第一章 泰三の話-7
※本作は 文芸社より2026年7月に書籍化 されます。
応援してくださる皆さまのおかげです。ありがとうございます。
30歳のとき、僕の人生は音を立てて崩れた。
母のくも膜下出血による介護、うつ、解雇、転職失敗。
どれかひとつでも重いのに、一度に全部が襲ってきた。
それでも――
毎日「1日20分だけ」書くことを続けた。
この作品は、
人生のどん底に落ちた男が、
どうやってもう一度立ち上がったのかという、
“再生の記録” です。
読んでくださるあなたの人生が、
少しでも軽くなるなら、それ以上の幸せはありません。
ハチ公を飼っていたとされる上野英三郎は、大学教授(博士)であり、ハチ公は毎日渋谷駅で博士の見送りと、迎えを行っていたそうだ。昔は、犬は放し飼いが基本だったと父親から聞いたことがある。現在では信じられないけれど、未だにそんな地域はあるのだろうか。
ある日、博士は突然倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまう。それからというもの、ハチ公は博士が帰ってくるのを信じ、博士の帰る時間と予想される、夕方から朝方までの長い間、渋谷駅で博士の帰りを一心に待っていたとのことだ。それでも、博士が帰ってこないことを知ると、朝方になってようやく家に帰る。驚くことに、そんな生活が約一二年もの間続いたらしい。今では考えられないようだが、その姿はまさしく名を冠する通り「忠犬」であった。その間に、その話は渋谷だけでなく日本全土に広まり、ハチ公を応援するため、銅像が作られることとなったそうだ。昔の人々は、気が大らかな人が多かったのかもしれない。今では、すぐにそんな犬は保護されてしまうだろう。銅像ができてからも、ハチ公はそんな生活を続けていたが、銅像ができた翌年の三月八日に亡くなったとのことらしい。
この話を聞く限り、動物は純粋で損得を考えずに行動できるものだと考える人もいるかもしれない。ただ、少し考えてみてほしい。普通の野生動物の生態を考えてみると、生きるか死ぬかの世界で生きているはずで、間違いなく利己的な考えが行動原理なはずだ。そうでないと、厳しい環境では生きていけないだろう。ハチ公は確かに博士に飼われており、完全な野生動物ではなかったのかもしれない。博士の死後は、身内がハチ公に餌を与えてくれていたはずだ。それでもハチ公は博士が帰ってくるであろう渋谷駅に向かう。そこには利己的な考えはなく、利他的な考えがあったはずだ。俺は博士に育ててもらい、とても感謝している。だから、博士が帰ってくることを待っている。そんなふうに考えられていたのだろうか。きっと、人間よりも遥かに人間臭く、博士に「忠心」を誓って生きていたのだろうと泰三は思った。数日も経てば、さすがのハチ公も、博士はもう戻ってこないと気付いていたのかもしれない。それでも、博士の帰りを信じ、待ち続けた。自己犠牲の精神だ。遠い昔の、まるで「侍」のような精神を持ち合わせていたのだろう。泰三は、ハチ公のように、大切なものをいつまでも思い続けられる心を持ちたいと願った。すごいな、ハチ公、安らかに。泰三は少し泣けてきたのと同時に、少なくとも損得勘定だけで生きる人間にはなりたくないと改めて思った。ハチ公に会いに来た記念に、通りがかりの人にお願いして、忠犬ハチ公との記念写真を撮ってもらった。予期せぬ良い思い出ができた。
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