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#18

 荒野の中に突如として現れる、巨大な石造りの城。中世ヨーロッパ風のその城砦は、荘厳ではあるもののローマ王宮やロンドンに比べると華やかさは感じられない。


 イタリア国王以下、十二近衛の騎士たち、ウィリアム、チェザリス大尉とカンナバーロ軍曹は、バレンティノファミリーの若衆とリザードマンの兵士に連れられ、その光景を目にしていた。


 空は曇天。

 大地に草木はなく、痩せこけてしまっている。作物は育たず、動物も生活できないだろう。事実、鳥の鳴き声一つ聞こえず、からっ風の音が寂しそうに泣いているだけだ。


「ふむ……魔族が住まう地とは、誠に過酷な環境のようだな」


 国王は何を思うのか、まさか敵方に同情などしないだろうが、魔族らの侵攻も理解できるといったところか。

 ウィリアムは以前、ニューヨーク城を訪れた経験があるが、やはりそこも肥沃な土地とは言い難かった。


「ここが、アメリカ。何というか、地獄のような土地ですね」


「そうですか?自分はもっと、炎とかが燃え盛ってると思ってましたよ」


「魔族だって生き物だぞ、軍曹。そんな場所には住めないだろうさ」


 ウィリアムの護衛として随伴したチェザリスとカンナバーロの感想だ。


 国王の護衛である十二近衛はここでもやはり沈黙を貫いている。だが、彼らの中にも不安や動揺が広がっているのが分かった。

 敵陣の真っただ中なのだ。トニーがいる陣営から襲われたりはしないと分かっているウィリアムとは違い、心には少しの余裕もない。


 そうしている間も、組員とリザードマンは歩いている。城の中に直接転移することもできたらしいが、わざわざ外から入城させてくれるのは彼らなりの配慮らしい。

 いきなりどこかの一室に飛ばされても、それがロサンゼルスかどうかなど分からないからだ。


 大きな鉄扉を開け、門をくぐると前庭だ。様々な種族の城兵もいるが、ウィリアムを驚かせたのは見慣れた黒い鉄塊だった。


「な!マセラティ!?」


「あぁ。見つかったんですよ。乗りはしませんけどね」


 これは、トニーらが回収した高級セダンのうちの一台であるらしい。もちろん現世から飛ばされた時に彼らが乗っていたものだ。

 普段は城内保管が基本だが、たまたま外に出されていたのは、洗車でもするところだったのではという話だ。


「あれ?叔父貴じゃないですか!」


「本当だ、叔父貴!今までどこにいらっしゃったんですか!」


 前庭を抜け、いよいよ城の中へと入る。ここからは組員らの姿が増え、ウィリアムに声をかけてきてくれた。


「あぁ、みんな生きていたんだな……本当に良かった」


 しかし、この言葉には組員らの顔が曇った。


「いや、その……」


「確かに叔父貴とマルコの二人以外は全員、こっちにいたんですが」


「うん?死んだ奴がいるのか?」


「はい、結構な人数がやられちまいました」


 さすがにイタリアやイギリスのような人間の国に飛ばされるのと、魔族ひしめくアメリカに飛ばされるのとでは生き延びる難易度の次元が違う。


 こちらは人数がいたからトニーなどは生き延びれたのかもしれないが、個人個人がばらばらに飛ばされていたら、この荒野で餓死するか魔族に殺される以外の選択肢はないだろう。


「そうか……墓地は城内に?後で酒でもかけてやらねぇとな」


「はい、親父が城の裏に墓地を作ってます」


 トニーが?とも思ったが、トニーならそうするか、と思い直す。

 兄は確かに粗暴だが、死者をないがしろにするほどの鬼や悪魔ではないのだ。


 さらに城内を進む。石造りではあるがすべての廊下に絨毯が敷かれており、足への負担は最小限だ。

 装飾品などはあまり飾られていないので、豪華絢爛ではないものの、実用性は良く考えられている。


 ただ、重量のある魔族も行き来するせいもあり、床に傷みが無いわけでは無かった。


 時折、西洋風の軍服や、軽装鎧を着た人間の兵士らともすれ違う。


「あれは?」


「ロシアの兵です。ひょんなことから親父が味方に引き込みまして」


 案内する組員がそう答えた。

 ロシアは欧州四か国の地図には含まれていなかった。場所は不明だが、その存在は間違いないとわかる。


「こちらが客室が並んでいる廊下です。数だけはあるので、一人ずつ使ってもらっても大丈夫ですよ。親父はいつ帰ってくるか分かりませんから、数時間か数日か、好きなだけ城の中で過ごしてください」


 すぐに会える可能性も少しは期待していたが、やはり不在か。仕方ないので、待たせてもらうこととする。


 寝食の心配はない。これだけの数の人間が暮らしており、組員がいる。

むしろ、魔族の侵入が無い分、ローマにいるよりも安心して過ごせるかもしれない。


「ちょっと待ってくれ」


「はい?」


 去ろうとした組員を呼び止める。


「まだまだファミリーの事や魔族の事で聞きたいことが山積みでな。付き合っては貰えないか?俺の部屋で話せれば」


「まぁ、構いませんよ。おい、仕事に戻っていいぞ」


 随伴していたリザードマンを開放し、組員はウィリアムに従った。


「陛下は……」


「言うまでもなかろう。余も同席して構わんかね」


 先に休んでもらっていても良かったが、そういう性格ではないのは分かり切っていた。


 各々に用意された客室は一人から二人用のものなので、さすがに十二近衛には同席を遠慮してもらい、部屋の外で待機させる。


 室内には上座に国王、その横に控えるウィリアムの二人だけが着席し、対面には起立状態の組員。

 ドアの左右にチェザリスとカンナバーロが立ち、その様子を見ているといった状況だ。


「どんな話からしましょうか、叔父貴、それに王様」


「そうだな……まずは俺の方から話そうか。トニーに伝えられたらお願いしたい」


 国王も異存なし、と頷いてくれる。


「はい、可能であれば誰かに伝えさせます」


「中国人から受け取った金は問題ない。マルコもピンピンしてる。これは城に帰ってくる前に伝わると嬉しいな。いきなり拳骨なんか食らわされちゃ、たまったもんじゃない」


 念のため、組員はメモを取ってくれている。簡単な言伝だが、誰に任せるかは分からない。仮に知力の低いオーガなどの魔族だった場合は、メモがある方が良いだろう。


「余からも良いかな」


「どうぞ、王様。何でも聞いてくれ」


 この若い組員は既にイタリア国王とも仲を深めている。無礼というほどではないが、誰よりも国王にフランクなのは彼だろう。

 ウィリアムもそれを注意しようとは思わないが、真面目なチェザリス辺りは気にはなっているかもしれない。


「ウィリアムの兄、トニーと言ったか。我がイタリア王国と良好な関係を、アメリカという国ではなく、このロサンゼルスという街単位で、その頭目である彼と結ぶことは可能だろうか?」


「可能です。親父はいくつも友好都市を作ってるんで。確かに魔族側についてはいるが、俺たちは人間ですからね。どこもかしこも襲ってるわけじゃねぇよ。そりゃ、敵対したら潰すが」


「それは心強いな!ウィリアムよ、頼むぞ!」


「陛下……そこは俺頼みなんですね。善処しますが、お約束はできませんよ」


 これはウィリアムの正直な気持ちだ。トニーとは険悪というほどではないが、その心が読めないのは事実。


「当たり前だ。余は何の面識もないのだからな。血を分けた兄弟であるお前に頼むのが筋であろう」


「援護はお願いしますね」


 気まぐれで断られることも無きにしも非ず。街ならともかく、国単位は活動範囲が限定され過ぎて無理だと言われることもあろう。どこかは不明だが、組員の話からも、魔族として人間の街を襲っていることが分かっている。


 ローマ市内だけでも友好的に、というのが落としどころかもしれないが、それだとミラノやナポリ、トリノなど、他の大都市は標的とされたままだ。

 国王が首を縦には振るまい。


「ロシア兵とはどうやってコミュニケーションを取っているんだ?彼らはロシア語を使わないとか」


 バレンティノファミリーは英語もイタリア語も話せるが、ロシア語の話者はいなかったはずだ。この世界の魔族とイタリア人のように簡単にはいくまい。


「いいえ、アイツらはロシア語で話しますよ。ただ、親父の嫁さんが翻訳術を使えるんです」


「待て、トニーが嫁を貰った?冗談も休み休み言え。いや、こっちの世界だから深く考えていないということか?」


 トニーの女遊びの自由さは誰もが知るところである。妻帯して落ち着くなんてことは考えづらい。


「その考えは正しいですね。いわゆる政略結婚です。お相手は魔族内でも高名な魔女なんで。見た目はただのガキですから、親父も手出しはしてないはずですよ」


 トニーに幼女趣味などないので、将軍としての地位、権威をさらに強めるための策か。それもそれで、腕っぷしでのし上がるトニーらしくはないが。


「ま、カミさんの方は親父にぞっこんですがね」


「トニーがガキに好かれてる?それこそ天地がひっくり返りそうな話だな」


「まぁ、変わった女ですよ。それに、見た目はガキでも年齢は随分上だって話です。魔族ってのは年齢が良く分かりませんね。デカいオーガなんて生後三か月とかでも同じ見た目なんで」


