕力的に、なのかその神主が許すのかという意味なのかは分かりかねるが、どちらであろうと大した問題にはなるまい。


「被害者が減るなら喜んで差し出すのが聖職者ってもんだろ。説得は俺がやる。作業者としては後ろのデカブツ共がいる」


「……わかりました。おおい、誰ぞ、硯と筆、それから紙を持って参れ」


 坊主たちが住職の指示で走る。

 ちなみに日本語で書かれてもトニーやカトレアは読めないが、京都の住民に紙を見せて、聞き込みながら場所を教えてもらえば大丈夫だろう。


……


 指示通りに筆書き用の道具が準備され、地面に敷いた茣蓙の上で住職が箇条書きを始める。

 陰陽師にも同じように道具が準備されたが、こちらはあまり筆が乗らない様子だ。


「どうした、陰陽師?あんまり知らねぇか」


「うむ。我ながらお恥ずかしい限りだが、横目に住職が書かれているもの以外で何かないかと思案しておる」


 なるほど。書こうとしたものはすでに住職から先を越されているわけだ。

 被りなど気にせずさっさと書いてしまうのが西洋人のスタイルなので、トニーは感心する。


「無駄を省くってか。生真面目な日本人らしい。俺だったら先に全部書きまくって、後から被ってるのを消していくがな」


「塗りつぶしや訂正ばかりではみっともなく読みづらいだけであろう。筆書きとてお札のように書き手の魂は宿るのだ」


「そんなもんかい。まぁ好きにしな」


 結局、住職はおよそ五十、陰陽師は三つの地名を書き記してくれた。

 地名というよりは、住所もはっきりと決まっていないので、どこどこの通りの北方面、左手に松を見ながら何軒目の長屋の横、などと言った表記が多いらしい。

 かなり回りくどいが、住民らがそれでないと理解できないのであれば仕方あるまい。

 五十三の場所のうち、二十でも探索できれば良い方だろう。


「いかがでしょうか」


「礼を言う」


 トニーより先にケンタウロスがそう言ったので、住職らがギョッとする。


「何だ、てめぇ。ロシアの田舎者の割には礼儀正しいじゃねぇか、馬野郎」


「それは褒めていると取っていいのだろうな?」


「どうだろうな?それよりも、生まれて初めて人間と話してみた感想はどうだよ。こんだけ親切にしてくれて困惑したか?」


 かなり意地悪な質問だ。トニーは周り全部の反応を、心の底から楽しんでいる。


「そうだな。困惑しているのは事実だ。貴殿への恩を返して人間どもが協力をしているのだと納得はしている。しかし、ここまで我らへの不意打ちの類すら一切ないとは」


 避難してきている住民や坊主は、不安そうにはしている。だが、たてつこうとしたり、逃げ出しもしない。消えていない恐怖心も、完全なる屈服や諦めとは言い難い。

 始めこそ、陰陽師は批判していたが今はこの通りだ。


 果たして、人間とは何なのだ。ケンタウロスの心情を言い表せばこうなるはずだ。

 それも、かなり特殊な国民性を持つ日本人を相手にしているのだから、拍車がかかっているのは間違いない。


「たとえ兵隊、サムライがやってきても、俺の姿を認めれば一拍は待つだろうな。奴らは卑怯な手を嫌うらしい」


「礼には礼を。それが私が先ほど人間どもに礼を述べた理由だ。影響されてしまったのやもしれん」


「面白れぇ。お前、犬っころなんか見限って俺のとこ来いよ。面倒見てやる」


 トニーが直接スカウトをするのは久しぶりの事だ。

 それこそ前例は、副官のミッキーとボディガードのジャックくらいなものである。そして、その二人はスカウトというよりは既に味方であった。


「なっ?冗談が過ぎるぞ。御恩のある副長を裏切れるはずがなかろう」


「そうか?まぁ、考えときな。俺に味方すると色々と面白れぇ経験が出来るぞ」


「えぇー?閣下、このお馬さん飼うの?私も乗りたい!」


「私を動物扱いしないでほしいものだな……」


 乗るなどとはトニーも考えていなかったが、カトレアの人道を無視したこの発言で、意外と悪くなさそうだと思ってしまうのがトニーである。


「お前、どのくらいの速度が出るんだ?専用の手綱と鞍が必要だな」


「待て待て!何を本気にしておるのだ!それよりも早く魔石がありそうな場所へ向かおうぞ!」


 早速騎乗するための具体案を出され、身の危険を感じたケンタウロスが我先に行こうと焦っている。

 カトレアとオーガたちが大笑いしてそれを追いかけているのがなんとも楽しげだ。


「ふぅむ、魔族とはかようにも明るい生き物なのか」


 魔族へのイメージの常識を覆されたのは人間側も同じ。陰陽師が神妙な面持ちで和気あいあいとしているその様子を見ながら言った。


「間を取り持つ奴がいて、お互いの言葉が通じればこんなもんよ。英語話者でも増やす教育をしたらどうだ。今のこれはあのガキの魔術で翻訳してるだけだからな」


「それは妙案かも知れませぬな」


 陰陽師ではなく、住職が興味深そうにそう返す。

 学校がない国では、寺や神社は読み書きを教える学び舎となっていることも多い。欧州では教会がそれを担う。


「英語の教師が必要なら、ウチの若いのか魔族を連れてきてやるよ」


 前者の組員は絶対に嫌がるだろうが、後者の魔族であれば命令に従うはずだ。

 ただし、魔族が寺子屋で教鞭をとることがこの国で許されればの話だが。


「まさか、そこまでしてくれると?何か望みでもあるのか」


「いいや。今みたいに、始めから自分たちで魔族と話し合ってりゃ何とかなってたかもしれねぇだろ?それだけだ」


 さっさとトニーが京都を支配下に置いて魔族を駐屯させても良いが、本山ら戦国大名たちは未だ天下統一を目指している。

 トニーが首都を抑えるということは、日本のトップに立つということ。内乱として全国の戦にまで口出ししなければならなくなる。

 血の気の多いトニーとしては、むしろそっちは好きに戦わせてやりたいものだし、肩入れしている本山が勝ち進んで、天下を取るところを見てみたい。


「閣下ー!?なにしてんのー!置いてくよー!」


 寺の門をくぐったところで、ケンタウロスの背に乗ったカトレアが手を振っている。

 結局、背に乗られてしまったケンタウロスの方は落胆しているのが分かる。


「転移じゃなく、馬で行く気なのか、アイツは?」


「閣下、私の背でよければ」


「お前が冗談を言うのも珍しいな。残念ながら全く面白くねぇぞ」


 おそらくジャックの言葉は冗談ではなかったのだが、華奢な骨身の魔族に大男がおんぶされているとあれば、その情けない姿が滑稽すぎて皆の笑い物だ。


「じゃあ、魔石を探してくる。結果とかはまた教えてやるからよ。俺らがいない間に化け物に襲われないようにな。陰陽師、住民や坊主が逃げれるように守ってやれよ」


「うむ。ではまたな、南蛮人」


「あなたー!?」


「今行く!ちょっと待っとけ!」


 ジャックを引き連れてカトレアたちが待つ場所に合流する。

 ケンタウロスもその部下のオーガたちも、すっかり馴染んでしまって、もう敵だとは思えない。


「そのまま京都の町中を練り歩くつもりか、お前?」


「うん!いけー、お馬さん!」


「勘弁していただきたい。それにこれでは生産性が低かろう。奥方の転移を用いるべきだ」


 ケンタウロスが身じろぎをしてカトレアを背中から降ろそうとするが、彼女はしがみついて離れない。後ろ足だけで立ち上がったりして、本気で振り落とそうとはしていない辺り、優しさが垣間見える。


「そっちの将軍とお供のスケルトンは、我らの肩にでも乗るか?」


「なんでてめーの方は乗り気なんだよ、デカブツ」


 オーガの一体がそんなことを言っている。まさか冗談も交えるようになれるとは。


「ほら、早く早く!閣下、ここに乗って、あたしをお膝に乗せて!」


「姫君を夢見る少女か、てめぇは。さっさと転移を使うぞ。まずは人が多くいそうな場所でこの文章の聞き込みだが、さすがにお前らがいると目立つか?」


 当然ながら町人らの協力が必要だが、今のトニーたちの面子はそのほとんどが魔族だ。それも大型のオーガやケンタウロスのせいで、すこぶる与える印象は悪いだろう。


「む?しかし我らも向かうつもりだぞ。聞き込みのみを貴殿らに依頼し、我らは草陰にでもおればいいのか?」


「草陰には隠れられねぇだろ。むしろ、オーガ共は東寺の警備にでも置いておいた方がいいのか?」


 魔族から守るために魔族を配置するという意味だ。それも、敵対者ではなく、侵入してきている魔族にとっては正真正銘の味方である彼らを。

 なんともおかしなことになってきた。


「いやだ、そんなのはつまらんぞぉ!」


「うむ、我らも閣下たちと行きたい」


「満場一致で否決かよ。どうしたもんかね」


 話を聞こうにも、ケンタウロスとオーガを見ただけで住民らは逃げ出してしまいそうだが。


「ほらほら!だからお馬さんに乗るんだって!それでね、このお馬さんはお友達だよ~って大声で叫んで回るの。閣下やあたしが上に乗ってるのを見れば信じてくれる人もいるでしょ!」


 なかなかどうして、悪くない案かもしれない。


「採用してやる。ただし、俺はオーガの肩に乗る。ジャック、てめぇもだ。顔は隠しておけ。俺とガキ、ジャックの三人が、人間としてオーガやケンタウロスを使役してるように見せかける」


