おまけ⑥
東京赤坂のあるスタジオでは、19時過ぎにお笑い番組の収録が行われていた。
テレビ出演未経験の新人芸人達が優勝を目指すその漫才大会は、新人芸人の中では、お笑いの甲子園と言われていた。
スタジオに設営されたステージの前では、5組の芸人審査員達が席に座り新人芸人達の漫才を厳しい目で見ていた。
この機会を物にしてお笑いの世界で成り上がる。そんな若者達の野望と気迫でスタジオ内は異様な熱気に包まれていた。
審査員席の端では、セプタンブルと言うコンビ名の2人が資料に目を落としていた。芸風が玄人衆に受けがいいセプタンブルの熊本元康と彦根五郎は、次に登場する楓という名のコンビに注目していた。
元康と五郎は横目で審査員達の表情を眺め感じていた。次に出てくるコンビが気になるのは他の審査員達も同様だと。何しろ楓の2人は、片方があまりにも有名人だったからだ。
程なくして黒いスーツを着た楓の2人がステージに立ち、審査員達に深々と頭を下げる。1人は小柄で特筆する事の無い平凡な顔立ち。もう1人は細身の高身長。そしてその顔は、1度見たら忘れる事が困難なほどの美男子だった。
ディレクターがカメラを回す指示をすると、スタジオ内の7台のカメラが一斉にステージの2人を映し出す。
「どうも〜。僕達「楓」と申します〜。よろしくお願いしま―す!」
一般観覧席からまばらな拍手が鳴り、楓の漫才が始まった。
「えー。何ですかね。僕達のコンビ名は「楓」って言うんですけど、これよく人から聞かれるんですよ。何でその名前にしたの? って。確かに意味とか面白さとかあんまり伝わりにくいコンビ名ではありますよね」
「まあね。言われてみたらね。それでどんな意味があるってお前は説明しているの?」
「まあ。実はね。これ僕の初恋の人の名前なんですよ。ちょっと気が引けたんですけど、まあ悩んだ末にその彼女の名前をつけさせてもらいました」
「え? なになに。これからハートフルな青春の思い出話が始まるの?」
「え? いやいや。これからやる漫才とは一切関係ないんですけどね」
「いや関係ないんかい!」
「まあ言ってみてもね。僕達「楓」はまだ新人もド新人でテレビに出るのはこの収録が初めてなんですよ。でもそんなド新人の筈の僕はまあまあ有名人なんですよ」
「ふーん。何? 話の頭から自慢話が始まるの? 因みに君は何で有名人になったの?」
「えー? 僕に言わせるの? ちょっとそれ嫌味になって君に悪いなあ。特に凡人の君には」
「その凡人とコンビ組んでるのお前だろ? 居酒屋で泣きながら漫才語ってコンビ組もうって誘ってきたのお前だよな?」
「まあ。僕のサクセスストーリーはモデル活動から始まりまして」
「無視か? あの居酒屋での熱い語らいを端折るのかお前?」
「モデルから役者。声優に執筆。おまけに役作りで取ったボクシングのプロライセンスと英検3級の資格。まあちょっとこの輝かしい履歴書は相方の君には眩しすぎるかな? 凡人の平たい顔の君には」
「平たい顔で悪かったな! 俺は平均的な日本人顔だわ! あとどさくさに紛れて言ったけど、英検3級なら俺も持ってるからな?」
「え? 頑張ったんだね。平民の割に」
「平民は余計だわ! お前どこかの貴族か? あと英検3級っていい大人がそんなに声高に自慢できるか微妙な資格だからな?」
「まあ。そんな僕も高校生の頃に決めたんですよ。お笑い芸人を目指すって。当時それを両親に伝える時は流石に緊張しましてね」
「まあね。それは分かるよ。お笑いの世界って親にしたら諸手で賛成しにくい厳しい世界だからな」
「でも意外と両親の反応は良かったんですよ。でもお笑い芸人は色々な経験を積んだほうが絶対に芸の幅が広がるって両親に言われましてね。僕も確かにそうだなって納得して、親の勧め通り普通に進学して就職したんですけどね」
「素直ないい子―!? お前親の助言を素直に聞くいい子か? 夢を持ったら誰に何を言われても貫けよ!」
「まあでも大学生活も就職も芸能の仕事も。確かに全てが僕の血肉となり、結果こんなパーフェクトヒューマンが爆誕してしまったんですけどね」
「謙遜覚えろ―! 日本人の美徳の謙遜をお前は少しでもいいから出せ。嘘でもいいから出してくれ」
「まあ色んな業界の女性達から引く手あまたな僕なんですけどね。モテ過ぎてたまに困った事があるんですよ」
「何? 自分がどれだけモテるかって自慢話が始まるの? 絶対に聞きたくないけど、今仕事中だから業務の一環として仕方なく聞いてやるよ」
「この前共演した人気若手女優さんに楽屋で押し倒されそうになったんですよ」
「やめろ―! その話今すぐやめろ! 大問題になるからな? 腸が煮えくり返るけどお前一応人気者だからな? 週刊誌に自らご馳走を振る舞うな」
「そう? じゃあ、バレないように相手のイニシャルでいいますね。最初のイニシャルは······」
「重ねてやめろ―! 絶対にそれ相手の名前が分かっちゃうから! お前この漫才やっている間、絶対にアルファベットを口にするなよ?」
「せっかく英検3級持っているのに?」
「英検3級持ってるの関係ないわ! 全くかすりもしないほど関係ないからな?」
「じゃあ、せめてその女優さんの胸の大きさでも」
「それも絶対に言うな! この業界から俺達消されるぞ? でもまあそれは個人的に気になるから後で俺に教えろ」
