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竜王のいる異世界  作者: 土師 冴来
三章―英雄と獣王国編―
90/116

3章

89

――――



ギャアアアァアア…!

イェブの姿が消えたと同時に、樹木の中央の女性が軋んだ悲鳴のような声を上げ、チェザーレたちを目にして笑う。


「なんだありゃ…。」


べフィルの呟きに答えられるものはおらず、不気味なそれから目を離せないでいた。

バキバキと音を立てて葉のない枝を伸ばし、根を張っていくそれに、チェザーレが動く。


『フレアトルネード!』


チェザーレの意思に従って炎が渦を巻いて樹木をの左右に陣取り、枝も根もそこから先に伸びないように焼いていく。

痛みを感じないのか、中央の女性は燃え盛る枝を気にすることなく尚広げようとするが、炎に触れた端から炭になって崩れ落ちていく。

正面から見える女性は、変わらず延々と枝を伸ばそうと生み出す。

その異様さにチェザーレたちが眉を寄せてると、やがて枝の下にぶら下がるように黒い実が実り始める。

その実は瞬く間に一抱えはある程に成長し、ぼとりと地面に落ちた。

ころりと転がり、落ちた勢いでぱっくりと割れた中から腐臭が漂う。

そしてずるりと何かが這い出てきた。

それは、真っ黒な毛皮をぬるりとした粘液で濡らした、山羊だった。

這い出てきたそれは、震える足で立ち上がろうとする。


「ヌゥンッ!」


震えていた山羊の首目掛けて振り下ろされる戦斧。

あまりの異様さに動けずにいた中で、ケトーだけが異常を察して動き、山羊を仕留めにかかったのだった。

果たして、あっさりと首を撥ねられた山羊は、そのままぐしゃりと崩れ落ちる。

だが、崩れ落ちた体がブルブルと震え、背に切れ目が入ったあたりで、べフィルがケトーの肩を掴んで飛び退く。

たたらを踏みながらも離れたケトーが隻眼でみたのは、切れ目から新たな山羊が生まれてきたところだった。

そうしている内に、ぼと、ぼと、ぼと…といくつもの実が実り、落ちてくる。

それら全てから、這い出てくる山羊たち。


「おいおいおい…なんの冗談だこれ…。」


引きつった顔のべフィルの言葉に、


「あんたの冗談なみに笑えないのは確かよ…。私もルピナももうあまり魔力がないのよ…。」


辛辣なメイニィの返しに何か言おうとしたが、続けられた言葉に、ルピナを見ると、彼女もそれを肯定するように頷く。


「私もガス欠だ…。いやはや歳はとりたくないな…。」


こちらまで歩いてきていたナズールの言葉に、べフィルたちの視線がチェザーレに注がれた。


「一気に焼き払うしかなさそうだが…周囲もろとも焼きかねないぞ…。」


視線を受けたチェザーレは、僅かに思案してそう言う。

加減無く焼き払うのは簡単だが、いくら郊外であっても森に囲まれたこの都市で、全力で火を放つのは躊躇われた。

だが彼らの視界の先では黒山のように産まれてくる山羊たちが見える。

まだ動くことは無いが、あれらが一斉に動いたら殲滅には苦労するだろう。

動かないうちに始末を付けるべきだろう。


「チェザーレ。アーカイドさんなら、チェザーレの全力を抑え込めるんじゃない?」


今までジアンに守られ、余波の届かないところにいたマリがチェザーレに歩み寄りながら問いかける。

その可能性を失念していたことに、はっと顔を上げるチェザーレ。

そして可能だ、と頷いた。




「チェザーレだと、多分ウンディーネたちが意地悪しそうだから、私が呼ぶね。」


ぞろぞろと生まれる山羊たちは、チェザーレが範囲を広めた炎の竜巻に阻まれてまだ樹木の根元から出てきてはいない。

中は見えないが、感覚でわかるチェザーレが顔をしかめるほどには、順調に増えているらしい。

樹木からやや離れ、屋敷の庭の隅にあった井戸を覗き込むマリ。

底の方に水が残っているのを確認し、振り返って言う。

チェザーレの首肯を見てから、


