奈々のこと一番愛してるって? あれは嘘?
千葉市美浜区 美浜大橋で繰り広げられる奈々と雅樹の物語。
美浜大橋の袂で奈々が願いをかなえて欲しいとせがむ。
「その願い事って奈々がここに来たかった事と関係してる?」
「はい。その通りです。奈々がここに来たかったわけは、この願い事をするためです・・・」
しっかりと視線を合わせてそう言う。
決意? の固さが伝わってくるようでたじろぐ。
「雅樹さんがこの願い事さえ叶えてくれれば、奈々はもうわがまま言ってカフェリンダに行かないとかずっとここにいるなんて・・・たぶん言いません・・・」
初めの勢いとは裏腹に語尾が弱まる。
「たぶんって何だよ? 絶対じゃないの?」
「絶対言いません! たぶん・・・あれ?」
気持ちは言い切っているのだがまだどこかで迷いがあるらしい。
珍しく奈々がしどろもどろになる。
「わかったよ、奈々の決意は充分伝わってきた。多少迷いはあるみたいだけどね」
「じゃあお願い聞いてくれる?」
ぱーっと明るい笑顔が広がる。
まるで大輪の花の様だね、こういう時の奈々は。
「わかったよ、そのかわり願いが叶ったらすぐにカフェリンダに行くぞ?」
「え~? あ、ハイハイ・・・」
「え~って何だよ? 約束する気あるの?」
「しますします~」
調子良く言う奈々・
こんな感じも今まであんまりないな・・・。
「なんか調子良くないか?」
「ないない」
顔をブルブル振って否定する様がどうにも可愛い。
こんな可愛い子に『お願い聞いてっ』なんてせがまれたら本来ならなんの取引なく応じるのが普通だが。
普通の環境じゃなく普通の判断をしようとしない駄々っ子奈々を言い含められるならこの際なんでも利用する。
「じゃあ、どうぞ願い事を聞かせて下さいお姫様?」
と、ちょっと気取って言ってみる、
一瞬奈々の顔がほころぶが、すぐに憂いのある表情に整え話し始める。
「本当なら、このシチュエーションで奈々がどうして欲しくてここに来たがるのか、雅樹さんがわかってくれたら一番良いのに・・・」
ん? 願い事言うんじゃないのか?
なぜか俺への恨み節に聞こえるが。
「なんだよ奈々? 願い事じゃなくて俺への不満が言いたかったの?」
文字通り不満気に返す。
「う〜ん、そうかも」
人差し指をあごの所にもって来て小首をかしげて言う。
「はい、じゃあ不満は承りましたのでよろしいですか? では約束通りカフェリンダに行きましょうお姫様」
俺はことさら嫌みったらしく投げかけた。
「今のは願い事じゃなくて奈々の不満です! お願いはこれから!」
「なんだ、不満を聞いてもらうのが願い事じゃなかったのか?」
「ち・が・い・い・ま・す! 願い事はこれから!」
力いっぱい否定する奈々。
「雅樹さん? これから奈々が願い事をしますから、雅樹さんは奈々の願い事を読み取って言葉なんていらないから黙って叶えて下さいね? 奈々はこの願い事が叶ったらもう何でも言う事聞きますから」
奈々が不思議な事を言う。
「奈々の願い事を感じ取ってって? 奈々は願い事を言わないの?」
「いいません。雅樹さんが奈々の願い事を感じ取って叶えるの」
「奈々? 俺は超能力者じゃないんだからさ、心なんて読み取れるわけないだろ」
「読み取れます! 雅樹さん奈々のこと一番愛してるって? あれは嘘?」
胸の前で手のひらを組み俺を見上げてそう言う奈々。
「嘘じゃないさ」
「じゃあ大丈夫でしょ? 愛し合うふたりは想いが通じるんでしょ?」
あまりにも真っ直ぐに言われると否定できなくなる。
「雅樹さん、準備はいいですか? 奈々はこれから願い事をします・・・」
そう言うと俺と向き合う奈々。
奈々は真っ直ぐに見つめていた目を閉じ俺の方に一歩近づく。
そして背伸びをしながら俺を見上げるように顎をちょっとだけ上げてくる。
奈々の願い事がその全身から強く伝わってくる。
俺は奈々を抱き寄せその耳元で囁く。
「奈々? いいのか? 異空間での記憶は消えてなくなっちゃうんだぞ?」
「もう! 雅樹さんのばかっ! 言葉なんていらないって言ったのに!」
目を閉じたままの奈々が俺をとがめる。
「奈々は絶対に忘れないの。記憶は無くなったとしても奈々の心からは絶対に雅樹さんは消えない。雅樹さんが奈々を抱きしめた感触も、奈々に触れたこの手の温もりも、奈々の肌から決して消えることはないの」
そう言うと抱き寄せた俺の背中に手を回す。
白く澄んだ美しい肌、艶やかな唇が俺の腕の中に身を委ねている。
一級の芸術品を抱いている錯覚が下種な感情を呼び起こさない。
俺が年をとってしまっただけなのか?
奈々をこの腕に擁する俺はクリスティーズで超一級の美術品を落札した蒐集家のような気持になる。
真の蒐集家は手に入れた芸術品の資産価値に金を払うのではない。
愛を注ぐ優れた芸術品をその腕に抱く瞬間、その一瞬のために巨額の資産を投げ打っているに違いないのだ。
俺は芸術品を愛でるように奈々の艶やかな髪に唇を這わせ、その耳元に唇をあてる。
奈々の肩がわずかに震え、愛らしい口元から小さく吐息がもれた。
奈々に絡みつけていた腕を離し両方の頬を手の平に包む。
たおやかな四肢は光を浴びてまるで天使のように映る。
「奈々? 天使に触れたりしたら神様に怒られて地獄行きじゃないか?」
俺は半ば本気で奈々に問う。
「雅樹さんが地獄に落ちるのなら、奈々は堕天使にでもなんにでもなって一緒に行くの」
両頬を俺に包まれたままの奈々が、一瞬目を開き俺にそう告げると再び柔らかく目を閉じその願い事を全身から発する。
天使が堕天使になろうとも俺は奈々を離さない。
神の罰よりも、奈々の艶やかな唇を汚すことに畏れながら俺は唇を重ねる。
永遠とも思われる瞬間が、ふたりをひとつにとどめた。
美浜大橋から波の音が消え、カモメのモニュメントだけが重なり合う奈々と俺を見つめていた。




