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サンドボックスウォーズ  作者: 黒瀬雷牙
第六章 メリッサの物語

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第三十二話 楽しかった

 なんとか山エリアから生還したcatとさつきは、ボロボロになりながらも、手に入れた素材と宝の中身を抱えてギルド拠点・紅の庭園へ戻ってきた。


 噴水の前、復活エリアの近くには、すでに二人の姿があった。


 アメリアと、ゆり。

 どちらも、何事もなかったかのように立っている。


【アメリア】「いやー、キツかったわね」


 にこやかに笑いながら、軽く手を振る。


【ゆり】「私なんて、大熊に一撃でした……」

【cat】「それ、笑って言うことじゃないからね!?」

【さつき】「本当に……生きた心地しなかったです……」


 二人はその場にへたり込みながら、ようやく息をついた。


 山エリアでの戦闘。

 人面樹、大熊、そして天狗。


 芸術ギルドにとっては、明らかに荷が重すぎる相手だった。


【アメリア】「でも、素材はちゃんと持ち帰れたんでしょう?」

【cat】「うん……それはなんとか」

【さつき】「宝箱の中身も、少しだけ……」


 その瞬間。光の柱が二本、噴水のそばに立ち上がる。眩い光が収まったあと、そこに現れたのはミロクと、メリッサだった。


【cat】「あ……」

【さつき】「っ……」


 二人は同時に、言葉を失った。鎧は新品同様に戻り、HPバーも全快。だが、その表情には、さっきまでの死闘の名残がはっきりと残っている。


 ミロクは肩を回しながら、苦笑した。


【ミロク】「いやー、思った以上に瞬殺されたわ」

【アメリア】「でしょ?」


 アメリアは、どこか楽しそうに頷く。


【ミロク】「天狗の火力、完全に戦闘ギルド向けだったな」


 一方、メリッサは静かにロッドを持ち直し、ふっと微笑んだ。


【メリッサ】「でも……楽しかったです」


 その言葉に、全員が一瞬だけ固まる。


【cat】「……え?」

【ゆり】「た、楽しかった……?」

【メリッサ】「ええ。あんなに必死に戦うこと、久しぶりでしたから」


 負けた。

 倒れた。

 アイテムも失った。

 それでも、彼女の表情は晴れやかだった。


【ミロク】「まあ、メリッサさんがそう言うなら、悪くなかったってことで」

【さつき】「でも……次は、もう少し安全な場所がいいです……」


 紅の庭園には、またいつもの穏やかな空気が戻ってきた。戦闘ギルドのような強さはない。完璧な装備もない。


 それでも、仲間と一緒に冒険して、失敗して、笑って帰ってこられる。


 それが、スカーレットのやり方だった。


【cat】「……そういえばさ」


 catが、ポーチの中から一つの木箱を取り出した。


【cat】「宝箱!」

【さつき】「あ、忘れてました……!」

【アメリア】「せっかくだし、開けましょう」


 期待と疲労が入り混じる中、catが箱を地面に置き、ゆっくりとフタを開ける。


 中から現れたのは、細身で風を纏うような意匠の剣。


 青白い刃に、軽やかな装飾。

 見るからに速さ特化の武器だった。


《風切りの剣》

 攻撃力:中

 速さ&回避アップ


 一瞬の沈黙。


【ミロク】「……あー」

【ゆり】「剣、ですか……」


 箱庭ギルドにとって、完全に噛み合わない装備だった。


【cat】「せめて、可愛い装飾とか……」

【アメリア】「風切りの剣ね……」


 アメリアは苦笑いを浮かべる。


【メリッサ】「性能自体は悪くないですが、私たち向きではありませんね」

【ミロク】「戦闘ギルド向けだな」


 全員の表情が、分かりやすく曇った。


 あれだけの死闘をくぐり抜けて、全滅して、アイテムを失って。残った戦利品が、戦闘向きの剣。


【cat】「……ガッカリ」

【さつき】「本当に、ガッカリです……」


 風切りの剣は、静かに地面に横たわっていた。


 美しくはある。だが、スカーレットの美とは、違う。こうして、命懸けの冒険の成果は、微妙な結果に終わったのだった。


 翌日。


 それぞれが現実の仕事や用事を終え、ログインしたのは午後八時だった。紅の庭園に集まったのは……


 アメリア。

 メリッサ。

 cat。

 もも。

 ゆり。


 昨日の遠征メンバーとは少し違う顔ぶれだ。


【アメリア】「みんな、お疲れさま。今日は仕上げ作業ね」

【ゆり】「よろしくお願いします……!」


 だが、開始早々、空気がわずかに揺れる。


【もも】「まず装飾の配置、全体の色味がズレてる。cat、そこのランタン移動して」

【cat】「え、でもさっきの方が雰囲気よくない?」

【もも】「効率が悪い。テーマに合ってない」

【cat】「うわ、また始まった……」


 ピリッとした空気。だが、誰も止めなかった。

 ももは言い方がきつい。空気を読むタイプでもない。それでも作業の指示自体は的確だった。


【アメリア】「はいはい、口はほどほどにね。配置だけ見ましょ」

【メリッサ】「結果が出れば、それでいいですから」


 そうして作業は進んでいく。


 雪景色の配置。

 焚き火の光量調整。

 小物の統一感。

 温かい冬というテーマに沿った色彩の微調整。


【ゆり】「この布、少し赤み強すぎませんか?」

【もも】「じゃあ彩度下げて。15%」

【cat】「細かっ!」


 言い合いはあっても、手は止まらない。気づけば、庭園の空気は少しずつ整っていた。そして――


【アメリア】「……よし、今日はここまで」


 時計を見ると、日付が変わる直前。


【cat】「え、もうこんな時間?」

【ゆり】「あっという間でした……」

【もも】「最低限の形にはなったわね」

【メリッサ】「ええ。明日、最終調整ができれば……」


 全員がログアウトしていく。

 庭園に残ったのは、静かな夜の光と、未完成の冬。


 本戦まで、あと二日。


 明日一日で、どこまで仕上げられるのか。

 何を足し、何を削るのか。


 その答えは、まだ誰にも分からない。


 現実世界で、篠宮玲華はベッドに身を沈めた。


 仕事の疲れ。集中し続けた頭。

 そして、胸の奥に残る小さな焦り。


「……明日で、決まるわね」


 そう呟いて、目を閉じる。

 本戦は、明後日。


 彼女は静かに、眠りについた。

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