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竜王のいる異世界  作者: 土師 冴来
三章―英雄と獣王国編―
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3章

76

――――



しんと静まり返った部屋の中で、シミのようにぽつりと零されたメイニィの問いかけに、ケトーはゆっくりと、しかし大きく、首を横に振った。


「それは、否だ。むしろ私こそ、あの斧の持ち主を探している…。この手で縊り殺すために。」


青紫の瞳に明確な殺意を湛えてそう返せば、メイニィも息を飲む。

ケトーは、マリの膝の上でぷすぷすと鼻を鳴らして眠るケイローへと顔を向け、先程とは打って変わった優しい眼差しで寝顔を見てから、メイニィへと視線を戻す。


「ケイローの母親であり、私の愛娘を殺したのがあの斧と、その持ち主であるはずなのだ。」


「はずっていうのは…?」


黙って話を聞いていたマリだったがケトーの言葉に引っ掛かりを覚え、ケイローの背を撫でていた手を止めて問いかける。

話の腰を折ってしまうような問いかけではあったが、ケトーは気にした様子もなく頷き、


「知らせを聞いた私が到着した時には、石化しつつある娘と、その村に住む住人、村の中央で地に突き刺さったこの斧しかなかった。ケイローはな…石化しながら、娘が自らの腹を裂いて取り出した子だ。石化の呪いの影響だろう、この子の時は、そこから数年で止まってしまった。」


その時を思い出したのか、目を閉じて俯くケトーと、話を聞いてぞくりとしたものを感じて口元を覆うマリたち。

閉じていた目を再び開き、部屋の外、恐らくはバジリスクがかけてある場所を睨むように一瞥したケトーは、再びメイニィへと顔を向ける。


「お前にそんな事情があったなんてな…。いつ頃の話になる…?」


「今から10年前になります。恐らくは彼らの集落を襲った直後かと…。」


チェザーレの問いに答えたケトーは、メイニィを見ながら再び口を開く。


「獣人と、いったな?どのような姿だったか覚えてはいまいか…?」


どこか縋るような声に、メイニィも眉根を寄せて思案する。

だが彼女の記憶は恐怖ばかりがこびり付いており、緩く頭を振って、ごめんなさい、と詫びる。それにやや落胆の色を見せたが、問い詰める気もないのか、済まなかったな、と詫びるケトー。


「いや、それを言うならウチのリーダーだな。事情も聞かずに斬りかかった馬鹿野郎なんだから。」


話を聞いたギースの一言に、彼の仲間は頷く。必ず詫びさせる、というギースに、笑って返すケトーだったが、不意に響いたノックの音にドアを向いた。入室を許可すると、メイドの一人が丁寧に礼をしながら一歩入って、


「お話のところ誠に申し訳ありません、武闘大会の打ち合わせのお時間が迫っておりますれば…。」


申し訳なさそうに言うメイドに、しまった、と腰を上げるケトー。

やや慌てながらメイドに指示を出しつつ、チェザーレを振り返る。


「どうか我が家と思ってお寛ぎくだされ。私は暫く忙しくなってしまいますが、何かあればメイドに言付けていただければ。御前、失礼致します。」


そう言い残してばたばたと部屋を後にして行った。


「べフィルは俺たちで探して話つけておく、アンタらは少し休め。ギルドの方の報告も俺がやっておくからよ。」


チェザーレやジアンはともかく、ただの娘であるマリは相当な負担であっただろう旅路に、ギースが気遣って言う。

メイニィやルピナも頷き、マリは有難くそれに甘えることにした。膝の上にいるケイローも、動く気配もないことであるし。

まずは報告からだな、と言い残してギース達は部屋を出ていき、残されたのは膝に子グマを乗せたマリ。それをつまらなそうに見つめながら茶を啜るチェザーレ。足元で大あくびするジアンだった。


「そういえば、武闘大会って?」


もふもふとしたケイローの背中を撫でながら首を傾げたマリに、眠そうに瞳を潤ませたジアンが答える。


「獣王国のならわしみたいなもんだ。獣王主催の大会で、人間部門、亜人部門に別れてて、ソロとタッグの2種目で最強を競うんだよ。んで、優勝したら獣王から望みをひとつ叶えてもらえるってやつ。」


へぇ…と感心したように頷くマリに、カップを置いたチェザーレが、さして興味無さそうにだらりと身体をソファに預けつつ、


「べフィルたちの目的もそれだろうな。なにせ賞金もそこそこでるし、埋もれていた才能ある戦士、っていうのも多い。そういう逸材と戦い、技術を磨く為だろう。手っ取り早く名も売れる。」


