ハングオーバーライフオーバー
世の中は無意味なことの積み重ねなのに、何事にも意味を求めて意味を付けたがって、ああ、人間って馬鹿みたいだ。無意味を悪としたところで、お前がやってんのも俺からしちゃあ全部全部全部全部、悪なのに、お前は立て板に水の如く薄っぺらい因果関係を武器にして、俺を叩きのめそうとするんだね。それの意味は何?優越感がお前の生きる意味なら、劣等感をくれてやる。金がお前の生きる意味なら、借金地獄が望ましい。好きがお前の生きる意味なら、その好きの期限切れの後に、お前は何を見るんだろうね。
「湊?ああ、そうだな。俺が生きている意味」
「京一さんは、僕がいなきゃダメなんですよ。え?僕以外に生かされている京一さんなんて……浮気じゃないですか。見たくないですね。もしそうなったら、んー、僕に一生涯の罪悪感と後ろめたさを持って、命の限り、精一杯、苦しんで、生きていて欲しいです」
「けどアイツ、メンヘラってゆーか、ヤンデレってゆーか……」
「僕は好きな人が絶望感に浸っている方が好きです。だって京一さんが、僕しか救世主がいないって思い込んでくれたら、最高じゃないですか」
「でも、ストレートな愛情表現が自尊心が崩壊した俺には心地良い♡♡」
「好きな人の苦痛を望むのは、異常??」
「日常的に罵声が聞こえるんだから、それを帳消しにする甘言を浴びせられてないと、気狂って死ぬだろ?それぐらい良いだろ?……あ、何?もう気狂い??あははっ、ここでナイフでも腹にぶっ刺そうか?」
「人間って極限状態が最も人間らしくないですか?そのグロいところを見せてくれない人間は、僕は好きにはなれません」
「あーーー、クラクラする。気持ち悪ぃわ」
「はあ、何故なんでしょうね。京一さんは僕だけを見て、僕だけを感じて、僕だけを愛してくれないのは」
悪寒と鈍痛で目が覚める、午前二時。俺は最高に酔っ払って最低に気持ち悪かった。目を閉じても目を開けてもクラクラとする世界から逃れられることはできなくて、ただ赤ん坊の如く足掻いて、何もできない時間をただ弄ぶしかなかった。俺が意味もなくうねうねと落ち着かない様子でいると、横で寝ている湊を起こしてしまって、俺の動きを封じるように抱きしめられてしまった。
「寒い」
「まだ夏ですよ?」
「……湊、俺死ぬのかな?」
「貴方は死にません、僕が死なせないです」
「あはは、俺なんか、死んじゃえば良いのに」
「そんなこと言わないでください。寂しいじゃないですか」
「ごめんね」
チュッてして、また瞼を閉じる。真っ暗なのに全方位からかき乱されているように重力がおかしい。とどまらない。気持ち悪さ。その愛の言葉もこの苦しみは解消しない。
湊がラジオ体操に出かけた後、俺は水を飲みにリビングへと降りて行った。湊の広い家にももう慣れてきた。俺ん家だとカルキたっぷりの水道水なのに、ここでは水道からおいしいお水が出てくる。うめえ。さらにウォーターサーバーも完備しているから天然水まで飲める。感動。わざわざペットボトルの水買わないんだろうな。
「京一郎くん、もう寝てなくて平気なの?」
澪さん!!!まだすげぇ頭痛いけど、「大丈夫です」って微笑んだ。昨日、ルイと一緒に昼間っから飲みまくって調子乗って潰れた。急性アル中になって吐きまくっていた俺をルイが介抱してくれて、ここまで運んできてくれたけど、アイツ、飲酒運転だったのか、と今さらながらに思い出した。馬鹿じゃん。金あるんだからタクシー使えよ。
ルイとのトーク画面を開くと、「きよわごめん」とか「おくってくへてありがとう」とか誤字しまくってる反省と感謝を連送してて、失礼&迷惑極まりないと思った。既読無視もどうかと思うけど。あっ、なんかきた。
