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親殺しのパラパラドクス

「京ちゃん、全然食べとらんやん。もっと食べや?」


「ルイ、俺は食べ放題って言葉が嫌いでな。自分のキャパを超えて食べるなんざ、過食嘔吐に繋がるんだよ」


薬もらって、なんか飯いこってなって、焼肉食べ放題についてきた。焼肉は油っこくてしんどい。


「何でカショオなんてしてまうねん。腹いっぱいたべる、でええやん」


「腹いっぱい食べると体調が悪くなる不出来な身体してんだよ。お前だけ馬鹿みたいに食ってればええやろ。口出しすんな」


イライラしながら肉を箸でつつく。もういいかな、炭にしちゃおうか。


「えー、俺は京ちゃんと一緒に食べたいねん」


「あーもう、食べてるやろちょっとは!今日のお前なんかうざいわ。もう帰る」


と箸を音をたてて置くと、


「いやいやいや、帰らんといて!」


と腕を掴まれ必死に引き止められる。


「だって薬もらったし、もう用済みだろ?」


「だとしても、帰らんといて!良いもん見せたるから、ね?」


なんて首を傾げられる。


「良いもんって何なんだよ。早く見せろよ」


「いやあ、ここでは見せられへんからあ……」


気まずそうな表情。


「あーそうゆうもん?だったら、まじで帰るわ」


掴んでいる手を振り払おうと腕を振る。


「いやいやいや、そうゆうもんちゃうからあ!ほんまに!」


「じゃあ、今すぐ見せられるよな?」


「せやけど、それは無理や……」


弱々しく下を向いた。……え?


「お前、ルイじゃないだろ」


「え?」


「え?誰、お前」


ちょっとした表情、ちょっとした仕草、ちょっとした口調。思えばそれらが普段のルイと違う。


「京ちゃん、何言うてんねん。俺やで?」


そいつは頑なにルイだと言い張る。


「いや、お前は違う。ルイは俺と同じで、関西弁がそんなに上手くない」


生まれは関西だけど、標準語を使う両親の影響で、俺は関西弁がそこまで染み付いていない。そんな俺に憧れを持ったルイは、俺と同じく標準語と関西弁が混ざり合う言葉を使う。完璧な関西弁では無いんだ。


「あー、何でバレてまうねん。こない顔もそっくりにしたんに」


そいつは残念そうな顔は見せずににやにやしながらそう語る。


「で?誰だよお前。ルイは何処だ」


「ルイは俺が殺しといたで?」


あっけらかんと言われたその言葉は俺が絶望するには容易い内容だった。


「は?」


「この世にルイは二人もいらんやん」


その男の胸倉を掴んで、殴りかかろうとしたその瞬間。


「あーやめやめ!京ちゃんストップ!」


とルイ(本物)が現れた。


「え?死んだんじゃ……」


「生きとるわボケ!ちょっとしたサプライズでもしようかな思て」


決まりが悪そうに微笑んだ。


「ルイが、二人……??」


ルイとそのそっくりさんを交互に見つめて驚いたフリをした。


「何で今更驚くん?俺が本物だってわかってんでしょ」


「これ、やってみたかったんよね〜!」


アニメでよくあるシーン。


「京ちゃん、どや?俺が二倍になって嬉しいやろ」


「紛らわしいわ。一人死んでくれ」


と笑った。勿論、冗談で。


「はあ?そんな酷いこと言うなよ。傷付くわあ。なあ?俺」


「そうですね。ルイさんを演じれて、僕は光栄ですよ」


「えー、こいつ関西人じゃないん?まじかよ」


ドッペルゲンガーが端正な声で標準語を話しているのがとても恐ろしかった。


「俺の為に関西弁を身につけてくれたん。凄くね?」


「ルイさんになりきるならこれくらいは当然ですよ。でも、やっぱり流石ですね!京一郎さんは。見破られちゃいました」


ドッペルゲンガーは俺のことを褒めながら、ルイへの敬意を示した。


「お前、ルイになれて嬉しい?」


「はい、とても光栄です!ルイさんのお顔が美しくて良かった。僕、元の顔がすごいブサイクだったんです。だから、整形してこんないい暮らしできて最高で、言葉では表しきれないですね」