 犬猫のように数カ月で成人する種族もいれば、トニーの嫁のようにいつまでも子供の見た目の者もいるということか。


 それに、その嫁が人間の子供に近い容姿というのも気になる。

 ウィリアムの魔族へのイメージは、リザードマンやオーガなど、おおよそ人間とは呼べないような化け物ばかりだったからだ。


「叔父貴は今、貴族様なんですよね。それって、どこぞの令嬢と結婚して婿入りしたから貴族になったとか?」


「いや、爵位はこちらにおわす陛下から直接頂いた。誰かとくっついたわけじゃない」


「うむ、ウィリアムほど優秀な男はいないぞ」


 こうも正面切って褒められると照れくさいものだが、確かにウィリアム自身もイタリア王国と国王には尽くしてきた自負がある。

 欧州四か国内の最弱国ではあったが、今やそのパワーバランスは他三国に引けを取らないはずだ。


「当然ですよ、王様。叔父貴は昔っから一番仕事ができる男でしたからね。こんなことを言っちゃ、親父から大目玉を食らいますが」


「トニーが後ろにいるおかげで、俺が自由に動けていたというのも忘れるなよ。今だってそうだ。陛下や国のみんながいなけりゃ俺は世界中を飛び回ってねぇよ」


「こっちの世界に来てからは、親父も飛び回ってますけどね。兄弟そろってお忙しい事で」


 トニーが後ろにとは言ったが、実際には兄が最前線に出ようとするのを抑えるために、ウィリアムが矢面に立っていた感もある。


 頼りにはなるが、自重を知らない困った大将だ。それが兄の魅力でもあるが。


「このウィリアムの兄なのだ。かなりの人物だとは思うのだが、似ているのかね?」


「顔の話ですか、陛下?そうであれば、あまり似ていないと思いますよ」


「自分も同意見です。確か親父と叔父貴は……」


「あぁ、異母兄弟だな」


 仮に母親が一緒だったとしても、父方に似るか母方に似るかでも兄弟の顔などいくらでも変わる。自分たちが誰に似ているのかなど、あまり関係ないだろう。


「否、人柄の話だよ」


「そうですね……トニーは豪胆な男なので、俺よりはタルティーニ中将に近い性格かも知れません。彼ほどの怪力無双というわけでは無いんですがね」


 この世界の人間の戦闘能力は異常だが、さらに魔族はそれをも上回る。銃火器が無ければ敵うはずもない。


 扉の外で、カチャカチャと鎧が動く音がした。十二近衛が反応したらしいので、誰かが来たようだ。


「うん?軍曹、様子を見てくれ」


「はい、大尉」


 チェザリスが命じ、カンナバーロに外の様子を確認させる。


「……給仕の男が、台車で茶と菓子を持ってきてるようです。執事ですかね?」


 顔だけを扉から出し、来訪者を確認したカンナバーロが室内にそう告げた。こういう時くらい言ってくれればよいものをと、一向に喋らない十二近衛たちを恨めしく思う。


「あー、おそらくクンツだな。入れてやってくれ、兵隊さん。叔父貴、王様、心配いりませんよ。本当にただの茶だと思います」


「そうか、では頂こう」


「クンツ?ドイツ人か?」


 ロシア人以外の人間も雇用しているようだ。


「そうみたいですね。ドイツの皇弟か何かの使用人だったとかなんとか」


 一礼し、話題の男が台車を押して入室してくる。


 黒い執事服を着こなす男は、確かに皇族の使用人と言われてもおかしくないほど真面目そうな人物であった。


「待て、ドイツ皇弟の使用人と申したか」


「皇弟?ドイツ皇帝の弟ということか?」


 国王とウィリアムが同時に反応する。

 使用人は無言のまま、まずは国王に、そしてウィリアムに茶を出して一礼した。


「あー、イタリア語で直接は話せないですね。クンツは英語なら少し話せますよ」


 言うまでもなく、ウィリアムや組員らはこの部屋ではイタリア語で会話している。


「ドイツとは出来れば争いたくないのだが、欧州内はごたごたしていてな。皇弟の使用人とあれば、多少は顔も利くのではないだろうか」


 他の諸侯はともかく、主人である皇弟とは話せるかもしれない。

 だが、それはクンツに翻訳して伝えられる前に、即座に組員から否定された。


「何かに使いたいってんなら無駄ですよ。期待されるような人脈の繋がりは無いって話で、出世欲も金銭欲もない男みたいです」


 イタリア語で進められる会話など気にも留めることなく、クンツが今度は茶菓子を置いていく。気にしたところで理解できないのだから当然と言えば当然か。

 茶菓子はこんがりと焼かれたスコーンのようだ。


「クンツ、少し話せるか?」


「はい、お客様。何か御用でございましょうか」


「俺はトニーの実弟、ウィリアム・バレンティノだ。兄が世話になっているそうだな。この紅茶も感謝するよ」


 英語に切り替え、ウィリアムが使用人に声をかける。英語が理解できるというのは嘘ではなさそうだ。


「これはこれはご丁寧にありがとうございます。私はクンツ・フリードリヒ、と申します。バレンティノ閣下のお側仕えをさせて頂いている、しがないドイツ人でございます」


「こちらにおわすはイタリア国王、ミケーレ・マランツァーノ陛下だ。貴様にご興味があると仰せだ。ドイツ皇弟殿下の使用人だったと聞いたが、本当か?」


「気品のある御方だとは思いましたが、イタリアの国王陛下でございましたか。私などにお声がけいただき、畏れ多い事でございます」


 一層深々と、国王に向けてクンツは腰を折った。


「ご質問へ回答申し上げますと、確かに私はドイツ皇弟殿下の使用人でございました」


「なぜ殿下から離れている?」


「殿下がご不在の折に、魔族による襲撃を受けました。その際、私は命を取られずに済みましたが、代わりにこちらで働かせていただいている次第でございます」


 トニーが率いる魔族だったからこその処置というわけだ。組員あたりがその場に居合わせたのかもしれない。

 クンツ自身が英語を理解できたのも生き永らえることができた理由の一つだろう。


「殿下がご無事だったのは何よりだな。俺やこちらの陛下をお繋ぎすることは可能か?」


「いえ……大変申し訳ございませんが、難しいかと。今はこうしてバレンティノ閣下の使用人として働くことに精を出しております。以前の主人と会うというのも、心苦しいのでございます」


「別に裏切ったわけではないんだから、気にする事はないと思うんだがな」


「どうか、ご容赦ください」


 本音を言えば、皇弟を利用するような真似はしたくないという理由に違いない。それに彼はいち使用人であり、筆頭の家令など、皇弟と深いつながりがあったわけではない。

 請け負ったところで良い結果は期待できないというわけだ。


「そこまで言うのであれば仕方ない。陛下、彼はやはりドイツ皇弟殿下に貴方をお繋ぎできるほどの力はないと言っています」


「そうか。楽をしようとする、余の甘えであったかもしれんな。今はアジア各国との連携を急ぐとするか」


「俺の兄からの返答にも期待したいところです」


 ドイツも仮想敵国ではあるが、実際の敵はやはり魔族だ。

 クンツとの出会いよりは、トニーとの話を円滑に進め、イタリアへの侵入による被害を抑えたい。


 しかし、アジア大陸で人間と衝突している戦争状態はトニーと関りがあるのだろうか。あれば彼なりの目的があるはず。

 こちらを止めるとなると骨が折れそうだ。いや、ウィリアムではトニーを止めるのは不可能だと断言しても良いだろう。


 そして戦火が欧州まで広がった時、それは兄弟の直接対決を意味してしまう。


「それではイタリア国王陛下、ウィリアム様、私はこれにて失礼いたしますね。私なぞにお声がけいただいたこと、謹んで感謝申し上げます」


「あぁ、わざわざ呼び止めるような真似をして済まなかったな」


「近くの控室におりますのでもし、お茶やお菓子のおかわりなどご所望でしたら、お気軽にお呼びくださいませ」


 クンツが最後に一礼しながら呼び鈴をテーブルに置き、台車を伴って退室していった。


「ね、言った通りの男でしょう?親父も嘆いておられましたよ。もっと役立とうって気はねぇのかってね。ただ、使用人としての能力はピカイチですんで、全く使えないってことは無いんですがね」


 組員がやれやれと首を振る。


「得手不得手は誰にでもあるもんさ。背伸びしない分、俺はああいう男には好印象を抱かざるを得ないがな」


 自信が無いという見方もあるが、出来ないことを出来ると言い張る輩の方がよっぼど問題だろう。少なくとも基本的には慎重派のウィリアムはそう考える。


「話が飛んでしまうが、どういう経緯で魔族側に加担してるのか聞かせてもらえないか?」


「もちろんです。逆に叔父貴やマルコがどうやって生き延びてきたのかも教えてもらえませんか?」


「あぁ、大丈夫だ。陛下、我々の身内話にはなりますが、それにお時間をいただいても構いませんでしょうか?」


「余も興味深く聞かせてもらおう。お前の兄が、どうやって魔族内で将軍の地位まで上り詰めたのかをな」


 国王も特に拒否する理由などない。トニーの身の上話は、ほとんどの人間が聞きたいと思うことだろう。

 兄はそれだけ特殊な環境下にいるのだから。


「叔父貴が覚えておいでか分かりませんが、FBIと市警のヘリが飛んでたじゃないですか」


 懐かしい話だ。ヘリや市警など、現代語を聞けるだけでも、自身がいた世界の話なのにとても面白いと感じてしまう。


 もちろん、マルコと話すことも可能ではあるが、彼とは現世よりもこの世界の事を話す機会の方が圧倒的に多い。


 そして、今は国王やチェザリス、カンナバーロにも理解できるようにイタリア語で、この懐かしい話題を話している。


「もちろん鮮明に覚えてる。何なのか分からない光に照らされて、気づいたら俺はこの世界のイタリア、ローマの城の近くに倒れていたんだ。マルコはロンドン郊外で目を覚ましたらしい。後に合流できたのは奇跡だったな」


「であれば俺たちも同じような形ですよ。みんなこのロサンゼルス城の一室で目を覚まして、いきなり城主みたいな魔族に出会ったんです」


「城主?この城は今はトニーのものなんだよな?であれば、ソイツからここをもらい受けたというわけか。よく上手くいったもんだな」


 将軍の地位にいる者がここの所有者であるのは明らかなので、何らかの形でこのロサンゼルス城を手に入れたことになる。


「もらい受けたって表現は間違ってないんですが……俺らは急にここに現れたわけじゃないですか。それで、警戒したソイツからいきなり攻撃を受けまして、親父が銃でぶちのめしたんです」


「実力行使か。トニーらしいよ。俺はイタリアに飛ばされたとき丸腰でな。随分と苦労させられた。ただ、人間の国だったからそこは幸運だったと言っても良いんだが」


「俺たちはまとめてここに来たのに、叔父貴とマルコだけは単独で別の場所に飛ばされてたんですね。いったい、どういう理屈なのか。そもそもなにがどうなってこんなことになっちまってんだか」


