Go Johnny go 行け! 道を切り開き進め!
死神との闘いが始まる!
京子の奈々への愛の形
京子は奈々の手を引いて異空間を走る。
脇目も振らず、振り返りもせず全力で走るふたり。
走りながらふたりは同じことを考えていた・・・。
『勘違いでありますように・・・強い風が吹いたのは・・・たまたまでありますように・・・』
しかしその思いは無情にも掻き消される。
ガラ・・ガラ・・ガララッ・・・
背後から不気味な破壊音が空いっぱいに響いてくる・・・。
これまで何度も聞いてきた乾いた単純な音にして、決して耳から離れない不快な音・・・。
何度も聞いてきた破壊音であったが、これまでのいつよりも大きく不気味に二人の体を震わせた。
破壊音に合せて空は割れた鏡のように剥がれ落ち周囲の建物という建物がその漆黒の口に飲み込まれて行く。
道路にきちんと整列していた車両も次々と道路ごと飲み込まれた・・・。
忽然と出現したブラックホールの様な破壊の空間に成す術もなく吸い込まれる物質という物質。
崩壊・・・消失・・・漆黒の津波は周囲を飲み込みながら益々その口を大きく開け始める。
「デカい! これまで見たどれよりも大きい!」
不気味な破壊音に気が付いた京子が振り返り叫ぶ。
「それに・・・近いわ! こんなに近距離から始まるなんて・・・京子ちゃん!」
奈々が崩れ落ちそうになりながらもなんとか走る。
「死神・・・死神は!」
京子がもう一度振り返り死神の姿を探す。
「3・・・体・・・3体!」
京子の視線の先、漆黒の津波の頂点付近に3体の死神が空中にユラユラと浮遊していた。
獲物を探しゆらゆらと浮遊する死神。
その視線がターゲットを見つけた鷹の如く鋭く光るのが身に刺さるように感じられた。
「京子ちゃん2体、こっちに向かってくる!」
3体の死神の内2体が京子と奈々の存在に気づきゆっくりと近づいて来る。
逃げても無駄だという事を思い知らせるかの如くゆっくりゆっくり、極めてゆっくりとふたりに近づいてくる。
「もう一体は?」
京子はこちらに向かってくる2体の死神への警戒を残しながらもう1体の死神の姿を追う。
「京子ちゃんもう1体は私たちの方じゃなくてマリンスタジアムの方へ向かった!」
奈々が京子の視界を補完するように言う。
「あっちにあたしたち以外に誰かいる?」
「わからない、でももう位置的にスタジアムは飲み込まれる寸前のはず・・・」
「どっちにしても助からないか・・・」
この事態にあってなおも他者を思うふたり。
出会うことのなかった存在ではあったがこの異空間に時を同じく生きた同志である。
「海浜幕張駅も飲み込まれた・・・京子ちゃん・・・奈々はもうダメ・・・走れない・・一人で逃げて」
息を荒げながら途切れ途切れに奈々が言う。
「バカ言うなよ! 奈々をおいて逃げるなんてできるわけがないだろう!」
京子はそう叫び地面にひれ伏しそうになる奈々の手を強く引き寄せる。
そんなふたりを死神はゆらゆらと上空から眺め意図的にゆっくりと飛んでいるように見えた。
『逃げることなど無駄・・・慌てなくとも走ることに諦め、力尽きたところで頂くさ・・・」
無機質な結晶の集合体。
当然生命感を発することのないその物体は、しかしまるで人の様な姿をしていた。
神はまた死神もその身に似せて創られたのか・・・などと言う思いが京子の脳裏をよぎる。
死の結晶体は、およそ自然界には見られないフォルムに相反する様に、その手と思われる部分には我々人類が古くからイメージする死神の持ち物、大鎌を携えていた。
『この大鎌がお前たちに最期を告げるのさ・・・』
そうほくそ笑んでいるかのように大鎌をゆらゆら揺らす。
「海浜大通りに出よう! 奈々!」
碁盤の目の様に区画整理された道を抜け東京湾に面した大通りに出る。
潮風が鼻を突いた気がした。
大通りに出た京子の狙いは・・・
「あった! 奈々! アイアンバンパー! あの赤い車まで頑張れ!」
京子が奈々を抱えるように走る。
病院、学校、巨大なショッピングモールが次々と破壊されその姿を消す。
漆黒の津波はそのたびに空をも壊し、漆黒を広げる。
大きく開けられたその口は東京湾の海水をも飲み込み、都内の高層ビルなどいとも簡単に突き崩した。
アイアンバンパーに近ずく京子と奈々。
2体の死神はまるで顔を見合わせるように一瞬向き合うが高度を維持したままゆらゆらと距離を縮めるに過ぎなかった。
京子と奈々による死神の運動性質はある程度推測通りであったと言える。
「奈々、早く乗って!」
京子は奈々を助手席に押し込むと運転席になだれ込み、当然付けっ放しとなっているキーを回す。
轟音と共に瞬時にエンジンが始動。