「はっ」


「えっ!?やだ、一緒に乗りたい!」


 オーガたちはともかく、ケンタウロスの意思は完全に無視されてしまっている。


 住職や陰陽師が同行していればさらに楽だっただろうが、彼らには彼らの仕事がある。魔石の探索にまでは付き合わせたくない。

 そして、カトレアの案を採用してしまうということは、転移している時間よりも練り歩いている時間が長くなってしまうということ。

 ケンタウロスが言った通り、かなり非効率な策である。


「ダメだ。提案を採用してやっただけでもありがたいと思え」


「いーーやーーだーーー!」


 カトレアがケンタウロスの背に乗ったまま地団太を踏んでいる。カンカンとケンタウロスの鎧と自身の靴底がぶつかって音を立てた。鎧部分は馬である下半身の背も、しっかりと覆っているからだ。

 途中からはそれが楽しくなったようで、無心で靴を鳴らし始めた。トニーに拒否されたことは頭から消え去っている。


「おい、お前もそんなに不貞腐れてないでいくぞ。オーガ共はやる気なんだからよ」


「あいわかった……しかし、人間どもから攻撃されようものなら我らとて黙ってはおれんぞ」


「それをさせないために俺らが上に乗るんだよ」


 言いながら、オーガの一体を手招きする。

 近づいてきたオーガに手を貸してもらい、その肩へと飛び乗った。


 ジャックも別の個体に飛び乗る。身軽なジャックは手助けを必要とせず、自らの跳躍だけでそれをこなしている。


 一体だけ誰も乗せることが出来ずに取り残されたオーガがいるが、彼にもトニーは役目を持たせる。


「おい、てめぇは旗持ちをやってくれ。白くてデカい布か、日本の侍が使ってる家紋入りの旗、どっちでもいいから探せ」


 遠目にも敵でないと知らせる必要がある。

 白旗の場合は降参を、家紋入りの旗を掲げる場合は敵対心がないことを表しているつもりだが、うまく伝わるかどうかはそれを目にする住民次第といったところだ。

 少なくとも、魔王正規軍の旗を掲げるよりは何倍もマシだろう。


「承った!」


 手持ち無沙汰にならなかったのを嬉しく思ったのか、そのオーガはすぐさま崩れた家屋から白い小袖を持ってきた。槍に括り付ければ白旗に使えそうだ。


「白い着物?そりゃ寝間着か?」


「さぁな!しかしこれであればよかろう!それで、この白旗はどういう意味を持つのだ?」


 降参、と言ってもいいがオーガたちに反発されては面倒だ。適当に流しておく。


「敵意はありませんよ、っていう意味だ。高々と掲げておけよ」


「そうかそうか!これなら人間共も安心して魔石の在りかを教えてくれるに違いない!さすがは将軍様!」


「……」


 オーガたちに比べて、隊長格のケンタウロスは学がある。何か感づいている様子だが、口出しするような野暮な真似はしてこなかった。


「行くぞ、あの辺りに人の気配がある」


 転移を用いないので、トニーを乗せたオーガ、旗を持ったオーガ、カトレアを乗せたケンタウロス、ジャックを乗せたオーガの順で一列に並んだ行進が始まる。


 住民たちの驚き、悲鳴にも似た叫びがトニーの耳に飛び込んでくるのに、そう時間はかからなかった。


「も、もののけじゃあっ!」


「見ろ!人が連れ去られてるぞ!早う、お侍様を呼んで来ねば!」


 背を向けて離れようとする人々、それを逃がすまいと、トニーは声を張り上げた。


「おい、てめぇら、待て!俺たちはこいつらに捕まってるんじゃねぇ!襲いはしないから安心しろ!」


 その声と、後ろにいるもう一体のオーガが高々と掲げた白い小袖。

 それが届いたのか、逃げ惑う住民の内、二、三人だけが振り返った。


「何!まさかあの南蛮人は、化け物を使役しているのではないか!」


「南蛮には、もののけを相手に鵜飼のような事をする生業があるってのかい!?」


 魔族を使役しているように見せかける策の、第一段階は成功したようだ。


「やぁやぁ、みなさん、こーんにーちわー!あたしが来たぞ!」


「見てみよ!あのような幼な子まで!」


「いや!であれば、囚われているわけではなさそうだぞ!」


 騙されやすいというか、人が良いというか、声をかけてみれば驚くほど単純に住民らは耳を傾けた。トニーの声できっかけを与え、カトレアの声で仕上げたといった形だ。


「お、お侍様、こっちじゃこっちじゃ!」


 数人程度の人が立ち止まってトニーらと見合ったところで、他の住民がサムライを呼び寄せてきた。兵の人数は十人程度といったところか。


「むっ!?そこにいるのはトニー・バレンティノ殿でござるか!?」


 そのサムライたちを引き連れている男がトニーの名を呼ぶ。逆にトニーもその若武者を知っている。将軍家に仕える侍大将、田之上といったか。

 駆け付けたのが彼であれば好都合だ。


「おう、てめぇか。なんだ?俺らを退治しようってか?」


「冗談を申すな。我らとて、自分の力量くらい弁えておるぞ。そのような巨大な化け物相手では、民を逃がすだけで精いっぱいであろう。しかしよかった、刀を抜かずとも良さそうだ」


「あぁ、こいつらは俺と行動を共にしてるだけだ。ちょうどいい、他に仕事が無ければ手を貸してくれねぇか?」


 一緒に将軍家の侍大将がいるとあれば、このオーガやケンタウロスに驚くことなく、もっと多くの民衆が集まってくれそうだ。そうなれば魔石の探索もはかどる。


「ふむ?何をしたらいいのでござろうか?」


「基本的には居てくれるだけでいいぞ。俺らはこのまま街を練り歩いて、人を集めたいんだ。俺らのそばにいれば、街の連中も襲われる心配はないぜ。悪い話じゃねぇだろ」


「あいわかった。それで多くの民が救われるのであれば助太刀いたそう」


「なんだったら、そこの旗持ちの肩にでも乗るか?」


 オーガの両肩、ケンタウロスの背中にだってそれぞれ一人や二人の空きはある。すべてのオーガたちに満載で乗ってしまえば、合計で十人近くは魔族の背や肩での移動を体験できるのではないだろうか。


「なにっ!いやしかし、遊んでいると思われては困る」


「目立つところにサムライがいればもっと、人は安心すんだろ。お前がダメなら部下を誰か乗せてやれ」


 田之上はその表情を輝かせたが、一瞬で真面目な面持ちに戻る。

 だが、部下の誰かをというわけにもいかないのだろう。怖気づいたと思われたくないからだ。


「むぅ、誰かと言われてもな。何かあったら責任を取らねばならない。やむを得ぬ。乗らせていただくとしよう」


 渋々、という形を装いながらも引き受けた。


……


「ほっほーっ!これは壮観でござるな、トニー・バレンティノ殿!」


「はっ、アイツが一番はしゃいでやがる。だが、目立っていいじゃねぇか。もっと人寄せパンダ代わりにはしゃいでもらうとするか」


 大名行列のような大型魔族の練り歩きは、トニーが先頭、次に田之上を乗せた旗持ちオーガ、カトレアを乗せたケンタウロス、ジャックを乗せたオーガの順だが、その後ろに田之上の手勢の兵らと、面白がってついてきている町民らの群れが出来ていた。


 侵入されて襲撃されていたというのに、お祭り騒ぎとなればそちらを優先させてしまうのも日本人の国民性らしい。

 礼儀正しく、真面目でありながらも、心の内はお気楽な民族だ。


「田之上、人が集まれそうな広場はないか?そこに集めて話がしたい」


「であれば、先駆けを承ろう!こっちじゃ」


「任せた」


「この近くに川があるのでな。その河川敷に行くぞ」


 田之上が先導し、鴨川のそばへと向かう。確かに河川敷であれば多くの人が集まれそうだ。障害物がないことも目立つ理由になる。


「おい、馬野郎。他の魔族が見えなくなったが、何か連絡でも送ったのか?」


 歩いている順序が入れ替わったので、トニーは真後ろにいるカトレア、彼女を乗せているケンタウロスに尋ねた。

 他の魔族に出会った場合、上官に当たるであろうケンタウロスに話をつけてもらうつもりだったが、今のところそういった状況は起きていない。


「いや、特には何も言っておらぬぞ。徐々に範囲を広げていっているからな。街の外側にいる兵がほとんどだろう」


「もう俺らが動いてるんだから、さっさと撤退させておいても良かっただろうが。必要以上に殺したり街を壊すなってよ」


「できれば私もそうしたいところだが、散り散りになっているからな。それは叶わんのだ」


 連絡手段は直接会う意外に持ち合わせていないようだ。空間転移が使用できても、案外と不便なものである。


「どのくらいでおうちに帰るとかって決めてあるのー?」


「うむ、明日の夜までが刻限で、それまでに目標達成できない場合はロシアに帰投する手筈だ」


「明日の夜か。まだまだ結構な時間があるじゃねぇか。先に魔石が見つかった場合はどうなる?」


 どちらにせよ、兵士全員に目標達成を伝える手段はないように思える。


「それでも皆が戻るまでは待つしかあるまいな。どこまで行っておるのか把握できん」


「適当な作戦立ててんじゃねぇぞ、馬鹿野郎が」


「ううむ、許せ。誰一人として作戦立案は得意としていないのだ」


 そうこうしているうちに、田之上が目指していた鴨川のそばに到着した。

 だだっ広い河川敷には草むらだけが広がっている。


「よぉし、この辺でよいだろう」


 川を背に、魔族の上に乗るトニーらが立ち並ぶ。

 中央にトニーとカトレア、それぞれのオーガとケンタウロス。その左右に田之上とジャックを乗せたオーガだ。

 それに向かって、田之上の手勢や町民らが見上げていた。子供たちの顔もあったが、不安よりは無邪気に目をキラキラとさせている。


「お前ら、よく生き残ったな。こいつらが町中で暴れていたもんでよ。俺がこうして手懐けてやったってわけだ」


 おおっ、と歓声が上がる。


「そんなデカブツを手懐けたってか!こりゃたまげた!」


「お侍様もいるぞ!さすがはもののふだ!」


 なぜ魔族が大人しくしているのか事情は分からなかったが、それらが人を乗せていて、面白そうだからついてきていたといったところか。お気楽なのもいいところだ。


「そんで、こっからが重要だからよく聞け。この魔族どもはどうやら石っころを探してるらしい。魔力だか聖なる力だか知らねぇが、変わった石っころって話だ」


 トニーが住職と陰陽師より預かった巻物を取り出した。


「ここに、寺の坊さんや陰陽師のおっさんに書いてもらった所在地がある。これが分かる奴がいれば教えろ。もし石っころが見つかれば、魔族どもは撤退するって話だ。それに、この街には二度と近づかねぇように俺が約束させてやる」