チェザーレの言葉に、なるほど、と理解を示し、そして首をかしげつつぽつんと呟いた。


「チェザーレとジアンは出ないの?」


その問いに、眠りそうだったチェザーレの薄紫の瞳が開かれ、身体を起こしてマリに詰め寄る。

久々に至近距離で見るキラキラしい顔に思わず仰け反るマリに若干眉を寄せつつ、噛んでいい含むようにゆっくりとチェザーレは言った。


「マリ?今お前の目の前にいて、お前を護っているのは、この星で最強の存在だぞ…?」


そう言われて、ぱちくりと目を瞬かせるマリに、堪えきれずにジアンが吹き出す。

げらげらと笑い転げる狼を片足をばして無造作に蹴り飛ばし、とてもいい笑顔でマリに詰め寄るチェザーレ。当然膝の上にいたケイローは押しつぶされそうになって不快げに唸るが、チェザーレは素知らぬ振り。


「え、っと…はい、ごめんなさい…。」


イマイチよく分かってなさげではあったがそれでもしきりに頷くマリに、とりあえずは乗り出していた身体を離し、再びだらりと背もたれに身体をあずけるチェザーレだったが、ふと何か思い当たったかのように虚空を見つめる。

訝しげなマリに、


「いや、もしかしてイツキがここを目指したのは、武闘大会に出るためじゃないか…?」


チェザーレの言葉にマリとジアンの目が見開かれる。

もしかしたら、とはつくが、そのような気がする。どうすればいいか、と視線で問うマリに、頷いたチェザーレはテーブルの端にそっと置かれていたベルを取って軽く振る。

そのベルはマリにはなんの音も聞こえなかったが、ジアンの耳がぴくりと震え、次いでノックする音に、獣人にしか聞こえない音域のベルなのだと理解した。

入るよう声をかけたチェザーレが立ち上がり、静かに入ってきたメイドにケトーの予定を尋ねていた。

難しい顔で僅かに思案した彼女は、直ぐには分からないが必ずお伝えする、と言い残して丁寧な礼とともに出ていく。


「恐らくケトーが統括しているだろうからケトーに話をつけるのが1番早いが…無理そうならその上に言いに行くまでだな。」


チェザーレの呟きに、その上?と首を傾げるマリ。蹴られたままだらりと転がっていたジアンが床に顎を付けたままつまらなそうにそれに答えた。


「獣王だろ…。竜王陛下が謁見させろって言えば即叶うだろうな…。」


その場合、謁見するのはあちらで、こちらはそれを受ける側になるんだぜ、とボヤく。

改めて、彼らの前にたつ青年がそういう存在なのだと思い知るマリだった。




――――

屋敷を出たギース達は、冒険者ギルドに足を向けた。報告もそうだが、べフィルならばそこにいるだろうと踏んでいたからだった。

その予想通り、べフィルはギルド併設の酒場の隅で酒を飲んでいて、ルピナが報告を受け持ち、ギースとメイニィがべフィルのいるテーブルの空いている席に陣取る。

だいぶ飲んだのか、若干据わった目でギースを睨むべフィルに、大袈裟にため息をついて、メイニィのほうに向くよう顎をしゃくる。

それに素直に従ったべフィルの顔面を、目に見えない衝撃が襲った。

鼻面に叩き込まれた魔力の塊に、抵抗できずに鼻血を出しながら思い切り仰け反り、椅子ごとコケかけるのをギースが掴んで押しとどめる。

なにしやがる!と言いかけるべフィルだったが、泣きそうに潤んだメイニィの瞳に押し黙った。


「お前らの事情のあらましは聞いた。んで、ケトーも、お前と同じ立場なんだそうだ。」


ギースの言葉に目を見開くべフィル。鼻血を無造作に拭い、どういう事だと凄む彼に、お決まりのエアドームを展開してから話して聞かせるギース。途中でルピナも合流し、全て話し終えた後にべフィルが飲んでいた酒を奪って喉を潤す。

酔って据わっていた目は既に理性の光を取り戻し、俯きながらそうか…。と一言だけ零すと、押し黙ってしまう。

色々と葛藤があるのだろうと思い、そっとさせておきつつ、ルピナからの報告を聞く。

どうやらイツキたちはまだこの街の冒険者ギルドには来ていないようだった。

そを伝え、さらに足取りを追うにしても、一度チェザーレの元へ行かなければというギースに、


「ならば我々もケトー様のお屋敷にお邪魔すればいいのですよ。そういう理由をつけないと、べフィルはいつまで経っても会いに行かないでしょう?」


さらりといったルピナだった。

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