「元気出して」
という一言と共にファイルが送られてきた。それを開くと、ああ、まじかコイツ、俺がノーパソに隠しているjerk-offフォルダ漁られた。は?パスワード破るとか何なんコイツ。クッソ、うぜぇ!!!とりあえず、今ルイは俺ん家にいる、だろう。一応、寝癖つけたまま、フラフラしながら向かっていった。玄関ドアが空いていて、酔っ払いから鍵盗むなんて良い性格してる奴だと一周まわって感心する。
「ルイ、お前……勝手に人のPC漁んな……」
部屋の真ん中で堂々とあぐらかいて、その膝の上に俺のノーパソ置いて、次々と写真やら動画やらを視聴されていく。
「あっ、京ちゃん!!わざわざ歩いてきてくれたん??体調は大丈夫なん??」
「大丈夫じゃねぇよバカ、死にせう……」
重たい足引きずりながら歩いてきたので、玄関から二、三歩で床にそのまま倒れ込んで、仰向けで寝た。
「あははっ、またtypoってんじゃん!」
「typoじゃないしぃ、古語なだけだしぃ……ぷっ、あははははっ!!!」
自分のボケに自分で笑ってしまって、それでその状況にツボって狂ったように笑ってしまった。死にせうだったら、死にしょうになって、結局うまく言えてないし。
「京ちゃんの好みって美脚だね〜♡」
ってルイは何枚もの画像を次から次へと見て俺の好みを分析してた。俺も自分自身でどんなものを入れていたのか気になって、ルイルイの肩に顎を乗せて一緒に見た。
「うわあ、恥っず!!!」
俺がこの画像達を一々調べてファイルに集めて抜いていると考えたら酷く気持ち悪くて、何でこんな画像を集めたんだよって、過去の自分を軽蔑した。
「おっ、これは俺も好みかも」
とタタンッと女の子の胸元をアップにする。巨乳好き。自分の好みの話して、エロ本を回し読みしてる中学生みたいだ。湊は、こんなことしないか。
「あー、俺はこの子の顔が好きなのにぃ」
「セックスに顔関係ない身体が重要」
「まじ!?お前のオカズ、首から下しかなさそー。特に胸元だけとか」
「それはもはやホラーじゃん」
これが案外童心に返れて楽しくて、昨日散々ぱら飲んだのに懲りずにまた二人で飲み直した。酒って、ほろ苦い。
「やば、めっちゃムラムラしてきた……」
「あはっ、何報告してんの」
「ルイルイ、半勃ちぃ」
「うぜぇ、キスすんよ?」
「いーよ、しよ?」
と俺が頬を掠める程度でリップ音を立てると、ルイルイがバカ笑いして、
「あははっ、まじでされたんかと思ったあ!!」
って子供みたくはしゃぐ。ノーパソそっちのけで、狭くてボロい部屋、クーラーも付けずに大人二人が、何してんだか。
「見てみて、ルイルイ。俺の傷跡、かっけぇやろ?」
左腕側を腕まくりして何故か傷跡を自慢げに見せた。酔ってんなあ。
「何なんコレ、京ちゃんリスカしたん??痛ないん?」
ってその左手を優しく掴まれて、左手首を凝視されて心配された。反応が、思ってたんと違う。
「あははっ、もう痛ないよ。心配しすぎやって!!」
「心配ぐらいさせとくれやあ。京ちゃん、my favじゃけんのぉ」
とどっかの方言が混ざった日本語と英語でねっとりと、俺の首と頬に手を置かれる。目の前のルイルイしか見えない逃れられない状況になった。ルイルイ、中華イケメンで背が高いから圧迫感が凄い。
「famやなくて??」
「あはっ、京ちゃん超絶格好良い♡♡」
ルイルイが真正面から顔を近づけてきて、キスされるんじゃないかって、ドギマギして目を瞑った。チュッ。……触れられて、ない?