 ウィリアムの見解ではどう考えてもFBIが残した謎の置き土産が原因でしかないのだが、結局のところはすべてが謎だ。

 ただ不思議と、その者に対する恨みなどはほとんど感じない。もちろん、何らかの形で礼をたっぷりとくれてやる必要はあるだろうが。


 そしてなんとなくではあるが、兄であるトニーもその気持ちに近いと思う節がある。

 つらつらと不満を言ってはいるかもしれないが、この状況すらも心のどこかで楽しんでいるのではないだろうか。


「話を聞いていると、やはり別の世界から来たというのは信じざるを得んな。この世界以外に人がいる世界、あるいは星が存在するというのは驚きだ」


 国王がそう言いながら茶を一杯すすった。

 魔術や魔族が存在する世界の人間の方が、こんなSFチックな異世界転移への理解は深そうなものではあるが、意外にも信じられず、また理解もされないのは面白い。


「俺たちだって王様たちの世界は冗談みたいなものだと思ってたよ。映画や小説だけのものだってな。だがこれは夢でもなんでもない、現実だ」


「映画や小説というのは、演劇や書物のような娯楽の事です、陛下」


「なるほど。世界を超えるというか、そういう類のお伽話があるのだな。余はそんな話を読んだことなどないが」


 こちらの世界の作家は何をしているのだと思う他ないが、想像力という点では現代の人間の方が豊富らしい。

 魔術の台頭で近代科学や工業があまり栄えていないのも頷ける。


「その後、親父は大魔王とかいう奴にあって、将軍の地位につきました。奴らは力こそ正義みたいな考えがあって、前の城主をぶっ飛ばした親父の事を認めてくれたそうです」


「分かりやすいが、それだけ聞くと馬鹿な荒くれものしかいない印象だな」


「俺もそう思ってたんですが……意外とそうでもないんです。たとえば、ヘルっていう死神みたいな恰好した骸骨野郎がいるんですが……あ、コイツは親父と同じく将軍の地位についてる奴でして、奴は物静かだし荒くれというよりは切れ者って感じですね」


 死神……ウィリアムもそんな奴をどこかで見た気がする。だが、同じ種族などいくらいてもおかしくはない。

 魔族だって人間の顔など同じに見えていることだろう。


 仮に死神が同一人物であったとしても、それはどうでもいい話だ。


「俺も、案外と会話ができる奴が多い方が驚きではあったな」


「親父の嫁っていうポジションにいる魔女っ娘も面白い奴なんで、是非とも叔父貴にも話してほしいですね」


「色々あったが、楽しそうにやってるのは伝わったよ。ここまで来るために、くたばった組員が多いというのは残念な話だがな」


 幸いと言うべきか、人間側の国に飛ばされたウィリアムとマルコの二人は生きながらえている。マルコの方は危ない状態ではあったが。

 それと比べて、ここアメリカに飛ばされた残りの仲間たちからは結構な数の死者が出てしまっていた。


「俺たちだってこの稼業に足を踏み入れた時点で、ある程度の覚悟はできてます。ただ、化け物に襲われるなんてのは想定外でしたけどね」


「結局、バレンティノ家の稼業とはどんなものだ?」


 国王が疑問を口にする。


「陛下、それは俺から説明しましょう。表も裏も、武器から人身から、なんでも取り扱う商人みたいなものです。危険とは常に隣り合わせの仕事なんですよ」


 裏という言葉は出来れば伏せておきたかったが、綺麗ごとだけでは渡り歩けないのはこっちの世界の方が色濃い。


「ふむ、商人はどこでも同じであるな」


 国王も、気には留めなかったようだ。


 以前にも商売人の家系である、といった伝え方はしていたので、その詳細をより詳しく話してくれた程度の印象だろう。


「現在は兄のトニーと言うものが頭目で、ウィリアムが副頭目なのか?」


「はい、その通りです陛下。トニーが代表を務め、俺がそれを補佐してました」


「今となっては懐かしいですね、叔父貴。あなた達兄弟二人がいれば、まだファミリーは立て直せます。きっと、親父の目論見通り、万事うまくいきますよ」


 トニーの目論見、という言葉が引っ掛かるが、彼の今後の意志については直接聞きたいと思っている。出来れば敵対することなく、協力関係を結びたいところだ。

 魔族と人間という異なる陣営に属しているので、そう簡単にはいかないだろうが。


「フランコは生きてるのか?奴の力も少なくない影響力があると思うんだが」


 フランコはでっぷりと太った巨漢で、あのトニーが傍に置いていた珍しい人物だ。


 あまり周りをうろうろされるのを好まない性格の男が、唯一認めた側近だと言えば伝わりやすいだろうか。

 ウィリアムにとってのマルコのような存在だと言ってもいい。


「フランコのおっさんは……くたばったんだと思います。死体は上がらなかったんですが、魔族に襲われて」


「そうか……」


 魔術で灰になるまで燃やされたり、粉々に爆発させられたり、あるいは丸飲みにされて食われてしまっていた場合は死体など残らないだろう。


 一応、行方不明扱いではあるようだが、フランコの生存は絶望的だと考えておいて間違いない。


「ただ、今は親父は魔族を傍に置いてるんですよ。副官みたいな奴とボディガードと」


「本当か?仲間を殺したはずの魔族を認めて許したんだな。……ということは種族ではなく、人間と同じようにしっかりと個人として見てるんじゃないか」


「その通りです。叔父貴もこっちに飛んでたら同じ感じになったんじゃないでしょうか?奴らも、味方であれば個性や性格がよくわかりますからね」


 それは同感だ。魔族とは敵であるはずのウィリアムですら、魔族の雑兵一人一人に渡るまで、人と同じように個性があることは理解できている。


 言葉を話さない飛竜ですらも、ウィリアムの仲間になってくれた心優しい個体もいるのだ。


 トカゲの化け物などの、会話ができる種族であれば尚更だろう。


「ちなみに副官みたいな奴はリザードマンで、コイツは最近は親父と離れた場所で仕事してますね。ボディガードはスケルトン兵。えーと、分かりやすく言えば動く骸骨です」


「まるで動物園かお化け屋敷だな。いつからファミリーはサーカス団になったんだ?トニーはさながら団長か」


「はははっ!是非とも本人に言ってあげてください。その冗談は親父も気に入りますよ、きっと」


 組員が愉快そうに大笑いするも、国王やチェザリスらには伝わらないので、乾いた笑い声が一つ響いただけだった。


「……動物園に、サーカス団?」


「あぁ、陛下。申し訳ございません、どちらも俺たちの世界にしかない娯楽です」


「なんとも娯楽の多い世の中なのだな。羨ましく思うぞ」


「言われてみれば確かに……娯楽だけでなく、食事や被服、学術や恋愛もこちらとは比べ物にならいくらい自由で選択肢も多い。人口も何十倍、何百倍と多いですからね。その割には戦争は驚くほど少ないです。食料や娯楽品が潤沢な地域の方が、困窮している地域よりも圧倒的に多いからでしょう」


 付け加えるとすれば、寿命も長く、死因は戦死などほとんどない。病死や事故死ばかりだ。老衰による死が多いのも、伝えたとしたら驚かれることだろう。


「あ、あの、バレンティノ伯」


「軍曹、口を挟むな」


 今までは黙っているだけの護衛二人だったが、カンナバーロがウィリアムに声をかけた。別に緊迫した場でもないので、たしなめようとするチェザリスを制してウィリアムが許可する。


「何かあったか、軍曹。陛下の御前だ。手短にな」


「ありがとうございます。そんなに娯楽があるんなら、自分らも逆に伯が生まれ育った世界を見てみたいです」


「ははっ!欲望に忠実で実に気持ちが良いな。俺の最終目標はそこにある。目下、世界を跨ぐ方法を探しているところだ。なぜ、こちらに来たのか、その手段は未だに分かっていない。意図せず飛ばされた形だからな」


 カンナバーロを連れていく事に大きな問題があるとは思わないが、もしそれをやるとしても世界の行き来ができると確定してからの話だ。

 片道切符のままでは、軍曹が帰れなくなって現在のウィリアムのように困るだろう。


「それでは余も……」


「「陛下」」


 国王の悪乗りには、ウィリアムとチェザリスの声が、同時に諫める反応を示した。

 ウィリアムは国王と元からこういった冗談も交わす間柄だが、チェザリスもなかなか言うようになったものだ。


「なんだ、叱られてばかりでつまらんな。王とはこうも自由のないものか」


「陛下、ここにお連れしているだけでもかなりの譲歩だとご理解くださいよ……十二近衛だって、喋る口さえあれば全員反対すると俺は思いますよ」


「ふん。舌を抜き、口を挟めない者だけを近衛として認めるようにしているからな」


 これは冗談だろうが、十二近衛の雇用条件には「喋らない事」という記載はあるに違いない。


「さて、永らく引き留めて悪かったな。最後に、この城内は自由に見て回ってもいいのか?」


「基本的には自由なんですが、たとえば親父の寝室とかに入るのはご遠慮願いたいですかね。それと、城にくっついてる隔離棟は立ち入り禁止って事になってます。まぁ、叔父貴なら入っても問題ないんでしょうが、一応お伝えしておきます」


 隅々まで見て見たいという願望はあるものの、ウィリアムとてトニーが嫌がるような真似はしたくない。

 スタテンアイランドの屋敷にも、トニーにしか入室を許されない部屋はあった。逆に、ウィリアムからも自室に入るのは遠慮してくれとトニーに言っていた。


「あぁ、問題ない。城主のルールには従おう」


「それじゃ、俺はこの辺で。仕事に戻らせてもらいますね。親父への連絡も飛ばさなきゃいけませんし」


「ありがとう」


 組員が一礼して部屋から出ていく。


「では、俺はぐるっと城の中を見てこようと思います。陛下はどうなさいますか?」


「そうだな……余も行っても良いのだが、今日は先に休ませてもらおうと思っておる。明日以降もしばらくこの城に留まるのであろう?物見はその時だな」


「承知しました。自分は一足先に城内を見て回っておきますね。後日、陛下をご案内するのも楽になるでしょうから」


 もちろんこれは建前で、本心は早く見て回りたいというだけの事だ。

 もしかしたら国王も同じ気持ちなのかもしれないが、同行した場合はどうしてもペースをウィリアムが合わせる必要が出てくるので、少しばかり気を遣ってくれたのかもしれない。


