利用価値がなくなるその日まで
貴方が僕に覆いかぶさって、ニコッと笑う。その瞬間、僕は「ああ、抱かれるんだ」と胸が高鳴る。僕の服を脱がせて甘えてくる彼を、受け止めて僕はたくさん甘やかす。彼が僕の脚を持つ時が、やっと僕らが繋がる時だ。
僕は京一さんのことが大好きで、京一さんとのセックスが大好きだ。京一さんが僕のことをどう思っていようと僕はずっと京一さんの傍にいたい。
「湊さあ、俺どうすればいいかわかんないや」
京一さんは煙草を口にしてからそう吐き出した。
「何がですか?」
「職なし金なし精神疾患あり、擁護しようがないよ」
京一さんの賢者タイムに訪れる鬱。彼はいっつも、死にたいと言っているようだった。けど強がって笑ってた。顔を歪めて、僕まで心が痛む。
「京一さん、ちゃんと病院に行きましょう」
「嫌だよ、医者に払う金の無駄」
「でもそれで京一さんが生きやすくなるのなら安いものです」
「湊はさ、俺を薬漬けにして馬鹿にさせて、ただぼーっとして微笑んでるだけの廃人にしたいの?それって本当に俺って言えるのかな?」
生きやすくなるのなら、って仮定の話。京一さんのは、過去の話だ。
「すみません、僕がわからず屋でした。でもスマホ貸してください」
「何?」
「ルイさんに連絡取ります。お薬を貰いましょう」
「は?もうやめたんだって」
「違います。ルイさんって元は薬剤師だったんですよね?だから、京一さんに効く薬も選べるかなって」
京一さんが思い悩んでいる。沈黙の末、煙草を一口吸ってからこう吐き出した。
「わかったよ。ルイルイに相談してみる。あいつなら信用できるから」
京一さんが生きるための行動をしてくれる。それだけで僕の心は晴れやかになる。
「ありがとうございます!京一さん、これからも一緒に生きていきましょうね!」
「……ところでさ、何か欲しいものある?」
京一さんとのチュー、京一さんとのハグ、京一さんとのセックス、欲しいものでなくやりたい事なら山ほどある。けど強いて言うなら、
「アイスが食べたいです。でもそれくらい自分で買いますよ」
京一さんは何でこんなこと聞いたんだろ。コンビニでも行くのかな?だとしても、僕も連れて行ってくれればいいのに。
「そうじゃなくて、普段もっと買えないようなもの。なんか欲しいのないの?」
「え、いきなりそう言われましても……」
欲しいもの、欲しいもの、んーー、んーー、と悩みに悩んでいる僕を見て、京一さんはため息をついた。
「新作のゲームソフトだとか、新機種のスマホだとか、普通の子なら躊躇なく言ってくるのに」
「僕は普通じゃないですよ」
「ああ、知ってるよ」
「たぶん僕は特別、幸せな子なんですね」
欲しいものが見当たらないのは、もう既に欲しいものを手に入れているから。それを実感できているから。
「……やっぱ湊は毎日が楽しそうだよね」
京一さんは捨て台詞のようにそう言った。
俺の人生は、俺の人生なのに俺は掌握できずにいる。思い通りにならないことばかりで、人生なんてこんなものだったら、搾取されるだけの人生でいい。俺の周りを見せないで欲しかった。人生がうまくいかないのは誰のせいでもない自分のせいなのに、人生がうまくいくようになるのはきっと他人のおかげなんだ。社会はそうなっている。けど現実は、俺の人生がうまくいかないのは俺のせいじゃなく俺を取り巻く環境のせいで、俺の人生がうまくいくようになるのは……そんな瞬間なんてない。
「あーーー、全然抜けねぇ」
猛暑日の部屋。クーラーもつけずに自慰をして、汗だくになっていた。生産性のない行為ばかり繰り返して、はたして俺には生きる価値があるのだろうかとふと我に返り、生きていることを悔やむ。病んだ。わざとらしい女優の喘ぎ声が嫌いだ。
「あれ、氷野さん何でいんの?」
「さすがに給料泥棒しにきた」
「意味わかんない。泥棒するなら帰って」
あかりはいつも通り、俺に優しくない。一応、品出ししてる動作は見せてるんだけど。
「帰りませーん。だって湊の誕生日、明日じゃん」
「そゆこと、何あげるつもりなんですか?」
「まだ決まってない。湊さあ、物欲ないんだよ」
「あー、わかる!!」
って自分の中で解釈一致したのか、すげー共感された。こっちの苦労も知らないで。
「まじ何にしよっかなあ、アイスとだけ言われてさあ」
「それしんどいですね」
「……ちょっと煙草」
「あっ!給料泥棒〜!!」
と言われたが関係なく店外に出た。もちろん、タイムカードは押さずに。
「へえ、こんな日陰でも咲くんだな」
足元に小さな花が一輪。地面の隙間から生えている。その逞しさに美を感じた。煙草の吸殻は水溜めた缶の中に捨てた。
「氷野さーん、超久しぶりじゃないですかあ。追加出勤してたんですね!」
バックヤードに戻った瞬間、美優ちゃんと目が合った。
「あ、美優ちゃん。半月ぶりだね」
「どうして休んでたんですか?」
「ちょっと、体調崩しちゃって。でも金がなくてさ、」
と情けなく言っていると、
「えー!!大丈夫ですか?ちょっと休んでいいですよ」
と椅子を引いて、休憩へと誘ってくる。
「あはっ、俺が休憩押してないのわかってて誘ってる?」
「ふふっ、一緒に給料泥棒しましょ!」
え、一緒に??