とびきりの笑顔、なんだ純粋そうな子じゃないか。


「ルイ、何でこんなこと……?」


「あまりにも稼いでるとね、命を狙われることもあるんよ。せやから、代理くんが必要になってな。この子のおかげで仕事効率が二倍なん。ええやろ?」


何だか何かを隠しているような影のある表情。


「ルイ、お前殺されかけたのか?」


「まあ、ちょっとな」


「何処の誰だ。俺が殺してやるよ」


意気込みだけは一人前。


「今の京ちゃんには頼めんわ。こんな細くて何ができんの?」


有言不実行な半人前。手首を掴まれて、すぐ折れそうだと揶揄された。


「けど、俺だってルイを……」


「その気持ちだけで十分よ。ありがとさん」


己の無力さに怒りを覚えるのはもう何度目だろうか。


「ルイに守られてばっかだな。俺は」


情けなくて仕方がない。


「それでええんよ、京ちゃん。京ちゃんには危ない目にあって欲しくないねん」


と頭を撫でられる。


「その、君、席を外してくれないか?」


名前のない代理くんに向かってそう言った。代理くんはかしこまりましたと丁寧を返事をして一礼してから個室から出ていった。


「何?京ちゃん。何か期待しちゃうんだけど」


ワクワクと胸を躍らせているルイに俺はビンタを食らわせた。


「……ルイ、俺はお前が嫌いになりそうだ」


「え?」


「俺はルイに会いたかった、ルイに会いに来たのに、ルイは俺と会うのなんか、ただの野暮用にしか思ってないんでしょ?だから、代理で……」


「いやいやいやいや!ちゃうよ、京ちゃん!俺も京ちゃんに会いたかったからここにおるんよ?ただ京ちゃんに代理を紹介したかっただけで、」


俺の憶測でものを話す癖がまた悪い方へと転がった。


「そんなん普通に紹介すればええやん。何でこんな回りくどい……」


「それは……京ちゃんに気づいて欲しかったから」


いきなり小声になって呟くからよく聞き取れなくて


「え?何??」


と聞き返した。


「だから、京ちゃんに気づいて欲しかったの!俺のことをよく知ってる京ちゃんなら、偽物だって気づくと思て」


ルイが恥じらいを見せながら一所懸命に話してる。


「気付いたよ、俺。嬉しい?」


ルイの両頬に手を添えた。


「嬉しいに決まってんじゃん、アホか」


照れ隠しで目線を逸らされた。


「今度からは代理なんか寄越さないでよね。俺はルイと会いたいんだからさ」


「あぁ、そーゆー京ちゃんの可愛いとこ、俺以外に見せたないわ。だから、安心して」


とホワイトチョコレートのような甘ったるい空気が漂った。ルイにおでこにキスをされた。


「ルイ、お願い。死なないで」


「京ちゃんがそう願っとる限り死なんわ」


「良かった。じゃあ、ルイは不死身だね」


「その前に京ちゃんが死ぬんちゃう?」


「ふふっ、確かにね。あのさ、あの代理くんはすごくいい子だけど、あまり人間を信用しすぎない方がいいよ。金のためなら人間は何でもする」


今までそーゆー人間は売るほど見てきた。


「京ちゃんも金のためなら何でもするん?」


「俺は人間じゃないから、何でもはしないよ」


「京ちゃん、ホストやってんでしょ?今度ブラックパール下ろしてあげよか?」


めっちゃ高いボトルの名前を出された。5000万くらいはする意味わからん酒。


「嫌だよ。それなら現金そのままくれ」


「それはなんか楽しないわ」


「楽しないって何なん。俺の喜ぶ顔が見たいんとちゃうん?」


「違うねん。京ちゃんを一発でナンバーワンにして、京ちゃんは俺のだ!って周りに示して優越感に浸りたいんよ」


5000万なんかこいつにとっては端金だろうが、5000万で買う優越感の味はどんなか想像できない。


「俺を得たところでそんな優越感があるとは思えないけどね」


「ほんま京ちゃんは卑屈やな」


「だって俺は無料でできた人間だよ。両親がセックスしただけで産まれてきた子供。そんなんに価値があると思うの?」


「そしたら、俺も価値ないで?みんな両親がセックスして無料で産まれてきてんねん。遺伝子操作とかで金かかってる場合もあるかもだけどそんなん稀だし。そもそも、自分の価値なんか自分で決めてええやろ」


