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オンラインゲーム:サンドボックスウォーズ ―画面の向こうの絆―  作者: 黒瀬雷牙
第五章 牙の物語

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第二十六話 布告訓練

 午前八時三十二分。


 都心の雑居ビルの一室で、パソコンの前に座る男がいた。ブラッドハウンドのギルドマスター・牙。


 だがここでは牙ではなく、イベントコンサルタント・狩野かの海斗かいと としての顔がある。


 彼の仕事は、企業のイベントやプロモーションを成功させるために、戦略立案、外部業者の手配、進行管理、現場指揮。


 どれもゲームの指揮に近い。


 打ち合わせ用の資料をモニターに映しながら、狩野は電話相手に指示を出す。


「搬入は前日の二十一時。装飾は当日の七時スタートで。ステージの転換は 五分 。ーーはい、五分以内です。伸ばせません」


 電話越しに誰かが焦りを滲ませながら返事をするのが聞こえる。


「大丈夫。混乱しないように導線は俺が引きます。スタッフの配置表、あとで送りますね」


 淡々としていながら、迷いのない声。

 理路整然と進むスケジュール調整。


 カレンダーには色とりどりの予定が詰まっていた。

 大手企業の展示会、自治体のフェス、スポーツイベントの運営ーー


 社内での彼の評価は一言で表される。


「段取りの鬼」


(現実だろうがゲームだろうが、俺は勝つために動く)


 狩野は、スケジュール表に目を走らせる。


 明日は午前がクライアントとの会議。

 夜は配信イベントのリハーサル。

 そのあと、深夜に資料修正。


(今週もギルド戦の時間、空いてるな)


 狩野は椅子に寄りかかると、小さく息を吐いた。


 現実の仕事は、ミスが許されない。

 準備不足は事故を生む。

 誰かのミスは、自分の責任。


 でも、ゲームの世界は違う。


 部下も、クライアントもいない。

 自分の指揮で結果が変わる。


 牙にとって、ゲームは 唯一「自分の戦略が自由に通せる世界」だった。


 パソコンの画面に映る共有チャットに、らんのメッセージが届く。


【らん】「牙さん、ウィンドクローバーとブルーアーチ、準備進めてます」


 狩野は返信を打つ。


【牙】「今日の夜、布告ループのシミュレーションする。全員、時間合わせろ」


 送信した後、


(ダークキングが最強だって?)


 狩野は目を細めた。


(そんなの、システムと常識を壊してから言え)


 現実でも、ゲームでも。


 牙の信念は変わらない。

 勝ち目がゼロなら、勝ち筋を作る。

 それがこの男のやり方。


 モニターに映るスケジュール表の隅で、ゲームの通知が点滅を繰り返していた。


 その日の夜、二十二時。


 《ギルド戦・布告シミュレーション通話》と書かれたディスコの通話部屋に、三つのギルドが順に入ってきた。


 ウィンドクローバー

 ブルーアーチ

 ブラッドハウンド


 通話に入った瞬間から、すでに空気は異様な緊張で張り詰めていた。


【牙】「全員、揃ってるな。では始める」

【Miley】「布告ってそんなにシビアなの?」

【牙】「シビアどころじゃない。1秒遅れた瞬間に終わる」


 布告は ボタンを先に押したギルドが勝ち。

 システムが受理した速度で全てが決まる。


 土曜日7:30になった瞬間に布告ボタンを押す。

 遅れたギルドは、その時点で負け。


【アリス】「だから早押しってこと…?」

【牙】「そうだ。口で説明しても無意味だから、実際にやる」


 牙が共有画面に ”布告の疑似ボタン” を表示させた。その下には数字が並んでいる。


「布告訓練:チャット早撃ち」

 22:30:00 と同時に「布告」 と入力・送信。


【牙】「制限時間は1秒。チャット欄に “布告” と打ち込んで Enter を押せ」


 全員がキーボードに手を置く。


【牙】「いくぞ。3」


 息を止める気配が伝わる。


【牙】「2」


 喉が鳴る音が聞こえた。


【牙】「1」


 心臓が跳ねる。


【牙】「GO!」


 ──チャッ


 ──チャッ!


 ──チャチャッ!


 画面に結果が一気に流れた。


【伯爵】「布告」 0.61 sec

【ピノキオ】「布告」 0.64 sec

【ファントム】「布告」 0.66 sec

【リキ】「布告」 1.20 sec

【白兎】「布告」 1.35 sec


【牙】「……お前ら、はやっ」


【伯爵】「昔FPSで早撃ち大会出てたんで」

【ピノキオ】「長文打つのは苦手ですけど、これだけなら!」

【ファントム】「人差し指だけで世界変えられるなら安いもんッス」


 牙は即座に結論を出した。


【牙】「よし。三人」


 指を一本ずつ立てる。


【牙】「ピノキオ、伯爵、ファントム」


 その声にはいつもの牙ではなく、

 イベントを統率するプロ・狩野海斗の響きがあった。


【牙】「お前らを各ギルドの ()()() に任命する」


 通話がざわつく。


【黒鉄】「布告専用の役職を作るのか…!?」

【アリス】「それだけ速いなら、任せるしかないね」

【らん】「布告長、かっこよすぎません?」


 三人は少しの沈黙の後。


ブラッドハウンドのファントム。

【ファントム】「一秒で勝敗決まるなら、0.5で押してみせますよ」


ウィンドクローバーのピノキオ。

【ピノキオ】「タイピング速度、ギルドの誇りにします」


そして、ブルーアーチの伯爵。

【伯爵】「任務了解だ。布告は俺が取る。勝利も取る」


 牙が小さく笑った。

 その笑みは “悪役の笑み” に近かった。


【牙】「いいか、これは遊びじゃねぇ。三つのギルドの未来を、指一本で変える仕事だ」


 静寂。

 次の瞬間、各ギルドの士気が爆発した。


【全員】「おおおおおおお!!!」 


 他のギルドのメンバーはまだ誰も知らない。

 三ギルドの歴史が、この夜から動き始めたことを。

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