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面と向かって俺にブスって言ってくんじゃねぇハゲ

死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね、煙草を吸う息継ぎの時だけは死ねと言えない。このストレスフルな状況下、殺意が俺の感情の九割を占めていた。


金が稼げないので、俺はホストを湊に内緒で始めた。だが、初出勤でキモデブ女にブス弄りされて、その場を盛り上げるためにヘラヘラ笑って、精神すり減らして、それに耐えてた。


「俺はブスだから誰も拾ってくれないんですぅ。拾ってくれませんか?」


みたいな下手に出て媚びを売った接客をしたのにも関わらず、指名入らねぇとか時間の無駄。やってられなくなって、裏で煙草吸いまくってたってのが今の現状。


「調子乗ってんじゃねぇよ、あのデブ。ボトルでぶっ叩いてやりてぇ」


「あれ?新人くん??すげぇ物騒なこと言うじゃん」


「あ、聞かれちゃいました?あははっ、なんか初っ端からこの仕事の洗礼受けちゃいましたね」


先輩っつっても俺よりも歳下の奴にそんな他愛もない会話をした。


「この仕事、客が神様みたいなところあるからねー。まあ、ナンバーワンになれば話は違うけど」


「ナンバーワンかぁ、そない話うまくないからなぁ」


「そうやって逃げる言い訳してるようじゃダメだよ新人くん」


と一本煙草を吸って出ていった先輩(仮)。


「……は?ざけんじゃねぇ。俺に説教たれんなや」


あーーー、クソうぜぇ。全てがうぜぇ。何もしたくねぇ。と思いつつ、客二人目。


「どうも、京でーす!よろしくお願いしまーす!」


漫才の入りのような空元気。


「え、お姉さんめっちゃ可愛いですね!」


大して可愛くないけど。


「俺、この仕事やってて良かったわあ。ほら、何でか聞いてくださいよ!」


「えー?何でですかぁ?」


「そりゃあ、姫と会えたからに決まってますやん!」


「それ定番トークでしょ?」


「あ、バレた?いや、嘘々!俺、今日が初出勤なん。これほんま!初心者マーク付いとるやろ?」


と名札を見せる。初心者マークなんてダサいものは当然付いてない。


「ふふっ、付いてないじゃん!」


って彼女が名札を指さす指先に自分の指先で触れて、某宇宙人映画の真似をした。


「これでもう友達以上だね♡」


「わ!君、ホスト向いてるよぉ!」


プロデューサーのような彼女は感動しながら、俺にいい評価をくれた。


「ええ!嬉しい!!でもさぁ、もう辞めようかと思て……」


「何でー?もったいないよ!」


彼女は俺の腕に抱きつくように手を回して、俺の肩に頭を乗っけてきた。これがホストと姫の距離感か、と学びを得ながら話を続けた。


「さっきの卓でさぁ、めっちゃブスブス言われて、本当はメンタルやられてたんだ」


「そうだったんだ……」


「でも、姫と出会えたから元気出たよ。姫の笑顔、すげー可愛い♡」


と頬っぺたをつつくとまた可愛らしい笑顔を見せてくれる。


「ふふっ、幸せ!」


「あのさ、俺のこと格好良いと思う?」


煙草吸いながら考えていた作戦。その最初の台詞を、状況に合わせて自信なさげに言った。


「格好良いよ!」


格好良いルートに入った。こっちのが楽勝だ。


「世界でいちばん?」


「えー?んーー??」


と悩む彼女はきっと押しに弱いタイプ。それは無い、って一刀両断してくるタイプじゃなくてよかった。


「そこ悩むとこちゃうやろ。格好良いって言って」


って押せば簡単に


「じゃあ、格好良いよ!」


と言ってくれる。もう指名をもぎ取ったも同然だ。


「ありがと。それじゃあ、俺以外の男なんか見ないでね」


俺は恋人繋ぎをして、彼女と身体を密着させる。


「京くん、枕できる?」


これ、面接でも聞かれたやつだ。絶対にしたくないって正直に答えたら、じゃあ、ねだられた時の対処法は考えといてねって言われたんだった。


「……何焦ってんの?俺が他の女のものになりそうで嫌だ??」


「そうだよ!いかにもモテそうじゃん!」


「そう言ってくれんのは嬉しいんやけど、俺は好きな子とは大切にしたいから」


「大切にするって何?会ったその日にヤるのは大切にしてないってこと?」


「いや、そうじゃなくて。正直言うと、俺だってヤリたいよ。こんな可愛い子だもん。でもさ、俺、絶対に一途じゃないと許せないんだよね。初回で枕誘うってことは、いい雰囲気になったら誰とでもヤッてんの?それ、誠実じゃないよね。俺だけが片想いなのは嫌なんだよ。わかってくれるよね?」


