表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サンドボックスウォーズ  作者: 黒瀬雷牙
第三章 アメリアの物語

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

129/140

第十四話 オフ会前夜

 玄関を上がると、ふわりと温かい匂いが鼻をくすぐった。


「もうすぐできますからね」


 キッチンの方から、柔らかな声がかかる。


 玲華の母だった。エプロン姿で、手際よく鍋を扱いながらも、初対面の阿里亜に気を配っているのが伝わってくる。


「遠いところから来てくれたんでしょう? 今日はゆっくりしていってください」


「あ、ありがとうございます……」


 少し背筋を伸ばして頭を下げると、玲華が隣で小さく笑った。


「そんなに緊張しなくて大丈夫。母、こう見えてゲームの話もわりと聞き慣れてるから」


「こう見えては余計です」


 軽くたしなめるような声と一緒に、食卓に料理が並び始めた。煮込み料理、彩りのいい副菜、湯気の立つ炊きたてのご飯。

 どれも家庭的で、けれど丁寧に作られているのがわかる。


 席につき、手を合わせる。


「いただきます」


 一口食べた瞬間、思わず息が漏れた。


「……おいしい」


「よかった」


 玲華の母はほっとしたように微笑み、玲華はどこか誇らしげだった。


 会話は穏やかに進み、仕事の話や運転の話、名古屋のこと。

 深く踏み込むことはなく、けれど排除もされない距離感が、阿里亜には心地よかった。


 食後、玲華が声をかける。


「お風呂、先にどうぞ。広いから、びっくりしないでね」


 案内された浴室は、確かに広いの一言では足りなかった。

 足を伸ばしても余る浴槽。静かな照明。肩まで沈むと、一日の緊張が音もなく溶けていく。


(……すごいな)