「軍曹、大尉、ついて来い」


「はっ」


「了解です」


 国王の護衛は十二近衛で十分だ。そもそも、この城に危険は少ないだろう。


「あれ、叔父貴?どうしたんです?」


 客室を出てすぐ、先ほどまで話していたのとは別の組員に見つかった。


「城内を見て回ろうと思ってな。一応、トニーの部屋と、城の離れにある隔離棟だけは入らないようにとは聞いている」


「なるほど、それが分かっていればどこでも好きなように見て回ってください。親父の部屋も隔離棟も、入り口には見張りがいると思うんで間違えて入ることは無いと思いますよ」


「それなら安心だな。魔族どもに話しかけるのはアリか?」


「問題ないですよ。ただ喋れない奴も多いんで、それは気をつけてください。ギャーギャーキーキー鳴くだけの奴は話せない種族です」


 インプや飛竜が喋れないのはウィリアムも分かっている。他にもそういう種族がいるのだろう。

 ただ、あれらも人間の言葉をある程度、理解しているのだろうとは思う。話せないのでどうしようもないが。


 その組員と別れ、城内の石床の廊下を歩いていると、浴場らしき場所を見つけた。パーテーションのような仕切りがあり、その奥から湯気が漏れているのと、パシャパシャと湯浴みの音が聞こえてくる。


「湯が出る風呂まであるのか。中々に暮らしぶりは優雅だな」


「自分たちも使っていいんですかね?」


「構わないと思うぞ。先客がいるから今は無理だが、誰もいない時間にまた来てみてはどうだ」


 カンナバーロの質問にウィリアムが答える。風呂は使うな、なんてことを言われるわけもないので、何の問題もないだろう。

 とはいえ、先に国王を案内するのが筋であろうが。


「あっ」


「おっと、これは失礼」


 立ち去ろうとしていると、仕切りの裏から先客が顔だけを覗かせた。

 ブロンドのロングヘアを束ねた女性だ。のぞき見をするつもりなどなかったが、ウィリアムは非礼を詫びて頭を下げた。随伴の二人もそれに習う。


 さっきはドイツ人の使用人もいたわけだし、欧州人の女を雇っているのだろう。


「貴殿らは……どこの国のものだ?」


 ウィリアムらは立ち去ろうとしていたのだが、顔だけ出した状態で先客の方から声をかけられる。

 一瞬、ウィリアムを先に見たが、その後ろにいた軍服姿のチェザリスとカンナバーロに疑問を抱いたようだ。


「君も英語が話せるんだな。もしくは魔術でそう聞こえるのか?我々はイタリア王国から来たものだ」


「ほう!イタリアの軍人か!」


 ウィリアムが返答すると、ザバッ!と湯桶か湯舟から上がる音が聞こえ、女の上半身が露わになる。


「うひょー、これはありがたい」


「軍曹、妙な声を出すな!ご婦人、お身体が見えておりますので、我らは後ろを向いておきます」


 カンナバーロに拳骨を落とし、チェザリスが無理やり自分たちの視界から女を引きはがす。

 しかし、これはイタリア語なので女には通じていないだろう。


 だが、振り返った二人の反応を見て、自分の状況くらいは掴めたようだ。


「あっ……こ、これはご無礼を。すぐに服を着るのでお待ちいただきたい」


 呼び止めたからにはウィリアムたち、というよりイタリア人に何か用事があるのだろうか。

 待てと言われて立ち去るわけにもいかず、女が何かを羽織るまで待つ。


 簡素なクリーム色のバスローブを着て、仕切りの向こうから女が出てきた。スラリとした美女だ。


「それで、お嬢さん。我々に何か御用かな?」


「イタリアからお越しと聞いたので、珍しい客だと思ってな。私はロシア人だ。女だてらに兵たちを率いている者でな。縁あって、こちらの城主様に世話になっている」


 ロシア人……確か、ここまで案内してくれた組員もそんな話をしていた。


「あぁ。今言った通り、我々はイタリア人だ。ちなみに後ろの二人は俺の護衛だが英語は理解しないのでご容赦いただきたい」


「なるほど、承知した」


 厳密にはウィリアムはイタリア人ではないが、特にその説明は必要ないだろう。ただ、彼女が指揮官だとは驚きだ。ウィリアムは少し興味が湧いた。


「しかし、お嬢さんがロシア兵を率いているのか。トニーとの出会いなど、話を伺いたいものだな」


「もちろんだとも!しかしこの、風呂上がりの格好ではなんだ。平服に着替えたいのだが、私の自室へ向かっても?」


「あぁ。淑女の着替えを二度も覗きたくはないので、部屋の外で待たせてもらおう」


「ふふ、ではこちらへ。ご案内する」


 三人はそのまま、バスローブ姿の美女についていく。


 連れて来られたのは、先程までウィリアムたちがいた客室が並ぶ廊下。どうやら彼女もここに一室を与えられているようだ。


 ウィリアムたちの部屋から、数個隣の部屋の扉の前で待たされる。


 国王が居るであろう個室の前には、十二近衛の内の二名が直立不動でその脇に立っているのが見えた。残りは近くの個室で休憩中だろうか。

 廊下に十二人全員がいつまでも立っていては迷惑なので、国王が指示したに違いない。


「すまないすまない」


 そう言いながら女が出てくる。

 スカートではなく、動きやすそうなパンツスタイルで、上には前開きのボタンシャツ、腰には帯剣している。ロシア兵を率いているというのは嘘ではなさそうだ。


「城内を見て回っているんだろう?同道しながら話そうじゃないか、イタリアからのお客人」


「あぁ、分かった」


……


「ほう、それでは貴殿はトニー・バレンティノ殿の兄弟でいらっしゃるということか」


「あぁ。腹違いの弟だな。ロシア人たちは兄と仲良くしてくれているようで嬉しいよ」


 食堂にさしかかりながら話すのは、ウィリアムがトニーの弟であるという話題だ。


「なんのなんの。我らは彼に世話になりっぱなしなのだ。故郷を取り戻すことにさえ力添えしてくれている。しかし、彼はイタリア人ではなかったはず。ウィリアム殿はイタリア人……どういうことだろうか?兄弟が別々に育てられたのか?」


「説明が難しいんだが、今はイタリアで暮らしているのは事実だ。国籍云々は正直、どうでもいいと思っている。イタリアに住んでいるからイタリア人と名乗ったまでさ」


 その理屈だとトニーはアメリカ人になる。現世ならばともかく、この世界での生粋のアメリカ人は魔族の他にはいないだろう。


「ところでお嬢さん、故郷を取り戻すというのは?」


「うむ、貴殿がどこまで話を知っているかは分からないが、ロシアは今、トニー・バレンティノ殿と敵対する魔族どもに蹂躙されていてな。奴らを倒し、我が国を守って下さるということだ」


「それは……本当にトニーがそんな約束を?そのまま国を乗っ取ろうって腹じゃないだろうな」


「属国化という話であれば、私個人としては歓迎しても良いと思っている。無論、皇帝陛下との話し合いにはなるだろうがな」


 確か、トニーは既にいくつかの国を従えるほどの力を持っているはずだが、それを人間側からも受け入れているとは。

 他の魔族に占領されるよりはマシだろうが、兄も中々に強烈な人物だとウィリアムは思っているので、これは驚きだ。


「トニーが、兄がそこまでの信頼を得たか」


「うむ、貴殿の兄上は我々のために大きく貢献してくれた。いや、今もその為に時間を割いてくれている。我らだけでは泣き寝入りをするか、玉砕覚悟で魔族に挑むしかなかったであろうな。それが今や、私は国を取り戻せると信じている」


「まさか、人が変わっちまったのか?」


 これは女に言ったのではなく、独り言だ。しかし、この距離でそれを聞き逃すはずもない。


「さっきから聞いていると、貴殿は兄の事を何だと思っているんだ?確かに言動や行動は粗野で乱暴な男だが、ロシアの民のために戦ってくれたのは嘘偽りない真実だぞ。出会ったのも戦いの渦中だったからな」


「おっと、別にお嬢さんの言葉を疑うわけじゃないさ。気を悪くしたのであれば謝罪する」


「貴殿の方が、確かに将軍とは親密な関係であろう。だが、私にとって彼は恩人であり、救世主なのだ。言うことすべてがおかしいとも返せないがな。謝罪は受け入れさせてもらおう」


