後編〜愛をとりもどす〜
舞踏会で起こったのは、まさかの「婚約破棄と断罪」という大事件。
そして罪人だという王子の元婚約者、オフィーリアに向けて放たれた攻撃魔法を無効化したのは、なんと彼女の母親であった。
魔導騎士でもない貴族の女性が魔法を無効化できるなどと、カケラも思っていないアルフレッドは呆然と呟く。
「ク、クリスティア伯爵夫人……なぜ……」
「なぜ、とは? 愛する娘を母親が守るのは、当然のことではなくて?」
「し、しかし、彼女は、罪を……」
「罪? 娘がやったという証拠は? そして、この場にいらっしゃらない国王様から、王家から婚約破棄することの同意を得ているのかしら?」
「ぐっ……」
あらあらうふふと微笑むクリスティアに、ぐうの音も出ないアルフレッド。そこにピンクブロンドの美少女が、再び甘ったるい声を張り上げる。
「ねぇ、こんなやつら、気にしないでやっつければいいじゃないぃ、アル様ぁ」
「そうだ……そうだな……。おい! 魔導騎士隊! 上級魔法攻撃の用意をしろ!」
再び構える魔導騎士たちの前に、多くの光る魔法陣が浮かび上がる。
「上級魔法ですって!? お、お母様、逃げて……逃げてください! あの者たちが狙っているのは、わたくしだけです!」
「オフィーリアは本当に良い子ね。ほら、母様の背中に隠れていなさい」
「いけません! お母様! 上級魔法は英雄クラスでないと……!」
慌てる愛娘に輝くような笑顔を向けたクリスティアは、どこから取り出したのかもうひとつの銀色の扇を掲げ、シャランと涼やかな音を立ててそれを開く。
まるでたなびく衣のように、彼女は銀色の……鉄扇を顔の前に交差させた。
扇が合わさることで浮かび上がるのは、特殊な文字が刻まれた魔法陣だ。
「いるかしら、ウンディーネ」
『ここにいるよ』
「久しぶりに本気を出すわ」
『わかったよ、我が主』
クリスティアの肩口から水色の半透明な「何か」が現れる。
「まさかあれは……上位精霊!?」
「なぜエバンス伯爵夫人が、上位精霊を使役しているんだ!!」
ざわめく貴族たちをよそに、クリスティアはドレスの裾をどこからともなく湧いてくる水で濡れるのをものともせず、凛とした立ち姿で言葉を発した。
「精霊よ! 契約の名のもとに、我が武器に宿れ! 能 力 開 放 !!」
二対の鉄扇にある魔法陣が青い光を放ち、そこからクリスティアの腕や胸元、足などが光に覆われていく。
「あ、あ、あのお姿はっ!?」
「バカな!! あの御方は、さきの大戦で行方不明になられたと聞いているぞ!?」
傍観している多くの貴族たちは、鉄扇を構える彼女の姿を見て口々に叫んでいる。
あまりのことに呆然としていたアルフレッドではあるが、いくら彼が恋に浮かれていたとしても「彼女」のことを知らないはずがなかった。
彼女こそ、二十年前の大戦で英雄とされている一人。
「王宮魔導騎士軍、初代一番隊隊長……青き清流のクリス……!?」
「え? お母様が、英雄クリス様?」
「王子を守れ!」
「上級攻撃魔法を放て!」
青銀色の鎧に包まれたクリスティアに向け、放たれる攻撃魔法。しかし彼女が鉄扇をひと振りするだけで、それはあっさりと煙となり散っていった。
次々と発動する攻撃魔法を散らしたせいで魔法の煙が漂う中、クリスティアはほうっと悩ましげにため息を吐いた。
「これが上級? 魔導騎士たちは、いつからこんな惰弱な魔法出すようになったのかしらねぇ」
「信じられん……これが、英雄の力か……」
「上位精霊を武器に宿せるのは、初代隊長のみと聞くが……まさか、ここまでの力とは……」
「我らの魔法が、いともたやすく……」