「……わかった。じゃあ、京くんも他の女と絶対にしちゃダメだよ?」


「絶対にしない。約束ね!」


と指切りをした。そして、交代の時間が来て、そのまま抜けようと思ったら、


「飲み直しで」


と腕を掴まれ、姫に言われた。飲み直し?なんだっけそれ??と内心気が気じゃなかったが


「あ、もう俺と一秒も離れたくないんだね!」


と冗談言いつつ、また席に座り直した。内勤に飲み直しだと伝えたら、またメニュー表見せてきて、お酒を選ばせてる。


「京くん、何飲みたい?」


「お茶割り飲みたいなぁ」


「それでいいの?もっとねだってもいいんだよ??」


「ふふっ、じゃあ、このシャンパンがいい!」


と一番安めと言っても一万するシャンパンを下ろしてもらった。


「そんな値段気にしなくていいのに……」


「だって、何回も会いたいじゃん?お金ないから会えない!って、つらくなって欲しくないから」


「もう、京くんのそーゆーところ……」


って彼女はもじもじして恥ずかしそうにしているので、


「なぁに?そーゆーところ、好き??」


と代弁してあげた。


「うん!」


元気がいい返事、それに相反するような


「俺も好き」


という嘘の言葉。ただ、お金が好きなだけ。彼女を抱きしめていても、それは変わらない。


内勤からシャンパンを渡されて、


「それでは、大切な姫からシャンパン頂きました〜!はい、332211!ぽんっ!」


と軽く掛け声を言って開けると、


「ふふっ、嬉しそうにしてるの可愛い♡」


って穏やかに微笑みながら言われた。


「だって、初シャンパンだよ?嬉しいに決まってんじゃん!」


「えー!そんなこと言われたら、もう一本入れたくなっちゃうじゃん!」


そんなことを言われると、金のためについつい酒が進む進む。最後は瓶で飲み干すとその豪快さがウケて、二本目のシャンパンを下ろしてもらった。そしたら、次はヘルプまできて、シャンパンコールが始まった。こんな世界に来てしもうたんや、と感慨深く思い眺めてたら、マイクを渡されて、一言を求められる。


「まずは、姫ありがとう。俺、本当に今日が初ホストデビューで、すごい緊張と不安でいっぱいで、初めての接客もうまくできなくて、姫と出会うまでは自己嫌悪でいっぱいだった。けど姫と出会えてからは、なんだか俺らしくいられて、すごく心地よくて、『ああ、俺この人とずっと一緒にいたい』って、心からそう思えたんだ。これって運命だよね?だから、これからもずっと一緒にいてください」