ルイは俺のくだらない考えを壊していく、破壊者だ。


「じゃあ、ルイは自分の価値は何円だと思う?」


「そやなぁ、1兆円くらいかな」


「さぞ、自信があるようで」


俺は彼を煽るようにニヤニヤした。


「腹立つわあ、どーせ自分は0とか言うんやろ?」


「いいや、マイナスだよ」


「ふーん。じゃあ、京ちゃんのこと買ってあげるから金くれや」


と手のひらを差し出された。


「はあ?」


「だって、そうやろ?マイナスの値段のものを買ったら、金貰わなきゃじゃん」


なんて俺のことを論破して、したり顔。


「うっざうっざうっざあ!!お前友達いないやろ?」


と指さして子供っぽく罵った。


「京ちゃんこそ、俺以外に友達おんの?」


ルイはそれに大人っぽく首を傾げて問うてきた。


「ううっ……あぁ、もういいです。よく分かりました。はい、千円!」


俺は財布から千円札を取り出して、宙に投げた。


「何この金?」


ルイは宙に舞った千円札をパッと無駄にかっこよく掴んで、俺に千円札を返そうとして差し出してきた。


「俺の価値だよ。言わせんな」


「じゃあ、俺が京ちゃんのこと買っていいん?」


掴んだ千円札をピンと伸ばして、光に透かしてる。


「……やっぱ、なし」


その千円札を取り返した。


「あーあ、京ちゃんに無賃労働してもらお、思うてたんにぃ。残念」


嬉しそうに、残念と言って笑った。


「昔、言われた言葉を思い出したんだ」


「何て言われたん?」


「『僕以外にそんな安売りしたらダメですよ。』って恋人に言われた。その時は年1200万円だった」


「ふふっ、俺なら買えんね!それって先着順?」


「ううん、予約制」


勝手に予約制に変えて、なんだ俺ってまだ湊のものでいたいんじゃんって思った。


「なら、しゃーないな。一応、俺も予約しとくか。ジジイの京ちゃんが買えるかもしんないし」


「需要ねぇな。そもそも棺桶かもしんねぇし」


「ほな、地獄で買い直すわ」


「そん時は、よろしゅうたのんますぅ」


と地獄でまた遊ぶ約束をして笑顔で別れた。


その数日後、ホストでのラスト出勤。底辺ホスト 京の卒業が細々と執り行われていた。


「結愛ちゃん、最後まで来てくれてあんがと!結愛ちゃんだけやで?俺んこと推してくれんの」


俺の唯一と言っていい指名客とシャンパンを飲んでいると、


「京、初回指名入った」


と内勤から伝えられた。


「誰やねん。結愛ちゃんとの貴重な時間を邪魔する奴はぁ!!ちょっと顔出してすぐ戻ってくんね!」


彼女の頬を愛おしそうに撫でて、その場から立ち去って、内勤の言われた通りに席に着くと、いきなり肩を組まれた。


「京ちゃーん、遅かったなぁ。俺の時間は貴重なん、知っとるか?」


その声は何とも聞き覚えがあった。


「ルイ、まじできたのかよ」


「京ちゃんが金で買えるって聞いてなぁ。楽しそうやから見に来たんよ」


と、数秒後には俺の一張羅のスーツ姿を似合わねぇって馬鹿にしてくる。


「仕事は?大丈夫なん??」


「あー、コピーに任せたわ」


「もっとちゃんとした名前付けてやれよ」


「えー?案外可愛くなーい??」


爪見ながら、興味なさげに言ってくる。


「ギャル口調やめろ」


「それよりもさぁ、あれ見たい。シャンパンコール」


とメニュー表をみて、何がいいか考えてる。


「絶対にやだ」


「内勤さーん!ベル・エポックください!あとシャンパンコールをお願いします」


「っざけんなよ……」


三十万もするシャンパンを水頼むみたいに頼みやがって……。


「京ちゃん、聞いて。俺、客。京ちゃん、ホスト。ね?」


言わなくてもわかるだろみたいな、煽り。くそ腹立つ。


「今夜は素敵な殿方から、高級シャンパン、ベル・エポック頂きました〜!」


プライベートを割り切ってホストの顔で仕事をした。シャンパンコール覚えるのだるくて、最初以外は何一つ覚えてない。だから、違うホストにマイクを渡して、続けるように指示した。