 女がにこりと笑う。

 一同は、隔離棟に続く廊下の前を通る所だ。


「あれは?」


「隔離棟だな。我らが入ることは禁じられている。何となくだが、奴隷や囚人を収監しているのではなかろうか」


「奴隷……」


「私とて関心はしないが、我々が行っているのは戦争だ。人間、魔族関係なく、そういった存在が出てきてしまうのは致し方のない事だろう。綺麗ごとばかりでは戦えない」


 ローマにも奴隷として働いている身分の低い人間はいる。ロシアも同じだろうし、アメリカに至っては奴隷どころか食料として連れて来られている人間もいるかもしれない。


「一通り回ったな。隔離棟は無理だが、他にも案内すべきところは……」


「墓地があると聞いたんだが、そこへ行きたいな」


「墓地?あぁ、建物の裏手だな。城壁内ではあるが」


 魔族は死体が消えてしまうため、ほとんどは死んでしまった組員らの為に作られたものだ。しかし、失った魔族の仲間も埋葬こそ出来ずとも、魂はそこにあるだろう。

 トニーは以前から、殉職した者にはかなり手厚かった。


 一旦、正面玄関から建物を出て、城壁の内側に沿ってぐるりと半周する。


「ほらあそこだ」


 簡素だが、木製の十字架が並ぶ墓所に到着する。すぐそばに小屋があり、そこにはスコップや木材など、墓を作るための道具が置かれているらしい。

 専属の墓守などはおらず、その時に手が空いている者が墓地関連の仕事を請け負うという話だった。


 見覚えのある名前が刻まれているのは、どれもこれも組員らの墓だ。

 ウィリアムはその一つ一つの前に屈み、目の前で十字を切って祈りをささげた。


「伯にはマルコ殿以外にも、こんなにも多くのお仲間がいたんですね」


 チェザリスが言う。ここには二十近い墓があり、そのすべてが命を落とした仲間ということになる。

 そして、その隅に、一つだけ大きな墓石があった。名前はない。これがおそらく魔族、あるいは他の人間たちの為の慰霊碑だ。


「あぁ。再会は叶わなかったが、兄の為に尽くしてくれたみたいだ。いくら礼を言っても足りないな」


「我々もよろしいでしょうか?」


「もちろん構わないぞ」


 ウィリアムの返答に、チェザリスとカンナバーロも跪いて祈りをささげてくれた。


……


「何?イタリアというのは雪が積もらないのか。では、ここロサンゼルスのように荒廃した大地が続いているのか?」


 部屋へと戻る道中、話題はイタリアについてだ。

 ロシアに雪景色の時期が多いのは納得だが、温暖な気候を説明するのは難しい。


「いや、緑豊かなところだ。気温は年中暖かいから雪は降らないな」


「世界は広いのだな。一度行ってみたいものだ」


「行きたければ魔族が使う転移術を使う必要があるから、俺たちの力だけでは難しいな」


 船での航行も可能ではあるはずだが、今のところは難しい。


「そういえば、ここへはどうやって来られたのだ?」


「今話した転移術だ。運よくファミリーの人間と接触出来て、一緒にいた魔族の兵士に連れてきてもらった形だ」


「ほう……それは本当に幸運だったな。しかし、なぜ離れ離れになっていたのだ?アメリカとイタリアではかなりの距離があるように思うが」


 なるほど、この女はトニーらが別の世界から飛ばされてきた存在だとは知らされていないらしい。


 ウィリアムの口から勝手に伝えるわけにもいかないので、適当にごまかしておくことにする。


「色々あって離れてしまってな。再会したかったが、なかなか叶わず、ようやくその時が訪れたというだけだ」


「詳しくは分からないが、相当に苦労されたとお見受けする。兄弟が離れ離れで永らく会えないというのは、胸が張り裂けそうな思いだっただろう」


「……まぁな」


 これは正直疑問だ。言われてみればトニーと長く会わないのは珍しいのだが、それが心苦しいかと言われると、良く分からない。


「逆に、ロシアの事も聞かせてくれないだろうか?」


「もちろんだ。何が知りたい?」


「我々は今、アジア大陸が魔族による侵攻を受けていることに手を焼いている。ヨーロッパとアジアは大河を挟んですぐの位置にあるからな。ロシアは少し離れている場所にあると思うんだが、そっちもやはり魔族の手が及んでいるのか?」


 トニーとこの女の出会いの話からして、状況はアジアのような形だと推察できる。


「その通りだ。国のほとんどは魔族に蹂躙され、現在の状況は分かっていない。ただ、首都モスクワは簡単には落ちはしない。その前に、将軍にご助力いただいて、国から魔族を追い払う手筈だ」


「兄は魔族側のはずだがな」


「同じ魔族とて、人間のように諍いはあるもの。ロシアに攻め入っている連中は将軍の敵でもあるらしいのだ。利害の一致というやつだな」


 ウィリアムはロシアに縁もゆかりもないわけだが、トニーの支援であればロシアに侵攻している魔族と戦ってもいい。


 そんな余裕があるかどうかは別として、トニーに味方しておけばアジア方面での協力をあおげないだろうか。


 仮にロシアへ数百人程度のイタリア兵を貸し出すだけでも、多少の効果はありそうだ。

 その見返りにアジア方面で魔族の兵士百名を借りれるとしたら非常に助かる。


「兄の軍団は強いのか?」


「当然だ。強いなんてものじゃない。我らでは歯が立たなかった魔族を簡単に蹴散らしてくれたからな。将軍ご本人もかなり腕が立つ。武人として、心底惚れ込んでいるよ」


「それは期待できるな。久しぶりの再会だが、兄の機嫌を損ねないようにしておかなければ」


「きっと再会を喜んでくれるはずさ」


 人間とは比べ物にならない力を持つ魔族の中で、将軍という、大魔王に次ぐとされる地位に立っているのだ。

 強くないわけがないのだが、想像以上にその実力は認められていると知れた。


 ウィリアムとしては魔族との戦乱を終わらせたいのだが、トニーはどう考えているのか。

 当初、大魔王や魔族は駆逐すべきだと考えていたが、別に魔族を全滅させる必要がなくなればそれに越したことは無い。


 言わば、新たな平和への道だ。それが可能なのかは定かではないが。


「案内ありがとう。我々はしばらく城に滞在するから、いつでも気兼ねなく訪ねてきてくれ。兵士らの訓練にこいつらを使ってくれても構わんぞ。これでなかなかの腕前だ」


 チェザリスもカンナバーロも、兵士として高い戦闘能力を備えている。

 ロシア兵も日がな一日ゴロゴロしているわけでは無いだろうから、城内や郊外で訓練や演習は行っているはずだ。


「うむ、実は始めからただならぬ気配を感じていてな。二人とも屈強な兵士であることが窺える。そちらの御仁は士官か騎士ではないか?」


「その通りだ。こっちがチェザリス大尉、こっちがカンナバーロ軍曹だ」


 自分たちがようやく紹介されていることに気付いた二人が軽く会釈する。


 チェザリスが士官だと分かったのは、着ている装備の違いからだろう。

 カンナバーロは軽装鎧に槍だが、チェザリスは軍服の上に黒いマントを羽織り、剣を下げている。


「ウィリアム殿もなかなかの腕前だろう。貴族様だったかな?」


「あぁ、俺は伯爵だ。剣の腕前は……まぁ、彼らには負けるよ」


 特にカンナバーロの槍捌きは目を見張るものがある。

 性格に難さえなければ一騎当千の武人になれるかもしれないのに、勿体ないものだ。


「それはもちろんだとも、主人以上の腕前でなければ護衛など務まらんだろうからな」


「お嬢さんも使えるタチかい?」


「あぁ、私も女だてらにむさくるしい男どもを率いて団長を務めているのだ。おいそれと簡単にはやられんぞ」


 訓練にまでウィリアムは参加するつもりはないが、チェザリスやカンナバーロにとっては良い刺激になりそうだ。


 なにより、イギリスのモリガン元帥やイタリアのタルティーニ中将ほどの化け物相手の訓練ではないだろうから、気も楽だろう。


 ただし、そこに魔族の兵士が参加するとなれば一気にレベルは違ってくる。

 もし普段からそんな訓練をしているのであれば、彼女が率いるロシア兵は人間としては百戦錬磨の兵だらけということになる。


「訓練はロシア兵だけでやっているのか?」


「基本的にはそうだな。味方とはいえ、魔族の兵士とやり合うのは気が引ける。我らよりも、あちらがな」


「それはどういう意味だ?」


「訓練中に事故があって、こちらに死傷者が出るのではと懸念しているようだ。オーガやリザードマンは我ら人間からすれば恐るべき戦士たちであり、赤子の手をひねるかのように簡単にやられてしまう」


 サシでの勝負となればそれほどまでに力の差が出るのは当然だろう。


「魔族側が参加しないのはトニーの指示だったりするのか?」


「いいや、バレンティノ・ファミリーだったか。彼らの意見が強かったな。ただ、まったく手合わせをしないというわけでは無い。時には参加してくれる者もいるぞ。力加減は十分に気をつけてな」