本当を混ぜ込んだ嘘。嘘にならないレベルの嘘をつらつらと述べた。その後、マイクを姫に渡すように合図されて、言われた通りにマイクを姫に渡すと、


「私が京くんの最古参です!よいしょ〜!」


という掛け声とともに周りのホストが一気にシャンパンを飲み干すので、俺も遅れまいとシャンパンを飲み干して、見事、むせた。


「ごほっ、ごほっ……ごめん、むせちゃった」


「ふふっ、そーゆーところも可愛いね!」


その一言で、俺の色恋が深部まで通用しているとわかった。他人の格好悪いところまで愛おしいのなら、それは恋ではなく愛だろう。


「今日さ、営業後にご飯行こ?」


「え!アフターいいの??」


ととても驚かれた。


「いいに決まってんじゃん。てか俺の方こそ、お金ないから他のホストみたいに豪華なところは連れて行けないけどそれでもいいならって……」


少し不安がった様子、情けなさを見せる。その情けなさを見せるのは貴方だからですよ、みたいに。


「行くよ!絶対行く!」


手を握られてそう宣言された。


「ありがとう。結愛ちゃんとまだまだ一緒にいたかったから嬉しいよ」


本当は即帰宅して、今すぐ寝たいけど。酒のせいでだるくなってきてる。けど、この世界で生きると決めたなら腹くくれよそれくらい。


一旦、彼女とバイバイした。視界から彼女がいなくなった瞬間、ため息が出た。疲れがどっと押し寄せる。疲労回復の煙草を吸って、残りの時間はヘルプに回された。


閉店時間、店内掃除をして終了。日給二万円。このお金には目が眩んだ。たかが六時間程度で二万円。普通の仕事なんてできやしなくなるには相応の金額だ。


「終わった?」と結愛ちゃんからの連絡。できる男は女の子の名前のあとに誕生日と特徴くらいは表示名に書き込んでおくものだ。あと次いでに俺は偉いから、カレンダーに話した内容やできごとを記録しておく。結愛ちゃんは押しに弱くて色恋に弱い、24歳、関西弁好き、ホストはたまに行くみたい、昼職の遊びたがり。……めっちゃいいカモ!


「終わったよ。早く会いたい」


「店前で待ってるね」


と返信がきたので、吸ってた煙草捨ててすぐに駆け出た。急いできてくれた、って事実が彼女の愛を育てていく。

彼女を見つけた瞬間に笑顔になって、抱きしめては何の違和感もないようなフリしてた。


「やっと会えた」


なんてキラキラした台詞つき。吐きそうなるわ。


「京くん、可愛すぎ」


「ちょっと酔ってるかも。甘えたくなっちゃう……」


という俺が言うには気持ち悪い台詞も、仕事だからと違う人間を演じている気持ちで言った。


「いいよ。たくさん甘えて」


「ふふっ、嬉しい!」


彼女と恋人繋ぎして、その手の甲にキスをする。向かう先などどこでも良くて、ただ彼女が笑顔になれるのならそれで良い。24時間営業のチェーン店。夜食にちょうどいいけど、アフターとしてはどうなのか考えていたら、


「入りたいの?」


と彼女に悟られてしまった。


「うん。でも、もっと素敵なところ行きたいんじゃない?」


「いいよ。京くんと一緒ならどんな場所も素敵だから」


歯が浮きそうになるほど見てるこっちも恥ずかしい台詞。きっとファンタジーの世界の中にいる。彼女にとっての王子様にならなければいけない。


「本当、いい彼女だね」


と軽く頭を撫でた。


490円の安いラーメン。酒飲んだ〆には、これがちょうどいい。酒で疲弊した身体に栄養が沁みていく。細胞が活性化してるだろ、ってくらい目が冴えるし、味が音楽にのせて踊っている。絶対これ、バッドドラッグだ。目をひん剥くくらい美味い。これまじだぜ。