「待て、我らはそんな約束など……」


「あぁ?魔石さえあれば、もう京都に用はねぇだろ。街の連中を怖がらせんな」


 トニーとケンタウロスのやり取り。ピタリと住民らの反応が固まった後、一気に熱風のごとく言葉が押し寄せてくる。


「おいっ!化け物が大和言葉を喋ったぞ!?」


「今、会話をしておらんかったか!?」


「あの物の怪、話すぞ!」


 最初にそう言った声が聞こえたが、やがて誰が何を言っているのか全く聞き取れないほどの大熱狂に変化していった。


 暴れだしたりする者がいるわけではないので危険性はないが、こうも盛り上がっては聞いてもらいたい話を切り出すのに何分も待たされることになりそうだ。


 横目に田之上を見ても、特に止める様子はない。民は悲痛な侵略に巻き込まれた後なのだ。そんな中で彼らがこうもなれるというのは、喜ばしいとさえ思っているのかもしれない。


 だが、それはトニーには当てはまらない。

 今しがた、ケンタウロスに対して街の連中を怖がらせるなと言ったばかりだというのに、愛銃を腰から引き抜いて天を目がけて引き金を絞った。


 ドォンッ!


 銃弾が発射され、轟音とわずかな硝煙をまき散らす。


 嘘のようにぴたりとやむ喧噪。ここまで思い通りだと笑ってしまいたくなるくらいだ。


「俺が話している途中で騒ぐんじゃねぇ。分かったな」


「……貴殿は何とも身勝手なのだな。彼らの気持ちも汲んでやったらどうだ」


「侵入してきてるはずの魔族側に同情されるなんて、京都の住民は果報者じゃねぇか」


 愛銃をしまいながらトニーは鼻で笑った。

 カトレアがわざとらしく両手で耳をふさいで「あー、あー、あー、聞こえなくなったー」と抗議している。

 それを見た子供たちの中にも、真似をしている者が何人かいた。


「お前、文字は読めるか?」


「へ、あっし?へぇ、まぁ読めますが。しかし流暢に話されますなぁ」


 適当に指名された町民の男が答える。後半の言葉はトニーへのご機嫌取りのつもりだろうか。


「デカブツ、アイツをここまでつまみ上げろ」


「了解した、将軍」


「へ、あっしをつまみ……ぬぅわぁぁぁぁっ!」


 その町民の男が、オーガの大きな手で肩の位置まで引きあげられた。

 着物の裾をつまんでいたので、男は中空で逆さまになってはだけて、ふんどしを晒してしまっている。


 皆がドッと笑った。しかし、またトニーに雷を落とされると思ったのか、今回は静寂を取り戻すのにわずか数秒だ。

 銃の事は誰も分かっていないはずなので、凄まじい銃声は本当に雷を落としたとさえ思っているかもしれない。


「ほら、しゃんとしろ。笑われてるぞ」


 トニーの隣に置かれた男が、呻きながら立ち上がる。


「うぅ……ん、おぉっ!これが物の怪の肩から見る景色ですか!絶景絶景!お侍様も、これは良き思い出になりますなぁ!」


「いかにも!しかし、バレンティノ殿。文字の読み上げなら拙者でも良かったのではござらんか?」


 その通りだ。しかし、トニーもそれを認めるわけにはいかないと意地を張る。


「パフォーマンスだよ、パフォーマンス。見てみろ、コイツみたいな何でもない平民にこんな体験させてやれば、誰もがもっと興味を引くだろうが」


「ぱふぉーまんす?ふむ、しかしその意見はもっともだな。失礼仕った」


「ぱふぉ?むんす?なんですかい、南蛮人様」


「てめぇも、明日からは町中で会話の中心に引っ張りだこだろうぜ。良かったな」


 将軍家の侍大将である田之上に話を聞きに行く人間など数少ないだろう。

 だが、魔族の肩に乗るという貴重な体験をしたこの町民は、街のヒーローとしてしばらくは人気者になるはずだ。


「へぇ。それであっしはどうしてここに?」


「これを読め。俺は話せるが、日本語は読めねぇからな。縦書きなんかもっと意味不明だ」


 ミミズのような文字が縦に並び、しかもそれを右から左に読むという難解さ。それも漢字、かな、カナという種類もあってトニーには難易度が高い。これは現世でも全く同じだ。

 もっとも、必要なら通訳がいれば良いだけなので覚える気など毛頭ないが。


「はぁ、これが物の怪が探してるっていう意思の在り処ですかい。しかし……相当な数がありますね」


「そうだ。だからこれだけの連中が集まってる前で発表するべきなんだろ。必要なら、それを見つけて来た奴にはいくらか払ってやってもいいぞ。そこの田之上の給金からな」


「なっ!?協力は惜しまぬと言ったが、無心するおつもりか!それに、我ら武士はそう多くの俸禄を賜っておるわけではないぞ!」


 田之上の焦りっぷりから、あまり懐に余裕がないのは本当のようだ。


「そうなのか?ならいい、俺が出してやる。恩を売るのも仕事の内だ」


「む、無論、拙者からも少しは出そうではないか!」


「どっちだよ、てめぇ」


 それから、いくつもの場所が読み上げられ、それを探しに散り散りになっていく住民たち。

 始めは一か所ずつ、後ろをついていくつもりだったが、彼らに同時に探してもらう展開となった。


 そのおかげで、トニー達は一息つくことが出来る。背中や肩に乗っていた面々も一様に地面へと足をつけた。


 住民の中にはこの場の残ったままの者もいるが、彼らと話してみるのも悪くないだろう。

 事実、彼らからトニーやカトレア、魔族への興味は未だに溢れんばかりだ。


「よう、ガキってのは無邪気なもんだな」


 手を伸ばし、トニーや魔族に少しでも近づこうともがいている乳飲み子と、それを両腕で抱きしめている母親。

 子供はトニーの言う通り、無邪気な反応だが、母親の方はまだ少し恐怖心が残っているらしい。


 「ひっ」と短い悲鳴を上げ、すぐにその無礼に戦慄して頭を深々と下げた。


「はは、こんなバカでかい化け物に、俺自身もてめぇらには見慣れない格好の人間だ。そんな反応も当然だってな」


「あ、ありがとうございます……助けて頂いたというのに、怖がってしまうだなんて。改めてご無礼をお許しくださいませ」


「気にすんな。こんな大攻勢は初めてで驚いただろう」


 トニーが何気なしに話しかけた母子だったが、その会話が気になるのか、周りに住民ら数人が寄ってきて座った。

 他にも、魔術を披露して遊んでいるカトレアの周りや、雄々しい姿のケンタウロスの周りにはちょっとした人だかりができている。

 カトレアはともかく、ケンタウロスは大いに困惑している様子だ。


 オーガやジャック、田之上の近くにも数人がおり、それぞれ何か話しているようだ。トニー個人としては、普段は口数が少ないジャックと住民の会話が最も気になるところである。