「あれ、美優ちゃんは何休憩?」
「私はお菓子休憩ですっ!」
と得意げにクッキーを見せられた。店長いない時のバイトって、やっぱ楽しい。
美優ちゃんと共に10分くらいのお菓子休憩を楽しんで仕事に戻ると、
「このサボり魔っ!」
と何故か俺だけ尻を蹴られた。もちろん、蹴ったのはあかり。
「小休憩を入れることで効率が上がるんですよぉ。ね?京一郎さん」
美優ちゃんがあかりにそう言ってから、俺に同意を求めてきた。
「そーだそーだ、美優ちゃんのがよくわかってるよ」
「はいはい、そのよく動く口よりも手を動かしてください」
と言われ、死に物狂いで迎えた23時。
「あかりぃ、さすがにもう帰っていい?」
俺は疲労困憊で立ってるのもやっとな状態だ。
「え、待ってください。一緒に帰りましょうよ」
「お前、何時上がりだよ」
「23時です。あとこれだけ」
と彼女の横には品出しのボックス一箱分。
「はああ、わかったよ。一緒にやればすぐ終わるだろ」
あかりの隣りに座って、あかりの倍くらい遅いスピードで商品を棚にしまう。これで最後の一個。
「よし。氷野さん、手伝ってくれてありがとうございます」
「良いんだよ。あかりは人一倍、いや、人十倍くらい頑張ってるんだから」
「ふふっ、ちょーっと待っててくださいね!」
と不敵な笑みで言うと、あかりは買い物カゴ片手に次々と商品をピックアップしていく。
「え、まだ仕事あんの?」
「氷野さんは煙草休憩してきてください!」
「なんだそれ」
と思いつつも、煙草吸いたかったからいいか、とまんまと煙草休憩している。煙草休憩を終えてバックヤードに戻ると、机の上に大きなレジ袋。その中には大量のアイスとお菓子とジュース、それと数本酒缶が入っていた。
「お疲れ様です。それ、プレゼントです」
あかりがニコニコと、俺に向かって微笑んでいる。
「え?俺にくれんの!??」
「いや、湊くんへですよ」
「あーね。え、でも、酒は?」
「それは、まあ、お疲れ様ってことで、」
そう少し照れながらに言うあかり。
「わあ。あかり、ありがとっ!!」
俺も自ずと笑顔になって、彼女にストレートに感謝を伝えた。
「ふふっ、どういたしまして」
あかりは満点の笑顔で返してくれて、心が暖かくなるを感じた。その後は、あかりと一緒に帰って、明日の湊の誕生日計画のあれこれを語った。
翌朝。ついに湊の誕生日。昨日は楽しみで寝られなかった。まず、部屋を片付けて、部屋の飾り付けとパーティグッズを近くの百均で大量購入した。そして、飾り付けを頑張っていたら、もう夕方。やべぇ、と思って、ケーキを買って、食材も買って、あと湊に似合いそうな花束も作ってもらった。それから、家に帰って急いで料理をしたのだが、すっかり夜になっていた。
「湊、本当に来てくれるかな?」
準備が一通り終わったところで、時間を持て余して不安になって、湊に確認をとるために再度連絡をした。
「ちょうど今、こっちに戻ってきたところです。荷物置いてすぐ向かいますね!」
湊は自分の誕生日だってのに、演技の練習を欠かさずしていて、この子は本当に俳優としてやっていくんだという強い意志を持っているように感じる。
「ありがとう。急がなくていいよ」
と送ってはいるものの、すぐに湊に会いたいと内心ではたまらなく思っていた。だから花束を持って、湊の自宅マンションの前まで歩いていった。
「あれ?京一さん、!?」
「ふふっ、湊。会いたかった」
と軽く抱擁を交わした。
「僕も会いたかったです。迎えに来てくれてたんですね!」
「少しでも早く、湊に会いたかったからね」
「ああもう、僕の理想の王子様っ!!」
ともう一回、湊の方からハグしてきた。可愛い。
「ふふっ、じゃあこれは、跪いて渡した方がいい?」
花束を差し出して、跪くフリをする。
「あっ!あ、いえ、京一さんのお膝を汚す訳にはいきませんので!!」
「湊、誕生日おめでとう」
湊は両目を少し潤わせて、
「ありがとうございますっ!」
って、心からの笑顔を見せてくれた。
「やば、可愛すぎ」
「え、京一さん、いま僕のこと……」
「あ、ううん。何でもないよ」