「すごい美味しそうに食べるね」


「実際、めっちゃ美味いから!」


彼女にもひとくち食べさせてあげると、「おいひー」と馬鹿っぽく言われた。

スープまで飲み干すと、満足感から一気に眠気が酷い。ここから徒歩二十分で家まで帰らないといけないのダルすぎる。かといって、やらないのにホテル泊まるのはありえない。


「眠いの?」


「あ、ううん。大丈夫だよ。煙草吸う」


喫煙所に一人で入って煙草を吸ってるけど、ダルさがおさまらなくて、ああもう、今すぐ湊に会いたい。


「煙草吸うんだね」


「あ、匂いとか嫌だった?それなら、もう吸わないけど」


「ううん、そーゆーことじゃない。煙草吸う姿、格好良いなって思って」


「え、そんなこと初めて言われた!あー、煙草吸う手が止まらんわあ」


満更でもない顔して、すぱすぱと煙草を吸うフリをした。テンションあげたまま会話すんのきつい。しんどい。帰りたい。


「この後どうする?」


「まだ一緒にいたいけど、明日授業あんだよね」


抱きしめてまだ一緒にいたいアピール。けど、帰らせてもらうために行きもしない大学を持ち出してそう話した。


「えー!大学生なの?偉い!!」


彼女は俺が何しても褒めてくれる。甘やかされてる。でもプライドも何も捨てた俺にはその甘さがちょうどいい。


「ありがとう、だから寂しいけどお家帰らなあかんのよ」


「私もついていっていい?」


「だーめっ!結愛ちゃんが家にいたら襲っちゃう」


「えー!めっちゃいいじゃん!」


「良くないよ。俺が良くないの!大切にしたいの、わかって?」


と窘めると俺に嫌われたくないせいか素直に言うことを聞いてくれる彼女。そーゆーところは可愛いと本当に思っている。


「じゃあ、またね!」


と言う彼女に手を振って別れて、家までふらふらと歩いて帰ってきた。家に帰ると、湊が俺の布団で寝ていた。そういや、湊から鬼電が入っていた。無視してた。


「湊、ただいまぁ」


と布団に入り込んで、湊を抱きしめる。布団が湊の体温でだいぶ温まっていた。ずっとここにいたんだと思うと胸がキュンとなる。俺の帰りを待ってたんだ。


「京一さん、お酒くさいです。飲んでたんですね」


「んー、たくさん飲んじゃったあ」


「電話、何ででられなかったんですか?」


「店内が騒がしくて、聞こえなかったの。ごめんね」


通知オフにしてただなんて、いえない。


「……はい。ちゃんと帰ってきたから今回は許します。でも、何時に誰と何処で飲むのかちゃんと連絡してくださいね。心配ですから」


「わかったよ。湊、んー」


と軽返事しては、唇をつきだしてキスをせがむ。湊は優しいからキスをしてくれる。何度も何度も付き合ってくれる。


「酔ってる京一さん、可愛い」


「ふふっ、湊だから甘えられるんだよ」


客にはここまで甘えられない。


「はあ……可愛すぎ……」


他の女を見る度に、湊の良さを思い知る。


「俺には湊しかいないし、湊じゃなきゃダメなの」


抱きしめている湊の匂いで落ち着く。


「……どうしたんですか?やけに僕に甘えてきますね」


「酒のせいだよ。飲みすぎたの」


そして、疲れ果てちゃったの。仕事のせいで。


「飲みすぎ、ですか。……心配です」


「大丈夫だよ。湊といれば大丈夫になるから」


「京一さん、つらいことがあったら何でも言ってくださいね」


「ありがとう」


湊と一緒にいる時間は特別なことは何もなくても、とても輝いている。汚れている自分が浄化されたみたいで、頭の中の口悪い鬱陶しいうるさい声が聞こえなくなる。俺は俺のままで良いんだと感じさせられる魔法のようなものを湊は持っているのだろう。湊だけは俺をちゃんと俺として見てくれて受け入れてくれている。俺を愛してくれている、簡潔に言うとそれだ。

ただ湊が俺の傍からいなくなると、途端に世界は俺に牙を剥くから厄介だ。また臆病な俺に嘲笑う声が付いてくる。こんなのやってられねぇと短絡的に死に逃げる俺は、要は夢見がちな馬鹿だろう。だけど最期は、湊と素敵な時間を過ごしてからパッと消えたいんだ。


