シボレーコルベットスティングレー C3 アイアンバンパー
漆黒の津波、京子と奈々の別れに近づいている。
「京子ちゃんやっぱり引き返そうよ・・・」
奈々が心細そうに言う。
「だからお留守番してなって言ったでしょ? だいたい今日はいつもより遠くまで来てるんだしさ、そもそも奈々じゃ体力的にも無理があるんだよ」
そう言いながらも歩みを止めない京子。
「ちょっと待ってよ京子ちゃん~」
京子とだいぶ離れてしまった奈々は慌てて小走りに進む。
2車線道路には例の如く車両がびっしり止まってるがこのエリアの流れ着いた時間帯が比較的混雑のない時間だったのかもしくは休日のものであったのかやや道路にゆとりがある。
そもそも臨海副都心のベッドタウン的なエリアでもあるため休日は時間帯によって比較的空いている時もある。
勿論その逆でウイークデイの通勤退社時間は猛烈な渋滞となる。
「奈々? 大丈夫? 少し休もう」
そう言うと京子は歩道に腰を下ろし背中のリュックからペットボトルを2つ出した。
「ごめんね京子ちゃん・・・」
追いついた奈々が京子のそばに座る。
「謝ることなんかないよ。はい、奈々の分」
「ありがとう京子ちゃん」
二人はしばし喉を潤す。
「奈々? 少し道路が空いてる感じだね?」
「道路にだいぶ余裕があるもんね。このエリアには休日の朝早い時間帯が流されてきたのかもしれないね京子ちゃん」
漆黒の津波は古い空間を壊し新しい空間をもたらす。
そのことを二人の間では『新しい空間が流されてくる』と表現していた。
流されてくる時間や曜日は様々。
しかもこの地点と他の地点、というかエリアでは流れてくる時間帯はバラバラ。
5分後の世界が流れてくるのは、まるでモザイクのように複雑でしかもランダムに訪れていると二人は認識していた。様々なエリアに分けて5分後の世界が流れ着いているという解釈が二人の中ではなされている。
切梁でありながらエリアごとにその時間帯のすべてね空間を擁している感もあり、そのことが結果的に広大な空間を全体にもたらし時間を加速度的に早めているとも捉えていた。
勿論どちらも観測や実測上得た認識ではなく状況から感覚的に捉えられたものである。
しかしこういった異常事態においては感覚的な把握が案外的を得ていることもあるのではないかと直感的に感じている二人であった。
「おっ! アイアンバンパー見っけ! やっぱりかっこいいな!」
京子が停車している車を眺めて言う。
「アイアンバンパー? ってどれ?」
「あの赤いスポーツカーだよ」
そう言うと京子は赤いスポーツカーを指さす。
「京子ちゃん車とか好きなんだ」
「いや特別好きって訳じゃないけどさ、この車かっこ良いよね?」
「うん、なんていうかグラマーな感じ?」
「奈々?グラマーって今どきなかなか使わない表現だね。でもさすが奈々! 確かにこの車はさボリュームがあるフェンダーが車体中央部分で絞り込んであってそのボディラインの抑揚から『コークボトルライン』なんて呼ばれてるんだよ。やっぱり奈々は感性がいいよね。」
「えへ、なんだか褒められるとうれしいね。京子ちゃんこの車なんて言う名前なの?」
自分が褒められたきっかけになったからか車などにはほとんど興味を持たない奈々が車名を聞く。
「シボレーコルベットスティングレー C3 アイアンバンパー! 排気量5700cc 304馬力! いわゆるアメ車だね。フロントのバンパーがメッキのアイアンバンパーだから通称アイアンバンパーなんて言われて今でも人気がある車だよ。かっこいいよね」
京子がスペックをスラスラと言う。
「うん!かっこいい! 京子ちゃんに似合う感じ!」
奈々が感性を褒めてもらったお返しと言わんばかりに京子を持ち上げる。
「本当! なんかうれしいよ奈々! アイアンバンパーエッジが効いてる! あの先端部分なんか硬くて強そう!」
ややマニアックな車体の見方をする京子であった。
そんなやり取りを終え再び街を歩きだす二人。
「京子ちゃん? この辺りは『三日の掟』で言ったら本当は近づかないエリアだよね?」
「だね、本来であれば近づかない。だから本当は奈々を連れてきたくなかったんだよね。危ない目に合わせたくないからさ」
『三日の掟』とは漆黒の津波が新たな空間を流してきた後3日が経過した場合そのエリアには近づかないという二人の間でのルールであった。
通常漆黒の津波は7日間に一度訪れるが稀に3日間で再来するケースがこれまで何度かあったからである。
漆黒の津波の進行速度自体はこれまで観測したものはそれほど速くはない。
勿論これまでの、という制限付きだ。
異空間において何が可能で何が不可能かなどと言った基本的事項は完全に把握など出来ていない。
もしかしたらなんでもありなのかもしれない可能性を常に秘めている。
この『3日の掟』は漆黒の津波に対する警戒と言うよりは、それに伴って訪れる『死神』に対する警戒であった。
死神の運動性能は特殊であったが少なくとも移動速度は漆黒の津波よりも数段早く、また漆黒の津波の目的が古い空間を破壊することに対して死神は空間に存在する生命を断つこととかなり身に迫った明確な危機となっていた。
従って死神と遭遇する可能性を少しでも低減させるために『掟』を設定したのである。
「京子ちゃん? どうして3日の掟を破ってまでこのエリアに来たの?」
咎めるでもなく奈々が言う。
「ゴメン、計測器でいろんなデータを取ったけど結局これっていう結論が出ていないよね・・・だから敢えて危険なエリアに足を踏み入れることで感覚的な変化っていうか、感覚的に感じられるいわゆる第6感的な気づきがないかなと思って・・・。ゴメンだからそんなあやふやな物のために本当は奈々を危険な目に合わせたくなかったんだ・・・」
京子がすまなそうに言う。
「何言ってるの京子ちゃん、奈々に謝ったりしないで。奈々は京子ちゃんだけ危険な目に合わせるわけにはいかないし、それに万が一京子ちゃんに何かあったら・・・奈々はまた異空間で独りぼっちになっちゃうんだよ? そんなの嫌っ。だから足手まといになったとしても奈々もそばに置いてね・・・」
そう言うと奈々は京子の服の袖を軽く引っ張る。
「奈々・・・そうだよね。大丈夫、心配しないで奈々を独りぼっちになんかしないよ。」
京子は自分の浅薄な考えを省みた。
奈々に不安な思いをさせてしまった・・・・。
危険が迫る前に安全な場所に奈々と一緒に帰ろう・・・。
敢えて危険を冒して奈々との穏やかな生活に急な終止符をうつことの愚かさを思い不安になる京子。
「奈々、もういいや! 帰ろう、安全なエリアに!」
自分のすぐ横を歩く奈々の方を見ながらそう言った京子の頬に不意に強い風が吹く。
「奈々!」「京子ちゃん!」
京子と奈々が同時に互いの名前を呼ぶ!
二人の間を吹き抜けた強い風が終焉の幕開けを告げた。
「京子ちゃん! 強い風が吹いた・・・漆黒の津波! 死神がやって来る!」
奈々が風の吹いて来た方向を見てそう叫ぶ。
「奈々! 急いで逃げるよ!」
京子は奈々の手を取り走り出す。
もうすぐ終焉を迎える街は少しも顔色を変えることなく逃げ惑う京子と奈々を眺めていた。




