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サンドボックスウォーズ  作者: 黒瀬雷牙
第三章 アメリアの物語

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第十六話 味噌カツ丼

 フロラリエ庭園をひと回りしたあと、玲華が自然に先導する形で歩き出した。


「お昼、ここにしましょう」


 案内されたのは、施設の奥まった一角にある食事処だった。木目調の内装で、昼時でも騒がしすぎない。


「名古屋だとね、ランチも量が多いの」


「また値打ち?」


 阿里亜が言うと、玲華は小さく笑った。


「値打ち」


 テーブルを囲み、それぞれ注文を済ませる。会話は自然と、ゲームの話に戻っていった。


「次の拠点コンテストだけど」


 玲華が、穏やかに切り出す。


「今回は生活感をもう一段強めたいなって思ってるの」


「庭だけじゃなくて、動線?」


 さつきが即座に噛み合う。


「そう。住んでる感じ」


「catのカフェ案、よかったですよね」


 阿里亜が言うと、catは耳まで赤くして頷いた。


「えへ……」


 ゆりは黙って聞いているが、端末にメモを取っている。


 いい流れだった。少なくとも、ここまでは。


 料理を待つ間、catがふと窓の外に目を向ける。


「あっ」


 指差す先。少し離れた広場に、仮設ステージと人だかりが見えた。


「あれ、イベント会場ですよね」


「今日は何かあるの?」


 阿里亜が尋ねる。


「……あれ!」


 catの声が一段高くなる。


「カラミ酒45だ!」


 一瞬、間。


「ヤケ酒45の?」


 玲華が確認する。


「そう! その姉妹グループ!」


 catは身を乗り出すようにして話し始めた。


「まだ出来立てで、元ヤケ酒のメンバーが数人いるだけなんですけど、近々オーディションやるんですよ!」


 目が、きらきらしていた。


「私、ダメ元で応募するの!」


 その言葉に、テーブルが一瞬、静まる。


「……へぇ」


 最初に反応したのは、ももだった。


 興味なさそうな声。けれど、目だけはcatを見ている。


「メリッサさんなら、合格待ったなしでしょうけど」


 一拍、置いて。


「あなたは……どうかしら」


 空気が、目に見えて冷えた。


「……は?」


 catの声が低くなる。


「なにそれ」


「だって、現実は現実でしょ?」


 ももは肩をすくめる。


「夢見るのは自由だけど、勘違いさせるのも残酷じゃない?」


 catが、椅子から半分立ち上がった。


「ダメ元って言ったじゃん!」


「でもさぁ」


「なんで、そんな言い方されなきゃいけないの!」


 声が震えているのが、はっきりわかった。


「cat」


 阿里亜が名前を呼ぶが、catは聞こえていない。


「私、最初から無理なんて言われる筋合いない!」


 ももは、ふっと鼻で笑った。


「若いって、いいわね」


 その一言で、完全に火がついた。


「……最悪」


 catは、ぎゅっと拳を握る。


 テーブルの上に、重たい沈黙が落ちる。


 遠くでは、イベント会場から音楽が流れている。

 明るくて、楽しげで、ここからは別世界みたいだった。


 阿里亜は、思った。


(箱庭の外は、優しくない)


 そして同時に。


(でも、戻ることも、もう出来ない)


 昼食は、届いたまま、誰も手をつけていなかった。


 沈黙を破ったのは、意外な人物だった。


「……うん」


 もぐもぐと咀嚼する音。


「これ、うまいね」


 全員の視線が、そちらに向く。


 ミロクは、何事もなかったかのように味噌カツ丼を口に運んでいた。


「味噌、濃いのにくどくない。ご飯進むわ」


 止まっていた時間が、わずかに動き出す。


(……ナイスパス)


 阿里亜は、即座に判断した。この空気、話題を現実に引き戻せば、割れる。


「メリッサ!」


 少し大きめの声。


「解説!」


「え、あ……?」


 一瞬戸惑った玲華だったが、次の瞬間には、もう切り替わっていた。


「名古屋の味噌は、八丁味噌系が多くて」


 自然なトーン。落ち着いた声。


「甘みと渋みのバランスが良くて、揚げ物に合わせても重くならないんです」


「だから、朝も昼もいける」


「そうそう」


 阿里亜が頷く。


「観光客向けより、地元向けの方が、だいたい当たり」


 catが、ようやく息を吐いた。


「……へぇ」


 さつきも、静かに頷く。


「理にかなってますね」


 ゆりは、小さく味噌カツを口に運び、こくりと頷いた。


 空気が、戻ってくる。


 ももは何も言わなかったが、少なくとも、それ以上の言葉はなかった。


 食事が終わり、席を立つ頃。ミロクが、catの前に立った。


「さっきの話」


 catが、びくっとする。


「俺さ」


 少し照れくさそうに頭を掻く。


「応援するよ」


「……え」


「オーディション」


 ぽん、と軽く肩を叩いた。


「なんなら、推すわ」


 一瞬、catは呆けた顔をして――


「……っ」


 ぐっと唇を噛み、視線を逸らした。


「……ありがとう」


 声は小さいが、確かだった。


(……見かけによらず)


 阿里亜は思う。


(この人、頼もしいじゃん)


 猫背で、くたびれたサラリーマン。

 でも、要所で場を壊さず、拾う。


 外に出ると、昼の空気はすっかり人の流れに溶けていた。


「じゃあ……今日はここまでかな」


 玲華が言う。それぞれ、頷く。

 次の予定がある者も、ない者も。名残惜しさと、安堵が入り混じった空気。


「また、ディスコで」


「うん」


「お疲れさまでした」


 簡単な挨拶だけで、解散。背中が、ひとり、またひとりと離れていく。


 阿里亜は、最後に振り返る。


(箱庭の外は、面倒で、ちょっと怖い)


 でも。


(悪くない)


 そう思えたのは、きっと、今日ちゃんと集まれたからだ。


ーーー 第三章 アメリアの物語 完 ーーー

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