玄関ドアが閉まる音。湊が学校に行ってしまった。酔っている俺を心配してか、湊は一睡もせずにずっと俺の介抱をしてくれていたから、きっと学校では寝てしまうだろう。


「あぁ、頭いてぇ……」


湊が作ってくれたお粥も一口で満足してしまった。何をしようにも頭の痛さに邪魔されて、結局はスマホを眺めていた。


ピコン!結愛ちゃんからの新着メッセージだ。


「京くんおはよ!今日も出勤ある?」


「おはよ!今日は出勤しない」


クソ暇すぎて即レスしてしまった。いつもは返信おそいのに。


「お休み??」


「そだよ。学校あるから大変だけど」


嘘。二日酔い。


「そうなんだね!偉いね!!」


「ありがと。結愛ちゃんは?お仕事??」


「うん!いま休憩中!」


「お疲れ様だね」


「お互いにね!」


と返信がきた後、何て返せばいいのか分からなくなって、スマホを置いた。

ああ、ダルすぎる。何をしても楽しくない。湊がいなきゃ意味がない。何となく煙草を吸いに外に出たが、外はやけに晴天で腹が立った。


「コンビニって、一瞬で人生が楽しくなる薬物とか売ってないの?」


「そんな違法薬物まがいなもん取り扱ってないですよ」


あかりに会いにコンビニまで足を運んだが、特にすることもなくて無駄足にさせまいと、蛇足的な会話をする。


「あかりぃ、また一緒に働きたい」


「脚は治ったんですか?じゃあ、シフト希望ちゃんと出してくださいよ」


「まだ治りかけだけど。シフト希望ね、あかりがいる日で週2, 3日で、よろしく」


「わかりました。店長に言っておきますね」


「あかりぃ」


会話が途切れるのを恐れて、意味もなく名前を呼ぶ。


「何ですか?」


まだ絡んでくるの?というようなだるそうな返事。


「トリックオアトリート!お菓子ちょーだい?」


「もう十一月なりましたけど」


「俺はまだハロウィン気分なんだ。ちょっとは楽しませてよ」


「はあ、そもそも何の仮装してるんですか?」


「引きこもりニートが徘徊する時の仮装」


「ははっ、再現度高いっすね〜!」


と笑ってくれたので、


「でしょ?怖いっしょ??」


と調子良く返した。


「って、いつもの氷野さんじゃないですか。もう仕事あるんで」


帰れ、と言わないだけ優しい言葉。


「あ、待って。ライターだけは買いたい」


まだ少しオイルが残っているライターがポケットの中にある。けれど、何だか買ってしまった。


「165円です」


「あかり、こっち向いて」


「ん?」


こちらを見た彼女の頬をつまみながら、200円を彼女のポケットに入れた。


「ほっぺた柔らかいね」


「どんなイタズラですかこれ」


「お仕事がんばってね。それじゃ!」


とライターをカウンターから取って、出口へと向かった。


「ちょっ!氷野さん、お会計は??」


「ふふっ、ハッピーハロウィン!」


「まじで!そのイタズラは可愛くないですよ!?」


彼女はレジから出てきて、俺を追ってきてくれる。お母さんの気を引きたくてイタズラする子供みたいだと我ながら思った。俺の服を掴んでライターを探すあかりに向かって、降伏するように両手を上げた。


