一四 帝都守備隊と帝南迎撃隊
黒髪姫騎士団が待機している部屋にユーサーが戻ってきたのはキスが部屋に入ってから数時間が経過してからだった。
その間、キスはロッソ卿とワークノート卿を話し相手に、たまに話し好きらしいカルボットが話しに加わったり、モンたちフェリス人傭兵にからかわれたり遊ばれたりして過ごしていた。人が苦手なキスにしては、比較的落ち着いて過ごせていた。
会話の中で、ロッソ卿は生真面目で大人しく静かな人で、逆にワークノート卿は明るく奔放で自由な人だというのが理解できた。ついでに、2人がとても仲が良いというのも。
2人は互いをエド、アンと愛称で呼び合うし、口調も親しげだ。3人で話をしているはずなのに、キスは何だか疎外感を感じてしまう。
自分は人と一緒にだけのことでも苦手で、話すのはもっと苦手で、親しげに話しかけられるのは更に苦手である。それでも、何だか、2人が羨ましく思えてしまうのだ。明らかに矛盾していることは自覚している。しかし、これが偽りなき本心であることも事実なのだ。
キスがそんな自分の気分に何とも言い難い違和感を感じているときに、ユーサーはやってきた。彼が伝えた命令は次のようなものだった。
「黒髪姫騎士団の任務が定まった。騎士団は南進し、反乱軍を迎撃したまえ。詳細は迎撃隊司令の指示に従うように」
キスたちが立ち去った後、謁見の間で続いていた臨時帝都防衛軍作戦会議では、防衛軍司令官レイクフューラー辺境伯ことキレニアがアンレッド伯を静かにさせ、更なる詳細な作戦立案が行われた。
まず、彼らは今現在保持している兵力について話し合った。
臨時帝都防衛軍を構成しているのは、帝都公安局及び保安局の兵士計4000、帝都守備隊約1000、近衛軍留守部隊約2500、在都騎士団(黒髪姫騎士団を含む)500余等の正規軍。ただ、最も多数を占める公安局及び保安局兵士は治安維持の為の兵士であり、いわば警察のようなもので、正式には正規軍とはいえない。
それに加え、市民義勇軍や傭兵を募集する。市民義勇軍や傭兵は急遽の募集なので集まりは悪いと見られ、多くても1000になれば良い方ではないかと思われた。
これらを合計すると数の上では9000程の兵力になる。
この臨時帝都防衛軍に対して反乱軍は農民兵・市民兵を含むものの数のうえでは5万という大軍勢を抱えている。6倍近くである。
通常、籠城戦において、攻撃側は守備側の3倍以上の兵力が必要とされている。勿論、3倍以上の兵力があれば簡単に陥落させられるというわけではなく、あくまで、指針の1つである。ただ、この5万という大軍はその法則を悠々と上回っており、十分に帝都を包囲・陥落させられる兵力であるといえる。
作戦会議で4人の貴族と将軍たちは帝都に専守籠城することは不可能であると断定した。何故なら、帝都は9000の兵で守るにはあまりにも広大すぎるのだ。また、帝都に住む数十万の市民が包囲された段階で冷静な行動を取れるとも思えない。帝都は混乱し、ある者は逃げようとし、ある者は混乱に紛れて犯罪に走り、ある者は反乱軍に味方するかもしれない。
また、食糧の備蓄も十分とは言い難い。勿論、これから食糧の調達・徴発を行うものの、季節は初春であり、多くの食糧がある季節とはいえないのだ。満足いく食糧が集まる保証はない。
しかしながら、帝都の放棄は不可能である。何故なら、この臨時帝都防衛軍は帝都を反乱軍の手から守る為に存在するからである。そもそも、帝都防衛自体が無謀の極みなのだ。
帝都籠城はダメ。
帝都放棄もダメ。
ならば、第三の方策が必要となるわけである。
そこで、キレニアが提示した作戦である。
「守ってもダメ。逃げてもダメ。ならば、進むしかないでしょう」
彼女の言葉に将軍たちは一瞬呆気に取られた顔をした。防衛軍の役割は名のとおり帝都の防衛であり、彼女の言った進軍が防衛という意図から見て常識外れであることは言うまでもない。
ただ、将軍たちにやる気は少なく、また、辺境伯という彼らから見ればかなり上の地位にあるキレニアに意見具申することは憚れることであった。よって、彼らは不満そうな顔でむっつりと黙り込んでいるだけだった。
「閣下!」
代わって声を上げたのはアンレッド伯だった。彼女は近衛長官という帝都の防衛に関し、責任を有する地位にあるだけに軍事知識と経験はキレニアよりもずっと上であった。ゆえにキレニアの言う言葉の非常識さを理解したのだ。