「えぇ、お気遣い痛み入ります」


「南蛮人様ぁ、何というお国からいらしたんだい?」


 母親は積極的にトニーと交流したいとは思っていなそうだ。代わりに、近くにいた別の男がトニーに話しかけてきた。


 乳飲み子を抱える母親と夫婦というわけではなく、緊張しっぱなしの母親を見るに見かねて矢面に立ったというところか。

 それに、彼はトニーや魔族に興味があるように見える。


「アメリカだ。知ってるか?」


「あめりか?いいや、聞いたことがないな。遠いのかい」


 トニーの方も、この母親にこだわる理由はない。気晴らしに男の質問に付き合うことにした。


「遠いな。だが、お前らも知ってるだろう。魔族が使う空間転移を。あれを使えばひとっ飛びだぞ」


「バリバリ言うとるやつか。ありゃ便利そうだなぁ」


「もののけはどうして急に出てくるの?どうしてあのもののけは大人しいの?」


 さらに、近くにいた別の少年がトニーに質問した。身なりが良いので、町人ではなく、公家か武家の童だと思われる。


 しかしその近くには身内らしきものはいない。一人で逃げ出してきたのであれば、温室育ちの割には中々肝が据わった子供だ。


「急に出てくるのは今話しただろうが。空間転移って言う魔術を使ってんだよ。お前らの国の忍者だって急に出てくるだろ。似たようなもんだ」


「忍びは急に出てくるんじゃないよ。隠れてて、急に出てきたように見えるだけ。もののけは本当にちがうところから急に出てくるでしょ」


「小賢しいガキだな。急に別の場所からやってくる魔術が空間転移だって話だ。ついでに言うと、アイツらは俺が大人しくした。探してるっていう石を持ってきてやる約束でな」


 忍者に詳しいということは武家の息子だろうか。年齢は5つか6つに見える。


「石を探しているの?もののけが物を欲しがるなんて面白いね」


「面白い?どうしてだ?」


「もののけはいつも街を襲って、人を食べたり食べ物を持って行ったりするから。石や金物には興味がないんだと思ってた!だから多分、あのもののけは頭がいいんだね」


 人の言うことを理解し、付き従い、物を求める。

 確かにそう捉えれば、少年が今まで目にしてきた魔族とは180度異なるものに見えるだろう。


 元々、魔族も馬鹿ばかりなわけではないが、日本語による交流が出来ない化け物など、全て畜生以下だと思われていても仕方のないことだ。


「頭がいい、か。はっきり言っちまえば喋れる連中は人間と同じだな。鳴き声しか発せない魔族は馬鹿だが」


 鳴くばかりの飛竜やインプなどとは、さすがのトニーも意思疎通ができない。


「わしからもいいかの、南蛮人さんや」


 次は老年の男だ。物珍しさから、トニーと会話がしたいという人間は思いのほか多い。

 トニー自身もただ待っていては退屈なので、ちょうどよい暇つぶしになっている。


「あぁ?なんだ、じじい」


「あの物の怪どもが帰ったら、この街はもう安全なんじゃろうか?もう襲われるんはたくさんじゃ。息子も、その嫁も、孫も、みんな食われてしもうた。老いぼれ一人が生き残って、生き地獄なんじゃ」