「あははっ!京ちゃん可愛いね〜!」


そんな声は無視して、動画まで撮ってるけど無視して、


「えい!えい!えい!えい!」


と合いの手を挟んで盛り上げることに徹した。そして、ルイからの一言。


「京ちゃんと飲める酒がいっちゃんうまいよ」


なんて、告白みたいにストレートに気持ちを伝えられたから恥ずかしくなってしまった。俺はグラスに入った酒を一気飲みした。


「ルイ、俺、お前といると幸せやわ」


ヘルプがいなくなったところで、俺はルイの肩に頭を置いて、俺の精一杯の恥ずかしい言葉を絞り出した。


「ふふっ、何それ。俺と結婚したいん?」


「それは嫌やあ。お前、生活能力ないねん」


「全部お金で解決できるよ。けどさあ、人間の心だけはどうもお金では解決できないんだよね」


「金の奴隷なんかいっぱいおるやろ。今の俺だって金に踊らされてる」


したくもないシャンパンコールをさせられた。


「あの京ちゃんが金で踊らされる人形にね……」


どこか含みのある言い方。


「何?幻滅した??」


「いいや、ただ変わったなと思て」


「何も変わってねぇよ。金に踊らされる人形に嫌気がさして、今日退職するからな」


煙草に火をつけて、これじゃあ、本当に社会不適合者だなって情けなくて笑えた。


「せやな。ほな、今日までか、金に踊られてくれる京ちゃん見れんのは」


「そーゆーこと。なんか変なこと考えんなよ」


「ちょーど考えとったところやわ」


悪魔的に笑うルイは、本当になんでもできる奴だから、ちょっぴり心配だ。


「最悪。まあ、ちょっと卓回しあるから行くけど、それまでに水飲んで頭冷やしとけよ」


と水をグラスに入れて、ルイに差し出してから、また結愛ちゃんのところに戻った。


「ボトル、どれ空いてたの?」


卓に着くやいなや、結愛ちゃんはそんなことを聞いてくる。


「張り合わなくてええよ。一緒に楽しく飲もうや」


普通のホストならここで営業かけるんだろうけど、今まで良くしてもらっていた結愛ちゃんに無理して欲しくないし、相手が悪すぎてさすがに同情した。


「嫌だよ。今日だけはラスソン取りたい!」


「その気持ちは嬉しいんやけど……」


と結愛ちゃんを説得している最中に、内勤からルイの卓でテキーラ観覧車が入ったと伝えられた。


「どうしたの?」


「ちょっとテキーラだけ飲んで帰ってくるわ。あの卓つきたなくて」


「そっか、頑張ってね」


と背中を押されたが、俺は本心でこの卓から動きたくない。それを伝えたらきっと喜んでくれるんだろうな。


ルイの卓に戻るとテキーラ観覧車が三つも回っていた。そして、ヘルプには奏さんがついていて、悪魔と悪魔が共演をしていた。


「京の友人なんだってね!京の卒業を盛大に祝いたいらしいから、京が好きなこれ、用意しといたよ」


とテキーラ観覧車を回す奏さん。


「あーーーもう、嫌がらせとちゃいます?」


と俺が嘆くと悪魔達は笑う。


「京ちゃんと俺でテキーラ勝負だから。京ちゃんが勝ったら、好きなもの何でも一つ買ってやんよ」


黄金の色した酒が入ったショットグラスを持ちながら、勝負を挑まれた。


「俺、ルイに負けたことしかねぇんだけど」


「じゃあ、ハンデ三杯付けるから」


とルイは三杯のテキーラを流れるように飲んだ。


「おぉ!京、負けてらんないんじゃない?」


