第52話:コールドランドのあたたかな日々(終)
朝、境界線の外では吹雪が鳴っていた。
いつもの音だった。
居間のコタツの中は温かかった。バルドとヴァルテが並んで書類を読んでいた。膝にミィちゃん。足元に縞猫。ゴロゴロ音が重なっていた。
バルドが最後の書類に署名した。
束を揃えた。
「終わったな」
ヴァルテが時刻を確認した。
「十時ちょうどです」
居間が静かになった。
「胃痛に苦しんでいた頃が」ヴァルテが言った。
「まるで遠い昔のようですね」
「そうだな」
「王都にいた頃は、この量の書類を処理するのに昼過ぎまでかかっていました。それでも終わらないことがあって」
「今は猫を撫でる前の準備運動だ」
ゴロゴロゴロゴロ。
ミィちゃんが鳴いた。
「そうですね」ヴァルテが言った。
しばらくして、台所からアルトが出てきた。
盆を持っていた。
器が並んでいた。透き通った液体が入っていた。緑色だった。その上に、薄い白いものが乗っていた。
「冷やし茶です」アルトが言った。
「ドラゴンさんにキリッと冷やしてもらいました。それと、みぞれ和菓子も添えました」
「みぞれ和菓子とは」
「小さな餅に、ドラゴンさんの冷気をかけてガインさんに削ってもらったみぞれを乗せたものです」
ガインが後ろから「削るのは得意だ」と言った。
器を全員に配ると、バルドが冷やし茶を一口飲んだ。
キリッとしていた。
緑茶の渋みが、冷たさで引き締まっていた。香りが鼻を抜けた。
「……茶が、こんな味になるのか」
「温かいものとは変わりますね」アルトが言った。
「悪くない」
みぞれ和菓子を食べた。
外が冷たくて、中の餅がもちっとしていた。みぞれがさらりと溶けた。甘みが控えめで、茶と合っていた。
全員が食べた。
ガインが冷やし茶を飲んだ。
「すっきりするな」
バルカンが和菓子を見た。
「みぞれの層が均一だ。削り方が良い」
「自分で削ったんじゃないですか」アルトが言った。
「だから分かる」
ルークが茶を飲みながら書類を一枚確認した。
キースが手帳を持っていたが、今日は何も書かなかった。
ただ飲んでいた。
通信石が光った。
ルークが受け取った。
議長からだった。
「あと二ヶ月と二十七日だ。分かっているが、確認したくなった」
「分かっています」ルークが言った。
「変わりません」
「そうか」
「はい」
「……楽しみにしている」
「はい」
通信が切れた。
ルークは通信石を、引き出しに仕舞った。
あのお方のお楽しみは、もう少し先だ。その頃には、また違う美味しいものができているだろう。
夕方になり、庭では精鋭たちが猫と過ごしていた。ドラゴンが陽だまりで横になっていた。目が半分閉じていた。芝草が緑だった。
外の吹雪の音が、少し遠くなった気がした。
気のせいかもしれなかった。
コテージの居間は温かかった。
ミィちゃんがアルトの膝に来た。
大きくなった体が、膝からはみ出していた。それでも構わずに乗ってきた。丸くなった。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。
今日は音が大きかった。
居間全体が、低い振動で包まれた。
バルドがその音を聞きながら、窓の外を見た。
吹雪が続いていた。白くて、灰色で、風が鳴っていたが、居間の中は温かかった。
お茶の香りが残っていた。
猫のゴロゴロ音が続いていた。
ドラゴンの鼻息が外から聞こえた。フシュー。
「今日も、本当に良い日でしたね」アルトが言った。
バルドはミィちゃんの頭に手を置いた。
ゆっくりと撫でた。
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。
音が大きくなった。
バルドは窓の外の吹雪を見た。
居間の仲間たちを見た。
「そうだな」バルドが言った。
少し間を置いた。
「これからも、ずっと良い日だ」
ゴロゴロゴロゴロゴロゴロ。
ゴロロロ。
吹雪の音。ドラゴンの鼻息。猫のゴロゴロ音。
コールドランドの春は、今日も変わらなかった。