「是非、その機会にはこいつらも連れ出してやってくれ。特にこっちのカンナバーロ軍曹をな」


 英語なので本人には伝わっていないが、何やら雲行きが怪しい話をされているのは察知したようで、カンナバーロは顔を強張らせた。


「承知した。彼らの力を見るのを楽しみにしておこう。それではこれで」


「あぁ、またな」


 女団長が自室としてあてがわれている客間へと入っていく。


「バレンティノ伯。何か、自分のお話をされていたようですが……」


「気にするな。一緒に訓練できるのを楽しみにしているとさ。お前の槍捌きを褒めてやっただけだ」


「えぇ?訓練くらいはいいですが、過度に期待されるのは嫌なんですがねぇ」


 カンナバーロが肩をすくめ、その肩をチェザリスがバシン、と軽く叩いた。


……


 ウィリアム達も自室に戻るわけだが、国王の部屋の前を通る際にちょっとした騒ぎの様子があった。

 部屋の前には十二近衛全員が集合し、珍しくおろおろと慌てているのだ。


「どうした?陛下に何かあったのか」


 ウィリアムたち三人の到着に気づくと、十二近衛は一列に並んで直立不動の姿勢を取る。平静を装っても手遅れだとは思うが。

 そして、扉に最も近い位置にいた騎士が開け放たれている扉を指さした。


「開いてる?な、アイツらか」


 国王が開けておけと命じたのであろう。

 部屋の中には組員ら四、五人が入り込んで、ワインやウィスキーなどの瓶をラッパ飲みしている。そして、国王もどんちゃん騒ぎをする一人だった。


「陛下……そして、お前らは何をやってんだこれは」


「あ、叔父貴だ!やっと来てくれた!生きていたと聞いて、酒を手土産に飛んで来たんですよ!そしたらイタリアの王様って奴がいたんで、一緒に飲んでます!」


 国王を指さしながらゲラゲラと笑う。

 久しぶりに会った組員だったが、ゴツンとウィリアムの拳骨が振り下ろされた。


「あたっ!なんですか、叔父貴?」


「イタリア国王陛下には世話になってんだ。失礼な態度を取ってんじゃねぇぞ」


「すんません!」


「まぁ、この人が気さくすぎるもの悪いんだがな……陛下!どこの馬の骨とも知れない輩と酒盛りをするとは何事ですか!」


 若い組員に向けられていた叱責が自身に向いたと知り、国王がびくりと反応する。

 そして、ウィスキーのボトルを握りしめたまま、別の組員の陰に隠れた。


「何やってるんです、ガキじゃないんですよ!こんな簡単に部屋へ招き入れて……十二近衛も気が気じゃないでしょうに!」


「ウィリアムよ、輩とはなんだ。自身の仲間であろう!」


「それでもです!」


 チェザリスやカンナバーロは苦笑し、そのやりとりを扉の外から覗いている十二近衛も力強く頷いている。

 国王にとっては四面楚歌だ。誘いの張本人である組員らも、立場的に国王側に助け船は出せない。


「んぐっ。強いな」


 叱られている途中だというのに、国王はさらに一口、酒をあおった。

 強いというのは酒精か、それともウィリアムか。


「……はぁ、もういいです。陛下、酒盛りがしたかったらこいつらも集めて、食堂などを使いましょう。ここにはまだしばらくいるんですから」


 客室で宴会など、俗な事をさせるわけにはいくまい。

 国王をここまで連れてきてしまった以上、目付け役はウィリアムしかいないのだ。


「あいわかった。すまんな、お前たち。歓待はまた追って開催してくれないか」


「もちろんだ……あっ、もちろんです。王様」


 ウィリアムから叱責を受けた組員がそう言い直し、彼らは国王とウィリアムに一礼しながら退室していった。


「陛下、ここへは羽を伸ばすために来たんじゃないんですから。あまり思い切ったことをしないでいただきたい。無理やりにでも陛下だけトルクメニスタンへ送り返しますよ?」


「ならん!それは断固拒否させてもらおう。ただし、お前の言う通り今回は少々気が緩んでしまっていたのも事実だ。であればこその先程の折衷案であろう?」


「ご理解いただけて何よりです。では我々もこれで……それから、十二近衛諸君、何かあれば遠慮なく俺たちの部屋の扉を叩いてくれ」


 近衛兵どもの頷きが確認できた。


 国王の部屋からウィリアムやチェザリスの部屋も近い。また国王が妙なことをしていたら声は出せずとも、ノックくらいは出来る。


 部屋は、ウィリアムのものの両側をチェザリスとカンナバーロが挟む。

 今回は部屋も多いので、カンナバーロにも個室を与えることにした。本人は大喜びだ。


 その内、国王の部屋に近い方をチェザリスの部屋とする。これは彼の希望だ。


 ウィリアムの護衛として同行してきたものの、その本心は国王への心配にある。何かあった場合は最短距離で駆けつけるためだ。


「伯、城に滞在する間、我々へのご命令はありますか?」


「さすがにこの中にいる間はくつろいでくれて構わない。随伴させたい場合は呼ぶ。ただ、先ほどの女団長から訓練の誘いがあったら応じてやってくれ」


 これはチェザリスの真面目な質問への返答だ。


「訓練かぁ。ま、それ以外はダラダラしといても良いんだから御の字か……」


「軍曹、私から個別の訓練をつけてやっても良いんだぞ」


「勘弁してくださいよ、隊長」


……


 そして、恐れていた事態は早速、その日の晩に起こった。


 ドンドンドンッ!ドンドンドンッ!


 激しく叩かれるウィリアムの客室の扉。その後の声から、相手はチェザリス大尉であることが分かった。


「バレンティノ伯、夜分ご無礼致します!起きてくださいますか!」


 ウィリアムはガバッと上体を起こし、下着一丁で寝ていた身体に素早くワイシャツとスラックスを着る。


「どうした!」


「十二近衛からの報告によると、陛下がお部屋におられません!私も確認いたしましたが、もぬけの殻です!」


 靴下と革靴を履き、扉の鍵を開ける。


「十二近衛が、喋ったのか……?」


「はっ、はい?今はそんな事よりも」


「あぁ、すまない。陛下のお部屋だな。俺も見せてもらおう」


 就寝の前、組員らとどんちゃん騒ぎしていた様子は微塵も残っておらず、忽然と消えた国王のせいで、部屋の中は当然ながら無人になっていた。

 荒らされた形跡などはないので、誰かが連れ去ったのではなく、自分で抜け出したのだろうか。


 しかし、扉の左右には近衛が最低でも二人はついていたはず。一体どうやってこの場からいなくなったのか。


「まさか……空間転移とか言う魔術か?魔族の誰かが陛下を連れ去った?」


「その可能性もあります」


 ウィリアムの後ろのチェザリスが言う。

 ちなみに、カンナバーロは起こしていないらしい。


「ここに陛下がいると知っているのは城内の魔族くらいのはずだ。聞き込みをするしかなさそうだな」


 そこで、英語が話せるウィリアムの出番というわけだ。

 組員とであればイタリア語でチェザリスなども会話できるが、魔族と話すのは難しい。


「全員、俺の指示に従え」


 否応なしにそう言い放ち、ウィリアムが指示を飛ばす。

 十二近衛の内、二人にこの場は任せる。これは国王がふらりと帰って来た時のためだ。


 残る十人の近衛兵から、六人は城内での捜索に割り振った。

 言葉は話せなくともそのくらいは可能だ。


 そして、ウィリアムとチェザリスが城内にいる魔族から聞き込みを行う。その護衛として最後の四人の近衛兵を連れて行く。

 トニーの部下とはいえ、もし国王を連れ去るような反乱分子がいたとしたら、それは敵対する可能性が高い。


「まずは、あのロシア人の女団長にも手を貸してもらおう。彼女はこの件に関して関わっていない可能性が高い。それと、城内にいるウチの組員も全て動員だ」


「了解です、伯。ところで、軍曹はどうしましょう?」


「今はいい。起きてきたら手伝わせる」


 カンナバーロがいたところで、出来るのは国王の捜索に加わるか、ウィリアムの護衛のみ。言ってしまえば十二近衛やチェザリスと同じことくらいしか出来ない。


 人手が増えるという意味では有用かもしれないが、それ以上の価値はない。

 状況に気づけば勝手に駆けつけてくるだろう。とはいえ、このまま昼過ぎまで寝ているような気もするが。


「ん、叔父貴?おはようございます。慌ててるみたいですが、何かあったんですか?」


 移動を開始してすぐに、城内でタバコをふかす組員を一人見つけた。昨夜、国王と宴会をしていた内の一人だ。


「陛下が消えた。扉の前には見張りがいたから、魔族の転移術で連れ去られた可能性がある」


 わざわざチェザリスや近衛兵たちに通訳するもの面倒なので、英語の質問に対してわざとイタリア語で返した。


「え?そんな、冗談でしょう?」


「これが冗談に見えるのか、てめぇ」


「いや、そういうわけでは……でも、昨日はあんなに楽しそうにしてたってのに、いなくなっちまうなんて。それに、この城にそんなことする奴はいませんよ。こう言っちゃなんですが、魔族どもは俺達よりもさらに親父に忠実ですから」


