採取依頼
「採取依頼ですか?」
カレンが解体作業に従事している最中、サクラに採取の依頼を提案する。
実力の有無に関わらず、新参者はフィールドの地勢を知るために比較的安全な採取の仕事を行うのがここのルールらしい。
確かに、地勢を知らずに強敵に戦いを挑んだところでロクな結果にならないことは目に見えている。
戦場の広さ、植生、地盤の強弱、ぬかるみの有無…
陸戦訓練ではそれらを事前に調べ上げ、最大限活用できるように戦略を練った。
背が高い草地があれば兵を隠して奇襲を狙い、ぬかるみがあれば戦車などの重量兵器をおびき出して泥に嵌め、戦場が広ければ戦車隊を展開し、逆に狭ければ大軍が展開できないことを活かして少数で指揮官を狙って奇襲を仕掛ける。
また、薬が尽きれば生えている薬草を採取して加工し、食料が足りなくなれば生息している動物を狩って食肉を集める。
教官曰く、戦略と地勢は水と船の様に密接に関わっているらしく、実際訓練を通してそれを体感している。
そんなことを思い返しながら、3枚の採取依頼書を並べる。
「今受注できるのはミギナ山地のこの3つです。一応掛け持ちも可能ですが、いかがされますか?」
『薬草採取依頼 下級相当
目的 薬草の採取
報酬 薬草100グラムにつき30レバン』
『特産品採取依頼 下級相当
目的 食用キノコの採取
報酬 キノコの種類及び品質による』
『毒物採集依頼 下級相当
目的 毒物の採取
報酬 毒物の種類と量による
注意事項 食用品と混同しない様に扱う事』
「なるほど、無難な依頼ですね」
3枚の採取依頼書を見比べて吟味する。
「まずはこの2つでお願いします」
薬草と特産品の採取依頼書を提出する。
「承りました、では手続きを行いますので少しお待ちください」
依頼書に印を押し、支給品等の手続きをほかの職員に任せる。
職員の運転する車に乗って現地に赴くサクラを見送って5分ほど、1人の女性がギルドの扉を開ける。
黒い2本の角と青い尻尾の生えた唐笠の女性、仕事帰りに立ち寄った屋台の女店主だった。
「昨日ぶりですね、まさかここで働いていらしたとは」
錫杖を片手に礼儀正しく挨拶する。
「ティレル・ギヨームであります。まだ、2日目の新人であります」
「ご丁寧にありがとうございます。私はクリカラ。各地を旅している、いわば流浪の狩り人です」
「狩り人つまりハンターだったんですか?」
てっきり屋台の店主だと思っていただけに、意外な情報に驚く。
「屋台の店主だけじゃなかったんですね…」
「副業のようなものです。それで、私宛の依頼はあったりしますか?」
「クリカラさんあて…つまり指名依頼ですか?」
彼女が口にした用語に驚く。
『指名依頼』
それは特定の個人またはパーティに名指しで依頼するシステムであり、対象者は依頼主から絶大な信頼を置かれている証である。
「確認します」
ほかの職員に指名依頼の件を確認、少しして一枚の依頼書が手渡される。
『指名依頼 クリカラ
ランドファングおよびピルゲスの捕獲 中級相当
報酬 1万レバン
狩猟場所 ミギナ山地』
「こちらですね」
見たとこのないモンスターの名前が記載された依頼書をクリカラに手渡す。
依頼書を一読する彼女。
顔をあげて承諾する。
直後、解体を終えたカレンが受付に戻ってくる。
先ほどの職員と違い、血の臭いがない。
「お疲れ様であります」
労いの言葉をかけると、彼女は軽く会釈した後に書類の束を置く。
『素材リスト』と題されたそれは解体したモンスターから手に入った素材が記載されてあり、依頼主に渡す素材とギルドで販売する物に分けられている。
支給品の用意などの仕事がひと段落した後、空いた時間でモンスターの図鑑を調べる。
『ランドファング』別名『毒猪』
獣種
猪型のモンスターであり、毒キノコを好む性質。
生存競争の知恵として誰も食べないような毒キノコを食べるようになったらしく、後天的に毒性を得ている。
全身に毒性があり食用には向かない。
突進攻撃を多用するため正面からは挑まないのが基本。
『ピルゲス』別名『地鳥』
鳥種
二足歩行型のモンスター。
鳥種ではあるが翼が退化しており、飛ぶことはできない。
かわりに翼にあたる部位を振り回して広範囲攻撃を仕掛けてくる。
『ライネル』別名『白獣』
獣種
白い体毛と2本の角が特徴の猿。
四足で移動し、身近な石や木を投げて攻撃してくる。
基本的に群れで行動しているため囲まれないように注意すること。
「なるほど」
ぺらぺらとモンスターの図鑑をめくり、知識を吸収する。
ハンターズギルドが監修しているからか、内容も戦闘を前提としたものとなっている。
ふと、気になった項目を調べる。
『シーラゲーテ』別名『海洋竜』
海洋種
海の支配者と呼ばれるモンスター。
小型モンスターを捕食するほか、交易船の積み荷を狙って襲い掛かる。
過去には軍用船を沈めたことがあり、漁師や船乗りからは死神と恐れられている。
沿岸及び交易路に確認され次第に直ちに海軍へ通報。
危険度の高さから個体差に関係なくすべて上級個体として取り扱う。
「……」
士官候補生時代にとんでもない存在を相手にしていたことに絶句する。