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サンドボックスウォーズ  作者: 黒瀬雷牙
第一章 ケリーの物語

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第一話 決められない女と、強引な男

 三月下旬。


 32サーバーは、大きく変わっていた。


 サーバー最強・カノンの、突然の引退表明。

 理由は、リアルの仕事。


 そしてサーバー2位、黒王もまた、同じ理由で隠居を宣言した。


 事実上の、戦線離脱。


 頂点にいた二人が、ほぼ同時に消えたことで、

 32サーバーの勢力図は、一夜にして崩れ去った。


 ギルド《DARK KING》。


 そのチャットには、かつてない静けさがあった。


 誰もが分かっている。


 終わったのだと。


【黒王】「……俺はここに残る」


 短い一文。だが、その意味は重かった。


【黒王】「お前たちがいた証としてな。だがもう、ギルドを運営する余裕はない」


 一拍。


【黒王】「それぞれ、行き先を決めろ」


 決断を、突きつけられた。

 沈黙を破ったのは、スカイだった。


【スカイ】「僕はフローライトに戻ります。……皆さんも、一緒に来ませんか?」


 まっすぐな言葉だった。

 迷いも、打算もない。

 ただ、繋がりたいという意志だけがある。


【シオン】「はい、私も行きます」


 間を置かずに返ってくる。

 それもまた、迷いのない声。


【ザン・シャオ】「君のことは気に入っている。だからこそ、だ」


 一呼吸。


【ザン・シャオ】「フローライトは、いいギルドだろう。……だから戦いたい。俺はケルベロスに行く」


【BROS】「俺は行かねえ!」


 即答だった。


【BROS】「お前らのことは嫌いじゃねえ。でもな、フローライトのココアと、まだ決着つけてねえんだよ」


 画面越しでも伝わる、笑うような気配。


【BROS】「今さらペインの下ってのも癪だしな。サンドウォールにでも行くぜ」


 それぞれが、それぞれの理由で、道を選んでいく。

 繋がっていたはずの線が、静かに解けていく。


 ケリーは、その光景を見ていた。

 正確には、画面の向こうで、ただ眺めていた。


(……ほんと、勝手よね)


 小さく、心の中で呟く。


 誰も間違ってない。

 だからこそ、余計に質が悪い。


 この場所は、強かった。楽しかった。

 居心地だって、悪くなかった。


 でも。


(終わるときは、こんなもんか)


 あっけない。驚くほどに。


 スペシャルオーダーズ vs DARK KING


 サーバー全土を揺るがした戦い。あの熱も、あの熱狂も、今はもう、どこにも残っていない。


 ペイン。

 鬼朱雀。

 シン。

 そして、仲間たち。


 みんな、散っていった。残ったのは、覚悟を持って残ったメンバーと、ただ決めきれない自分。


「……私は、どうしよっか」


 ぽつりと、漏れる。

 誰に聞かせるでもない、独り言。


 行く場所はある。

 選択肢だって、ある。


 でも、決め手がない。


 フローライトに行けば、安定はする。

 でも、それだけだ。


 ケルベロスに行けば、面白いかもしれない。

 でも、それも気分の話だ。


 どれも、間違いじゃない。だからこそ。


(どれも、違う気がする)