「ウンディーネさんたち!アーカイドさんに伝えてください!力を貸してください!」


井戸の奥に向かって声を張り上げると、井戸の底の水に波紋が走る。

絶え間なく波紋を広げ、やがて1人の半透明の女性が上半身を現した。


『私どもの主を呼ぶのはどなた…あら?マリ様?』


煩わしげだった彼女の目が見開かれ、そのまま水柱を作って井戸から上がってくる。

下半身が魚の彼女は水で作った柱に乗って周囲を見渡し、状況を素早く理解した。

どこからともなく三股の矛を取り出し、くるりと宙に円を描けば、その円の形に水の膜が生まれた。

膜は中心に向かって渦巻き、やがてそこから青い髪が印象的な、優しい笑顔を携えた男性が出てきた。


「やぁ、困ってるんだって?」


傅くレインティアを立たせながらアーカイドがチェザーレを見やる。

対象的な色合いの2人に、べフィルたちがついていけずにキョトンとしていたので、ナズールがこっそり耳打ちした。


「あのお方は海を統べる海竜、アーカイド様だ。海の贈り物、という物語のモデルになられた偉大なお方だぞ。」


ぼそぼそと話すナズールにべフィルたちが目を剥く。

おとぎ話のなかの存在が目の前で気さくに笑っているなどと想像がつかない。

ルピナなどは、サインいただけないでしょうか…などと頬を染めている始末だった。

そんな話を横目に、チェザーレからあらましを聞き、目の前で燃えている炎の奥で蠢いているものがちらちらと見え始めた事に端正な眉を寄せたアーカイドは、二つ返事で了承した。


「全力でやっていいよ、抑えてみせるとも。ね、レインティア?」


傍らに控えるウンディーネに確認するように笑いかければ、微力を尽くしましょう、という謙虚な答えが帰ってくる。

それに苦笑しつつ、魔力を練り始めるアーカイド。

チェザーレもまた、1人離れて魔力を練る。

炎の渦に包まれ、チェザーレは本来の竜の姿になって出てくると、不安げなマリにそっと顔を寄せる。

何かを言うでもなかったが、鱗に覆われた鼻先をマリが撫でると、返すように手に擦り寄ってから、ふわりと飛び立った。

空中を何度か旋回し、滞空して地上を見る。

竜巻の中は黒いものが積み重なり、しきりに蠢いていた。炎に触れた端から焼かれ、焼かれた体から新たな山羊が生まれ、また焼かれ、を繰り返している。

それを気持ち悪そうに紫の瞳を眇めて見遣り、アーカイドへと視線をずらす。

彼もチェザーレを見上げていたのか、こくりと頷いた。



「さて、全力でいこう。レインティア!」


アーカイドの声に、ぱしゃんと水音を立ててウンディーネが空へ舞い上がる。水の柱を作りながら炎の渦の外周を周り、水の帯をぐるりとまして戻ってきた。


『命の根源たる水を司るわが眷属たちよ。』


アーカイドとレインティアの声が重なった瞬間、水の帯は縦へと伸び、まるで水のカーテンのように炎の渦を包み込む。

準備は整ったとばかりに、アーカイドは再び空のチェザーレを見上げた。


『こちらも全力だ、サラマンダー!』


チェザーレの呼び声に、彼のたてがみが火の粉を撒き散らして燃え盛る。

ぐっと首を逸らし、肺一杯に息を吸い込んでから、大きく口を開いて樹木に向けて息を吐く。

その息は灼熱の炎となって樹木に注がれ、超高温を表すかのように真っ白な炎の息吹だった。


息吹が当たった瞬間、水のカーテンが大きく揺らぐ。

ぐっと眉を寄せて魔力を水に流し込み、支えるアーカイド。

揺らぎは直ぐに収まり、しっかりと炎を抑え込む。

どれだけの時間、炎を浴びせただろうか。

流石のアーカイドも魔力の減少を自覚しだした頃、ふっと息吹が止まる。

バサリと翼を翻して降りてきたチェザーレの視線を受けて、水のカーテンを解くアーカイド。

その中には、真っ黒に焦げた樹木と、積もりに積もった黒い灰が積み上がっていた。


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