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奈々は許しません! ガブリですから!

なんでもない朝のひと時…


ドスッ…

「うっ…」

マット上に横たわる俺にトップロープからアンドレがボディプレスを仕掛けたが寸でのところで回避。

しかしその巨体から逃れきることは出来ず丸太のような足が腹部にヒット…。


…したかのような衝撃を受け目が覚める。


普段の俺は電車の中でそうであるように一旦寝てしまえば大概のことでは目を覚まさない。

しかしこの衝撃は効いた。

眠りに貪欲に固執する俺はそれでも目を開けずに再び眠りにつこうとするが…


自分の首筋に息を吹きかけられ続けていることに気が付く。

そして…自分の片腕が何者かに押さえつけられてる事にも…。

事態が飲み込めない俺は今度は恐怖から目を開けることが出来ない。


漆黒の死神以外にも刺客がいる…

そして俺の寝床にまで押しかけて来たのか…

その時


「雅樹さん…今…グラマーな女性によそ見してたでしょ…」

俺の名を呼んだ…

今度の刺客は俺の名前を認識し、そして声に出すことが出来るのか…


早く起きて一刻も早くこの事態を奈々に伝えなければ!


…ってグラマーな女性に…よそ見…?


「奈々は許しません! ガブリですから!」

そう言うか否か声の主は俺の喉元にガブリと噛みついてきた…

死んだ…


と覚悟したが…

甘噛み…

助かった…


奈々は許しません! って…奈々かよ…!?