「おそらくな。特に用はねぇはずだ。そして、俺がそんな真似はさせねぇよ」


「そうか……そうか……ようやく」


 両手に数珠を挟み、ジャラジャラとそれを鳴らしながらトニーを拝んでいる。

 何にでも神を宿す、ありがたがるという考えは、生きている人間にも向けられるようで、トニーはいわばこの老人にとっての現人神といったところか。


 住民らとの交流はしばらく続いていたが、そんな中、ちらほらと魔石を探すために散っていた人間が何組か戻ってき始めた。

 京都市内の至る所にその場所はあるわけで、現在いる場所から近い地点へと向かった連中の帰着が早いのは当然の事だ。


 彼らは手にいっぱいの石や小石を持っており、中には大八車を使って大きな岩をごろごろと運んできている者もいた。


 トニー、カトレア、ジャック、田之上、そしてケンタウロスがその意志が積まれた場所に集まる。


「ガキ、この中にブツはあるか?」


 強大な魔力を宿しているという話だ。たとえトニーが分からなくても、カトレアには間違いなく感じ取れる類のものだろう。


「んー……んんんんんん……あっ。これ、ちょっと綺麗だね」


「宝石探してんじゃねぇんだぞ」


 そう言って、カトレアはガラスか水晶のように輝く小石を見つけただけだった。ハズレだろう。


「大きなものにもそれらしき石はないようだ」


 大八車に積まれた岩など、小さなカトレアの手に持てそうにないものはケンタウロスが確認してくれた。

 カトレアとケンタウロスの言葉に、それらを運んでくれた住民らは分かりやすく落胆する。


「おい、てめぇら。残念だったが助かったぞ、ありがとよ」


「うむ、よくやってくれたぞ。あっぱれじゃ!」


 トニーと田之上が言う。これで少しでも彼らの気が晴れてくれれば良いのだが。


「ほ、他の場所も探してきますぜ!」


「わしも、もう一度行こうかと!」


「無茶すんな。他の奴らだって行ってるんだ。今更行く意味があるか?」


 トニーが発表した五十三の場所。誰も知らなかった五か所を除いて、他の四十八か所には誰かしらが向かっている。


 その五か所については再び住職や陰陽師に尋ねる必要がありそうだ。というより、彼ら本人に案内してもらわなければ分からないかもしれない。


 そんな中、次々と住民らが帰着してくる。これもまた、位置的に近い場所へ向かっていた連中だ。


「ううむ、これもすべてハズレか」


「あっ!これ、すっごくまん丸!」


「ははは、よかったな!奥方!」


 田之上、カトレア、ケンタウロスが魔石の確認を行う。

 トニーはもうそちらには関わらず、オーガたちと話していた。


「おおお!これは、どういうことじゃ、トニーよ!」


「あん?」


 河川敷に響く大音声。振り返ると、避難のために民を引き連れた日向の大名、本山やその手勢、パリから来ているクロエや小隊長の姿もあった。これで全員集合というわけだ。


「なぜ、物の怪が一緒におるんじゃと訊いておるのだ!」


「将軍、これはいったい……」


 詰め寄る本山と、不安そうなクロエ。小隊長はどうでもいいといった表情で無言だが、争いとなれば喜んで喧嘩に興じるだろう。


「あぁ、話が通じる奴がいたもんでよ。こいつらの目的を吐かせた」


「目的など!民を逃がし、奴らが退くのを待つ外なかろう!」


「だから、目的が達成できねぇと長引くだろうが!で、別に京都の街にとって大した問題じゃなかったから、さっさとそれを終わらせようとしてんだよ!」


 それとは別に、トニーはこのケンタウロスやオーガたちを少しばかり気に入っている部分もある。

 もちろん、そんなことは言わないが。


 彼らはトニーがアメリカで、魔族をも率いる将軍であることは理解している。ケンタウロスたちを味方につけるというのに、さして抵抗感はないはずだ。


「目的とな?奴らは食い、奪うのみであろう。何をしようというのじゃ」


「魔石とかいう石っころを探してるんだと。今、住民を使って探させてる。数も多いし、手分けするにはこいつらを使うのが早いだろ」


 本山がトニーの指さす、積まれた石を見る。すべてハズレの石たちだ。


「将軍、それは敵方に力を授けるようなものではないのか?彼らは魔族方といえど、貴殿の仇敵なのであろう?」


「そんなことは見つけてから考えりゃいいんだよ。その魔石ってのもどれほどのもんか不明だ。見てみたいとは思わねぇか」


「人間が魔剣や魔槍に魔力を込めるのとは違う代物かよ?」


 小隊長も、魔石には興味があるようだ。人間が作る魔剣などは、魔術師が魔力を込めたものであるが、魔石は天然の魔力石である可能性が高い。

 希少なのは言うまでもないので、彼の場合はそれを利用して武器でも作れないかと考えているのだろう。


「むしろ俺はそっちも良く知らねぇけどな?魔剣に魔槍ねぇ……」


「何はともあれ、その魔石とやらを探せばよいのだな、将軍?」


「それはそうだが、俺たちよそ者にできる仕事なんざないぜ。街中にそれらしき石が散らばってて、こうして町民に頼ってる」


 クロエは手伝いを望んでいたようだが、それは不要だ。既に町民らは出発している。仕事があるとすれば、石が大きすぎて持ち出せない時の人出くらいだろう。


「そうか……魔族はすでに街にはあまり残っていないようなのだ。私たちも手持ち無沙汰でな」


「そうじゃった。トニーよ、ほとんどの物の怪はいなくなったようだ。そこに何匹かおるのが最後じゃろう」


「街の外側に広がって行ってるんだと。そいつらも石を探してんだよ」


「待て、それでは今お主の指示で魔石を探す民と、その物の怪が鉢合わせになるのでは!?」


 またも本山がトニーに詰め寄って肩をゆする。

 確かにそれは考えていなかったが、それを食い止めることなど不可能だ。何十か所もあるというのに、トニーやカトレアだけでは目も手も足りない。


「そこは町民連中にうまく躱してもらうしかねぇな。その分、報酬は弾むという約束だ。それから、心配しなくてもガキどもはその仕事に加担させてねぇから安心しろ」


「ううむ。だがわしらがここで胡坐をかいて待つだけというのは、どうにも性に合わんでな」


「元は俺もお前も京都では余所者だろうが。結構働いてる方だと思うぞ。どのくらいの人間を避難させた?魔族との会敵はあったか?」


「避難は数十人。会敵は二、三度。そちらの美女と大男が退治してくれたぞ。やはり、見事な腕前であるな」


 クロエは宮廷魔術師。小隊長はパリ市街地の守備兵で豪傑なのだから当然だろう。


「まだまだ物足りねぇがな!おい、そこの馬みたいな奴、俺と勝負しねぇか!そっちのデカブツじゃ相手にならねぇんだよ!」


「私はもうお腹いっぱいだ……特に戦いが好きなわけでもないのだから、争いごとはほどほどにしてほしいものだな」


 クロエと小隊長から、対照的な感想が返ってくる。


「人間もまた、色々な者がおるな」


 唐突に決闘を申し込まれたケンタウロスがタジタジといった様子で頭をかいている。

 始めから彼はよく笑ったりと、誰よりも人間味のある人物だったのだが。


「お前が言うかよ。人間に興味が湧いて来たんなら、今のうちに色んな奴らと話しておけ。ここにはこれだけの人間が集まってるんだからよ」


「そうさせてもらうとするか。そこな戦士、オーガが相手にならぬとは、どのような技を……」


 ケンタウロスが小隊長に話しかける中、さらに数組の住民らのグループが戻ってきた。

 よく見ると手ぶらで、たいそう慌てた様子の者もいる。


「南蛮のお方!大変じゃ!もののけの兵士がまだ残って……!」


「「あぁ?」」


 これはトニーと小隊長の口から出た全く同じ返答だ。


「おっさん、暴れ足りねぇならちょうどいい仕事じゃねぇか」


「そのようだな。ちょっくら出張ってきてやるよ。お前は来ねぇのか、将軍様よ?」


「行かねぇよ、めんどくせぇ。おい、魔族はどこに出た?このおっさんを案内してやれ」


 腕組をした大男二人に囲まれ、報告をくれた住民の中年男が短く悲鳴を上げる。味方のはずだが、その威圧感は消せていない。


「我らも行こう。襲われたという民が心配じゃ」


 正義感の強い本山も申し出る。

 だが、それらすべての声をケンタウロスが打ち消した。


「待ってくれ。部下を討たれると聞いて黙ってはおれん。私が引き入れよう」


 確かにそれが最も効率的、かつ平和的解決だ。成功すれば魔族の味方が増える。

 そして、このケンタウロスは侵入してきている魔族の部隊では立場のある人物だ。説得に失敗する可能性の方が圧倒的に低いと言える。


「んだよ?俺の楽しみを取ろうってのか?お前が相手してくれるってか?」


「なぜそうなるのだ。部下の命を取られては困る。殺さずに済むのにわざわざそうする理由など一つもない」


「ははは!おっさん、これじゃどっちが悪者か分かったもんじゃねぇな」


 トニーが笑いながら言うと、周りの住民らもそれに賛同の声を上げた。


「物の怪がこんなにまともな思考を持ってるとは思わなんだ!」


「わしもだ!なんというか、わしらは色々と考え方を改めねばならんな」


「だが、あんな化け物に動じないそちらの南蛮人もあっぱれだな」


 結局、ケンタウロスの背に小隊長が乗り、お目付け役として本山とその手勢が数人、オーガが一体も護衛についていく事となった。

 トニー、ジャック、カトレア、残りのオーガや田之上は変わらずここで待機だ。


「面白そうだからあたしも行きたかったなー」


 色んな魔術を披露し、子供たちと仲良くなっていたカトレアだが、ここに残るのはやや不満そうだ。

 楽しそうだと思えば、そちらを優先したい性格なのだから仕方ない。


「ガキどものお友達がたくさんできて良かったな」


「良くないよ!あたし子供じゃないのに、なんでこんなちびっこに囲まれてるのこれ!?」


「本気で言ってるんなら笑えねぇぞ」


 などと言っている間にも、カトレアは子供たちに周りを囲まれて逃げ出せそうにない。実は、彼女がこの場を離れるのを留めたのは子供たちによってできた壁であった。


 わらべ歌を教えてもらったり、反対に魔術を見せて喜ばせてあげたりと、子供たちとカトレアの間には、なかなか悪くない交友関係が出来ている。


 中国など、他の国では起こらなかった現象なので興味深い。

 もっとも、あれらは日本とは違ってトニーの占領地であり、カトレアは為政者の妻であるという認識が浸透しているせいのかも知れないが。


 そういった情報が無ければ、カトレアはただの幼子なのだと再認識させられる。


「えー?おねえちゃん、大人なの?」


「大人だよ!」


「大人は大きいから大人って言うんだよ?」


「小さい大人もいるの!」


「でも、大きい子供はいないよー?」


「うわぁん!閣下、助けてよぉ!」


「何で言い負かされてんだよ」


 カトレアが無邪気な質問責めに襲われている。


 一時間も経たたないくらいで、小隊長やケンタウロス、本山などが戻ってきた。

 見慣れないリザードマンが二体増えている。これがケンタウロスの部下に当たる兵士だろう。


「今戻ったぞ。この通り、一件落着してきた。部下の首が飛ばずに一安心だな」


「ふん!ぶっ殺しても良かったのによぉ」


「リザードマンじゃ相手にならねぇだろ、おっさん?」


「まぁな。しかし、なんだ?よく見たらお嬢ちゃんの周りにちびっ子がたくさんいるな、おい?」


 子供好きの小隊長の顔がほころんでいる。今の今まで魔族と戦うことしか頭になかったはずだが、調子のいい男だ。


「おじちゃん、助けてぇ!あたしも子供だと思われてるんだよぉ!」


「はははっ!そのちんちくりんなナリじゃ仕方ねぇわな!」


「やめてよぉ!ちんちくりんって言うなぁ!で、ちんちくりんって何だっけ?もしかして、エッチな言葉だな!?違うの?え、でも響きは可愛いね、ちんちくりん!」


 カトレアは両手で頬を覆い、いやんいやんと体をくねらせている。

 まるで誰かと会話をしているようだが、盛大な独り言である。


「おい、将軍。てめぇの嫁さん、なんだか一人で忙しそうだな」


「放っとけ、馬鹿が移るぜ」


「閣下!あたしちんちくりんだって!」


「はははっ!誠に面白い奥方だ!」


 トニーや、話を振ったはずの小隊長が無視する中、ケンタウロスだけはカトレアの言動と行動がツボに入ったようで大笑いしている。

 トニーにとってはカトレアよりも、連れて来られたリザードマンたちが困惑している姿の方がよほど面白い。


「ケンタウロス殿、これはいったい……?」


「人間どもを集めているのであれば、その理由を伺いたい。食用か?」


 言われるがままついてきただけのリザードマンたちから質問が飛ぶ。


「否。彼奴らには魔石の捜索を依頼しておる。我らよりもこの土地の地理に明るく、人数も多いからな。これを利用しない手はあるまい」


「ほう。人間どもと会話ができるとそういった策も浮かぶわけですか。さすがはケンタウロス殿」


「話せるようにして下さったのはそちらのレディだ。なかなかどうして、人間族も侮れん」


 カトレアは現在、肌の色だけを変えており、人間の子供にしか見えない状態だ。

 当の本人は自慢げに胸を張ろうとするも、押し寄せる子供たちの波に飲み込まれていった。


「レディ?はて、あの小さき者が魔術を使うと」


「そこにいる御仁もだ。仔細は伏せるが、貴様らでは到底敵わぬ相手だと理解しておけ」


 ケンタウロスが次に示したのは、当然トニーの事だ。


「なんと!強者であれば打倒さねばならないのではないですか!?我らにとって、いずれは邪魔な存在となるかもしれません!」


「おっ?やる気になったか!だったら俺と力比べでもしようじゃねぇか!」


「うるせぇぞ、お前ら。いきなりここで喧嘩なんかおっ始めたら、住民もそうだし、ガキどもが怖がるだろうが」


 勝ち負けなど関係ない。味方となった魔族をわざわざ殺す理由もない。


「んだよ、将軍。てめぇなら乗ってくると思ったのによ」


「だからリザードマン相手に何言ってんだっての。暇つぶしにもならねぇだろうが。退屈してるんなら、ガキの相手でもしてやれよ」


 何という言われようだとリザードマンたちが落ち込み、それをケンタウロスが慰めている。

 憤って襲ってこないのは、ケンタウロスのおかげか、はたまたトニーや小隊長に強者の風格を覚えて尻込みしているからか。


「閣下、また新たな住民が戻ってきたようです」


 控えていたジャックから声がかかる。

 戻ってきたのは四人組の若い衆で、先頭の男が何やらキラリと光る宝石のようなものを高々と掲げて見せつけている。

 魔石とは言い切れずとも、それなりに価値のある宝玉かもしれない。もっとも、そんなものにトニーは興味もないが。


「通せ」


「はっ。そこの者を通してやってくれ!おい、道を開けろ!」


 ジャックが言うと、談笑していた人垣がギョッとして割れる。いきなり骸骨から注意されれば、普通の反応はそんなものだろう。


「南蛮人様!この石ではございませんか!」


 四人組がトニーの目の前で跪いて、先頭の男が石を差し出す。

 真っ赤な丸石で、透明度が高く、ルビーのような宝石だ。


「貸してみろ」


 トニーがそれを手に取る。


 その瞬間、背後から何者かに見られているような、ゾクリとする嫌な感覚に襲われた。

 もちろん、彼の背後にはジャックが控えているだけであり、脅威となる存在などいない。


「……これは、匂うな。おい!ガキンチョ!ちょっとコイツを調べてみろ!」


「えー?なにー?」


 ケンタウロスではなく、カトレアに石の鑑定を依頼したのは、彼女がこの場で最も魔力に精通していると思われるからだ。

 ケンタウロスも石を見たそうではあるが、何も口出しはしてこなかった。


 子供たちを押しのけながらカトレアがトニーのもとへやって来る。

 何人かの子供が肩に捕まったり、裾を掴んだまま引きずられているので、カトレア自身の力は普通の子供を超越しているのは分かるが、当の子供たちはそれすらも遊びの範囲だと思っていて楽しんでいるようだ。


「あぁもうー。ちびっ子たちが永遠にまとわりついてくるよぉ!」


「レベルが同等のお友達が出来て何よりだ。それよりこれだ。触ってみろ。何か妙な感覚がある」


「あら綺麗!あたしへの宝石のプレゼントかしらぁ!」


 握りこぶしほどの大きさがあるルビーであれば、庶民では一生働いても手が出せない、さぞ豪華なプレゼントとなるだろう。


「あっ……」


 トニーから石を受け取ったカトレアの身体がビクンと震える。

 しがみついていた子供たちも何かを察知し、カトレアから手を離した。


「どうだ?」


「これ……魔石ってこういうものなのかな?何か入ってるね」


「何か入ってるだと?」


 いよいよ待ちきれなくなったケンタウロスも近寄ってくる。

 トニーやカトレアを害してそれを奪ってしまおうという気配ではないので、ジャックもその接近は黙って見過ごした。


「私も見てもいいだろうか?」


「いいよー。魔石ってこれなの?オースティン副長が欲しがってんの?」


「あぁ、そうだと聞いているな。では拝見。むっ……!?」


 トニーやカトレアが感じた違和感。それはケンタウロスにも伝わったようだ。首を左右に振り、何者かの気配をたどっているように見える。兜で視線が狭い分、大ぶりな反応となったようだ。