「おいおい、煽んなや。ほんまに潰してやるかんな」


場を盛り上げるため、啖呵を切って十二杯目。酷くえずいた。


「京、無理しない方がいいよ」


と観覧していた奏さんがゴミ箱を俺の前にすっと差し出してくれた。俺は既に虫の息だった。目の前がグラグラする。俺、何してんだろ……。おえーっと胃液が口から流れ出た。


「京ちゃん、降参か?」


半分しか開かない瞼、半開きの目で、ルイを捉えると、その口元は余裕そうに笑っていた。


「ルイ、ルイ……苦しいよ……助けてよ……」


俺は呂律の回ってない口でルイに助けを求めた。


「京ちゃん、よく頑張ったなあ。偉い偉い!そやなぁ、そない京ちゃんにはご褒美やらんとなあ」


ルイは俺の頭を撫でてくれた。俺はその振動で余計に吐いた。一瞬、悪夢がフラッシュバックした。


「……ううっ、おえっ、はぁはぁ、おえっ」


俺は自分で自分の頭を叩いた。使えない脳みそだからだ。


「京ちゃん、自傷行為やめな?」


頭を叩いていた手を掴まれる。


「離せ、俺のことゴミだと思ってるくせに……」


俺が暴れても全然離してくれない。


「思っとらんよ。いつ俺がそんなこと言ったん?」


「みんな、みーんな、俺を悪く言うんだ……死んじゃえって、悪く言うんだ……!!」


空になったボトルをもう片方の手で持って、ルイに向かって振りかざした。華麗に避けられた。


「京ちゃん、殴り殺してもええけど、それで京ちゃんは後悔しないんか?よく考えてみ??」


そう言われて、頭ん中がさらにごちゃごちゃだ。


「あーーーー、考えられへん!!考えんのダルいわ!!正解を教えてよ、ルイ」


ボトルを叩き割って、その場に座り込んだ。そして、上目遣いでルイを見つめた。


「京ちゃん、危ないで?ほら、こっちおいで」


と手を引かれて、立ち上がらされる。一人では立ってられないから、ルイに抱きついた。


「ルイルーイ」


「何や、京ちゃん」


「お薬ちょーだい?」


と耳元で囁くように言った。


「あぁ、いじらしいわ」


「……んっ」


ボトルの破片で左手首を切った。何回も何回も同じ場所を抉るように切りつけていく。


「あ、京ちゃん、俺の背後でこんなことしてたん?バレへんと思ったん??」


ルイが俺の手を取って、背中から正面に持ってくる。その血だらけの左手首、何でわかったんだろ。


「いいじゃーん、ルイルーイ。許して?」


「ほんま、ぶん殴りたくなるわ」


そう言いながら、ルイは俺をソファに寝かせると、ガラスの破片を集め始めた。


「あぁ、俺らがやるんで大丈夫です」


奏さんがルイにやらせないように代わって、ヘルプにちりとりとほうきを持ってくるように促した。目の前が別世界のように感じる。俺がカメラになったみたいに。


「すんません。京ちゃん酒飲んで暴れるタイプなんに、飲ませすぎてしまって」


「いやこちらこそ、止められなくてごめんなさい……お怪我はないですか?」


「大丈夫ですよ。会計いくらですか?100万くらいで足りますか?」


ルイは下ろしたての銀行の袋に入った100万円を机にぽんと置いた。


「あー足ります足ります。少々お待ちください」


「あぁ、計算しないで大丈夫ですよ。迷惑かけたのでこれぐらい貰ってください」


「いやいや、うちのキャストが迷惑かけたので……会計出ました。50万ちょうどでお願いいたします」


