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だけどそんな一番になんの意味がある?

雅樹の熱弁に奈々はどう応える?

「奈々? 覚えてるかな? 最初に奈々に会った時に奈々が俺に言ったことを?」


「初めに言ったことって?」

奈々がポカンとした顔で言う。


「俺も奈々と同じ願い事をしてるはずだってやつさ」

「『みんないなくなっちゃえ』って願い事のこと?」

奈々が俺を見上げて言う。


「そうそうそれ! 俺は奈々に異空間に導いてもらったおかげで子供の頃から何度もスルーされて叶えられることがなかった願い事をいくつも叶えることが出来たんだよ」


奈々を体から離しながら誇らし気にそう言う。

俺の腕から離れ自由になった奈々はどこか所在無さ気にたたずみ、か細い腕で自分を抱きしめた。

「雅樹さん続きはソファーに座ってお話ししませ…キャッ」

俺は奈々が言い終わる前に抱えあげソファーに運んだ。

いわゆるお姫様抱っこという奴だ。


かつて電車の中で体調を崩した奈々に手を差し伸べたのは確かだ。しかしそんな些細なことが奈々に俺を異空間に呼び寄せるまでのこだわりを持たせるとは到底考えられない。

しかし現実はそうみたいなのだ。


だとすれば俺は、

君子は豹変す。大人は虎変す。

この際、豹にでも虎にでもなって奈々を元の世界に帰す。


「もしかしてまたいくつ目かの願い事が叶った?」

俺は不敵な笑みをたたえ意地悪く奈々に言う。


「うん…もうっ意地悪っ」

ソファーに身体を預けた奈々がまんざらでもない顔をして艶やかに睨む。

そして、

「雅樹さんがこの異空間で叶えた願い事って?」

狐につままれた様な顔をして奈々が言う。


そりゃそうだ、漆黒の津波に飲まれ死神にいつ狩られるかわからない世界で夢を叶えるなんておよそ馬鹿なことだ。


「奈々、俺の世代の哀れなか弱き男達はさ、子供の頃からずーっと、テレビや漫画や大人たちに正義の味方になれ、エースで4番だ! 世界で一番の男になれって無意識のうちに毎日刷り込まれて育って来たんだ。だけど現実はどうだ? 世の中に正義なんてあるのか? エースで4番はチームに何人も必要か? 世界一どころか学校で一番になることすら至難の技さ」


考えさせる間を与えないかの如く一気にまくし立てる。ここで妙に正論を返されても困るのだ。

「俺はそんな現実と今の自分を比較して『みんないなくなっちまえ』なんて自暴自棄になったのさ。そうしたらどうだよ! この異空間に飛ばされて来た! ここには俺と奈々しかいない。つまりお望み通り世界一の男になったんだよ。笑えるよな。誰もいなくなれば確かに一番さ。でもそんな一番になんの意味がある。」

俺は自嘲的に笑う。

奈々は呆気にとられている。


「おっと、こんな言い方じゃあ俺が奈々に嫌味を言ってるみたいになっちゃうよな。誤解しないで、俺の叶えた願い事はこれから! 奈々! 俺は異空間でまるで正義の味方みたく死神と戦った! そして勝ったんだ! しかも奈々みたいに飛び切り可愛いヒロインを守ったんだ! ウルトラマン、仮面ライダー、ゴレンジャーあの頃恋い焦がれた正義のヒーローみたく! 現実世界でこんなエキサイティングなことってあるか? 俺や奈々の命を奪おうとする存在と対峙して勝ったんだよ! 」

俺は殊更大げさにまくし立てそのまま続ける。


「現実世界でこんなことあるわけないよな。現実的には当然ながら正義の味方やスーパーヒーローはそんなに存在できないのさ。ひとりのスーパーヒーローが存在するために一体どれだけの悪者やヒーローを讃え賞賛する一般人が必要なんだっての! みんながキャプテン翼で大迫だったらさ、大迫半端ねーじゃなくなっちゃうのさ。それに子供の頃信じて疑わなかった正義も社会に正義なんてない。なんていい年して斜に構えてたからな。」


奈々の方に目をやる。

言葉を差し込む余地がないといった面持ちだ。


「奈々? 確かに奈々が言う通りここにいれば俺はどうやら地獄には落ちなくてすみそうだ。死神から奈々を守り大切な奈々だけを見て生きて行けば良いんだからな。それにこの先どんなに奈々がオレを嫌おうと奈々にとって俺は一番で居続けられる。奈々は愛も憎しみも同義語だって前に言った。そう、どちらにしても俺は奈々にとって一番なのさ。」


「大切な奈々…」

奈々が小さく呟き心なしかニヤニヤとしているように見える。


俺は尚も続ける。

「だけどそんな一番になんの意味がある? ここだから、誰もいないこの異空間だから俺は奈々の一番なのか? 俺は異空間で叶えた大切な人を守るっていう願い事を現実世界でも叶えたいんだ。そしてどこであろうと奈々を一番愛し奈々からも一番愛されたい!」


本当は、現実世界で今の様に奈々に愛される? 自信などまるでないし今現在も奈々の錯覚だと思っているのだが。


「異空間で叶えた大切な人を守るっていう願い事…どこであろうと奈々を一番愛し…奈々からも愛されたい…」

小声で繰り返す奈々。


「雅樹さん? 今のは嘘偽りなく雅樹さんの本当の気持ち?」

奈々のペースがだいぶいつも通りに戻ってきた。

たぶん奈々は今、俺を観察している。

目、を見ればわかる。

となればここは、眉ひとつ動かさず。


「当然だよ!」

そしてとどめに

「奈々! 元の世界で幸せになろう!」


…どうだ!


「雅樹さん冷静になって! 奈々たちは現実世界に戻ったら異空間での記憶を無くしてしまうの! だからそんな冒険はせずにここでずっと奈々だけを愛して守って下さい。奈雅樹さんの気持ちがハッキリわかった今、奈々はそれだけで充分幸せです。奈々はどこであろうと雅樹さんと、ふたりなら他には何も要りません。内的時間の逆行に抗う手段がきっと何かあるはず! それを一緒に考えましょう!」


「……」

だめだ。

決め台詞が逆の方向に効いてしまっている。






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