 ケリーは、椅子に深くもたれた。

 視線は、まだチャットに向いている。


 流れていく会話。

 別れの言葉。

 次の場所の話。


「……ま、いっか」


 そう呟いて、画面を閉じた。まだこのときは、自分がどこへ向かうのかを、決めていなかった。


 その時だった。


【黒王】「……そういや」


 不意に、黒王が口を開いた。

 流れていた別れの空気が、わずかに止まる。


【黒王】「シオン。お前、少し話があるんじゃなかったか」


 唐突な一言。チャットが、ぴたりと静まる。

 数秒の沈黙。そして――


【シオン】「……はい」


 短い返事。だが、それだけで分かる。


 空気が、変わった。


【シオン】「私、家を出ます」


 一瞬、時間が止まったようだった。


【BROS】「は?」

【スカイ】「え?」

【ザン・シャオ】「それは……どういう意味だ」

【シオン】「そのままです。もう、戻りません」


 淡々とした文章。

 感情が乗っていない分、逆に重い。


【シオン】「名古屋に行きます。例のオーディション、受けたいんです」


 沈黙。誰もすぐには言葉を返せない。


 箱庭コンテストの後、名前をオニッシュから実名であるシオンにした際に、宣言した事。


 ケリーは、小さく目を細めた。


 驚きはしない。ただ――


(軽すぎる。人生を決めるには、あまりにも)


【ケリー】「……ちょっと待って」


 チャットに文字を打つ。

 視線は、冷静なまま。


【ケリー】「家出ってことよね、それ」

【シオン】「はい」

【ケリー】「未成年で?」

【シオン】「はい」


 間。


【ケリー】「無理でしょ」


 はっきり言い切った。


【ケリー】「移動は? 宿は? 金は? 身分証は?バスは乗れるかもしれない。でも、そのあとどうすんの名古屋着いて、はい終わりじゃないんだけど」


 正論だった。優しさはない。

 でも、必要な言葉。


【シオン】「……それでも、行きたいんです」


 返ってくる。


【シオン】「ここにいたら、私はこのまま終わるから」


 ケリーの指が、止まった。


(……ああ)


 その一文だけで、全部理解した。

 止められないやつだ。


 チャットに、重い空気が落ちる。

 誰も軽口を叩かない。


 そのとき。


【黒王】「……お前ら、どこ住みだ」


 唐突な問いだった。


【BROS】「北海道」

【ザン・シャオ】「福岡だ」

【スカイ】「……東京です」

【シオン】「私も東京です」


 一拍。


【ケリー】「東京です」


 短く答える。黒王は、少しだけ間を置いた。

 そして――


【黒王】「ケリー」

【ケリー】「……なんですか?」

【黒王】「お前が同行しろ」


 一瞬、理解が追いつかなかった。


【ケリー】「はぁ!?」


 思わず声が出た。チャットに打つ指も荒くなる。


【ケリー】「何でそうなるの!?私、関係ないんだけど!てか無理でしょ普通に考えて!」


 もっともな反論、だが。


【黒王】「東京だろ」


 短い一言。


【黒王】「スカイは未成年だ。動けない」


 的確だった。


【黒王】「距離的にも現実的にも、お前しかいない」

【ケリー】「いやいやいやだからって何で私が、黒王さんも東京でしょ!?」

【黒王】「男より女同士の方がいいだろ、任せた」


 遮られた。

 それだけ。

 それだけなのに。


 それ以上、何も言えなかった。


(……は?)


 意味が分からない。

 納得もできない。

 むしろ、腹が立つ。


(なんで、私が)


 関わらなければいい話だ。

 スルーすればいい。

 いつもみたいに。


 でも。


 指が、動かない。


 脳裏に浮かぶのは、黒王の言葉。

 これまでの時間、ギルドを引っ張ってきた背中。


(……ずるいんだよ)


 短くて、強くて、絶対に揺るがない。

 ああいう言い方をされると。


(断れないじゃん)


 ケリーは、深く息を吐いた。そして――


【ケリー】「……はぁ」


 一拍。


【ケリー】「東京のどこ?」

【シオン】「〇〇区です…」

【ケリー】「……近いじゃん」


 渋々、打ち込む。


【ケリー】「勘違いしないで。別に助けるとかじゃない。ただ、現実的に無理だから同行するだけ」


 誰に対しての言い訳かも分からない。


【シオン】「……ありがとうございます」


 すぐに返ってきたその一文に。


(……重いんだっての)


 ケリーは目を閉じた。

 面倒なことになった。確実に。


 でも。


(……まぁ、いいか)


 ほんの少しだけ。

 本当に、ほんの少しだけ。


 胸の奥が、ざわついていた。

 ただ面倒なだけじゃ、ない。

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