「安心しろ。誰も、お前を射殺すために見てる奴なんていねぇよ。だが、ガキの言った何か入ってるってのは気になる表現だな」


「俺にも触らせてくれよ。ん……?なんだ、この妙な感じは」


「わ、私も触れてみたい!」


 興味を持った小隊長がケンタウロスから石を奪い取り、さらにクロエがそれを横から触る。


 当然のように本山や田之上、終いにはその手勢の兵たちやオーガたちにも回された。

 これが魔石で、何かが入っているというのであれば、その者はさぞや騒がしくて迷惑だっただろう。

 だが、肝心かなめの使い方などは一切分からない。


「これを犬っころ、あー、オースティン副長はどう使うつもりだってんだ?」


「それは分からない。そもそも、これが魔石なのであろうか?」


「しらねぇよ。だが、これが一番それっぽいからよ。持って帰るしかねぇだろ」


 この宝石を持ってきた若い衆はまだ傍にいる。トニーらから、これが魔石だと認定されるのを心待ちにしているようだ。トニーと田之上からの謝礼が欲しいのだろう。


「それもそうかもしれないな。あいわかった。では、これにて我らの作戦行動は完了としよう。随時、まだこの国に残っている兵にも帰還の命令を出す」


「おう」


「この民らに褒賞を与えるのであろう?我らからも何か贈らせてくれ。しばし待ってもらえるか?」


 恩賞やトニーと田之上からのはずだが、ケンタウロスもそう言いだした。中々に徳がある魔族だ。


「俺じゃなくてこいつらに聞くべきだな。おい、お前ら。化け物からもお礼があるってよ。貰っとくか?」


「へぇ!もののけのお宝か!呪いの品とかでなければ欲しいです!」


「俺も!何かくれ!食い物だと嬉しい!」


「食い物だけはやめとけ。人やゲテモノを食う生き物だぞ」


 トニーは魔族の食事が、とてもではないが人間の口に合わないことを、その身を以て知っている。


 ズゥ……バリバリバリッ!


 ここで突然、何者かの空間転移が目の前で始まった。

 もしこの場を狙っての転移であれば、ピンポイントなので、かなりの手練れである。


「なななっ!?なんだこりゃ!」


「ひぃぃぃ!もののけの祟りじゃぁ!」


「落ち着け!誰かが移動してくるだけだ!」


 逃げ惑う民衆に向け、トニーが声を張り上げる。


 ズゥン……


 亀裂が閉じ、そこには斧を抱えた二体の牛人、ミノタウロスが立っていた。既にこの場にいるオーガほどではないが、これもまた大型の種族である。

 両者ともに腕組をしており、襲い掛かってくる様子はなさそうだ。


「あん?てめぇの部下か?」


 ケンタウロスに訊いた。


「否、これは……副長の供回りのミノタウロスではないか?」


「ほう。てことは、近くに間者でも伏せてたって事だな。こんなに早く回収に来るなんてよ」


 トニーのこの意見に間違いはないはずだ。

 上空にインプでも飛ばしていたか、近くにスケルトンでも伏せさせていたか、いずれにせよこちらの情報はオースティンに筒抜けで、今こちらが持っている宝石は彼が探していた魔石であるとほぼ確定した。


「我ら、オースティン副長の使いの者である。我らは今ここで貴殿らと争う気は特にない。その魔石をお渡し願いたい」


 言葉遣いこそ丁寧だが、非常に横柄な態度で一体のミノタウロスの口から言葉が出た。


「聞かせろ。これをあの犬はどう使うってんだ?」


「貴殿に教える義理などない」


「下っ端が知るわけもねぇか。まぁいい。ほらよ、受け取れ」


「え?閣下、そんな簡単に渡しちゃうんだ?意外ぃ」


 ぽーん、と魔石を放るトニー。ミノタウロスはそれをガシリと掴んだ。


「馬鹿な!敵方に力を与えるということか!」


 これは田之上だ。もう少し、腹の探り合いでもするものだと思っていたのだろうが、トニーは即決だった。


「そういう話だったろう?そいつを渡す代わりにここからは兵を退く。おい、牛。犬の野郎はその辺理解してんだろうな?」


「無論だ。副長の命令では、魔石を回収次第、兵を撤退する手筈となっている」


「ふん。俺がいるって気づいてたんなら、ツラくらい見せろっての。その首取ってやるのによ」


「そして、別の命令があるのだが……」


 二体のミノタウロスが巨大な斧を腰から抜いた。


「あ?やんのか、こら」


「いいねぇ!」


 トニーが睨みつけ、小隊長は嬉々として歯を見せる。


「否。敵である将軍方と馴れ合った、この場にいる我が方の兵士への粛清命令だ。将軍らには我々の内部の話ゆえに目を瞑ってもらいたい」


 粛清命令。このケンタウロスらを殺せという命令に相違ない。


「なっ!副長がそう仰ったのか!?そんなバカな!ありえん!」


 当然、本人からは強い抗議の言葉が出る。


 トニーはというと、そんなものは興味などない、どうぞご勝手に、そういった言葉が出てきそうなものだが、意外な反応を見せる。


「何でそうなる?そもそも、馴れ合いだってんなら犬っころのほうがよっぽど俺たちとは親しいはずだがな?」


「知らぬ。命令は命令だ。将軍、貴殿の考えなど関係ない。これは我ら副長以下、魔王正規軍内部の問題である」


「おい、どうするんだ?受け入れるのか?」


 ケンタウロス、オーガ、そして新たに合流していたリザードマンもその対象となるはずで、トニーは彼らに問いかけた。


「……くっ!」


「馬、だからさっき言っただろうが。犬っころなんか見限ってウチに来い、俺が面倒見てやるってよ」


「それは……」


「てめぇらが選べ。俺はもう手ぇ差し伸べたぞ」


 ミノタウロスが、斧を大上段に構えて近づいてくる。せめてもの情けか、一撃で断頭するつもりなのだろう。


「将軍!ご面倒をお願いできるだろうか!」


 ズドンッ!ズドンッ!


 トニーの放った銃声と、ケンタウロスの返答は全くの同時だった。

 忠義者であるケンタウロスがどう返答するかは半々といった予想だったが、命を優先したようだ。決闘ならまだしも粛清など、強者を崇拝する魔族のプライドが許さなかったものだと思われる。


