序列とお節介②
「······戸室坂さんのこの顎の腫れは、化粧品が原因のかぶれだね。顎だけじゃない、右目の下も少し腫れている。分かるかな?」
東魁優仁の父親は、診察室の椅子に座る戸室坂まひるの顔を見ながらそう断言した。まひるのこれまでのアレルギー症状歴。化粧品の使用頻度。かぶれが出始めた時期。
それらの問診を経て、まひるの顔の腫れは化粧品が原因と分かった。優仁の父親は馬鹿息子のお節介と苦笑しながら診察は無料と言った。
診察室を出たまひるは、顔を真っ赤にしながら大股で外に出た。診察の為に化粧を落とさざるを得なく、周囲に見せた事が無いすっぴんの顔を東魁親子に晒したまひるは、屈辱感で腸が煮えくり返る気分だった。
「おい、待てよ戸室坂。何を怒ってんだ?」
優仁が慌ててまひるを追って通りに出る。自分が何に対して腹を立てているか想像も出来ない2軍男子にまひるは頭が沸騰しそうだった。
「······お節介はもう十分でしょう? 私は帰るわ」
「なあ。戸室坂。もうすぐ夏休みだ。父さんの言う通り休みの間だけでも化粧は止めないか? 戸室坂の肌は今悲鳴を上げているって父さんも言ってたろ?」
肌の腫れの原因を特定する為にも、化粧の使用をしばらく控える。それが優仁の父親の下した診断だった。
「さよなら」
まひるは優仁を一顧だにせず、足早に駅に向かって歩いて行った。
······翌日から、まひるはクラス内で東魁優仁を観察するようになった。自分に恥をかかした人物がどんな人間か。否。薄っぺらい偽善者の正体を見破ってやろうとまひるの両目は血走っていた。
「お早う。麻痺棚。今朝も160キロの剛速球をその面に当てたいくらいイケメンだな?」
優仁は麻痺棚俊が教室に入るなりひがみ全開の挨拶をする。俊はいつもの通り黙って頷き席に座る。すると、周囲から笑い声が上がる。
「よくあれだけ挨拶のバリエーションがあるよね」
「昨日は「落とし穴に落としたくなる程のイケメン面だな」だったよね。東魁君うける」
まひるは笑う女子達を注意深く見る。2軍男子が学年1位のイケメンをひがんでいる。表面上はそう見えるが、女子達の笑いは好意的な物だった。
優仁はクラス内で誰とでも分け隔てなく会話をする男子だった。まひるに言わせれば、分をわきまえない2軍男子が調子に乗っているだけだった。
ある休み時間、優仁は後ろの席の女子に話しかけていた。女子の名は佐為北楓。長い前髪の下は眼鏡をかけており、小柄でクラス内でも暗い性格と評価を受けている存在だった。
「でさ。練習中に俺のケツにボールが当たってさ。痛いのなんのって。絶対にこれケツ割れたよと思ってさ。でも「あれ? 最初からケツって割れてんじゃん?」って自分で突っ込みながらしばらく起きれなくてさ」
優仁の下らない話に、楓は吹き出して笑った。周囲に悟られないように声を押し殺したのが災いし、楓はお腹が痛くなり両手で腹部を押さえる。
この時、クラス内の空気が変化した事をまひるは敏感に感じ取っていた。暗い性格でろくに喋らない佐為北楓がお腹を抱えて笑っている。
その光景を見たクラスメイト達が、楓のこれまでの評価を変えようとしていた。優仁と楓の周囲に人が集まりだした。
「大丈夫か? 佐為北。涙が出てるぞ? これで拭けよ」
優仁はズボンのポケットからシワだらけのポケットティッシュを取り出し楓に差し出す。それは、駅前のパチンコ屋のチラシが入ったポケットティッシュだった。
「うわ。東魁君。女子に渡すティッシュにそれは無いわあ」
「佐為北さん。それ受け取るの断ったほうがいいよ」
集まったクラスメイト達がすかさず会話に混ざり出す。すると、優仁は不満げに反論する。
「別にこのティッシュでもいいだろ? お前等授業で習ったろ?「ティッシュペーパーに貴賤無し」ってさ」
「いや。それ言うなら「職業に貴賤無し」じゃね? ティッシュペーパーに貴賤無しって意味分かんね」
男子の突っ込みに、楓は再び吹き出して笑う。その姿を目撃した時まひるは確信した。
「佐為北って案外お笑いが好きじゃね?」
と言う認識が急速にクラス内に広がっていく事実を。お腹を抱える楓を優仁は心配そうな表情で見つめる。
「大丈夫か? 佐為北。腹痛いならトイレ行っとけよ?」
優仁のその言葉に、周囲のクラスメイト達が大笑いする。
「いやいや。違うから東魁。お前の話に笑い過ぎて佐為北さんお腹が痛いの。分かる?」
「マジか? そうなの佐為北? 気をつけろよ佐為北。笑い過ぎると肛門が緩んで屁が出やすいからな ? ケツをギュッと締めろよ?」
優仁のその言葉が止めとなり、楓はついに声を出して笑い出した。
「ちょっと東魁君! それセクハラだから。完全にアウトよ。アウト」
何人かの女子が優仁にダメ出しをして楓を守るように背後に立った。クラスメイトに流れる弛緩的な空気。それを生み出した優仁と楓達を、まひるは不快そうに眺めていた。




