後日談のそのまた続き
私が母に部屋の隅へと連れて行かれる時、父がナリアの方へと行くのが見えた。
大丈夫だろうか? 父の姿に気を失わなければいいが…ああ、心配だ。
「母上、一体どうしたのですか? ナリアにもあんな強引に義母だなんて呼ばして。
そういうナリアの気持ちを急かす様な事は止めて頂きたい。そもそも…「黙らっしゃーーいっ!!」」
どうやら母はご立腹のようだ。
「ハーヴェイ、貴方ナリアさんとのお見合いは成立したのよね?」
「はい、今回の件について、母上には本当に感謝しています」
「では、もう結婚準備を進めているのかしら?」
「いいえ、もう一度言いますが、ナリアとはまだ婚約していません。それに私が現当主ではありますが、流石に父上や母上へ挨拶も無しに事を進めるのはどうかと思いますし」
「真面目だわっ! そこはせっかくの好機なのだから、事後報告でいいじゃない! 」
そんな無茶な。
母達とは違い、私とナリアの間には大した障害はないのだ。
ならば多少悠長であっても悪くはないだろうに。
「全く、のんびりな所はラーグにそっくりなんだから。
そう呑気に構えてると、ナリアさんに呆れられてしまうわよ」
呆れられるのか、それは非常に困るが。
しかし、ナリアなら、きっと笑いながら呆れてくれるのではないだろうか? 「うふふ、ハーヴェイ様ったら、仕様が無い人」とか言うのだ。
はあ、目玉潰してやろうかしら?と大きな溜息と共にボソッと物騒な事を言っている。やめて下さい、お願いします。
一応母の言いたい事は分かっているつもりだ。
私だって出来れば今すぐにでもナリアと婚約をし、準備が出来次第結婚もしたい。物凄くしたい。
だがナリアはまだ十七歳と年若く、そして可愛い。
それがこんな三十五歳の化物に嫁いでくれるなんて!…これが奇跡か。
いや、まあ、一部の人間達による、私の噂は本当に自業自得なのだが、今はその話は置いておく。置いてくれ。
「母上とナリアを一緒にしないで貰いたいですね。
それに誰かさんの所為で返事は聞きそびれましたが、目処が立てば、私はまた改めてナリアに求婚をするつもりですよ。
そしてそれをナリアが受け入れてくれたなら、婚約もします」
「ああ、あの、この触手の目が全て開き終え〜てやつね。覗いて聞いてたわよ」
覗いて聞いていたのか。
「それはね、それで良いと思うのよ? ナリアさんの気持ちもあるだろうし? でも今回で五本って事は、後それが順調に行って十五回って事なのよね?
ハーヴェイだって仕事があるでしょうから、毎日会うなんて無理でしょう? そうしたらもっともーと時間が掛かるって事でしょう?」
あ、駄目だ、面倒くさい予感がする。
「私考えたの。ナリアさんの気持ちも汲んで、尚且つハーヴェイも喜ぶ良い案を!」
「…何でしょう?」
「簡単な事だわ! 一緒に住めばいいのよ!」
やはりか。得意げな顔で無茶な事を言い出したぞ。
「いやいや、それは流石に外聞が悪いのでは?」
「そこはほら、行儀見習いという事でいいのではないかしら? ついでに花嫁修行も出来るわね! 我ながらとても良い案じゃない?
これで私も、もっとナリアさんと仲良くなれるし、ナリアさんは早くハーヴェイに慣れる事が出来るだろうし、そうすればハーヴェイはあっという間に求婚出来きてしまうわね! 」
「は、母上!? そんな急に事を進めるのは…!」
「勿論、ナリアさんはハーヴェイ専属の行儀見習いよ」
な
な、何だと…! 私、専用だと…
「早速ナリアさんにも提案してみましょう! 彼女ならきっと賛成してくれるわ! 」
母の言葉で一気に色んな妄想が頭に浮かび、動きを止めてしまった私の横を、母が「おほほほほ、ハーヴェイの助平さん」と言いながら通り過ぎ、ナリア達の場所へと歩いて行ってしまった。無念。
それから、私もナリア達の元へとやってきたのだが、父との対面を心配をしていたのが何だったのか、と思うくらい、ここは穏やかな空気が流れていた。
だが何故か、サルバとマーサが静かに泣き、メイド達は心なしか嬉しそうにしている。何があったんだ?