 それならば反抗し、ミノタウロスらと戦っても良かったのかもしれないが、今となっては後の祭りだ。

 トニーの銃弾はすでに、二体のミノタウロスの腕を撃ち抜き、その斧を叩き落としている。


「おのれぇぇぇっ!」


 ミノタウロスが吠え、住民らの悲鳴や怒号も飛び交った。


「よっしゃぁっ!」


 小隊長が剣を抜き、一体のミノタウロスに躍りかかった。ミノタウロスは撃ち抜かれた腕を盾の代わりにしてそれを防ぎつつ、落とした斧を拾う。

 頑丈な腕ではあるが、銃弾は貫いている。小隊長の剛力の剣も防ぐことは叶わず、深々と斬り込まれた。


「ぐぉぉぉぉっ!」


 だが、肉を切らせて骨を断つの言葉通り、ミノタウロスは片腕に剣が食い込んだままで、斧を横なぎに払った。


「うぉっと!」


 深く入り込んだ刃が抜けないと悟るや、小隊長はそれを破棄して大きく後ろへと下がった。


「ちょっと貸せ!」


 田之上の供回りの兵の一人から槍をぶん取って、正面に構える。


 もう一体のミノタウロスは、手出しをせずその一騎打ちを見守る形だ。おそらく、彼らなりの美学があるのだろう。


「人間!参るぞぉぉっ!」


「来いよ、化け物!」


 ドシンドシンと足を踏み鳴らしながら小隊長に突進するミノタウロス。

 近くにいた者はさっと場を空ける。


 小隊長はというと、そのまま正面に突き出すと思っていた槍を真上に構え直して、そのまま振り下ろした。

 ミノタウロスも冷静だ。突進を取りやめて、その間合いに入らないように停止する。


「かかったな!おらぁっ!」


 小隊長は一度振り下ろした槍を、最下段から突き出し直して、間合いぎりぎりだったミノタウロスの腹に刃を届かせた。


「むっ!」


 確かにその攻撃は届いた。だが、距離的には槍の刃先が届くだけであり、身を深々と貫くほどの威力は保たれていなかった。


「浅いか!」


 そこから前進して、さらに深く刺すことはできた。だがそうはせず、距離を取り直す。


 もう一度、大上段に構えられる小隊長の槍とミノタウロスの斧。突進が繰り返され、両者はまた肉薄する。

 今度はミノタウロスの技が光った。振り下ろしながら横薙ぎへの変則。初撃を外させたと思っていた小隊長の身体をかすめる。


「あっぶねぇ!取られたと思ったぜ!」


「ふん!今のを避けるか!」


 普通であれば、重量のある斧を振り下ろした場合、地面にぶつかるまで止められない。その軌道を無理やり曲げてきたのだから人間離れした怪力だ。

 もっとも、ミノタウロスは人間ではないが。


「がんばれ、おじさんー!」


「おじさーん!」


「やれやれーっ!」


 最初に声援を送ったのはカトレアで、それに呼応するように子供たちからも声が飛んだ。やはり、彼女を歳の近い友達か何かだと思っているようだ。


「ちびっ子共に応援されちゃあ……負けるわけにはいかねぇなぁ!おらぁぁぁぁっ!」


 小隊長にとって、子供たちの声援は百人力といったところか。まるでアニメのスーパーヒーローだ。

 心なしか、槍を構える腕の筋肉が盛り上がったようにさえ感じる。


「食らえ!」


 正面ではなく、持ち上げた両腕で突き出すかに見えた槍。だが、ミノタウロスから見た切っ先はそれ以上に伸びてきた。

 投擲されたのである。


 果たして、突いて刺さらなかった槍が投げて刺さるだろうか。だが、小隊長の狙いは顔、堅い皮膚では防ぎようのない目や口だった。

 予想外の攻撃に、ミノタウロスは目を閉じて反応が遅れてしまう。


 すかさず投げた槍に追従する形で小隊長は飛び込み、ミノタウロスの顔に当たった槍を持ち直して口の中へと突っ込んだ。


「ごっ……ふ……!」


「よっしゃぁっ!」


 ズゥン、と地響きを起こしながら倒れる巨体。それが見事、小隊長がミノタウロスを討ち取った合図だ。

 逃げ腰だった群衆たちは沸きに沸いている。


 片腕を銃弾で先んじて封じていたこともあり、小隊長が負けるはずはないとはトニーも思っていたが、強敵であるミノタウロスを相手にして、ここまで鮮やかな快勝を見せられるとは思っていなかった。

 彼ほどの豪傑がいれば、パリの街は簡単には落とせないはずだ。


「で、お前はどうするんだ?」


 もう一体、片割れを殺されたミノタウロスにトニーが問いかける。


「では、あのケンタウロスと」


「ほう、やるってのか。馬、お前はどうする?一騎打ちを受けるのか?」


「無論だ。将軍のお味方につくと決めたのであれば、私の武勇も示しておかねばな」


 馬である下半身の側面に下げていたハルバードを手に取るケンタウロス。

 ミノタウロスもそれに呼応して斧を構えた。これまた面白い戦いが見れそうだ。


「これは世にも珍しい、もののけ同士の戦いだ!」


「今日は色んな出し物が見れてあたしゃ幸せだよぉ!」


 盛り上がった群衆もいよいよ完全に楽しみ始めてしまっている。

 魔族の攻撃が飛び火したり、見境なく暴れれば紙一重で自分たちが殺されるかもしれないというのに、お気楽な連中だ。


 だが、トニーとてそれは同じ気持ちだ。

 小隊長やクロエ、カトレア、本山に田之上もいつの間にか一丸となってトニーの味方となったケンタウロスを応援している。


「先に一つ聞きたい。副長は……我らが魔石を見つけたことよりも、将軍と共に行動をした咎を重いと見られたのだな?」


「その通り。恩賞でも貰うつもりだったのかは知らんが、粛清と仰せだからな」


「では……貴殿をここで討ち、魔石も副長にはお渡ししない!そこにおられる将軍に差し上げる所存だ!」


「そうはさせん!来い!裏切り者めっ!」


 初手はケンタウロスのハルバードが唸った。

 風を切り裂きながら、その長いリーチを生かして強烈な突きが繰り出される。


 だが、それを予想していたミノタウロスの防御も見事だ。片腕ながら、斧を真横に向けてその腹で突きを受け流す。もし両手が使える万全の状態だったら、受け流すのではなく跳ね返していたかもしれない。それほどの腕力である。


 ケンタウロスとミノタウロスの戦いというのも珍しいが、前者は技術で、後者は腕力で戦うことが分かった。


 魔術はどちらも使えるはずだが、武器による決闘となったので見ごたえ十分だ。


「お馬さーん!がんばれぇぇ!」


「お馬さん!かっこいいー!」


「お馬さん!牛さんより早ーい!」


 またも、カトレアの声援に子供たちが追従している。


「ぬぅおおおおおぅっ!」


 小隊長の一騎打ちの時の再来か、ケンタウロスもまた子供らの声援でパワーアップしたように感じる。

 魔族にも人間の子供の声援が効果を持つとは驚きだ。


 ケンタウロスのハルバードの突きの速度が増し、ミノタウロスはそれを受け流すばかりの防戦一方の状態となっている。


「槍より重いハルバードにしては速くて良い突きだ。やっぱり、アイツとは一戦交えたいところだぜ」


 腕組みをして見守る小隊長の口からそんな言葉が漏れた。完全に味方となったので、模擬戦くらいしか出来ないのを残念がっているように見える。

 今しがた命のやり取りをしてきた直後だというのに、かなりの余裕っぷりだ。


 トニーがちらりと横目に見ると、最初に倒されたミノタウロスの死体は、徐々に消え始めている。


「あのけんたうろす、とかいう物の怪。魔族にしておくには惜しいほどの腕前じゃな。わしの臣下に欲しいくらいじゃわい」


 これは本山だ。トニーと交流の深い彼は、日本の各大名の中では最も魔族への差別感を持たない男だと言える。彼自身もそうだが、日向に住まう家臣や領民も同じ感覚を持っている。


「残念だったな、本山。あれは俺が貰う約束だ。本人もそう言っていたのを聞いていなかったのか?」


「分かっておるわい。しかし、騎馬にでもするつもりか?世界中を飛んで回るお主には無用であろうが」


「出先でのちょっとした移動には使えるだろ。しかもそこそこ戦える」


 本当に馬扱いになってしまうようなので、ケンタウロスの反応が気になるところだ。しかしそういった話も、この一戦の結末にかかっている。

 討ち死にしてしまっては、ケンタウロスにそんな未来は訪れない。


 ケンタウロス目線で見れば押しに押している状況。だが、その均衡は崩れた。

 スタミナ切れと言うべきか、ケンタウロスの突きが僅かにその勢いを弱めると、ミノタウロスの斧がそれをはじき返してしまったのだ。

 一気に仕留められなかった時点でジリ貧だったか。


「なっ!やりおる!」


「その程度では、この首は取れんぞ!覚悟しろ!」


 ミノタウロスが反撃を開始する。ケンタウロスは弾き飛ばされたハルバードを早々に破棄し、腰の片手剣を抜いた。もはやリーチを生かした戦いは出来ないが、この状況をどう切り抜けるのか。


「ぬんっ!」


 反撃の一撃目は斧を横薙ぎ。これは距離を見誤ったのか、空を切る。


「そいっ!」


 二撃目はその手を返す、反対方向への横薙ぎ。これは踏み込みと同時であり、ケンタウロスの剣とぶつかった。


 甲高く、そして鈍く響き渡る剣戟の音。ケンタウロスは両手で剣を、ミノタウロスは片手で斧を握っているが、吹き飛ばされたのはケンタウロスの方だった。

 人馬型で大型に分類しても良い体躯のケンタウロス、それを片腕で吹き飛ばすとは、ミノタウロスは魔族内で最大級のオーガ並みにパワフルだ。

 上を見れば大僧正イェンのような巨人、竜人であるフレイムスなどもいるが、そこは別格として置いておく。


「きゃー!お馬さんが大ピンチであります!」


「あぁっ!」


「お馬さーん!」


 カトレアを筆頭に、悲鳴にも近い子供たちの声。


「おい、気張れよ!人間の俺でも殺ったんだぞ!魔族だろ、お前!」


 小隊長は自身の戦果を引き合いに、ケンタウロスを鼓舞するような声掛けをしている。


 ケンタウロスが吹き飛ばされた方向は誰もいない場所だったのでケガ人は出ていない。これは敵であるミノタウロスも計算していたものだと思われる。

 余計なケガ人などを出せば、トニーらが黙っているはずもないと分かっているからだ。


「くっ……!」


 ケンタウロスが立ち上がる。剣はしっかりとその手に握られたままだが、半ばでぽっきりと折れてしまっていた。

 武器が壊れた時点でほぼ負けとなるが、どうするか。


「……む」


 ミノタウロスはそれを確認すると、斧を下ろした。


「負けを認めるのであれば、ここまでとしても構わん!」


「断じて認められんな」


「……であれば、ハルバードを拾え。そんな剣では相手にならん!」


「始めから片腕が使えぬ貴殿も、ハンディを負っていると言えば同じであろう!」


 折れた剣を掲げ、その切っ先を向けるケンタウロス。落とされた武器など拾えないと、意地になっているように見える。

 もちろん、その剣で勝てる見込みなど万に一つもないだろう。


「……おい!」


 ここで、意外にも仲裁に入ったのはトニーだった。


「勝負はそこまでだ。退いてくれるんだろう、牛野郎?こっちの馬の負けだ」


「なっ!?将軍、私はまだ戦えるぞ!」


「戟を拾うつもりなら俺も認めてやる。だがてめぇはその壊れたオモチャでやろうってんだろう?許可出来ねぇな」


 言葉通り、ハルバードを使うのであればトニーも黙っていたところだ。


「てめぇはもう俺の部下なんだからよ。てめぇのプライドよりは俺へ忠義を大事にしろ。死ねと言ってねぇのに勝手に死ぬな」


「まだそう決まったわけでは……!」


 ここに多くいるサムライたちも、どちらかというとケンタウロスの誇りを大事に、美しく散らせてやりたいはずだ。だがトニーはそうは考えなかった。


「うるせぇ、決まってんだよ。悔しかったらもっと鍛えろ」


「しかし!それでは魔石が副長に奪われてしまうではないか!」


「それでいいって言ってんだよ、タコが!下がれ!」


 結局、ケンタウロスが負けて死んでしまえば魔石は持ち帰られてしまうのだ。


 一騎打ちが終わった後にミノタウロスを倒す卑怯な手も考えたが、多くの群衆がいる前で堂々と約束を反故にするのも考え物だろう。

 それよりは、味方となったケンタウロスを生き残らせた方が良い。


 固唾をのんで皆が見守る中、ケンタウロスはトニーに一礼し、命令通りに退いた。これで一騎打ちの勝敗は完全に決する。


「……では将軍、この魔石は我らがもらい受ける。異存はないな」


「ねぇよ。犬っころに伝えておけ。というかどこかで見てるのか?その石を使ってせいぜい強くなったら、さっさと喧嘩を売りに来いってな」


 魔石の能力は未だ分からないが、何かが入っているとカトレアも言っていた。その力を引き出せれば、オースティンは格段に強くなるだろう。


 それを受けて立つのがどれくらい大変なものなのかは分からないが、オースティンに引導を渡してやれるのであれば、何だっていい。


「承った」


 ズゥ……バリバリバリッ!