微笑んで誤魔化して。
「えーっ!もう一回、聞きたいんですけど」
「なんだ、聞こえてたんじゃん」
「でもやっぱ、聞きたいじゃないですかあ」
「……湊は世界で一番可愛いよ♡」
って、彼の頭を引き寄せて、小声で言ってあげた。湊はそうされただけで、すごい照れて、俺の腕に手を回して甘えてきた。
「僕も京一さんが大好きですよ〜♡」
今日は僕の誕生日。だけど、相変わらず僕は演技の練習だ。僕は夏休み初日から、三上ミオが所属している事務所に入らせてもらった。僕が俳優になってみたいとママに相談したのがきっかけだ。前の事務所は人材を使い捨てるイメージだったけど、ママがいるから今回はその心配はなかった。けれど、二世タレントという肩書きが同年代の子との間に壁を隔ててしまうのが厄介であった。
「ミサトくん、今日も良い子で可愛いわね」
「もう15歳になるんだけどね。まだまだ可愛いのよ」
というママとママの友達の会話が耳に入ってくる。
「本当、お人形さんみたいな顔してる」
「でもあの子、俳優向いてるのかしら?」
「どうして?」
「感情が乏しいのよ。いつも笑顔で」
「笑顔なのはいいことじゃないの?」
「でもね、心配になるのよ。感情を表に出さないから」
「この俳優という仕事を通して、感情を出せるようになるといいわね」
僕、ママに心配かけてたんだ。
「ミサトくん、こちらミサトくんのマネージャーさん」
二人の男性。一人はこの事務所の社長さん。もう一人は知らない人。
「僕に、マネージャーですか?」
「もちろん、君も我が事務所の立派な俳優さんだからね!」
そう社長に言われると、胸が熱くなった。
「ありがとうございます!三上 ミサトです。よろしくお願いいたします!」
「こちらこそよろしくお願いします。今宮 傑です。三上 ミサトくんのポテンシャルの高さは、社長から耳にしております。これから有名俳優になられる君のマネージャーになれること、心から嬉しく思います」
という真面目そうな印象を与える挨拶だった。
「そんな、恐縮です……」
「それとミサトくん、今日お誕生日だったよね?」
え、社長、何かくれるんですか?
「はい!」
「誕生日プレゼントに、アクション講師連れてきたよ」
ともう一人知らない講師の方が出てきた。
「わ!!ありがとうございます、よろしくお願いしますっ!」
「ははっ、ミサトくんは良い子だね。文句一つ言わないなんて」
なんて、社長に褒められたが、だって、僕なんかが文句言えるわけないじゃん。
その後、散々、アクションに関して指導されたが、僕は根っからの運動音痴なのか、笑われてばっかりだ。
「ふふっ、やる気は感じるんだけどね」
と講師の方も苦笑い。
「でも僕、これならやれますっ!」
って、自信満々に京一さんに教わった回し蹴りを披露した。
「おお〜っ!!誰から教わったの?」
「僕の恋人から教わって、」
「え〜っ!ミサトくん、もう恋人いるの!?最近の子って凄いね!!」
回し蹴りの方をもっと褒めて欲しかったのに、僕の恋バナの方で盛り上がってしまった。僕もそのうち、ノリノリで惚気けてしまった。
「本当に、格好良いんですよ〜♡」
「あ、つい、話に夢中になっちゃったね。練習再開しよっか」
とアクションの練習を何時間かして、僕は汗だくだ。
練習が終了して、着替えをし終えると、今宮さんが話しかけてきた。
「ミサトくん、お疲れ様です」
「あ、今宮さん、お疲れ様です!」
「大変申し上げにくいのですが、三上 ミオさんも多忙であられるため、スケジュール管理や送迎などを今後は私が担当させていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」
「そんな、僕相手にかしこまらなくても良いですよ」
「いえ、君のことを尊敬しているのでそんな簡単には、」
「え、尊敬、ですか?」
僕に向けられるには程遠い言葉だったから驚かずにはいられなかった。
「はい、そんなあどけない顔して抱えきれないような苦悩を隠し持っている、そんな演技ができる俳優は滅多にいないと思うので、とても尊敬していますし、将来が楽しみで……」