「え?」
「騙されてやーんのっ!」
「うっざ!!」
と突発的なパンッという衝撃音のような怒りが、唇と唇同士を触れさせてしまった。……やっば。
「痛っ、歯ぁごっつんこしたあ」
ルイルイは唇を触れて確かめてる。
「ごめんごめん、痛かったよね」
「おん、血ぃ出てへん?」
「出てない、綺麗だよ」
「京ちゃん、たまに意地悪しよる……」
あーーー、ご機嫌ナナメになってしまったルイルイをどう慰めようか。
「あ、ルイルイ、この前タトゥー入れたんやっけ?どんなん入れたん?よぉ見して??」
ルイルイが上裸になって、肩から腕にかけての青龍のタトゥーを見せられた。やば、普通にかっけぇ。テンション上がる!!
「青龙、縁起が良いんよ」
「わあ、すげぇ!!まじ天才的な格好良さ!!!」
「あはっ、せやろ??」
「うん、俺も入れたくなるわあ」
と軽く言ったら、タトゥーに関して和彫りとか洋彫りとか色々と説明を受けて、細かいことを言うとルイルイのは刺青らしい。そして、京ちゃんが入れるなら絶対に烏が良いと譲らなくて、上裸にさせられて何処に烏を入れたらいいのか熟考された。暑っつい。
「注射痕が隠れんのはここら辺やけんど、リスカ跡のが手首だし隠れた方が……」
と仰向けになっている俺の上に乗っかって、左手を掴んでああだこうだ言っている。ワンポイントのがいいのか、肩から広範囲に彫るのがいいのか何とか。
「京一さん、何でこっち帰ってきてるんですか?」
あっ、湊。ラジオ体操、終わったんだ。お疲れ様。……ルイルイを見た瞬間に固まってる。
「Who is he?」
「湊、俺の……恋人」
「What!? 女の子じゃなかったの?」
「名前からして男だろ」
「そんなん知らんしぃ、めっちゃ見られてる……」
二人で顔を近づけてこそこそ話をしていると、湊が固まったままガン見してくる。
「ああもうわかりました大丈夫です、何も見なかったことにしますね!!そしてもうここには来ませんから……」
痺れを切らした湊が大袈裟に主張して、寂しげに帰ろうとする。何勘違いしてんだか。
「待って、行かないで!!」
「何なんですか、僕への嫌がらせですか?」
俺に怒りを覚えて、せせら笑う湊の心の中は、おそらく雨模様。その雨を降らす俺は積乱雲。あー、くだんないこと考えんな。
「こいつ、ルイルイ!友達!!いつも話してんじゃん!!」
「Hello, Nice to meet you. ハジーメマシテ、你好!」
ふざけた挨拶だこと。初めましてから上裸で湊にハグ求めんな。いや、するな!湊もよくこんな奴とハグしたな。
「你好、謝謝」
湊が知っている中国語を話してんのはすげぇ可愛い。待て、ハグしてこんにちはありがとうってなんだ。
「日本語で良いよ。俺、純ジャパと同レベルで上手いから、天才なんよ」
自尊心を全面に押し出して、誇らしげな顔をしている。まあ、それぐらい凄いから嫌味も何も言えないけど。
「僕はバカな青柳 湊です。京一さんの恋人をさせていただいています」
名前と好きなもので終わるとか、中学英語の自己紹介文、日本語訳かよ。
「知っとんよ、京ちゃんから聞いたわ」
「それでいて、京一さんに手出ししてたんですか?」
「ん?昨日の酒手は俺が払ってんけど……」
ダメだ、会話が成り立ってない。ルイルイ、外国人だからか常用しない日本語も知ってて、たまに語弊生むんだよなあ。
「サカテ、?」
酒手とは所謂、飲み代のことだ。