「え? 奈々!?」

思わず声に出すが口を押え、そっと目を開け自分の横を確かめる…


俺の体にしがみつく様に奈々が居た…。

喉元をガブリっとしたことに満足したのか頭を自然な位置に戻し無防備な顔で眠っている。


『…奈々がなぜここに?』

訳がわからず身じろぎできずにいる俺。

一方傍らの奈々は、すやすやと眠り続ける。


自分の身をどう定して良いかわからずにいたが、目のやり場には困らなかった…

あまりに可愛く美しい寝顔に釘付けになる。

寝相は…悪い様だが寝顔は可愛いな。


いつか電車の中で見損なった奈々の寝顔をゆっくり堪能するが、この状態で目覚められると…

『雅樹さん! 不埒っ』と、自分から俺の寝床に潜り込んできたにもかかわらず叱られるのはきっと俺だ…。


わずかな時間の中で俺もいろいろと奈々の特性を学んだものだ。

こういう時の俺と奈々の力関係は、たぶん…不条理という言葉で言い表すのが一番ピッタリくるだろう。


我ながら客観的にこの事態を理解した俺は、男の理性をフルに働かせ煩悩を押し込め寝たふりを決め込むことにした。


奈々は前の晩も同じ場所で眠ったという。

一番安全で一番心が落ち着く場所で、と…。

奈々は恐らく、一緒に寝るなんて言えないだろうし俺の奈々への清楚なイメージからもそれは導き出せない。


しかも俺は万が一奈々がそう言いだしたとしても、

『いや、俺はいびきが酷くて寝相も悪いからソファーで眠るよ』

などと言って固辞したろう。


実際いびきも寝相も公害並みに酷いと自負しているし、いくらおっさんでもこんなかわいい子にそんなところでかっこ悪いとこ見せたくないし。


が、一方で奈々も俺が固辞すれば女性としてのプライドを著しく損なわれる。

だからこっそりベッドに潜り込み、俺が目覚める前に起きだすと言うスタイルを取ったのだと容易に想像ができた。


もうしばらくこのまま奈々を眠らせよう。

俺は奈々の温もりを感じながら朝日を避けるように目を閉じた。


奈々の顔が俺の顎の下に移動して来る。

頬に奈々の顔が擦り付けられピタリと吸い付く。

くすぐったいのだ…

長いまつげが…


昨日の朝上機嫌だったのは奈々のささやかな願い事が叶ったからなのか。

光栄に思いながらも昨日の朝のことですら懐かしく、ノスタルジックに思い出された。

『いい夢よりもっと良いことがあったんです!』っか。

足をバタバタさせて喜ぶ姿のなんと愛らしかったことか。


そんなことをつらつらと考えていると俺の頬をちらちらとくすぐる物がある。

奈々が目覚めその愛らしい瞼を瞬かせたのだ。


「雅樹さんおはよう…」

奈々が耳元で小さく呟く…

薄目を開けて奈々の様子を窺い見る。


「雅樹さんが他の女性によそ見するからガブリってしちゃう夢を見たんだから…そんな不埒なことをしたら…本当にガブって噛んじゃうんだからね」

そう言いながら眩しい微笑みで俺を見つめる。


いや…本当にガブリといってました…

甘噛みであったことで救われましたが…

そう心の中で呟く。


薄目で様子を窺う俺にゆっくりと奈々が近づき、

頬に軽く口づけそっと起きだす。


バラ色の緊張感から解放された俺は…しばしベッドの中で身悶えるのであった。

朝日が部屋を明るく照らしていた。


「雅樹さ~ん朝ごはん出来ましたよ~」

ほどなく奈々が俺を朝ごはんに呼ぶ。

奈々の手際の良さには感服する。


「雅樹さんおはようございます!」

「おはよう奈々、今日もご機嫌だね」

俺は何も知らないふりをしてそう言う。


「雅樹さんが奈々以外の女性によそ見をする夢を見たのでガブってお仕置きをする夢を見ました」

なんだかうれしそうに言う奈々。

「は、は、そうなの…。で、なんで上機嫌なの?」

いつものパターンなら…


『雅樹さんが潜在的にそう思っているから奈々が夢に見るんですっ!』

っ的な無茶を言いそうなものだが。


「夢ではありましたけど…奈々にもできるんだなって! 自信になりました…」

おいおい…どんな自信だよ。

「ってどんな自信だよ?」

とりあえず声に出して伝えておく。


「奈々に本当にそんなことできるのかなって自信がなかったんですけど、夢の中で練習が出来てやれる気がしてきましたっ!」

「…」

将来に渡っての不安要素を把握して無言になる俺。


「雅樹さん…覚悟してください…。奈々以外の女性によそ見なんかしようものなら…ガブっ! です‥」

奈々が精一杯凄んで見せる。

「はいっ…承知しました…」


「でも雅樹さんがそう言うことしなければいいんですからね?」

小首を傾げて可愛く言うが、なんか怖い。


しかし、やられっ放しもおじさんの沽券にかかわるので少しいじめる…。

「いや~俺もいい夢みたなぁ…」

チラと奈々を見ながら言う。


「どんな夢?」

早速食いつく奈々。

「いや~言えないよ。内緒内緒」

わざとらしくもったいぶる。


「どうして奈々に内緒なんですか? 奈々に言えないような夢なんですか?」

更に食いついてくる。

「R18指定的な?」

「奈々は18歳以上です! 子ども扱いしないで下さい。ってR18! 不埒っ! ガブっですよ!」

むきになってくる奈々。

しかしガブっは勘弁なのでここらで方向転換。


「いやいやR18的なって言うのは冗談だよ。それに夢の中の話しだから気にしない気にしない」

さりげなく不埒は回避する。

喉元本気ガブっはいかにも痛そうだ。


「じゃあなんで奈々に言えないんですか! 気にしないって言われると余計に、気・に・な・り・ま・す!」

「別に変な夢なんかじゃないよ。奈々の寝顔が可愛くて、奈々の寝相が案外悪くて、でもそれがかえって可愛かったなって夢だよ…?」

「…」

奈々が無言になって考え込む。


「雅樹さん…それって本当に夢の話しですか?」

何やら訝しがる奈々。


「なんでそんなこと言うの? 本当に夢の話しだよ?」

完全にとぼける。


「最高~に可愛い奈々の夢」

ことさら強調する。

「…」

無言で顔を真っ赤にする奈々。


「奈々の寝顔、可愛かったな。今日も夢に見られると良いな~」

調子に乗る俺をじっと見つめる奈々の表情が何かに気が付いたようにハッとしたかと思うと急に立ち上がり俺のそばに駆け寄る。


そして…

ガブリっ!

奈々の顔が俺の喉元に入る。


「イテテテっ! ちょ奈々勘弁勘弁!」

さっきの甘噛みとはわけが違う痛みが走る。


「雅樹さんの意地悪っ! もう雅樹さんがなんと言おうと今夜から一緒のベッドに寝ますから! 女の子に恥ずかしい思いをさせた雅樹さんに反論の余地は、あ・り・ま・せ・ん・か・らっ! わかりましたか?」

「…はい…わかりました。ごめんなさい…」

結局男の沽券など吹き飛ばされるのであった…。


「で? 奈々の寝顔はどうだったんですか?」

鼻と鼻がくっつきそうな距離で奈々が詰問する。

「この世の者とは思えないくらい…可愛い寝顔でしたっ」

「本当に?」

「本当に…」


「雅樹さん大~好きっ」

そう言いながら首に手を回し抱きついてくる奈々。

たわいないじゃれ合いが幸せな朝だった。






 




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