9話 アダ
ジークは、動揺の色は見せながらも、取り乱すことは無かった。
「オン?⋯⋯ね。なるほど、こっちの方が大ボスか。だったら取り巻きの方から倒すのが鉄則だよな。」
ジークはそう言い残すと、目標を切り替え、フギリの方へと走り出した。オンは、数的優位を維持し、2対1で挟撃するべく、すぐさまその後を追う。
だが、オンが一歩遅れて走り出した、その瞬間。ジークがケイティに目配せし、サインを送っていたことに、オンは気付くことが出来なかった。
ジークは走路を右へと逸れ、急ブレーキを掛けると、オンに向かって反転し、右手で魔法を放った。
「隙あり!食らえ、[才能の破改]!」
「なっ⋯⋯!?」
放たれたのは、白く輝く、掌を模した光の弾。悪役の最も強力なスキルを奪う、主人公にだけ許された圧倒的な力。
(アレを食らってはまずい⋯⋯!)
本能的に、そう感じたオンは、体勢を崩し、転び、倒れ込みながら、ギリギリでそれを躱した。
はずだった。
(⋯⋯え⋯⋯!?)
地面に転がる間際、オンの目に飛び込んできたのは、ジークの立っている向きとは全く違う方向から放たれた、二発目の[才能の破改]。
「捉えたぞ⋯⋯!よくやった、ケイティ。」
ジークが、満足気に笑う。
勇者パーティの連携技、[X破改]。
ジークが右腕で魔法を放つと同時に、左腕でケイティの方向にも隠れて魔法を放っておき、それをケイティの魔法反射の盾で敵へ向けて跳ね返す。
ジークの強力な[破改]を、十字砲火の形で二発同時に敵へと放ち、確実に敵のスキルをひとつ奪う、必殺技である。
為す術なく、魔法はオンへと襲い掛かり、の自覚する最強のスキルが勇者パーティへと奪われた。
では、
オンの最強のスキルとはなんだったのか。
オン自身は、それを何だと自覚していたのか。
オンは、そんな事を考えたことは一度も無かった。
結果、最強のスキルの拠り所は、オンの主人たる、サジの記憶に引き寄せられる。
サジ自身は、
己の最強の武器を[社会性]だと自覚していた。
どんなに嫌なことや、辛いこと、理不尽なことがあったとしても。
それなりに、周囲と合わせて、うまく、消化するスキル。
ルールに合わせて、自分の形を変えることも厭わない。
世界を恨んだり、当たり散らしたりなどせず、それなりの生を、あるがままを享受する、そんな才能――。
ジークの視界に、ポップアップウィンドウが現れる。
「⋯⋯あ?入手スキル、[社会性]⋯⋯?なんだこれ、ゴミスキルか⋯⋯?」
そんな、ジークの気の抜けた声とは裏腹に。
ブレーキを奪われたオンの周囲には、蝕属性のマナがどす黒く渦を巻く。
恨み、悲しみ、怒り、淀み。
全ての負の感情に応えたマナが、熱く、大きく、燃え上がる。
闇が、炎が、オンを取り込み、精神と身体を蝕む。
全てはひとつとなった。
そしてここに、――暴虐の魔王が、成った。
◇◇◇
⋯⋯そうか。
殺すべきだったんだ、最初から。
家族を消されて、なにを我慢する必要がある?
奴は、自覚無く、世界を歪めて、自らの欲望を満たす。ただ、それだけの存在。
被害者は、きっと、自分だけじゃないんだろう。
力が、マナが、全身を駆け巡っている。
敵の血を求めて、血が、沸き立っている。
自分自身の、全身の姿は、見えない。
だが、蝕のマナが、身体を覆い、守り、背中を押しているのを感じる。
今、自分は⋯⋯どんな姿になっているんだろうか。
腕を見ると、敵を殺すための形に変質していた。
硬い鱗に覆われて、鋭い爪が、敵の命を欲している。
殺せ。
殺せ。
敵を。
自らが、求めるままに。
あいつがやってきたことを、ただ、痛みとともに返すだけ。
例え、自覚が無かったとしても。
否、自覚がないなら、尚悪い。
消すための理由も、そのための欲望も、十分にある。
たった、それだけの話だ。
身体は、心は、家族を取り戻すことよりも、奴を殺すこと、それだけを求めている。
そうだ。
ならば、それを為す。
◇◇◇
半人半龍、異形の姿と成ったオンは、禍々しい、黒いマナを抑えきれずに放っていた。
それはもはや、人でも、使い魔でも、無かった。
(「災い」が形を持った存在⋯⋯とでも言うべきか)
フギリは、様子を伺っていた。圧倒されている、ジークとケイティには、動く様子は、ない。
フギリの後ろから、不意に声がした。
「恩が仇で返されてしまいましたか。これはまずいですね。非常に、まずい。」
「うまいことを言ってる場合ですか。天使⋯⋯。」
突然、フギリの後ろに姿を現したキョウザメエルは、淡々と、冷静な声のトーンのまま、続けた。
「彼の物語の目的が、変質してしまいました。姉の奪還から、抑えきれない感情のままに、自らの加害の欲望を満たすことに――。」
「なるほど。では、オンくんが今の状態で、勇者を貫いたとしても、当初の目的は果たされない、と?」
「ええ。さあ⋯⋯、かつて『正義の魔王』を謳い、破れた者よ――。今、あなたは一体、何を為しますか?」
天使に突然試され、フギリは一瞬、動きを止めた。そして、静かに口元だけ笑みを見せる。
