第一章 一部
普通の教室より少し広めの教室。
その前方の扉が開けられ、ジャージ姿の女教師が入ってくる。
雑談などをしていた生徒も、それを見るとすぐ、自分の席へ座り姿勢を正す。
僕も黒板に貼られた座席表の通り、窓側の後ろから2番目の席に座る。
「全員いるな」
女教師が名簿を見ながら言う。
「おはよう、諸君。第2学年となった君たちの担任となった瀬川純子だ。皆とは初対面というわけではないので、自己紹介は省く」
昨年、瀬川先生は僕のクラス担任であったし、2クラスしかなかったこの学科で、実技を中心に、学科特有の分野について教えていた。そのため、瀬川先生を知らない者はここにはいないだろう。
「ということで、今後の授業内容についての説明といきたいところだが、その前にやらなくてはならないことがある。転入生、入れ」
瀬川先生が、先ほど自分自身入ってきた扉に向かって合図すると、扉が開き二人の女子が入って来る。
ひとりは輝く金髪の長い髪をなびかせながら、堂々と。
もうひとりは透き通るような銀髪の短い髪を揺らし、先の少女に付き従えるように。
教室中の目は彼女ら二人に向けられる。
だが、それは二人への美しさ美しさに向けられているのではない。
この皐月学園は、日本初で唯一のPMSCであり、国内最大手の警備会社でもある皐月重警備、通称SHSが人材確保のために設立、運営している学園だ。入学には厳しい条件のテストが設けられている。
さらにはSHSで最も困難な任務を担当する、特殊部隊アルマジロ。そこが必要とする人材を育成すること目的とし、学園最難関となる、この特殊重警備学科への転入ともなれば、生半可な実力では不可能だ。
そんな場所への転校生だ。場合によっては、彼女ら二人に命を預ける事も有り得るのだから、その一挙手一投足から実力をはかろうと、皆見ているのだ。
「では自己紹介をしてもらおうか」
瀬川先生が教卓横に立った転入生に促すと、自分からそれをやるのが当たり前のように、金髪の少女が一歩進み出て言う。
「わたくし、皐月花梨と言います。皐月の名から想像つくでしょうが、父はSHSの代表取締役です」
これには僕も驚いた。まさか社長令嬢であるとは。それを聞き、さらに彼女の実力が気になってくる。
つまるところ、親の権力のみでここへ入ってきたのではないか? と考えている。
もしそうであり、最低限の実力もないのであれば、どんなコネがあっても、ここでは唯の無能としかならないだろう。
そんな考えを感じたのか、彼女は続ける。
「わたくしは正規の転入試験をパスしてきました。色々と疑うのは勝手ですし、どんな事を言っても意味が無いでしょう。力は見て判断していただければ結構、それで理解できる方々は、これからよろしくお願いしますわ」
だいぶ自分の能力に自信があるようだ。自信がない人間は大抵、自分の持つ資格や経歴なんかを話すものだ。
だがここでは一部の特別なものを除き、それらは何の意味も持たない。
もし、それらをことさら自慢気に語ろうものなら、無能の烙印を押されるだろう。
それを理解してるとなると、実際に彼女の実力を見れる機会が楽しみだ。
「では次にマクマリー」
「はい」
瀬川先生に言われ、今度は僕より少々歳上に見える少女、というより美女が一歩前に出る。
艶やかなショートカットの銀髪も目を引くが、それよりも彼女の服装の方に目が行く。
何故か彼女は、メイド服を着ていたのだ。
先ほど名乗った皐月さんは、学園指定の制服を着ていたのだが、彼女はなぜか長いスカートの、所謂ヴィクトリアンメイドの装いをしている。
「結マクマリーと申します。花梨お嬢様のメイドであり、そのためこのような格好をしております。皆様より3歳ほど年上となりますが、同じ学年の生徒ですので、対等な立場としてよろしくお願いいたします」
やはり歳上だったか。僕が18才だから21才というところだろう。
しかし、いくら社長令嬢のメイドをだからと言って、ここまで一緒についてきて、しかも制服を着用せずメイド服のままというのは、どうも理解し難い。
そう考えていると瀬川先生が補足する。
「マクマリーは以前、スカウトスナイパーとしてアメリカ海兵隊に所属していた。アフガンでの実戦経験もあり、JTACなどの資格も有している。君たちも彼女から学ぶことは多いだろう」
スカウトスナイパーといえば、世界最強とも言われるアメリカ軍、それも最前線に投入される事が常の海兵隊の中で、偵察と狙撃を主な任務とする精鋭である。
また、主に航空支援をより効果的に要請する能力を持っていることを示す、JTACの資格を取得するには、知力面でも優秀でなければ不可能だ。
よってこれらの資格は彼女が優秀な兵士であることを示し、僕達に求められる高い能力をすでに所持してることを示す。
これらの、軍で精鋭であったという事を示す経歴、資格のみが、ここで評価に値する一部の特別なものである。
「瀬川先生が仰った通りです。わたしが軍にいた頃にスカウトされ、お嬢様の護衛も兼任しております」
なるほど、護衛か。
3Dプリンタの高性能化と普及により、銃が犯罪に多用されるようになり、ついには護身用として一般市民にも銃の所持が認められ、日本は銃社会となった。