 贅沢というより、安心するための空間。

 そう感じた。


 風呂から上がると、用意されていた部屋着に着替え、玲華の部屋へ向かう。


 整った机に、並べられた二台の端末。椅子を並べ、自然な流れで腰を下ろす。


「じゃあ、ログインしましょうか」


「うん」


 画面が立ち上がり、見慣れたタイトルが表示される。


 現実の阿里亜が、ゲームの中でアメリアになる。

 玲華は、メリッサに戻る。


  ログインした瞬間、スカーレットの拠点が広がった。


【cat】「あ、アメリアさんにメリッサさん!」

【メリッサ】「今日はアメリアさんが、私の家に泊まりに来ています」

【さつき】「なにそれ楽しそう!」


 チャット欄が一気に賑やかになる。


「cat、早いね」


「さつきも、ミロクもいる」


 玲華がくすっと笑った、その直後。


【もも】「え、リアル同居!? もうそれ結婚じゃん!!」


 思わず、現実の阿里亜が端末から顔を上げた。


「……この人は、ほんとに」


 半ば呆れ、半ば苦笑いで呟くと、隣で玲華が声を殺して笑った。


「相変わらずだね」


【メリッサ】「違います」

【もも】「でも否定の仕方がもう怪しい」


 catがすかさず流れを変える。


【cat】「でもいいなー、リアル合流」

【さつき】「写真は?」

【メリッサ】「写真はダメです」


 即答。迷いのない拒否に、笑いが重なった。阿里亜は画面を見つめながら、小さく肩をすくめる。


「……ほらね」


 そう言うと、玲華は楽しそうに頷いた。


「うん。でも、こうやってると……」


 一瞬だけ声を落とし、画面から目を離して、阿里亜を見る。


「なんだか、二人だけで内緒話しながら遊んでるみたいだね」


 胸の奥が、きゅっと鳴った。


「……そう、かも」


 現実の距離は、椅子一つ分。けれど、ゲームの中でも、確かに並んで立っている。


【メリッサ】「明日、みんな来るんでしょ」

【cat】「羨ましすぎる」


 アメリアは、少しだけ指を止めてから打ち込んだ。


【アメリア】「明日、会えるね」


 その文字を見て、玲華がこちらを見た。


「明日、みんなにも会えるんだね」


 どこか夢を確かめるような声音だった。


「……うん」


 楽しみなはずなのに、胸の奥がそわそわする。

 画面越しでは何度も話してきた相手たち。

 でも、現実で会うとなると、話は別だった。


 その夜、ログアウトして布団に入っても、阿里亜の頭はなかなか静かにならなかった。

 意識は妙に冴えている。天井の見えない暗さの中で、時計の針の音だけがやけに大きく感じられた。


「……起きてる?」


「……うん」


「やっぱり?」


 玲華の声は、昼間やゲームの中よりも、少しだけ柔らかかった。


「緊張、してる?」


「……してる」


 正直に答えると、ふっと小さく笑う気配がした。


「だよね。私も」


 その一言に、阿里亜は目を開けた。


「……意外」


「よく言われる」


 玲華は苦笑するように言う。


「でも、昔からそうなの。大事な予定の前の日ほど、眠れなくて」


 しばらく、沈黙。


 沈黙が気まずくならないのが、不思議だった。


「……学生時代ってさ」


 阿里亜が、ぽつりと切り出す。


「どんな感じだった?」


 少し間が空いた。考える時間を、きちんと取っている沈黙。


「……文武両道、成績優秀、容姿端麗」


 玲華は、自分のことをそう並べてから、静かに続けた。


「そんなふうに言われていたわ。学校でも、身内からも」


「うん」


「だからね。いつも一目置かれる側だった」


 声は淡々としているのに、どこか距離があった。


「先生にも、クラスにも、先輩にも後輩にも。ちゃんと扱われる。でも……誰も、本音では近づいてこない」


 阿里亜は、何も言わずに聞いていた。


「気を使われてるの、わかるの。変なこと言わないように、失礼がないように、って」


「……」


「一緒にいるけど、同じ場所にはいない感じ」


 玲華は、少しだけ声を落とした。


「友達、って呼んでいいのか、ずっとわからなかった」


 その言葉が、胸に静かに沈む。


「私はね」


 今度は、阿里亜の番だった。


「学生時代、わりと真逆だったと思う」


 暗闇の中で、苦笑が浮かぶ。


「工業高校のインテリア科でさ。自己紹介で、調子に乗った一言言ったら、めちゃくちゃウケちゃって」


 玲華が、息を殺して笑う気配がした。


「……想像つく」


「でしょ」


「それからは、もう“面白い阿里亜”」


「求められるたびにやるし、やると盛り上がるし。気づいたら、いつも輪の中心」


 少し、言葉を探す。


「楽しかったよ。ほんとに」


 でも、と続ける。


「卒業したら、全部なくなった」


 現場仕事。年上ばかりの職場。名前をネタにする空気もない。


「面白い私を出す場所が、急にどこにもなくなって」


 しばらく、静寂。


 やがて、玲華が言った。


「……アメリアはね」


「うん?」


「スカーレットの中では、ちゃんと中心にいるよ」


 その言葉に、胸が少し熱くなる。


「誰かに求められて演じてるんじゃなくて、自然に」


 阿里亜は、布団の中で、小さく息を吐いた。


「それ、メリッサが作ってくれた場所でもあるよ」


「ふふ」


 柔らかな笑い。


「じゃあ、お互い様だね」


「……明日さ」


 阿里亜が言う。


「うん」


「うまく話せなくても、いいかな」


「いいよ」


 即答だった。


「そのままで来てくれれば」


 その声は、ゲームの中で皆を包むメリッサそのものだった。


 やがて、会話は途切れ、静けさが戻る。さっきまでより、少しだけ深い静けさ。


 阿里亜は目を閉じる。不安は、まだある。

 でもそれ以上に――


(この人になら、知らない自分も見せられるかもしれない)


 そんな予感が、胸の奥で、静かに灯っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