この緊急事態に際してなおも冷静な京子はホイールスピンさせることなく、それでいて一気に加速する。
「奈々! こんな時だけど、こんな時だからこそシートベルト急いでつけて!」
そう言うと自分自身もハンドルを操作しながら器用にベルトを装着する。
息も絶え絶えの奈々を京子の右手が支え、加速の反動からかばう。
その様子に呼応するかの如く死神がその向きを変えふたりの動向を窺う。
海浜大通りを南に、漆黒の津波と死神から逃れるように疾走する赤いコルベット。
「この車のオーナー整備バッチリ! 可愛がられた車で良かった、最高のポテンシャルだよ!」
京子がハンドル上部を撫でながら言う。
「ん?」
かけっぱなしになっていたカーステレオから流れてくる音楽に気が付かせるほど余裕を持たせた赤いアイアンバンパーのポテンシャル。
「これって・・・ジョニーBグッド! しかもジューダスプリーストのカバーじゃん!」
He used to carry his guitar in a gunny sack
麻布で出来た袋にギターを入れて
Go sit beneath the tree by the railroad track
線路の脇にある木陰に腰掛ける
Oh, the engineers would see him sitting in the shade
鉄道技師は腰掛けて演奏する彼を見ていた
Strumming with the rhythm that the drivers made
列車のリズムに合わせ彼のギターはかき鳴らされる
People passing by they would stop and say
通りすがりの人達が足を止め彼のギターを聴きこう言う
Oh my that little country boy could play
「おぉ・・!坊主やるじゃねぇか」
Go go Go Johnny go
行け 行くんだジョニー
Go Go Johnny go
行け 突き進めジョニー
Go Go Johnny go
行け 自らの道を突き進めジョニー
Go Go Johnny go
行け 道を切り開き進めジョニー
Go Johnny B. Goode
進むんだ ジョニー・B・グッド
(※ブログ 洋楽の奇妙な和訳 ハル様より引用)
車内に響く音楽に気分が高揚する京子。
「行け 自らの道を突き進め! 行け 道を切り開き進め! ってゲンが良いよ奈々!」
そう言うと奈々の方を見て笑顔を見せる京子。
そんな京子を見て奈々もホッとした顔を見せる。
混乱の中京子はある計算をしていた・・・。
『死神の横方向への移動速度はかつて電車と並走した時の状況から見積もって100㎞前後・・・。そして奴らは恐らく、あんなにゆらゆら身軽に飛んでいるようで実は相当な質量を持ち重力と戦っているはず・・・。それが故に一旦加速すると横方向の転回が出来ないと推測しているんだけど・・・やつらの様子を見る限り正解だったみたい。だとすれば1体目は・・・」
京子はわざとスピードを死神が追いついてこられると思しき速度まで落とす。
「京子ちゃん? どうしてスピード落とすの? このまま逃げ切った方が・・・」
奈々が異変に気が付き指摘する。
「いつもだったらそうするよね? あいつら漆黒の津波からそうは離れられないから・・・。でも今日はちょっと様子が違う。津波との初めの間合いがこれまでにないくらい近距離だったことと、見て、奈々も気が付いていると思うけど今回のはかなりデカい。今回のやつはかなり遠くまで来る。たぶん奈々の姉さんのマンションがある稲毛海岸駅くらいまでは完全に破壊して新しい空間を流してくる。」
そこまで言い終わると京子は逡巡し始める。
『1体目はあたしが今考えている方法でかわしたとして・・・2体目からどうやって奈々を守る?』
その時リピートがかかっていたカーステレオからジョニーBグッドのフレーズガ再び京子の耳に入り込む」
Go sit beneath the tree by the railroad track
線路の脇にある木陰に腰掛ける♪
「Railroad・・・。線路! そうか! 奈々! 稲毛海岸駅まで飛ばすよ!」
そう言うと京子は車を左折させ海浜松風通りに入る。
「え? なに京子ちゃん? どういう事?」
『このま真っ直ぐ行けば稲毛海岸駅・・・ラッキーなことに何とか1車線はスピードが上げられるくらいスペースが空いている!』
京子は再び赤いコルベットアイアンバンパーの車速を上げる。
『2体の死神はあたしが殺る! その前に奈々を・・・』
京子が心の中で固い決意をする。
赤いアイアンバンパーは、ふたりを包み込んで疾走する。




