一三 傭兵と騎士
「しっかし、こんな嬢ちゃんが大将たぁなぁー」
カルボットが髭をくるくると指に巻きながら言った。このちっこいおっさんは髭を弄くるのが癖らしい。
「頼りねえなー。次の戦は俺らの墓場んなるかもなー」
彼の言葉に数人のラクリア人傭兵が頷いた。彼らがそう言うのも頷けるという話だ。その肝心のお嬢ちゃん大将は何をしているかといえば、
「髪黒ーい! 変なのー」
「これ染めてんのかー?」
「あいたたた!」
2人のフェリス人傭兵少年少女に髪を引っ張られて為すがままにされているのだ。
こんな少女を見て「頼りになるお方……」と頬を染めるお嬢さんがいるものか。いない。お嬢さんから見ても頼りないのだから、おっさんから見て頼りになるように思えるわけがない。
「くぉらぁっ! さっきから見ていれば姫殿下に対し何という振る舞いかっ!? 無礼千万も程が過ぎるというものであるぞっ!?」
立派な髭の騎士オブコット卿は顔を朱に染め、額に青筋を浮かべて怒鳴った。
「貴様らと比べれば姫殿下は雲の上にいるような御仁なのだぞ!? 敬語くらい使え!」
「姫殿下がお優しいからといって図に乗りおって!」
「父上たちの仰るとおりだ! さっきから見ていれば姫殿下に馴れ馴れしくっ! 羨ましいっ!」
オブコット卿に続いてメーン卿、ケントベック卿、オブコット卿(娘)も声を荒げる。カロン人騎士はプライドが高いが、主君に対する忠誠心も普通の騎士よりも段違いに強いのだ。例え、その主君が教会に睨まれている黒髪の持ち主だとしても、忠義を尽くし、主が求めるならば、自ら喜んで死に、そして、必要とあれば神にも弓引くことも躊躇わない。それがカロン人騎士の誇りであるのだ。
そんな彼らであるから、この状況に怒るのも無理はない。1人だけちょっと変なことを言っていたが、気にしてはいけない。
「おいおい、旦那方、俺たちに礼儀だ作法だなんて言われたってしょーがねぇってもんだ」
カルボットがやっぱり髭を弄りながら答える。他のラクリア人傭兵は皆、むっつり黙っている中で彼だけがよく話しているのは、彼が話し好きだからなのだろうかとキスは全く関係のないことを思った。
「俺たちゃ、戦に出る為に雇われてるわけであって、お偉さんにおべんちゃら使う為に金貰ってるわけじゃねえ」
「む。た、確かに、そーではあるが……」
カルボットの言葉に騎士たちは言いよどむ。
「金さえくれりゃあ俺たちゃ、その金の分はきっちりしっかり働くさね。それ以外に何しろってんだ」
カルボットは誇らしげに胸を張って言った。他の傭兵たちも一様に頷く。
彼の言うとおり傭兵というのは、金の分はきっちりと働く存在である。
よく、言われるに、傭兵は略奪や乱暴を働いたり、自軍が劣勢に陥ったら簡単に逃走したり寝返ったりするとされるが、それは大いに誤りである。
確かに、槍や剣さえあればいつでもどこでもやれるような仕事であるし、戦い慣れしているという理由で山賊や強盗が傭兵として雇われることもある。そういった輩は確かに、軍紀はなく、逃亡や寝返りも多かっただろう。
しかし、生粋の傭兵や、組織的な傭兵団となると話は別である。
まず、略奪であるが、これは、当時としては食料調達の手段としては当たり前の行為である。現に近代まで多くの軍隊で普通に認められてきた行為なのだ。傭兵だけがやっていたわけではない。
そして、簡単に逃亡や裏切りをするようなことはなかった。何故なら、そんなことをやっていては雇い主からの信用を失うことになり、それつまり、職を失うということだ。長らく傭兵をやる者ややっている者は最後まで戦場に留まり戦うものである。
逆に、当時の正規軍である徴兵された農民兵や諸侯軍の方が、兵役の時間が限られていたり、士気が低かったりするので、練度や精強さで言えば傭兵の方が格上ともいえるのだ。
しかし、やはり、彼らも商売である。1日2日で雇い主を変えることはないにしても、去年と今年、今年と来年では全く敵同士の雇い主に雇用されている場合もある。そんなところが忠義と矜持を第一とする騎士から見れば、信用に値しないと反発を招くのかもしれない。
「しかし、それでも、多少は言葉遣いに気をつけるべきだ!」
「さよう! それくらいもできん奴を良識ある大人と言えるか!?」
騎士たちは相変わらず怒りの声を荒げ、それに対する傭兵たちの表情も険しくなっていく。
それを調停すべきが騎士団長たるキスの仕事であるはずだが、生憎と彼女は人苦手。大勢(といっても20名ほどだが、彼女にとっては大人数)の人と1つの空間にいるということだけでも緊張と居心地悪さを感じているというのに、彼らを統率し、間を取り持つなどという行為ができようはずもない。ただ、おろおろしているしかない。
しかも、キスを補佐し、騎士団内の諍いを調停すべきクリステン卿は生粋の騎士で、傭兵に対して良い思いを抱いていないらしく、口は挟まないが、視線や表情で、騎士たちの味方であることは明らかだ。
キスは自分が何とかしなければならないということは分かるのだが、したくてもできないといった複雑な状況に置かれ、あわあわしていた。
「いやいや、皆様、落ち着いて下さい。こんなことでは姫殿下の迷惑になってしまいます」
「そのとおりです。我々は一時的とはいえ、共に戦う仲間なのです。ここでいがみ合っていても何の得にもならんでしょうに」
役立たずな団長と副官に代わって20代の2人の男女の騎士が青筋浮かべる年上の騎士たちを宥めるように言った。
「む。まあ、確かに、まあ」
「うぅむ。それはそうだな」
騎士たちは不満そうな顔をしながらも引き下がった。
キスはほっと息を吐く。
「殿下。すみません」
間を沈静化させた2人の騎士がキスに歩み寄った。クリステン卿は騎士たちの方へ行って何やら話をしていた。
声をかけてきたのは男の方だった。少し前の長い鳶色の髪に、少し垂れた目で、温和そうな顔立ちの男だ。オブコット卿にはエドワード・ロッソ卿と紹介されていた。
彼は申し訳なさそうな顔で頭を下げる。
「騎士というのは、忠義心厚く、また、礼儀作法にも煩いので傭兵の粗野な言動には我慢がならんのです。しかも、プライドが高いですから、1度噛み付いたら負けるわけにはいかんのですな」
言葉を続けたのは女の方。短い緑髪で、涼しげな顔立ち、すらりと背の高い女騎士だ。オブコット卿の紹介によればアナスタシア・ワークノート卿。
「ありがとうございます。お2人のお陰で助かりました」
ぺこっと頭を下げるキス。人里離れていたところに1人でいてもこの辺の礼儀くらいは分かる。助けてもらったときはありがとうと言って頭を下げる。常識だ。
「いえいえ、そんな、殿下。どうか我々なぞに頭を下げないで下さい」
「まあまあ、エド。いいじゃない。それくらい。こっちが固くなっては姫さんが余計に固くなる」
ロッソ卿は慌てたが、ワークノート卿は悠々とした様子でキスを見やる。
「しかし、殿下? 今は私らが何とかしましたが、いつもそうなるとは思わんことです。時には強引にでも部下をまとめねばいけませんよー?」
彼女の言葉にキスは頷いた。しかし、本心では嫌だなぁ。と、しきりに思っていた。畑耕したい。それだけが彼女の望みだ。