 ミノタウロスが空間転移を発動する。


「おい、逃がすつもりか?」


 トニーの肩に手を置き、小隊長が尋ねてきた。


「仕留めても良いが、一騎打ちってのはもっと神聖なもんなんだろ?ボクシングの試合みてぇによ」


「まぁ、あとから外野が一斉に攻めかかって首を落としたら、非難はされるだろうな。だが、あの石はそんな事がどうでもよくなるくらい危ないもんなんだろ?」


「さぁな。そん時は喧嘩に加勢してくれよ、おっさん」


 そうこうしているうちに、ミノタウロスの姿は空間転移の亀裂の中へと消えていった。

 小隊長によって先に倒されていたもう一体の死体も完全に消失している。


 一騎打ちに敗れたケンタウロスは肩を落とした。人間であれば、両膝をついてがっくりとうなだれていたのではないのだろうか。

 周りから見る以上に、本人のプライドはずたずたに崩されてしまったはずだ。


「おい」


「……将軍、申し訳ない。私は貴方の顔に泥を塗るような真似を」


「そうだな。だが、てめぇに求めるのは一騎当千の戦士としての仕事じゃねぇ。俺を乗せることだ。仕事の内容はそこにいるジャックとよく相談しろ」


 先達に当たるジャックは護衛のみだが、ケンタウロスはトニーを運ぶことができる。トニーにとっては唯一無二の大事な役割だ。


 もちろん、ロサンゼルス城のトニーの配下には既にケンタウロスはいる。それらを起用する手もあるが、やはりこの京都で敵方から引っ張った、この快活なケンタウロスにこそ、トニーは価値を見出しているのだ。


「セクレタリアト……だな」


「は?なんだ?」


 唐突なトニーの呼びかけにケンタウロスが困惑する。


「てめぇの名だ。持ってねぇんだろ、どうせ?」


「名だと?私に名をくれるというのか?」


「俺の配下になったんだからな。ジャックだって同じだ。俺と関りが深い奴らには名前を付けてる。むしろ名前がねぇと呼びづらい。だから、てめぇの名はセクレタリアトだ。アメリカ合衆国が誇る名馬中の名馬の名だぞ。感謝しやがれ」


「う……む。ありがたく頂戴しよう」


 後半の話は全く理解不能なはずだが、それを聞き返すことを飲み込み、ケンタウロス、改めセクレタリアトは深々とトニーに向かって頭を下げた。


 それにつられて、取り巻きのオーガや、連れて来たばかりのリザードマンらも跪く。彼らも自動的に召し抱えることになりそうだ。

 確かに、ロシアのオースティン副長の部隊には戻れないだろう。


「さーて、軽い観光のつもりでとんでもない面倒に巻き込まれちまったが……そろそろ撤収だな」


「本当に助かったぞ。トニーよ。お主が居合わせてなければ、街の被害はこれ以上に広がっていたであろう」


 これは本山だ。彼も日向の大名であり、ここ京都の守護ではないが、日本を代表してトニーに礼を述べた。田之上もそれに大きくうなずいて、トニーに会釈をしている。


 セクレタリアトやオーガたちは複雑な心境だ。

 トニーのおかげで魔石を手に入れたのは良かったが、オースティンからは粛清の対象となった。命は助かったものの、絶縁の状態となってしまった。


「本山の城、日向に戻るぞ。お前らもパリに帰るか?」


 クロエと小隊長も、かなり長く連れまわした。本山は日向の国主であり、誰かに叱られることはないだろうが、彼女らはそうはいかない。


 だがそんな事よりも、トニーといることで満たされる好奇心が彼女らを縛り付ける。


「いや、将軍。もし迷惑でなければ私はもう少し同行したいのだが。魔術にしろ魔族の知識にしろ、貴殿といることで増える知識は何事にも代えがたい。次の機会にパリで会える日など、いつになるか分からないのだろう?」


「俺もそうだな。宮廷魔術師のお嬢ちゃんが帰らねぇんなら、付き合うしかねぇだろうよ」


「この……泥棒猫!そんなことを言って、グズグズと長居してぇ!やっぱり閣下を狙ってるんだなぁ!」


「お前の言葉はややこしくなるから黙ってろ、ガキ」


 クロエに対し、久々の敵愾心を見せるカトレア。クロエが本当の意味で彼女からの信頼を勝ち取れる日は来るのだろうか。

 ちなみに、トニーは美人なクロエの事を気に入っているので、カトレアが怒るべきはむしろトニーの方である。


「痴話喧嘩はその辺にせい。日向に帰るのであろう」


「慌ただしくなってきたようだが、こちらの心配はいりませぬ。改めて、礼を言わせて欲しい。今回の助太刀、誠に恩に着る」


 本山、田之上がそれぞれそう言った。

 鴨川を背に、思いがけず街の英雄となったトニーらが並ぶ。それに対面する形で、ここに残る田之上や町の住民ら。

 子供たちの中にはカトレアと離れるのが嫌なのか、泣きじゃくっている者もいた。


「んじゃ、普通バージョンの空間転移にするよー」


 珍しく、カトレアが瞬間転移ではなく空間転移を発動した。一瞬で飛ばされては別れの挨拶も出来ないことが多いので、彼女なりに配慮してくれたようだ。


「南蛮のお方、万歳!」


「ありがとう、もののけを連れた変な人たち!」


 様々な言葉を受けながら、トニーらは空間転移の中へと入っていった。


……


 セクレタリアトやオーガたち、リザードマンらを加えて、出発前よりも大所帯となったトニー達ご一行。

 日向の街の城下町ではまた、ちょっとした騒ぎとなった。だが、さすがに京都のような混乱は起きず、始めから物見の人だかりができるばかりで、魔族への恐怖感は微塵も感じられない。


 日向の城に入城し、ここで本山ともお別れとなった。わざわざ城まで同行した意味は特にないが、本山は手土産とばかりに酒樽をひとつ渡してくれたので、オーガに持たせておく。


「酒盛りはしてゆかぬか、連れない奴じゃのう」


「また飲む気かよ。てめぇにゃ負けるぜ」


 ズゥ……バリバリバリッ!


「あ?」


 空間転移の音と亀裂。だが、ジャックやセクレタリアト、カトレアが発動したものではない。


「あーっ!いらっしゃった!やっと見つけましたよ、親父!」


「なんだ、てめぇら?」


 空間転移から出てきたのは、リザードマンと組員らのチーム。総勢は五人ほどだ。

 トニーがロサンゼルスにいなくとも、特に組員らの仕事は山のようにあるので、こうやって数人単位でうろうろしていることは珍しい。

 もちろん、日向に来ること自体は破魔衣の取引などもあるのでおかしくはないが。

 ただ、その口ぶりから急ぎでトニーを探していたものと思われる。


「親父、叔父貴が見つかりました。今、ロサンゼルス城で待っていただいてます」


「……なんだと。ウィリアムか?」


「はい、間違いありません。マルコの野郎も生きているそうです。それから、これが一番大事かと思うので、先に伝えておくといわれたのが『金も心配ない』との事でした」


「金?あぁ、中国人の……しかし金の方が大事と来たもんかよ。てめぇの中の俺のイメージはどうなってやがんだ」


 守銭奴と思われているようで、そのイライラをウィリアムに向けてつぶやきながらも、トニーは心の中で安堵した。

 どうなっているのか分かっていなかった弟の所在が確認できたのだ。しかし、そうなると現世には誰も残っておらず、この世界へ飛ばされてしまったことになる。

 無事、現世に帰ってからも組を盛り返すために、しばらくは忙しい日々が続きそうだ。


「じゃあ、俺らは先に戻っておきますんで、親父もここでの用事が済んだらお戻りになるって叔父貴には伝えておきますね」


「おう」


 ズゥ……バリバリバリ!


 組員らがリザードマンの空間転移で戻っていく。


「閣下、何だか嬉しそう?」


「ふん、少なくとも悲しくはねぇな」


 カトレアがトニーの顔を下から覗き込んでくる。特に顔がニヤついているわけでもないが、安堵したのは感じ取れたようだ。


「ジャック、ロサンゼルスに帰還するぞ」


「はっ」


 ジャックがすぐに転移の準備を開始する。


「ではまたな、トニーよ!」


 手を振る本山だけを日向に残し、トニーやカトレア、クロエや小隊長、セクレタリアトら新しい仲間がロサンゼルスへと向かったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