奏さんが俺のせいで頭を下げている。俺は何もできずに横たわっていた。


「せやな、京ちゃんがホストやったわ。ほな50万で」


ルイは大雑把に半分抜き取ると、俺のポケットに入れた。


「ルイ、帰っちゃうの?」


ゾンビのようにルイの手首を掴んだ。


「京ちゃん潰れてんもん。接客できひんやろ」


「ごめんなさい……俺、頑張るから、帰んないで?……お願い、します」


上体を起こして、ルイの手首を両手で掴む。


「はぁ、その状態で何をどう頑張んねん」


「俺、何でもする!全裸で踊るでも土下座でも、何でもするよ?」


「……ふふっ、じゃあ、俺のことを殺してくれ。遺産も全部やるからさ」


とルイは俺の頬を撫でる。まるで子どもに語りかけるようだった。


「それをしてルイは楽しいの?」


「さあね。だけど、何もかもどっちでもいいんだ。どうでもいい。だから、京ちゃんの判断に任せたいんだ」


ルイらしくなかった。あのルイが死にたがってる。俺の前から消えようとしている。そんなの、俺は嫌だった。


「俺は遺産よりもルイがいる方がいいな」


「なんで?俺の代わりなんかいくらでも……」


「いないよ。ルイがクローン人間を作ったとしても、俺はそれをルイとは認めない」


「けど、京ちゃんには俺が必須ではないんやろ?俺が何しても、京ちゃんの一番にはなれんのはわかってる。わかっとるつもりなんやけどなぁ。京ちゃん、俺は気が狂いそうだ。京ちゃんが大好きなのに、京ちゃんを痛めつける夢ばかり見てまうんよ」


そうやって不甲斐なさそうに笑うルイの手を取って、俺の首へとあてる。


「じゃあ、ほら、このまま首を絞めればいい」


ルイがぐっと力を込めると、俺は胃液を吐いて、その吐瀉物がルイの手を伝う。


「あぁ、京ちゃん。綺麗やね」


「ルイ……」


俺は脳内に血液が回らなくて窒息死しそうで、助けを求めるように彼の名前を呼んだ。彼がパッと手を離す。俺はソファへと倒れ込んだ。


「京ちゃん、大丈夫か?生きてる??」


いつも余裕たっぷりのルイが焦ってんのが可笑しくて、笑えた。


「生きてるよ。ルイ、お前は俺の一番の親友だよ」


と弱々しくルイにキスをした。ルイは頬を赤く染めとて、


「延長で」


と答えていた。


「ふふっ、ルイと一緒にいられる。しあーせ!」


なんて俺が笑って抱きつくと、


「京ちゃん、それシラフで言ってくれん?」


と困った顔された。


「俺、シラフじゃ素直になれないの」


ルイの太ももの上に座って、頬をピタッとくっつける。


「ほんま、京ちゃんは酔わせると可愛ええよな」


「ルイルイはぁ、ほんっと!俺のこと、好きだよね〜!」


向かい合って、見つめ合う。ルイは小さくため息をついた。


「京ちゃんのこと嫌いになれたらどれほど楽か……」


「やっ!いやっ!嫌い、ならないで!!」


「嫌わないよ。んんっ……!!」


俺はルイに大好きを伝えたくて、俺のことを嫌って欲しくなくて、濃厚なキスをした。


「ルイ、ルイ……」


「京ちゃん、やめ!嫌わんから!!」


と押し退けられた。


「それじゃダメ。大好きじゃなきゃ嫌だ」


と俺が我儘を言うと、ルイは俺のことを抱きしめて、耳元で「大好きだよ」と囁いた。俺は体温が一気に上がって、酒が回って、「ルイルーイ」とふにゃふにゃ笑いながらずっと呼んでいた。