「⋯⋯ふっ、⋯⋯仕方ない。」
フギリは、[結界水晶]を解除し、その場にいる全ての人物を亜空間から元の世界へと復帰させた。
自らのマナを、勇者の隔離から、オンの暴走を止めることに集中させるために。
フギリ、オン、ジーク、ケイティ、キョウザメエルは、転移前の、街中へと降り立った。
フギリは、氷の魔法で道を作ると、それに乗って素早く滑走し、オンとジークの間に割って入り、オンへと向き直した。
「⋯⋯なんの真似だ?」
オンは、低い声で、怒りを滲ませながら、フギリを睨みつけた。
「私が協力を誓ったのは、あの日のオンくんで、あってだ。⋯⋯残念ながら、今のキミでは、無い。」
オンのマナの圧力が、ビリビリとフギリの肌に伝わる。それを振り払うように、フギリは覚悟を決めた。
「私は老い先短い身だ。たまには⋯⋯命を賭けて、友を救って見せようと思っても、良いじゃないか、ね。」
◇◇◇
「フ爺を殺すのは忍びない⋯⋯、ちょっと退いていてもらおうか⋯⋯」
オンが、低く唸り、自身のマナを練り上げる。まとまりなく燃え上がっていたマナが、身体に沿った形に変質していく。鈍く輝く黒色の光は、魔王の姿を大きく見せるマントのようでもあった。
(これは⋯⋯もはや、勝つのは絶望的。私が時間稼ぎしている間に、オンくんに掛かっている勇者の術が切れ、そして、彼が正気を取り戻す、そんな一点の可能性に賭けるしかあるまい⋯⋯。)
フギリが、自らの敗北を悟り、それでも粘れるだけ粘る覚悟をした、そのとき。
「うわぁぁぁ、なんだあれは、モンスターか!?」
「一体、なんだって、こんな街中に!?」
「あんな種類、見たことも聞いたこともないぞ、新種⋯⋯いや、変異種か!?」
伯爵領の住民たちが、異様なオーラを放つ異形の存在に気付き、騒ぎ始めた。
そして、彼らの次の視線は、当然、彼らにとっての英雄へと向いた。
「あっ⋯⋯ジーク様!」
「さすがジーク様、未然にモンスターの出現を察知されていたのか!」
「ジーク様、あんなモンスター、ささっとやっちゃってください!」
オンは、その風景を眺め、嘲るように笑った。
「はははっ、これはいい。」
オンは、ジークへと挑発してみせた。
「お前がここから逃げれば、彼らは愕然とするだろうな、期待の英雄殿。」
そして、思いつくままに、告げる。
「いや、こういうのはどうだろう――。勇者がここなら逃げたならば、勇者の命の保証はしてやろう。その代わり、僕が何人か、このあたりの住人を見せしめに殺すだけで済ましてやる。その後は⋯⋯、住人を自分の身代わりにしてみせた、英雄の後先⋯⋯ふふふ、愉快な物語が見られそうじゃないか。」
魔王の圧倒的な威圧感、周りの期待、さらに追い打ちを掛ける、魔王の挑発。そのどれにも反応が出来ず、ジークは固まっている。そんな勇者をよそに、フギリが反応する。
「待て、オンくん。そんなことしてなんになる⋯⋯?そんな道を歩んで、キミのその先はどうなる。」
「良いことを言うね、フ爺。さすが、正義の魔王になろうとした者、だ。」
オンは高らかに宣言し、言葉を連ねた。
「もう⋯⋯僕には無いんだ。二人の家族も、彼らがくれた他人への思いやりもね。僕に残っているのは、欲望のまま、世界を好きなようにするだけの、この魔王の能力と、今の世界を恨む気持ちだけ。だとするならさ――。」
「行ってみようじゃないか。サジじゃない、もうひとりの先代⋯⋯王国を我が物にした、名も無き魔王の道をさ。」
「その魔王の力をくれた、フ爺。あなたも、悪いようにはしない。僕のために命を張ってくれる盟友であることに、疑いは無いようだ。共に行こう。魔王としての覇道を。」
黒く染まった異形の腕を、オンは、そっと、フギリへと差し出した。そのとき。
「うわぁぁぁぁぁあああ!!」
「なんでだ!なんでなんだあ!」
「こんなはずじゃ、こんなはずじゃ!」
「おかしい⋯⋯!おかしい⋯⋯!認められない!!」
突然、勇者ジークが錯乱し、何度も、叫んだ。
自らと拮抗する敵。自分のチートスキルが効かない敵。チートスキルが通った結果、強化されてしまった敵。強化されたことで、絶望的な存在を生み出してしまった自分。
その全てが、彼の物語にとっては受け入れがたいものであった。
抵抗、不快、敗北。それは、彼の叫びとなり、そして――。
ジークから、白色の光が、爆発的に放たれた。
その眩い光によって、景色が、世界が、物語が、全て、埋め尽くされる。オンが、幾度か目の当たりにした、「世界のホワイトアウト」。
その正体は――、ジークの持つ、三つの起動スキルによって隠されていた、もう一つのチートスキル。
受動スキル、[物語の破改]。
主人公にとって、受け入れられない展開、例えば敗北や挫折に対して、世界の修整力が働き、時間を巻き戻し、必要があれば登場人物を変質させる。
その光が放たれる瞬間――。フギリとオンは、その正体に気付くことが出来たが――、為す術など無く、世界は白く包まれた。