「そのようなことをしては無意味に兵卒の命を散らし、我が軍の兵力を無闇に損耗するだけですっ! ここは帝都に籠城し、援軍が来るのを待つべきです!」
彼女の言葉に幾人もの将軍や騎士団長、千人隊長が頷いた。
しかし、キレニアは人差し指を振りながら「ちっちっちっ」と格好つけて言った。その仕草に数人がイラッとした。嘘。ほぼ、全員がイラッとした。
「帝都に籠城しても数日も持たないのは皆さんも分かっての通りのはずです。私は負けることが明確な戦いをするつもりはありません」
ふんふんと皆が頷く。
「ならば、前進して決戦するしかないでしょう!」
将軍たちは理解した。
「こいつ、具体的なビジョンなしで言ってやがる」
彼らは一瞬こいつ何とかしてさっさと降伏しようかとも考えたものの、その考えは直ちに打ち消した。そこまでするほど彼らは落ちぶれていない。
「しかし、まあ、良いかもしれんな」
不意に涼しげな声が謁見の間に静かに響いた。
誰もが驚いた表情で顔を向けた。
発言したのは、今までずっと黙っていたノース・ユリー子爵准将。ネイガーエンド公を務める名門ユリー家の息女であり、その分家の当主を務める彼女は、長らく帝国軍に所属し、幾度も功績を挙げている。名前負けしない貴族軍人である。今は近衛軍軽騎兵団長を務めている。
彼女は鋭い目で会議の場に掲げられた地図を見ながら独り言のように呟いた。
「私が辺境伯の案に賛同したのには、3つの理由がある。まず、第一に、敵軍は我が軍が少数であることを知っている。ゆえに、我々が帝都を出るとは想定していないと思われる。ここに油断が生じる。第二に、帝南城砦がある。第三に、我が軍が帝都に籠もりきりになると帝都を脱出中の貴族方や避難民が攻撃される恐れがある」
彼女の言葉に場の人々は確かに、と頷く。キレニアの時とは全く違う反応である。
ところで、彼女が第二に挙げた理由に帝南城砦というものがある。これは帝都の南部に広がる城砦群の総称である。
長らく帝国の南には帝国のライバルともいうべき異教の大国が存在し、長く帝国と抗争を繰り広げてきた。その異教の大国が帝都に攻め上ってきたことも一度二度ではない。一度などは帝都そのものが包囲された。
その為、帝都の南には大小それぞれの城砦が100以上点在し、道路網が整備され、簡単には攻め上がれないようになっており、その一帯が帝南城砦と呼ばれている。
それぞれの城、砦には少数とはいえ守備兵と武器、物資があり、糾合すればかなりの数にはなると思われる。また、そこそこの城砦に寄りながら抵抗を続ければいくらかの時間を稼げることも予想された。ただ、その全てを守りきるというのもやはり兵数の不足と、敵軍の数量により難しい話である。
しかしながら、ノース・ユリー子爵准将は言うのである。
「戦略によっては少ない損耗で長く敵を押し止め、味方の来援まで時間を稼ぐことも可能ではないだろうか」
この言葉が決定打になり、臨時帝都防衛軍の大まかな行動指針が定まった。
まず、軍を二つに分ける。少ない軍勢の分散は危険ではあるものの、帝都の守備を空にして、敵の別働隊に帝都を攻撃されては元も子もないので、仕方のないことである。
二分された部隊の一つは帝都の守備を担当する帝都守備隊。これは公安局及び保安局兵中心の2000と臨時に徴兵した市民兵で行う。
こちらの司令はアンレッド伯。副司令はウェルバット男爵。参謀長に老将のオイラー・ニス准将。アンレッド伯はやる気はあるものの複雑な戦略行動は苦手と判断したので、守備に置いた。ウェルバット男爵はやる気がなさそうなのでやっぱり守備に置く。この2人の調整と大局的な部隊運営等の為、軍経験の長いニス准将を配置した。
もう片方は主力の帝南迎撃隊7000。ノース・ユリー子爵准将が司令。参謀長に陸軍本部勤務のパーマー准将。騎兵は子爵准将が直接指揮し、歩兵はバス准将、砲兵はユットニール准将が指揮することになった。いずれも歴戦の将軍たちで、能力に遜色は無い。
キス率いる黒髪姫騎士団はこの帝南迎撃隊の遊撃部隊の1つとして組み入れられたのだった。
黒髪姫最初の戦いは間近に迫っていた。
ちょっと読み辛い話だったかもしれません。
しかし、作戦とか戦略は大事なんです!
戦記は1人が100人に勝っても意味がないのです。
あくまで、全体的戦略的勝利がなければいかんのです。
ゆえにご容赦下さい。