「何?京ちゃん」


「俺もだーいすき!ルイなしじゃ生きていけなーい」


抱きついて頬っぺた同士を擦り合わせていると、


「それ、薬の間違いやろ……」


とボソッと言ったルイの独り言が聞こえてきた。


「あ、京ちゃん?……どうしたん??」


俺はその独り言を耳にしてから、酔いが一瞬で覚めたように固まってしまった。


「ん?あぁ、なんでもないよ」


ルイのこと本当に好きなのに、何で伝わらんの。俺の軽率な言動がルイを苛立たせてるのではないかと思って、ルイの上から降りた。


「京ちゃん、乗らんくてええの?」


ポンポンとルイは自分の太ももを軽く叩く。


「もう乗らん。子供ちゃうし」


「何拗ねてん?俺なんか悪いこと言うたか?」


「ルイは悪くないよ。自分の言動が軽率すぎて腹立つねん。あぁ、卓回しだってさ。じゃあね」


と逃げるようにルイから離れた。結愛ちゃんの卓に戻ると、さっきすごい音してたけど、どうしたの?と聞かれた。答えんのが面倒くさくて、彼女の肩にもたれかかって、


「結愛ちゃんといるのが、いっちゃん気楽やわぁ」


と微笑んだ。


「さっきの卓はどうだったの?」


「アイツは昔からの友達で、せやけど、俺なんかとは違ってすげーエリートで、一緒にいると俺がゴミみたいに思えてくんねん」


「京くんはゴミじゃないよ。私の王子様だから……」


「結愛ちゃんほんま、結愛ちゃんだけやぁ、俺のことちゃんと見てくれんのは」


そんなことないけど、そう言っとけば喜ぶかなって思って、口にした。


「京くん、何飲みたい?」


「もぉ、酒はやだぁ、水がいい」


と甘えるとフィリコという高すぎる水が出てきた。


「こんな高いん、ええの?」


「良いんだよ。京くんのために頑張って稼いだから」


「ありがとう、結愛ちゃん」


と結愛ちゃんにキスをした。そして、フィリコという高すぎる水を二人で飲んでいると、またボトルを開けるから、ルイの卓に戻ってこいという内勤からの指示。


「嫌や。俺は絶対ここから動かんもん」


「京くん、そんなに私のところがいいの?」


「うん!結愛ちゃんと離れとうない」


と結愛ちゃんに抱きついた。


「可愛い!もう一本ボトル開けちゃおうかな〜!」


「結愛ちゃーん、フィリコもっと飲みたぁい♡」


そんなこと言って結愛ちゃんの卓から動かないでいると、シャンパンタワーだから早く来いと内勤から叱られた。

渋々、結愛ちゃんから離れて、ルイの卓に戻ってこようとすると、ルイの怒ったような声が聞こえた。


「京ちゃん全然こうへんやん!!タワーしたらすぐ来るんとちゃうんか??そんなに京ちゃんは俺んとこつきたないんか?!そもそもなぁ、あんな泥酔状態でまだ働かせるのが意味わからんねん。あんな京ちゃん何するかわからへんやろ。京ちゃんのあんな姿、俺以外の誰にも見せとうないねん……」


煙草を吸いながら、イライラした様子でヘルプに当たっていた。ヘルプはすみませんとただひたすらに言っていて、ルイの怒りをなだめようとしていた。


「ルイ、ごめんね。待たせたね」


「あ、京ちゃん……」


「何怒っとったん??」


「聞いてや京ちゃん!こいつがな?京ちゃん呼び戻せる言うからタワーしたのに、京ちゃん全然戻ってこうへんくて、ほんま舐めた商売してんなぁ、って呆れてたところなん」


全責任にそのヘルプにあるみたいなルイの言い分にとても申し訳なくなって、そのヘルプに頭を下げた。


「ごめんなさい。迷惑かけて。全部俺が悪いんだよ」


「京ちゃんは謝んなくてええよ。俺はこいつが気に食わんねん」


とルイはヘルプを指さして、ちょっぴり睨みつける。


「ルイ、俺が来たんにそっぽ向かんといて?」


その顔を掴んで、俺の方を向けて、キスをする。


「京ちゃん、ほんまに……!いつからそんなキス魔になったん?」


「これが俺の中で一番わかりやすいから」


「どーゆーこと?」


「俺は好きじゃない相手には自分からキスできないから。これが簡単に好意を伝えられる一番の方法なの」


そう言ってもう一度、ルイの唇に軽く触れるようなキスをする。

ルイの目がじっと俺を見つめたまま、ゆっくりと細められる。


「……なんかズルいわ、京ちゃん」


「なんで?」


「あーもう、なんか怒ってたんがアホらしいわ」


ルイはそう言いながらも、煙草を灰皿に押しつけて消し、俺の顎を掴む。


「……俺もやってええよな」


「……え?」


次の瞬間、ルイが俺の唇を深く奪う。舌を絡めて、強く吸われて、少しだけ苦しくなる。


「ん、……っ、ルイ、待っ……」


「俺も好きじゃない相手にはキスせぇへんで」


唇を離した後、ルイは意地悪そうに笑う。


「なぁ、京ちゃん。俺んとこから離れんといてや」


俺の腰を引き寄せるルイの腕が、なんか、いつもより熱を持っている気がした。あぁ、ルイが酔っ払ってる。ほんまに可愛い。

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