そんな中で、既にPMSCとして活躍していたSHSはその経験を生かし、国内警備業務に参入し、今や最王手となった。
当然敵も多く、経営者血縁者がそれらに狙われるのも想像に難くない。しかも敵は警備のプロフェッショナルを相手にする事に備え、強力な武装をしてくるだろう。
ならば、彼女のような高い能力を持つ護衛をつけるのは当然だろう。
抱いていた疑問が氷解したところで、瀬川先生が座席の位置を告げ、二人が着席する。
ちょうど僕の真後ろにマクマリー、右後方に皐月が座る。
「では今後の授業について説明する」
二人が着席してすぐに瀬川先生は話しはじめる。
「知っての通り、昨年度2クラス、合計71名いたこの学科の生徒は、いまやここにいる33名のみとなった。まずは進級おめでとう、と言っておこう」
ここでは基準に満たないと判断された生徒はすぐ、下位コースへと降ろされる。能力の不足が死に結びつくここでは当然だろう。
「去年、特殊部隊として必要な戦闘能力、知識を君たちは訓練で得た。すでに、一般の現役警備員では歯がたたないであろう。しかし、アルマジロ隊員となるには不十分だ。それは、君たち実戦経験が足りていないからである。実戦経験は必ず力となる。そのため、今年は実際に現場に出て経験を積んでもらう」
ついに現場にでることができる。それを聞き、緊張と不安と期待が混じったような空気が教室を満たす。
「皆には一年間、同じ班で行動を共にしてもらい、班ごと訓練を受けてもらう。通常の訓練も行うが、現場にも派遣され、そこでは主に現役アルマジロ隊員らが諸君らを指導する。班分け及び班長はこちらで指定する。詳細及び班分けは配布するプリントで確認すること」
そう言って瀬川先生は何枚かのプリント配布していく。
それを見ると、チームワークを育む事を主な目的として、班毎に複数ある寮のうちの1つで共同生活をするようだ。また全課程修了後は、この班がそのままアルマジロでのチームとなることが多いという。
そうなるとこの先、一生をともにする仲間となるかもしれない。一体誰と同じ班になるか、誰が班長になるのか、いやがおうにも気になってくる。
それによっては、僕の目的が達成できるかどうかも大きく変わってくるだろう。優秀な者と一緒でなければ、それが不可能となることも有り得る。
「では、最後に班員分けについてが書かれたプリントを配布する。確認したら班長の元に集まり、それぞれ自己紹介をすること。一応言っておくがこれは決定事項であり、変更は認められない」
有無を言わせないような口調で言い、瀬川先生は最後のプリントを配る。
それを見ると自分を含めて班員は5人、そのうち2人は嬉しい事に友人でもあった。
二人とも班分けを確認したのか、僕のところに来る。そう、僕が班長であったのだ。
「ヒロくん、一緒の班だね。知らない人ばかりの班だったらどうしようかと思ったよ」
「俺も一緒だろ! 桜はほんと拓道、拓道だな」
「べつにそんなんじゃないよ! 深瀬くん変なこと言わないでよ! ヒロくんもそんなんじゃないんだからね」
僕をヒロくんと呼ぶのは彼女、結城桜だけだ。小さめな身長にツインテールの出で立ちもあり、子供っぽく見えるが同年齢だ。
そして余計なことを言って叩かれてるのは、深瀬慶太。その筋肉質なガタイからは想像できないがかなり器用である。
桜は子供の頃から、慶太は入学してからの付き合いで、去年はお互い支え合い皆で進級できた。
「わかってるって。二人共、今年もよろしく」
「こちらこそよろしくね!」
「ああ、よろしく」
友人なだけあって軽い挨拶で済ませると、仲間となるもう二人が言う。彼女らはわざわざ僕の所に来る必要はなく、既にすぐ近くにいた。
その二人とは、つまり転入生の皐月さんとマクマリーさんだ。
「皐月花梨ですわ。といっても自己紹介したばかりですし、ご存知だと思います。わたくしも結も呼び捨てで呼んでもらって構いません。結からは必要ないですね?」
「ああ、大丈夫だ。僕達も呼び捨てで構わない、それがここでの流儀だしな。ではこちらは自己紹介をさせてもらおうか」
そう僕が言うと、桜がまってましたとばかりに言う。
「わたしは結城桜、得意分野は爆発物と重火器。銃は分隊支援火器を使う事が多いかな。火薬と弾は多ければ多いほどいいだろうしね。これからよろしくね」
「俺は深瀬慶太。この火力バカと違って何事も多すぎず、少なすぎずがいいと思っている。家業がガンスミスで、銃の整備や改造が得意だな。これからよろしく頼む」
慶太の言葉を聞いた桜が、慶太の背中を叩く。火力バカ発言に怒っているようではあるが、明らかに火力バカだ。弾も銃も大きければ大きいほど、連射できればできるほどいいと思っているらしいし。
そして最後に僕が自己紹介する。
「班長となった新堂拓道だ。基本的に広く浅くで得意分野と言えるほどのものはないが、精一杯やるのでよろしく。皐月、マクマリー」
そう言って右手を差し出すと、皐月が僕の手を握りながら言う。
「ええ、よろしくお願いします。短い間の班長となるでしょうけれども」
短い間? 何を言っているんだ。いや、それはつまり……
「わたくし、あなたのような凡庸な人間が班長にふさわしいとは思いませんの」