 組員らも負けてはいないと思うが、魔族の忠誠は絶対に近いものがあるという。そんな連中が客人である国王を攫うとは思えないとの事だ。


「他の連中にも伝えて、捜索に加わるように言ってくれ。組員でも魔族でも、使えるものは全部使うぞ」


「わ、分かりました!」


 彼が走りしばらく経つと、城内が徐々に騒がしくなり始めた。

 誰も彼もを巻き込んで、伝えて回っているらしい。


「お客人……ウィリアム殿!」


 色んな連中が城内を走り回る中、ロシアの兵団を率いる女団長にも出会うことができた。

 平服ではなく甲冑姿なのは、敵が入り込んでいるのを想定しての事だろうか。


「すまないな、この騒ぎは俺たちが原因だ。我が君がいなくなってしまわれた」


「聞き及んでいる!要人が消えたとなればこうなって当たり前だ!我らも手を貸そう!」


「助かるよ。しらみつぶしに城内を調べてくれ。俺たちは捜索というよりは魔族への尋問をして回ろうと思っている」


「承知した!」


 国王は何としても見つけ出さなければ、トニーと話せても帰ることなどできない。ウィリアムの首が飛んでもおかしくない事態だ。やはり連れて来るべきではなかったか。


「最悪の場合は亡命するしかないのか……つまりトニーの元に?いや、イギリスの方が現実的か」


 そんな不謹慎な考えが浮かぶ。


 イタリア国王の安否が一番であり、これまで受けてきた恩は計り知れない。

 だが、それでウィリアムが処刑となったら受け入れることもできない。薄情だと思われるだろうが、あくまでも現世への帰還が第一目標だからだ。


「これはいったい何を騒いでいるんだか」


 ふらりと前を通ったリザードマンがそんなことをつぶやいた。手始めにそれを呼び止める。


「おい、お前!ちょっといいか?」


「……?誰だ、貴様?閣下の客か?」


「その通りだ。ちょっと、話を聞かせてくれないか。我々にとって大事なお方がさらわれた可能性があってな。犯人の手掛かりを探している」


……


 トカゲの化け物、リザードマンの協力により、大広間に魔族がぞろぞろとやってきた。

 監査役として、二人だけ組員の姿もある。他は目下、城内を捜索中だ。


 広間は舞踏会や披露宴会場にでも使われる想定なのだろう。かなりの広さで、上座には赤いカーテン付きの小振りなステージが据え付けられている。


 そのステージにウィリアムが立ち、袖にチェザリスや四人の近衛兵、組員を待機させている。


「トニー・バレンティノの実弟、ウィリアム・バレンティノだ」


 突如、訳も分からず集められたせいで騒がしかった会場内の魔族たちが静まり返る。


「な、閣下の弟君……?」


「本当なのか……?」


 やはり、ここではトニーの名前は絶大なのだと思い知らされた。


「昨晩、空間転移とかいう魔術を使った奴、目撃した奴がいたら聞きたいことがある」


 いくつも手が挙がった。魔族にとって空間転移を用いることなど日常茶飯事。ちょっとした移動から人間の街への侵入まで、その用途は様々だ。


 ウィリアムがニューヨークのマーケットに行くのに、車を使うのと何ら違いはない。


「……こうなるか。仕方ない、一人ずつ話を聞かせてもらうとしよう。一列に並べ」


 全部で三十はいるだろうかという、大小さまざまな体躯の魔族たちが言われた通りに整列した。


「他の奴らは解散だ。手が空いてるなら、城内にいるバレンティノ・ファミリーの人間を手伝ってくれ」


「そういえば、何か人探しみたいなことやってたな」


「よくわからねぇが行こうぜ。仕事らしい」


 並ぶことのなかった魔族らがそんなことを言いながら退室していく。


 残った方の魔族、すなわち昨晩の空間転移術の使用者、目撃者の列に向き合う。

 オーガと呼ばれる大きな個体、リザードマン、スケルトン兵、インプ、ケンタウロス……どれも近くで見るのはやはり慣れないものだ。


「では、お前から話を聞こう。こちらへ」


 先頭に立っていたスケルトン兵を手招きする。

 カチャカチャと骨を鳴らしながらそれが近づいてきた。


「お初にお目にかかります。閣下の弟君」


「ウィリアムで良いぞ。名を聞こう」


「はい、ウィリアム様。私に名前はありません」


 意外にも礼儀正しいのは、この個体が生前は人間として生活していたからだろうか。

 それから、名前を持たないというのも意外だった。


「そ、そうか。それは不便だな。まぁいい。昨晩の事を教えてくれ」


「昨晩はフランスへの侵入からの帰着で空間転移を使用いたしました。私以外にも、この後ろに並んでいる者の中に同じ状況のものが多数おります」


「フランス?侵入?あっ……あの、略奪行為の事か」


「左様です」


 ローマにも時折やってくる、神出鬼没で不規則な魔族の襲来。

 だが、今はそれについてどうこうと議論している場合ではないので先へと進める。


「城内の、客間の方へは近づいたか?帰着したのはどこへだ?」


「城門の前です。客間へは近寄っていません。そちらで何かあった、ということでしょうか?」


 積極的な協力姿勢を見せてくれる。


「あぁ、俺たちと一緒にここへ来た御方が行方不明でな。空間転移によって連れ去られたのではないかと考えているんだ」


「なるほど、それで犯人捜しを。しかし、ウィリアム様のお連れ様……閣下の客人とも言うべき御方に手を出すなど、普通では考えられません。連れ去ったとすればその御方の素性を知らない者か、外部の者ではないでしょうか」


「外部?城の者ではないということか?」


 ここは安全なロサンゼルス城内。外部とはいったいどういう意味だろうか。


「はい。例えばですが、閣下のご友人であられるフィラデルフィア城主のヘル様などは、度々ロサンゼルス城に空間転移を用いて訪ねて来られます。もちろんあの御方が犯人だと言いたいわけではありませんが、外部からの干渉も不可能ではないという話です」


 なるほど。その者ではないにしろ、トニーの敵対者などが簡単に入り込めるというわけか。


 しかし、そう考えると空間転移が使える時点で、大魔王や将軍などに対しても案外と簡単に寝首を搔けるのではないか。

 魔族内では、それはご法度という紳士協定でも結ばれているのだろうか。


「部屋を指定してそこにピンポイントで飛んでくることは?」


「可能です。ただ、その場合は音で気づかれるのでは?」


 国王の部屋の前には最低でも二人の十二近衛がいたはず。

 ステージの袖にいる彼らへと目線をやるが、会話が英語なのでなぜ自分たちが見られたのかは理解不能だ。


「すまない。陛下が消えた際、音が聞こえなかっただろうか?あの、バリバリという空間転移の魔術が起きる音だ」


 イタリア語に切り替えてのウィリアムからの問いかけに、この場にいる四人の近衛兵たちは互いを見合うが、全員が首を左右に振った。


「聞いていない?となると、そもそも空間転移ではないということか?謎がますます深まってしまったな……」


 部屋への侵入口は一つだけ。直接飛んできた線が一番濃いと思ったのだが。


「離れた別の地点に飛び、そこから部屋に徒歩で入ったわけでは無いということですか?」


「あぁ。それはあり得ないんだ。部屋には見張りもいたからな。しかし、音を聞いていないということはいったいどうやって……」


 ウィリアムが考えていたことに対しても質問があったが、やはりこれは否定される。


「であれば、瞬間転移という魔術があります。区間転移の上位互換とでも言うべきでしょうか。それであれば、音もなく移動ができます」


「瞬間転移?また新しい魔術が出てきたな。それは皆が使えるのか?」


「いいえ。私が知っている習得者はただお一人です。バレンティノ閣下の奥方、魔女カトレア様」


「トニーの嫁だけが?いや、それはどうでもいいか。彼女は今どこにいるんだ?」


 トニーの身内であればイタリア国王をわざわざ攫う理由などないが、もし夫婦仲が上手くいっていないなどの理由があればあり得ない話ではない。


 なにせ、嫁と言えども相手は魔族だからだ。


「おそらく閣下と一緒にいらっしゃるはずですが……なにせ掴みどころの無い御方でして、行動は一切読めません」


「言い換えるとお転婆といったところか」


「はい、正にその言葉がぴったりのご婦人です」


 であれば話が変わってくる。


 面白半分で国王をどこかへ連れて行っても不思議ではないし、音もなく空間転移と似た術が出来るという話であれば技術的にも可能だ。


 ただ、その場合はトニーの一声で万事解決するだろう。

 カトレアという魔女がこの件に関わりない場合は、そう楽観的にもなれないが。


「他の可能性は?」


「やはり外部の者でしょう。ただし、瞬間転移が使える者は申し上げた通りほとんどおりません。別の何らかの手段を取った可能性が考えられます」


「何にせよ、トニーに相談したいところだな。久しぶりの再会でこちらの要求を聞かされるのも癪だろうが……やむを得ん」


 外部の犯行の場合は「知ったことか」と突き放されても仕方ない状況だ。


 嫁には「やったのか」と聞いてくれるくらいはするだろうが、わざわざ国王の捜索まではしてくれないだろう。


「では私は、閣下に早馬を。他の者とも話してみてください、ウィリアム様」


「あぁ、そうしよう。色々と助かったぞ」


 まさか骨身の化け物に感謝する日が来るとは。人生分からないものだ。


 次にウィリアムの前に進み出たのは灰色のごつごつとした巨体を持つオーガだ。

 身長は人の倍ほども大きく、横幅も象かと思うほどに太い。


「閣下の……弟様、ですか」


「あぁ、ウィリアム・バレンティノだ。よろしく頼むよ。お前も名前は無いのか?」


「うん、ない。名無し」


 なるほど。最初の声かけこそ気を使ったものの、基本的にオーガという種族は知能が低いらしい。その代わりに、有り余る力の強さを神から与えられたようだ。


 袖にいるチェザリスが緊張している。あまりにもウィリアムとオーガの距離は近く、腕でも振るわれればウィリアムは吹き飛ばされ、足を出されれば踏みつぶされてしまうだろう。


 だが、味方となり得る魔族に対して、いちいちそんなことを考えていてはキリがないので慣れるしかない。


「ここに残って、並んでくれたということは、昨晩に空間転移を使ったということか?」


「ううん、使ってない。見た。城に帰ってくる仲間たち」


 先程のスケルトンが言っていた、フランスへの侵入からの帰着を目撃した、という話だろう。

 新しい情報は手に入りそうにない。


「そうか、情報感謝する。他には何か見たか?変わったことがあったら何でも教えて欲しい」


「他?見てない。ただ、知らない人間が何人か来たなとは思った。それが、閣下の弟様たちだった」


 ウィリアムが城内を散策していた模様もしっかりと見られていたようだ。


「確かに俺たちの出現も、普段と比べて変わったことではあるか……」


「何しに来たんだ、ですか?」


「兄に、トニーに会いに来たんだよ。今は留守みたいだけどな」


「閣下は、強い。弟様も強いか?」


 やはり、魔族とは強さに固執するのが常識らしい。人が権力や財力を持つ相手になびくように、魔族は武力に流れるか。野蛮と言わざるを得ない。


「どうかな、俺たちの強さは身体の大きさとは比例しない」


「知ってる。閣下、チビ。でも強い。カトレア様はもっとチビ。でも強い」


 オーガが岩のような手のひらと地面からの高さで、トニーの大きさやカトレアの大きさを説明してくれた。

 トニーはウィリアムよりやや大きいくらいで示してくれたが、カトレアはどう見ても赤ん坊くらいの背の高さだ。


「カトレアという女はそんなに小さいのか?」


「チビ。インプくらいの大きさしかない」


 トニーが幼女趣味だったとは意外だった。ロシア人の団長のような、グラマラスな美女ばかり侍らせているかと思っていだが。


 まぁしかし、彼女もそう言った目的でここにいるわけではあるまい。

 別の魔族による侵攻を受けている祖国のために、トニーの力を借りているといった形で間違いないはずだ。


「是非、カトレアからも話を聞きたいところだな」


 先まで話していたスケルトンによれば、瞬間転移なる魔術の使い手。

 実入りのある話が聞けるのを期待する。


「もういいか?他には何も知らない」


「あぁ、時間を取らせて悪かった。仕事があるのならそれに戻ってくれ」


 のしのし、と床を震わせながらオーガが退室していく。


 次は今しがた話題にも挙がったインプだ。

 ぱたぱたと蝙蝠の羽にも似た翼で空中に漂う、小型の魔族である。


 ただ、これは問題だった。こちらの話す英語は間違いなく理解できているようなのだが、返答としては鳴き声しか返ってこない。

 どう足掻いても会話は出来ないのだ。


「ううむ、言葉が話せなくとも、飛竜であれば意思疎通は出来たんだが……お前はさらに難易度が高いな」


「キキキッ!」


「すまない、後ろの……獣人か?コイツの喋っている言葉が分かるか?」


 そのさらに後ろに並んでいた牛の獣人、ミノタウロスと言えば良いだろうか。その者に通訳の助けを求める。


「んあぁ?いやぁ、オラもインプは何言ってんのか分っかんねぇだぁ」


「おぉ、そうか。訛ってる奴がいるのも衝撃だな。とにかく……インプよ、お前の話は理解してあげたいが、俺では難しいようだ。しかし、情報提供してくれたことには感謝する。仕事に戻ってくれ」


「キキィッ……」


 インプの方も、ぱたぱたと飛び去るその後ろ姿が、肩を落としているように見えるから面白い。実際にそうなのだろう。


 その後もミノタウロスやケンタウロスなど、ウィリアムとしては初めて言葉を交わす種族の者たちと次々に話す機会があったが、イタリア国王に関する情報は一切手に入らなかった。