「まあそんな僕もね。今回初のテレビ出演の収録が嬉しくてね。友人達に知らせたくてラインしたんですよ。見てくださいよこのスマホ画面の中にひしめく僕の友人達」
「3人―!? 最大5000人登録できるラインの友達登録数がたったの3人―!? お前ひしめくって言葉この先永遠に使うなよ? あとこのライン即刻アンインストールしろよ? スマホに入れてる意味ないからな? あとこの謎の登録名なに?「副会長」と「坊主頭」? 一体このコードネームは何なんだよ?」
「ああ。それね。実は僕、とある会の会長を務めていましてね。登録名通りこの人はその会の副会長なんですよ」
「一体何の活動をしている会だよ? で何? 結構その会は人数いるの?」
「会長の僕と副会長の2人だけ」
「即刻その会解散しろよお前? 副会長って登録名意味ないからな? かわいそうだから本当の名前登録してやれよ? で?「坊主頭」の理由はなんなんだよ?」
「高校の時に野球部で坊主頭だった奴」
「なんで高校の時のヘアースタイルが登録名になっているんだよ? その彼絶対に今坊主頭じゃないだろう? 重ねてかわいそうだから名前で登録してやれよ!」
「まあそして最後の3人目なんですけどね」
「おお。5000人登録できる枠にたった3人登録されたうちの最後の人ね」
「まあ。この登録名「楓ちゃん」って名前を見てもらえれば分かると思うんですけど、本邦初公開、実は僕の初恋の人なんですよ」
「いや言ってるからな? お前、俺らのコンビ名の由来説明する時にいの一番でそれ言ってるからな? で、何? 名前残しているって事は、未練とかまだあるわけ?」
「いやいや。貴方は何を言ってるんですか? 流石に高校生の時の話ですよ? もういい加減。そりゃあ僕も男ですから? きっぱり綺麗さっぱり過去の事としての思い出にしていますよ。楓ちゃん大好き」
「未練タラタラ―! 好きって言った? 今好きって言ったよなお前? もう何年前の話だよ? 高校生の時って事は、もう7年前だろ?」
「7年じゃない。7年と52日だ。正確を期すとあと4時間で日付が変わると7年と53日だ」
「カウントしてる―!? お前1日ごとにカウントしているのか? やばいよ。お前ヤバい奴だろう? あと急に真顔になるの怖いから止めて?」
「まあそんな僕なんですけどね。僕って昔からよく人から韓国アイドルに居そうだね。って言われるんですよ。そしたらモデル活動の後に歌手デビューする時、本場韓国の芸能事務所から韓国デビューの話が来まして。うちの事務所と移籍を巡ってまあまあ揉めたんですよ。そしたら韓国政府が動きまして。ほら、韓国って国を挙げてエンタメをあと押ししているじゃないですか? ガチで僕を獲得しに来たんですよ」
「うわマジかそれ? 何、穏便に済んだのその揉め事?」
「大丈夫です。裏社会と政府に太いパイプを持つうちの事務所の社長が上手く処理しましたから」
「黒い臭いがする―! そして国際問題―! いや頼むよお前? 隣の国と仲良くしようよ? アジア人同士みんな仲良くしていこうぜ?」
「まあそんな僕もね。今回芸人として初めてテレビに出演する嬉しさを楓ちゃんに伝えたくてね。なんと勇気を出して7年と38日振りにラインしてみたんですよ」
「要するに2週間前って事だよな? なんかその年数出すの重いからやめてくれる?」
「まあこれが結果なんですけど、見てくださいよこのスマホ画面」
「2週間既読なし―!? ブロックされてる。お前これ絶対にブロックされてるぞ? もうこれ諦めろお前。こっちまで切なくなってくるわ」
「まあ、そんなこんなで僕達の漫才もそこそこ良かったんじゃないですか?」
「ところで疑問なんだけどさ、なんでお前のスマホに相方の俺が登録されていないの?」
「え? ああ。上手い登録名が思いつかないから」
「上手い登録名? お前のスマホに登録されるには 、そのハードル越えないと駄目なの?」
「三下。ドサンピン。モブキャラ。ザコ。通行人。村人A。僕の金魚の糞。登録名はどれがいい?」
「お前にとって俺は何なんだよ!? もういいわ」
「ありがとうございました―!!」
楓は持ち時間一杯を使ってその漫才を終えた。観覧席と審査員達から大きな拍手を受けた楓の2人は、最初の挨拶と同様に腰を曲げ深々と頭を下げた。
顔を上げ息を弾ます楓の2人は互いに視線を合わせた。その上気した顔は、やり切った充実感で満たされていた。
······残りの出場者達の漫才が終わり、審査員達の選考が始まった。待ち時間の間、楓の2人は楽屋で待機していた。
そこへ現れた女マネージャーは、ある事を伝えてきた。
「俺に面会? 高校の同窓で沢原って名前? そんな奴いたかなあ」
面会を断る事も出来るとマネージャーは言ったが 、超絶イケメンは何となく気になって会うことを了承した。
相方が気を利かせて楽屋から退出すると、1人になった超絶イケメンはどこか落ち着かない様子で畳の上を往復していた。
コンコン。
程なくして楽屋の外からドアをノックする音が聞こえた。超絶イケメンが「どうぞ」と室内から言うと、そのドアはゆっくりと開かれた。
入室して来たのは、花束を抱えた小柄な女性だった。白いスカートに黒いブラウス姿、髪形はショートカット、その小さい顔には、大きな瞳が緊張の色と共に揺れていた。




