1話 ポタ姉
「召喚屋ギムズ御一行、王都にごとうちゃーくっ!」
エンデュラン王国、王都オルタナピア。
石造りの街並みを押しのけるように存在感を示す、街のランドマーク、競技場。その入口を前にして、彼女は大きく伸びをした。
彼女の名前は、ポタル・ギムズ。
年齢は、外見からすれば20歳過ぎほどか。栗色の髪を高い位置でツインテールにまとめている。服装は、かつての彼女の「先任」の助手が「異世界ナイズされた茶色いパーカー」と、そう形容した格好に身を包んでいた。
彼女は、遅れて着いて来ている「後任」で、現在の助手に呼び掛けた。
「さて、オン。いや、オン・オワリ・ギムズくん。再確認です。今回の目的はなんだったかな?」
「ポタ姉、はしゃいでるねぇ……。」
オンと呼ばれた彼は、そう返答し、胸の内ポケットからメモ帳を取り出し、開くと、続けた。
「今回の目的は、辺境のウェべ=ノルブ伯爵領を救った、勇者ジークを迎えての、召喚獣での招待試合。」
「王都には様々な実力者がいるけれど……ポタル・ギムズは直近の一大イベント、召喚大会での優勝者である。それと同時に――」
オンは、ひと呼吸置いて、メモ帳から顔を上げた。思い出すように、しかし、淀み無く、テンポよく、言葉を繋ぐ。
「秘密裏に処理されたけれど――、魔王の力を利用した陰謀を阻止した功労者でもあって」
「それらの功績をもって、王都ランクは文/武ともにSランカーになった。これは、ゲストを迎えるには十分な資格を持っていると判断される。さらに――」
メモ帳を閉じ、ズボンのポケットに収める。
「剣術や魔術と違って、召喚獣対決なら術者そのものには危害が加わらない。だから、今回のイベントにはまさにうってつけ、と。」
「それで白羽の矢が立った。そういう理解だけど、いいかな?」
ポタルは、頷きながら聞き、話が一通り終わると、満足げに返答した。
「うんうん、素晴らしい!100点の回答だね!」
「ありがたいけど、なんだか甘いなぁ……。」
オンは、照れくさそうに答える。
オン・オワリ・ギムズ。ポタルよりも少し年下に見えるこの青年の正体は、人間体を保った「使い魔」である。
長く艶のある黒髪を背中まで伸ばしている。
服装は、ポタルと似た形状でこそあるが、ポタルのそれとは対照的に、全身を黒一色にまとめている。
使い魔としてのオンの主人――「先任」は、既にこの世界を離れている。主を持たない、「はぐれ」使い魔となったオンは、その後を継ぎ、ポタルの助手を務めていた。
ポタルは、上機嫌のままに笑う。
「さて、招待試合とはいえ……。勝っちゃっても、構わないらしいから♪」
「よし、行こう!よーく見ててね、オン!」
そして、二人は競技場へと足を進めた――。
◇◇◇
ポタルを競技場に見送った後、オンは、観客席へと向かった。
(思い出す、な……)
観客席の、あまり目立たない席を探しながら、オンは、かつての召喚大会のことを思い返していた。
彼が、まだ、小さな黒曜岩龍で、ポタルや主人のペットのように過ごしていた時間。
三人で、個性豊かな選手達の戦いを観戦し、盛り上がり――。
ポタルは、二人の目の前で、次々と強敵を打ち倒し、優勝を決めた。
そんな景色を、目に映る競技場の風景に重ねながら、観客席をゆっくりと歩く。
「ここ、席が空いてますよ。よろしかったら、どうぞ。」
不意に、声を掛けられる。
声を掛けてきたのは、この世界には、やや異質な格好の女性だった。
ブルーの、上下のスーツ姿、タイトなスカート。前髪は七三に分け、後ろの髪はスマートにまとめている。
服と同じく、ブルーのフレームの眼鏡を掛け、全体としては――
(「優秀な秘書」なんだけど、なんだか妙に「青い」、そんな仕上がりだな……。)
オンは、そんな印象を受けた。
とはいえ、特段、彼女の申し出を断る理由もなく
「ありがとうございます。」
そう言って、小さく頭を下げると、オンは、観客席に腰を下ろした。
改めて、競技場全体を見回し、そして、空を見上げる。
(天気は、雲一つない快晴。だから、きっと、今日のポタ姉の召喚獣は――。)
オンが、そんなことに思いを巡らせ、のんびりと試合の開始を待っていた。
そして、その時はやってきた。
本日の主役、「勇者」ジークと、「優勝者」ポタルが、それぞれのゲートから入場し、観客達の前に姿を現す。
勇者ジークの姿は、――オンからすれば、むしろ意外なほど平凡で、普通だと感じた。