「これで、終わりか」


 あんなに並んでいた魔族の列が消え、室内にはウィリアムやチェザリス、ついてきていた近衛兵と組員だけになる。


「伯、これからどうされますか?ご指示を」


「城内の捜索に加わるくらいしか、今のところは出来ることが無いな。俺はトニーや嫁さんの帰還を早める努力をするが、あまり期待しないでくれ」


 努力と言っても、組員に頼み、その内の誰かが空間転移でトニーの元へ行って伝えるだけだ。


 何かしている状況であったら、それに簡単に応じる兄ではあるまい。


「軍曹は起こしてもよろしいですか?」


「そうだな。そろそろ良いだろう。だが、叱責はするな。奴に非はない」


 チェザリスが一礼し、駆け足で去っていった。

 残された近衛兵らが無言でウィリアムに指示を仰いでくる。


「こっちはもう大丈夫だ。お前たちも陛下の捜索に加わってくれ。ただし、城内だけで頼む。ミイラ取りがミイラになっては敵わん」


 彼らも解放し、残るはウィリアムと組員が二人だけだ。


「トニーへの連絡はもう走ってるんだよな」


「はい、叔父貴。どこにいらっしゃるか分かっていないので、方々に飛んでいるはずです」


「転移できるのも結構だが、連絡手段を早めに整備すべきかもな」


 電話がいかに強力なツールか思い知らされる。

 とはいえ、トニーはあまり携帯電話の呼び出しを気にするタイプではなかったが。


「叔父貴。消えた王様の使ってた客室って、窓とかありましたっけ?」


「あるが、小窓だけだ。人が通れる大きさじゃなかったな」


「インプみたいな小さな奴が侵入して王様を連れ去った、みたいなケースはありそうですが……」


「だとしても空間転移の音を聞いていないのは変だという話になるな」


 外部からの侵入。もちろんこれも考えられないわけでは無いが、入れても国王を連れ出せないのだ。

 ミステリー小説さながらの密室での事件である。


「他にできることは無さそうか……俺はもう一度、陛下がおられた客間を調べてみることにするよ」


「親父の方は俺たちにお任せを。探し出して、お連れします」


「助かる」


 組員らにも別れを告げ、一人でウィリアムは廊下に出た。

 魔族の一団が隣を通り過ぎていくが、護衛がいない状態であっても平気になってきた。


 この無警戒な状態に慣れてしまわないようにしておかなければ。他の場所で出会う魔族は大半が敵なのだから。


……


 ウィリアムは一人で国王が使っていた部屋へとたどり着く。

 もちろん扉の両脇にいた近衛兵も既にここにはおらず、部屋の扉も開け放たれたままだった。


 寝具の下、備え付けられた棚などを丹念に調べるが、人が隠れるスペースなどない。

 国王が隠れる理由などないし、仮に隠れていたとしても、扉が開いて見張りもいない今であれば、この部屋の中にいるはずもなかった。


 指輪や王冠、衣服、髪の毛でもいいので国王のものか、誰か連れ去った可能性がある者の落とした痕跡はないかと床に這いつくばるが、そういったものも一切見つからない。

 やはり、本当にお手上げのようだ。


「トニーは何か分かるはずもないから、嫁だという魔女に期待するしかないか」


「あっ、伯もこちらに」


 振り返ると、起こしたのであろう、カンナバーロを引き連れたチェザリスだった。


「あぁ。ここを調べるくらいしか思いつかなくてな。しかし、何もないぞ」


「そうですか……しかし、いてもたってもいられません!陛下がいなくなるなんて、大問題もいいところです!」


「え、陛下がいなくなった?何言ってるんですか、隊長?」


 カンナバーロが寝ぼけ眼を指で擦る。

 話は伝えられず、とりあえず起こされただけと言った状況だったらしい。


「言ったままだ!陛下がおられないと大騒ぎなんだぞ!」


「え!?いやいやいや!この城は安全だって話ですよね!魔族が食っちまったんですか!?」


「その可能性は低い。部屋には近衛兵がついていたし、そんなことをする理由もないだろう」


 ウィリアムの説明に、騒ぎは本当なのだなとカンナバーロの血の気が引く。


「こりゃぁ、自分たちは揃って縛り首ですね……ここに亡命するしか……」


「馬鹿者!まずは陛下の行方を追うのが最優先だろう!」


「隊長、自分に怒鳴らないで下さいよぉ!自分がミスしたみたいじゃないですかぁ!」


「うるさいぞ、二人とも。口論をしている暇があったら何か案を出せ」


 出せ、と言っても何も出てこないことなど目に見えている。ただ、騒がしいのにウィリアムが苛立っただけだ。

 魔術によって起きた事件であれば、ウィリアム達には圧倒的に知識が足りない。ベレニーチェや大司教がいてくれれば少しは話も進んだだろうか。


「申し訳ありません、伯」


「案かぁ。魔族の連中に聞く方が早いんじゃないですかね?でも、食ったり連れ去ったりした奴がいても、正直には答えないと思いますけど」


「ある程度は魔族とも話した。今は彼らも捜索に加わってくれてはいるんだがな」


「え、そんなに協力的なんだ。驚きです」


 ウィリアムも驚いたのだから、カンナバーロのこの反応は当然だろう。


「それで、魔族から、情報は何も得られなかったんでしょうかい?」


「いや。瞬間転移という空間転移の上位術に当たる魔術があるという話を聞いた。文字通り瞬間的に、且つ空間転移のような派手な音もしないという」


「じゃあ、絶対それじゃないですか!しかし、どこから来てどこへ行ったのかは分からず終いか……」


 カンナバーロがどこかへ駆け出そうとするが、目的地は不明なのですぐに立ち止まる。


「だが、その高等魔術を使えるものは魔族の中でもほとんどいないらしい。その、数少ない習得者が我が兄の妻らしくてな」


「まさか、犯人って事ですか?」


「いや、その可能性は低い。ただ、使える者から話を聞きたいからな。実際にそういった犯行が可能かどうかを」


 チェザリスやカンナバーロに経緯を詳しく話す。

 打つ手の無い状況ではやはり、有識者の意見が欲しいところだ。


「しかし、お兄さんのいない状況で、魔族からの反発もないのは驚きです」


「俺もだ、大尉。やはりファミリーの人間がいてくれたのが大きいだろうがな。トニーも彼らも不在の状況だったら、魔族たちはどういった行動に出ていたことやら」


 トニーの親類であるという話を信じていいかどうかわからず、とりあえずは様子見で放置、または拘束されていたかもしれない。


 いきなり襲い掛かってくる可能性は低いとみるが、ゼロではなかっただろう。


 いずれにしても、組員がいないと魔国の空間転移を利用できず、ロサンゼルスまで飛べていたはずもないのだから、あり得ない話ではあるが。


 しばらくは客室内を再度調べたが、やはり何も出てこないので三人で、そこを出る。


「しかし、魔族が陛下を攫って、どういった目的があるのか全く分からないな……」


「え?金品の要求じゃないんですか?それこそ国が動くくらいの額は要求できるでしょうしねぇ」


「魔族は通貨を持たず、物々交換をする風習があるみたいだからな。身代金が狙いとはあまり思えないんだ。勘ではあるがな」


 食料、武器などの要求ならもちろん理解できる。

 まさか国王だとは思わなくとも、かなり位の高い人物だというのも看破できただろう。


「伯、下賤な者の考えなど、我らには浮かびそうにもありません。別の手段をお考えになっては如何でしょう」


「それでもだ。考えないと陛下の行方を追えないだろう。何か案を出せと言ったが、お前らは一向に出してこないからな」


「それは……面目次第もございませんが……」


 チェザリスにきつく当たったところで何も解決しないのだが、次第にウィリアムも焦れてくる。トニーはまだか。いや、数日はかかってもおかしくない。


 そんな時だった。


「叔父貴!」


「……どうした?」


 駆け寄ってくる、組員の一人。

 肩で息を切らし、両手を膝小僧につけてその息を整える。


「親父が……お戻りになります!」


 ジャストタイミングという奴だ。本意ではないが、もう、兄に頼るほかないだろう。


「そうか。では出迎えるとしよう。門の外にいればいいか?」


「いえ、親父がお戻りになる場所は毎度違うので、どことも言えないですね。玉座の置いてある部屋が確率としては一番高いですが」


「ではそこへ向かうか。大尉、軍曹、お前たちも一緒に来てくれ」


……


 玉座の間。


 もちろんそこにある玉座は空席で、部屋の中にも誰もいなかった。

 そこへ案内役の組員、ウィリアム、チェザリス、カンナバーロの順で入室する。


「なかなか立派な部屋だな。いち将軍が使うには惜しいくらいだ」


 ローマの王宮やロンドンの王宮とは違って、武骨な場所ではあるが、まさに城主にふさわしい荘厳な場所だ。


「叔父貴ならあれに座って待ってても、別に親父は怒りはしませんよ」


「要らねぇよ。俺はゲストなんだから下座で跪いてりゃ良い。いちいち挑発してやる意味もないだろう」


 ズゥ……


 バリバリバリッ!!!


「……!」


「あ、やっぱりここで合ってましたね。ここを転移術の出口に選ぶのは、親父か、他の将軍たちが遊びに来る時くらいです」


 まず現れたのは、スーツを着た人間……ではなく、スケルトン兵だった。

 何の冗談でこんな格好をさせているのかと言いたくもなるが、ボディガードはスケルトン兵を従えていると聞いたのを思い出す。


 続いて、オーガらが出てきた。こちらはロサンゼルス城内や、ローマで侵入された際にも見かけたものと大差ない。


 そしてケンタウロス。半人半馬型の魔族で、その背には久方ぶりに見る兄の姿。その膝の上に、見たことがない幼い女の子がちょこんと座っていた。


 その後ろからはリザードマンや、魔術師らしき綺麗な女と、戦士らしき屈強な男が出てくる。


 ズゥン……


 その一団を吐き出すと、役目を終えた空間転移の亀裂が閉じた。


「トニー」


「……おう、本当に生きてやがったか」


 感動の再会だったはずの邂逅は、ぶっきらぼうな言葉で始まった。

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