がくりを膝をつく魔導騎士たち。
クリスティアに攻撃魔法が効かないと理解したアルフレッドは、背後にエリザベスを庇おうとするも、肝心の彼女の姿が見えないことに気づく。
「エリィ!? エリザベス!? どこに行ったんだ!?」
「あらあら逃げちゃったのかしら、ねぇ?」
「お母様、エリザベス様は魔法に巻き込まれてしまったのでは? ど、どうしましょう。ご無事でしょうか」
「まぁ、優しいオフィーリア。あの子は魔法に巻き込まれたのではなくて、煙に巻いたようですね……あら、母様ったら、とても上手ではなくて?」
クリスティアが不安げなオフィーリアの髪を優しく撫でていると、突然ガシャーンという大きな音と共に窓ガラスが割れ、外から燃え盛る炎が勢いよく飛び込んできた。
舞踏会に参加した貴族たちが慌てふためく中、会場に落下した炎のかたまりは、その衝撃で床にクレーターが出来あがる。
「ふぅ……我が愛する娘オフィーリアが泣いているのは、ここかね?」
その赤く輝くかたまりから炎が弱まると、鍛え抜かれた筋肉を身にまとう男が現れる。
服は燃えてしまったのか、かろうじて下は身につけているものの彼の持つはち切れんばかりの筋肉は「ほぼ」さらけ出されてしまっている。
オフィーリアの二倍はある高身長に、彼女の腰のほうが細く見えるムキムキの太もも。ガッチリムッチリと盛り上がる大胸筋をピクピクと動かし、赤銅色の髪は後ろに流し口元の髭をゆるりと撫でた男は周囲に鋭い視線を送る。
「あの、炎と、赤く光る鎧……嘘だろう……」
「王宮魔導騎士軍の初代零番隊隊長、赤き爆炎ジーク……」
「あの歴代最強と呼ばれた『幻の零番隊』か!?」
「火の上位精霊を使役できるのは、あの男しかいないんだ。間違いない」
ざわめく貴族たちを気にすることなく、ジークと呼ばれた男は何かを探すように周囲を見回す。そして彼が手に持っていた、何かボロ雑巾のようなものをアルフレッドに向けて放り投げている。ところどころ焼け焦げているピンクブロンドの髪が見えたのは、たぶん気のせいだろう。
「お父様!」
「オフィーリア、ああ、やはり泣いていたのだな」
「旦那様……ジークベルト様……」
「クリスティア」
駆け寄る娘をそっと抱きしめるジークベルトは、音もなく隣に立つ妻クリスティアに強くうなずいてみせる。
緊迫しているこの場であるにもかかわらず、仲睦まじい両親の様子に、オフィーリアは何かが始まる予感がしていた。
そして、その予感は間違いではないだろう。
「よし、まずはオフィーリアが契約している風の上位精霊に、能力を解放させないといかんだろうな」
「武器は何がいいかしら。やっぱり鈍器? モーニングスターとか?」
父親の言う能力開放はともかく、母親の「やっぱり鈍器」という言葉に引っかかりを感じたオフィーリア。だがそれよりも、今のこの状況をどう収拾つけるのか心配になってしまう。
「あ、あの、お父様、お母様、わたくしたちは……」
「とりあえず軍は壊滅させて作り直しだな! あの王子を含めて鍛え直さんといかん!」
「ここのところ平和だったせいかしら、脳内がお花畑の人たちが多くて困ってしまいますね」
はははふふふと爽やかに笑い合う両親を見て、オフィーリアは何も言えなくなる。
英雄と呼ばれる父と母。彼らの常識についていくのは、娘である自分であっても到底無理なことだろう。
だからオフィーリアは深く息を吸って叫ぶ。
「これから、わたくしたち、いったいどうなってしまうのー!?」
……などと、この物語の最後を締めくくったりするのであった。
つづかない!!
お読みいただき、ありがとうございました!
むしゃくしゃしてやりました!