「あかり、自分のポケットの中見てみ?」


「え?なにこの200円」


と吃驚しながら、その200円を見せてきた。


「ふふっ、ハッピーハロウィンだね」


「は?いつ入れたの??」


「さあ?ハロウィンだから幽霊が持ってきたんじゃない??」


なんて適当言うと、


「こんなイタズラするの貴方しかいませんよ。お釣りの35円持ってきますからね!」


って、少々キレ気味に言われた。


「あかりが貰っていいよ」


「貴方、他人に金あげてる場合ですか?私のが稼いでるんで、舐めないでください」


「あーいや、そーゆーことじゃないんだけどな」


俺的には感謝の気持ちだったのに、舐めてるとかそんなんじゃないのに。あかり、わかってないな。

コンビニから出てきたあかりにレシートと1035円を強引に握らされた。


「はい、ハッピーハロウィンです」


「は?1000円多いんだけど。どゆこと??」


「私なりのイタズラですよ」


「ずる!そんなん可愛すぎんじゃん!!」


「じゃあ、私は仕事に戻るんで」


と仕事に戻ろうとする彼女をまたもや引き止める。


「あのさ、バイト終わり会えないかな?あかりともっと話してたくて……」


「氷野さんには湊くんがいるじゃないですか」


「あかりじゃなきゃダメなの。お願い」


「私、何もできませんよ?」


「いいの。話聞いてくれるだけでいいから、ね?」


「まあ、何の用かは知らないですけど、わかりましたよ。20時にここに来てください」


「ありがとう」


俺が彼女と話したい理由は、彼女になら湊に言えないことも気兼ねに話せるからだ。愚痴る相手もいなけりゃ、仕事なんかできない。

学校から湊が帰ってきた。


「京一さん、ただいまです」


最近はいつも疲れ果てて帰ってくる。


「おかえり、湊」


とキスをし終えるとすぐに宿題をし始める。勤勉な学生といえばそれまでだが、俺と一緒にいる意味は?と問われれば、答えはないだろう。


「じゃあ、カテキョあるんで帰りますね」


19時になれば勉強を終えて、家に帰る。そこから22時になるまでここには帰ってこない。


「うん、頑張ってね」


そう言って、いつも送り出す。会話という会話はこれぐらいしかない。機械的な毎日を過ごす湊には意思がない。


「氷野さん、お待たせしました」


「おつかれさま、コーヒーいる?」


「あ、これ私のだったんですね」


さっき買った温かい缶コーヒーをあかりに渡した。ありがとうございますって、にっこりと微笑まれた。


「最近さ、湊がロボットなんだ」


公園のベンチで煙草を吸いながら、そんなことを愚痴った。


「どゆこと?」


「毎週同じことの繰り返しで、生きている感じがしないんだ」


「氷野さんがどこか連れて行ってあげたら?」


「受験前なのに、いいのかな?」


「息抜きも重要って言うじゃないですか」


「でも、俺は俺が湊の負担になっているようにしか思えないんだよね」


「負担だったらとっくに別れてますよ」


「そうかなぁ」


みんなアドバイスは聞こえのいい優しい言葉しか言わない。俺を責めるようなことは言わないから、俺が俺を責めるしかなくなる。


「氷野さんは、いい彼氏ですよ」


そんなの、嘘にしか思えない。


「俺、ホスト始めたんだよね」


「え、ホスト?で、できるんですか??」


「わかんない。でも、初日でシャンパン貰えた」


「へぇ、そうなんですね。 湊くんは許してくれてるんですか?」


「まだ言ってない。許してくれると思う?」


「思わないですね。ホストかぁ……なんか変な感じ!」


「似合ってないよね?」


「うん、似合ってない!」


と笑われた。つられて俺も笑ってしまう。


「でも俺ってさあ、口が上手いじゃん?」


「それ誇ることじゃないですよ」


「あかりだけだよ。こうやって本音で話せるの」


ちょっぴり恥ずかしいことを言ってしまった、と後悔していると、


「あー、そうやって私をいいカモにしたいんですか?」


なんて言うから、吹き出して笑ってしまった。


「いや、そんなわけないじゃん!さっきのはまじで本音だから」


「そうですか。まあ、貴方の本性を知っちゃってるんで、天地がひっくりかえっても惚れることはないですけどね」


「何でだよ、惚れる要素しかないじゃん」


「あーーー、貴方にかけられた迷惑しか思い出せないのでやめてください」


って頭が痛い素振りを見せるあかり。


「あははっ、いい思い出だね!」


「うっわ、まじで性格悪いわあ」


「でも、ホスト稼げるんだよねー。実際問題」


「そうでしょうね」


「まあその分、精神的疲労は大きいけどね」


「どんな感じなんですか?」


「普通にブスって言われるし、一気飲みさせられるし、アフターでホテル誘われるし……嫌なことばっか!」


「ふふっ、お疲れ様でーす」


「お前、他人の不幸を笑うなや」


って、彼女の肩を軽くどつくと、


「いやだって、笑うしかないじゃん!」


という言い訳をされた。


「まあ、確かにな?大変だったんでちゅね〜!ってよしよしされるよりはええわ」


「そんなん絶対にしないんだけど!!」


なんて他愛もない会話をして一時間ほど過ごした。


「そろそろ寒さで死んじゃうかも」


「コーヒーもなくなったし、もう帰りますか?」


「うん、帰ろっか」


と立ち上がった瞬間、まだ座っている彼女にこう言われた。


「氷野さん、愚痴ならいつでも聞くんで連絡くださいね」


「え、なにそれー?惚れちゃいそう!」


って、棒読み。


「貴方、すぐ死ぬようなことするじゃないですか。心配なんですよ」


「えー?俺がいなくなったら、せいせいするんじゃないの?」


「それはそれ、これはこれです。貴方がいなくなったら、きっと湊くんは生きていけなくなります」


「あー、あかりは湊のこと好きだもんね」


「好きって言っても恋愛的な意味じゃないですから!推し的な感じですから!」


焦って訂正してるけど、俺はそんなことはどーでも良くて、


「はいはい、俺の心配に見せかけて湊の心配ね」


って嫌味を言った。


「はあ、何でそこで拗ねるかな?めんどくさ、この男」


「やっぱ、死んだ方がせいせいする?」


「あ、貴方のことも……必要ですよ、たぶん。言わせないでください」


めちゃくちゃ嫌そうな顔されてそう言われた。ああ、俺はこうやって彼女のことをいじめるのが好きな、悪趣味な男だ。


「あかり、生きてく元気が出たよ。ありがと」


「そのにやけ面、憎たらしいです」


「Smile, what's the use of crying?

You'll find that life is still worthwhile

If you just smile」


ってヤニで黄ばんだ歯を見せて煽った。


「ミュージカル始めないで」


「あははっ!人生って楽しい!!」


踊り出したくなる気分ではダンスはできずにただ歌いながら回っていた。

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