3章
91
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そのまま街を抜けて、来る時に降りた森のなかの開けた場所へと到着すると、キョロキョロするマリの頬をべろん、となにかぬるついた暖かいものに舐められて声にならない声を上げて思わずチェザーレの腕に縋る。
「ラダ…。」
怯えるマリの頭を撫でた後に、服の袖でマリの頬をごしごしと擦って拭ってやりながら低く呟くチェザーレに、ふぉふぉふぉ…!という笑い声が風にのって聞こえ、目の前に突然巨大な竜が寝そべった姿で現れた。
どうやら魔法で姿を隠していたらしく、傍に来たマリの頬を舐めたらしい。
「いやぁぴちぴちじゃのぅ…。」
いかにも変態めいた言葉にどうしても焼かれたいらしいと剣呑な目を向けるチェザーレに冗談が伝わらんのぅ、と拗ねるラダ。
巨大な竜が背を丸めて拗ねる様は珍しいが、どうしていいか分からずおろおろするマリと、白けた顔を向けるジアンとチェザーレ。
「折角迎えに来てやったのに随分じゃのぅ…。」
ぶつぶつと言うラダに、マリがキョトンとするがチェザーレは気にする素振りもなく、さっさと行くぞ、と促す。
チェザーレの声に応じるようにマリ達の周囲を風が舞始め、やがて玉となってマリ達を包む。
その玉を起き上がったラダが大切そうに抱えあげて飛び立った。
半透明の風の玉の中から遠ざかっていく街と、広大な森を見下ろす。
ほんの少ししかいなかったが、目まぐるしく色んなことが起こった、と思い出しながら小さくなった街は流れる雲で隠れて見えなくなった。
やがて来た時同様に雲を突き抜け、上空から雲を見下ろし、そして雲に潜る。
来た時と違い、今回は雷鳴に晒される事無く雲を抜けて竜王山に沿って高度を下げていくラダ。てっきり竜王山の麓に下ろされるのかと思ったマリだったが、彼はそのままゆっくりと旋回し、王都の方へと首を向け、バサリと翼を動かす。
足元に見える砦の上で、米粒のような人間たちがラダに向かって手を振っているのが見える。
星竜王国の国民にとって、竜という存在は脅威ではなく共に生きる存在なのだと思わせる一面に自然とマリの頬が緩む。
やがて視線の先に見慣れた、何故かちょっと懐かしく思える王都の、そびえ立つ王城を目にし、ぺたんとマリが座り込んだ。
寄り添うように伏せるジアンの頭を撫でながら徐々に近づいてくる王城に、緩みそうになる気持ちを引き締めるマリだった。
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「まつも…トオル君がいない…!?」
ラダに王城まで送られ、王の執務室で聞いた言葉にマリの声が跳ね上がる。
チェザーレもジアンも、言葉にこそしないが詳しいことを話せとばかりに執務室で出迎えたジラール、ローウェン、アウローラを見やる。
「イツキのように勝手にいなくなった訳では無い。正式な手続きの元、精霊国シルベアナという国に向かったのだ。」
「理由は?」
簡素なチェザーレの問いかけにため息混じりでアウローラがゆるく頭を振りつつ、
「この国にはレイナを救う手だてがない、シルベアナならば聖術、という術があるから。だそうよ…。皮肉なことに、向こうもどこからかレイナの情報を掴んでたみたいでね…。かの国ならば救える、って言って正式な渡航手続きを送ってきたの…。それで、王が以前、最大限手助けする、っていったのを逆手にとって…。」
その状況を思い出すように眉間に皺を寄せつつ瞑目し、絞り出すように言うアウローラに、チェザーレのため息が被る。
「イェブの可能性もあるな…。」
チェザーレの呟きに、マリの顔に緊張が浮かぶ。
聞きなれない名前に三人が首を傾げていると戻ってきた目的である、獣王国で起こった事を掻い摘んで話し、獣王からの手紙をジラールに渡す。