「もう、ラーグったら私がハーヴェイと話している間に、一人でナリアさんと仲良くなっているなんて、ずるいわ! 私もそこに入れて頂戴」
「あ、義母様…とハーヴェイ様」
な、何だ!ナリアが私を見て俯いてしまったぞ。
一瞬何か不快な思いをさせたのかと冷やりとしたが、よくよくナリアを見てみると、顔を首まで赤くして、まるで照れているような? えっ?
何なんだ? 凄く可愛いが、もう何が何だかさっぱり状況が掴めない。
「あはは、ごめんね。それよりどうだったんだい? アンジェリカ、ハーヴェイに喝は入れられたのかな?」
「そうそう、その事なのだけどね、ナリアさん。
貴女、行儀見習い兼花嫁修行の為に、この侯爵家へ奉公に来れないかしら?」
「おや、アンジェリカ、それはいい考えだね」
「えっ?」
しまった。ナリアの可愛さに目が釘付けになってしまっていたら、母が奉公の話をしてしまい、しかも父まで賛同しているじゃないか。
案の定、急な話でバッと顔を上げ、先程の赤面が嘘のようにナリアの顔色は戻り、今は驚きで目と口が開いている。
「ナ、ナリア、母上の言葉は気にしないでくれていい」
私は慌ててナリアへ伝えたが、そうはいかないだろう。
「ハーヴェイ、私はナリアさんに聞いているのよ。
ナリアさん、どうかしら? 勿論貴女の気持ちもあるだろうし、断ってくれてもいいのよ。
だけど、ほらハーヴェイはこんな調子で婚約までも長くなりそうだし、奉公という形を取れば、外聞も悪くなく、ナリアさんも侯爵家に住めるでしょ?
そうすればハーヴェイにも早く慣れると思うのよ」
……母よ、断わっても良いと言う気配が全く感じられないのは気のせいだろうか。
しかし、ナリアはどう答えるのか?
ナリアは存外意思が強く、自分の意見をはっきりと述べる女性だ。
私はナリアの方へ視線をチラリと――向けれない。
駄目だ、ナリアの顔を見られない。
何故か? それは拒否されても仕様が無いとは思う。
だが、いざ拒否されてしまうとしまうとで、私は確実に肩を落とすだろう。それはもうガックリとだ。
女々しいと言ってくれるな。当たり前だろう!
私だって何だかんだと期待してしまっているのだぞ!
だからこの話も、強く止める事が出来ないのだ。
不甲斐ない化物で許してくれ、ナリア。
だがナリアはそんな私の心の葛藤を知ってか知らずか、
「それは、とても…とても良い案ですわっ! 」
と、実に、心底そう思うと言う清々しい様子で、声を弾ませ答えてみせた。
「義母様、私も実は、少々焦ったく思っておりましたの。けれどハーヴェイ様の気遣いも、その、私、とても嬉しくて…」
「あらやだ、可愛い! ナリアさん可愛いわ! それでは尚更、奉公の話を進めなければね。
早速ナリアさんの御両親にも話を通しておきましょう」
「はい、ありがとうございます。
…あ、義母様、少々お待ち下さいますか? ハーヴェイ様にも確認を」
そのナリアの言葉で、何処か夢心地で二人の会話を聞いていた私に、周りの視線が突き刺さった。
ナリアがお茶の席を立ち、私の正面に向かい合い、そして花がほころぶような愛らしい笑顔を浮かべながら、少し恥ずかし気に私に言った。
「ハーヴェイ様は、どうお思いですか?」
皆が固唾を飲んで見守ってくれている。
分かっているさ。
そんなものは、決まっているだろう――
それからも私達は周りにせっつかれながらも順調に愛を育み、結婚し、子供にも恵まれ上に男の子、下に女の子が産まれた。
因みに妹の方は満遍なく魔の部分が混ざったのだが、兄の方が毛色以外、私と丸きり同じ姿で産まれて来たのには、将来を思い目が滲んでしまったものだ。
しかし、私のそんな不安をナリアに零せば、
「うふふ。その時は私も、素晴らしいお見合いを開催させて頂きますわね」
と、そう晴れ晴れとした表情で言うのだから敵わない。
ナリアが私の触手に手を伸ばし――
「ハーヴェイ様、愛しています」
そうして今日も、私の愛しい人は触手に触れて微笑むのだ。
これで終わります。
後は別に番外を作って小話を少々置く予定です。
ありがとうございました。