「今宮さん、僕の演技見たことあるんですね」
「もちろんです!三上 ミサトという俳優の良さを最大限引き出して売るのが私、マネージャーという仕事なので、君のことは何から何まで知っておきたいです!!」
なんかオタク語りしてる僕みたいだ。
「ふふっ、仕事熱心なマネージャーさん」
「私は、三上 ミサトの大ファンなので……」
「へえ、嬉しいです!じゃあ、僕のことたくさん話しますが、引かないでくださいよ?」
「はい!引きません!」
帰りの送迎車で僕は自身の生い立ちから今までのことを今宮さんに話した。途中、京一さんの惚気に何度も脱線して、収拾つかなくなってしまいそうだった。
「それで、京一さんが今日、僕の誕生日パーティ開いてくれてるみたいで、あっ、ここです!ここで下ろしてください!」
「了解です、たくさんお話聞けて嬉しかったです」
「ほぼ、京一さんの話になっちゃって、すみません……」
「ふふっ、君のあの過去があったからこそ、今の幸福が眩しいんでしょうね」
「ああ、本当に、そうなんですよ。ありがとうございます」
「今日、楽しんでくださいね!お誕生日おめでとうございます!」
と別れ際に言われて、僕の心はまた暖かくなった。誕生日っていいな。
「湊、じゃーん!!どお?頑張って飾り付けたんだけど、」
え、待って、え!??風船のハッピーバースデーと十五の数字。モールでキラキラな部屋。京一さんの部屋じゃないみたいだ。
「やば、僕のやりたかったことだ……」
写真を撮る手が止まらない。京一さんには「一眼レフで撮るほどじゃないだろ」って言われたけど、僕にとっては撮るほどなんだ。
「湊、お腹空いたでしょ?オムライスあるよ」
「え、もう……幸せすぎてキャパオーバーですよっ♡♡」
と戸惑う僕に魔法をかけるようにキスをする京一さん。僕は魔法にかけられて、京一さんに抱きついて甘えた。真っ赤なハート。京一さんがケチャップで描いてくれた。京一さんの作るオムライスはとってもおいしくて何杯でも食べれそう。幸せだ。
「湊、ケーキとアイス、どっちがいい?」
「えーっ!そんなの究極の二択じゃないですかあ!!」
「そーゆーと思って、どっちも用意してまーす!」
とケーキの箱とアイスの入ったビニール袋を冷蔵庫から取り出す京一さん。
「わ〜っ!!京一さん、貴方って神だったんですね!?!?」
「このアイスはあかりからだよ。後でお礼言ってね」
「吉岡さん、いつもありがとうございます!!」
「じゃ、いっぱい食べちゃおっか?」
ジュースとケーキとアイス。もうこれ以上ないってくらい幸せな環境に、京一さんがいる。なにこれ、世の中の幸福が全て濃縮還元した?京一さんはお酒のんでほろ酔いで可愛い。アイスつついてるのですら可愛い。
「京一さん、僕の誕生日をこんな盛大にお祝いしてくださり、ありがとうございます」
「ん。湊のためなら、俺がんばれるよ」
「ふふふっ、可愛すぎて無理ぃ♡♡」
「湊、こっち向いて」
京一さんが僕の両頬に手を添えて、自分の方へと向ける。あ、これ、キスされる。……僕の思った通り、京一さんはキスをしてから、寝た。
「え、京一さん??、起きてますよね???」
やばい、完璧に寝てる。こうなったらもう最後。寝起き悪い上に無理に起こすと不機嫌になるからだ。でも、僕の誕生日パーティの準備で大変だったんだろうって思って、その寝顔すら愛おしかった。
「あれ?、みにゃと??」
やべー、完璧に湊を襲ったつもりでいたけど、なんかいつの間にか寝てた。あれ?まさか夢だった??……最悪。夢精してんじゃん。虚無感に浸りながらパンツを洗って、湊が起きるのを待った。
「……おはようございます、京一さん。早起きですね」
「ふふっ、湊が起きるの待ってたんだ」
「めちゃくちゃに可愛いですね」
寝ている湊の上に覆いかぶさって、ああもう朝からそーゆー気分でいっぱいだ。
「昨日できなかった分、ヤる?」
「はい、いっぱい抱いてください♡♡」
十五歳になった湊と、十八禁な行為をして、心も身体も満たされる。
「愛してる。愛してるよ」
「僕も、愛しています」