ルックスについても、特に変なところはない。
極めて……どこにでもいそうな、外見だけで言えば――、オンと同世代に映るであろう青年、そんな印象だった。
(この、隣のお姉さんのほうが、よっぽど尖ってるな。)
そんなオンの思考をよそに、勇者ジークは召喚獣を呼び出す。
――召喚獣、[チート・アンブレラ]。
その姿は、青くて小太りな二足歩行の鳥。
上半身はアロハシャツ、下半身は短パンを履いており、陽気な印象を受ける。
その服装とはあまり似つかわしくない、大きな黄色い雨傘を差している。
勇者ジークこと、比名 軸人 が元々住んでいた世界、その家の近所の「カササギ公園」。
その看板に描かれていた、名も無きキャラクターがこの召喚獣のモデルである。
一方のポタルは、彼女のエースである[ブルースカイ・ランサークン]を召喚した。
青空を纏ったような鎧の輝きと共に、槍の女騎士が姿を現す。
――招待試合、開始。
◇◇◇
試合展開は、――かつての召喚大会でポタルが対峙した、ハル、幻鬼、クイダとの戦いに比べれば、遥かに、堅実なものだった。
女騎士の槍による突撃を、太った鳥は傘でいなす。
鳥の方も、傘を槍のように用いて突き返すが、同じように女騎士の槍で受け流される。
距離を取り、女騎士は青空のマナを結晶化させたナイフを投げるが、鳥の方は傘を開き回転させると、曲芸のようにその飛び道具を防いだ。
派手さには欠けるが、緊張感のある戦いが続く。
……しかし、観客席のオンは、召喚大会での試合と、もう一つ、明確に違う点に気付いた。
それは、対峙する、両召喚術士の表情だった。
ポタルの方には、特に違和感はない。
オンがよく知るように、戦いを、その瞬間を本気で楽んでいる。勝つために、どう思考を回転させて、どんな行動を取るのか。その興奮が、好奇心が、ポタルの緊張感のある笑顔に浮かんでいた。
――問題は、対戦相手、勇者ジークの方である。
明らかに――、動揺の色が見える。最初から、圧勝すると確信していたのに、それがうまくいっていない、そんな表情。
あるいは、自分と同じレベルの実力者と相対したことがないかのような、そんな――。
その内情はオンにはわからなかった。
しかし、その表情の違いを生む「何か」は、徐々に試合展開にも影響を与えていた。
ポタルの召喚獣が、押し始める。
そして、防戦に回ったジークの召喚獣は、一瞬の隙を突き、槍によって貫かれた。
そのとき。
―――、――――――。
オンの視界が、完全に、ホワイトアウトした。
「……!!?」
オンには、何が起こっているか分からなかった。意識はある。目も開いているはずだ。
しかし、そこには何も映らない。
もし、例えるなら。
古いパソコンや、電波の悪いスマートフォンで、「更新」ボタンを押して、何も見えない状態で待たされているような――。
使い魔は、主人の記憶を共有する性質を持つ。
今、オンの主人はこの世界には存在しないが、主人が人生の中で得た記憶、――この世界を離れるまでの――、は、オンにも引き継がれている。
(パソコンやスマートフォンを知らないポタ姉に……、この状況、どんな説明をしたら伝わるのかな。)
主人の記憶を反芻し、そんなことにまで考えが至るほどの長い秒数が経過した後、オンの視界は戻った。
「立ちくらみ……?なんだったんだ、今の……?」
周りを見回す。
だが、その景色は、オンが先程まで見ていたものとは、似ているようで、異なる物へと変化していた。
快晴だったはずの天気は、曇りに変わっていた。
そして、終了間際だったはずの試合は、開始前まで時間が巻き戻っていた。
ジークに相対する、召喚大会の優勝者は、ダーウェイ・ケンリスという別の人物に変わっていた。
世界には、原則がある。
なろう系主人公は、決して、負けてはならない。
これを負けさせるような人物は、存在してはならない。
ましてや、人間的に優れた人物であるなど、言語道断である。
なんてことだ、ぽっと出の、サブキャラクターが、主人公に勝つ?なぜ、わざわざそんなことを?
みすみす、読者が離れるような真似をする必要があるか?
それは、世界の理に、反している。
その禁忌に、『この世界の誰もが気づくことが出来ない状態で』触れてしまった、ポタル・ギムズは――
正しく、改められた世界に、よって。
削除された。