手紙を一読した後に、ソファの背もたれに頭を預けながら、ジラールがボヤく。
「厄介なことになりそうだ…。」
言葉の意図が分からずにキョトンとするマリに、ローウェンが地図をテーブルに広げながら、
「精霊国シルベアナは、竜王山を挟んで大陸の西の端にある大国です。かの国は精霊を最上位とした精霊信仰が盛んな国で、精霊王マクスウェルを神と崇め、かの精霊の声を聞く役割を法皇として国の頂点に据える宗教国家です。魔法や星竜教の信徒が使う法術とは違う、聖術を会得し、迷える人々に精霊の加護を分け与えているのだとか…。今回、トオルを呼び寄せたのはまさにその法皇なのですよ。」
地図の一番端に大きく書かれた街の名前を指先でなぞりながら説明してくれるローウェンに、マリは頷き、トオルを呼んだのが国の頂点と聞いてギョッとした。
隣で聞いていたチェザーレもまた、瞳を眇めて腕を組みながら睨むように地図を見つめる。
「迎えの聖術使いが来たのが数日前だ、その者から正式な書状を渡され、トオルに話をさせた所、二つ返事で行くと言ってな…。情勢もあって許可できぬと跳ね除けたのだが、かの国の使者は法皇の代弁者も兼ねておった。あれこれと屁理屈を捏ねて、結局最終的に俺が言った協力する、が決め手になったわけだ…。面目ない…。」
ガリガリと金髪を掻きながら頭を下げるジラールに、マリの方がおろおろしつつ、
「でもその言葉があったからこそ、私はチェザーレたちとこの世界を見て回ることが出来たんです。だから王様が責任を感じるのはまだ早いんじゃないかと。」
マリの言葉に、下げていた頭を上げ、碧眼がぽかんとマリを見つめる。
ぽんぽんと傍らにいたアウローラに肩を叩かれ、ジラール王は頷いた。そしてマリにありがとう、と感謝を示す。
向けられた感謝に笑顔を向けてから、静かなチェザーレを見上げた。
「シルベアナに、行く?」
マリの問いかけに閉じていた目を開き、紫の瞳がマリを見下ろす。
「俺だけで…、」
「それはダメ。チェザーレがいくなら私も行く。」
「マリがいくならオレも行くぞー。」
危険だから、といいかけようとしたチェザーレの言葉を遮って、幾らか強い口調でマリが言う。それに倣うようにひょこっと顔を上げたジアンが続いた。
「だが…」
尚もいい募ろうとするチェザーレをじっとマリとジアンが見つめ返す。やがて視線の圧力に耐えかね、目を逸らしたチェザーレに、勝った!と小さくガッツポーズをしたマリと尻尾を振るジアン。
そんな3人を見ていたローウェンとアウローラがクスクスと笑い、ジラール王はニヤニヤとチェザーレを見やる。
「詳しい話は明日に致しましょう。皆様お疲れでしょう?湯と食事を用意させていますから、まずは旅の疲れを取ってらして下さいませ。」
アウローラの言葉に、お風呂が使える、とマリが喜ぶ。
獣王国には風呂という文化がなく、湯を沸かして体を拭くに留まっていたため、心のそこからその申し出を喜んだ。
早速行ってくる、と立ち上がったマリにアウローラが続き、案内を買って出る。
いまだにこの城で迷うマリにとってそれは有難く、一緒に入りましょう、と言われて素直に喜んでいた。
女性陣を見送り、苦笑混じりに息を吐くローウェンに、チェザーレが視線を投げかける。
「イェブという少年、戦ってみたそうですが、どうでしたか。」
苦笑を引っ込めたローウェンの言葉に、フンと鼻を鳴らすチェザーレ。
「何度か踏み込んだが、全部あしらわれた。負けることは無いが、楽はさせてはくれんだろうな。それに加えてもう一人。そして奴らの王とやら…。一度、母上に会いに行こうと思う。」
3回目の29の日!
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