「ルイルイは俺に対して恋愛感情なんて微塵もないし、そんな心配しないでも俺みたいなクズは湊以外には滅多に好かれないよ!!」
「俺、京ちゃんのこと、好きなんやけど」
「もぉ、ややこしくすんなぁ!!親友としてだろ!?」
「my fam ゆーてくれたやん」
「それはそれで、これはこれ!!」
あーーーー、頭痛い。
「それで、京一さんは何で上裸で床に寝そべってたんですか?」
「ほら、タトゥーでも入れようかなって……」
とルイルイの刺青に視線を向ける。
「京ちゃん、烏の刺青が似合うと思わん?」
ルイルイは俺の首に腕回して、湊に同意を求めている。何か肌と肌が触れ合って、汗でベタつく感じが生きていることを実感させられて、気持ち悪かった。
「嫌です、京一さんの身体に刻めるのは僕だけです。僕が初めてで、僕の特権です」
湊が俺の左手首を掴んで、ルイルイと反発する。湊は本当に人間関係を築くのが下手くそだとつくづく思わされる。
「あははっ、ホンマやな!京ちゃんが言うてた通りのヤンデレちゃん♡」
って言いながらその嫉妬深さを測るかのように、俺のことを後ろから抱きしめてくるルイの好奇心のバカ。そして俺の首筋にキスしたように見せかけのリップ音立てて、湊を挑発した。
「なあ、まじやめろ!!」
って引き攣った笑顔で冗談っぽく笑って和やかな空気を演出……できなかった。湊がまじでキレてる。黙り込んで、足元だけをひたすらに見つめている。ストレス値が馬鹿みたいに高まって、制御できなくなって、防衛反応で涙をこぼしてる、そんな感じ。
「僕は京一さんに尽くせば尽くすほど、京一さんは僕のこと好きになってくれると思ったのに、そっぽ向かれて、違う人のところに行かれて、何だか馬鹿みたいですね。それならいっそ、部屋から出られない貴方のがずっと良かった。ここで意味もなく一緒にいて、でも、僕だけを見てくれてて……ああもう本当、自分で自分の首を絞めましたね。僕は貴方の手で殺されたかったですよ」
湊が鼻すすりながら、目を擦りながら、玄関から飛び出ていった。
「京ちゃん、浮気はダメだヨ?」
カタコトの日本語わざと使いやがって、こんな状況にしといてまだふざけて楽しんでんだろコイツ。
「お前なぁ……とりま、離せっ!!」
と両手バンザイして逃れて、上着てすぐに湊を追いかけた。でも、見つかんなくて日差しは強くて頭は痛くて、自販機で水を買った。それを飲みながら歩いて、何だか湊との隠れんぼみたいだと思った。駅方面に歩いていくと、何かデジャブを感じた。
パシャッ。ペットボトルの水が空になる。
「いきなり、何なんですか?」
「仕返し」
水をかけられた湊は俺がそういうと不満げな顔をニコリとした笑顔に変えた。その涙もペットボトルの水で流せたみたいだ。
「京一さん、ルイさんとは本当に何もないんですか?」
「うん、アイツ巨乳好きだし俺が何言っても『きっしょ』って返してくるし、こう考えるとああ、まじで失礼な奴だよね!」
「ふふっ、そうなんですね。それじゃあ、僕はヤンデレでウザったい奴ですか?」
悪口を言う奴はその悪口に共感する奴にも悪口を言っている理論のようなものを感じて、そう言った悪口が嫌いな俺にしては、気付かぬうちに湊を傷付けていたのかもしれないという自己嫌悪した。
「……そーゆー湊が好きだって話だよ」
「そうだったんですか……ごめんなさい。京一さんに嫌われてるんじゃないか、って不安で」
「は?嫌うわけないじゃん!!……ごめんね、不安にさせて」
と湊の頭を撫でて、抱き寄せると、湊は俺の首筋にキスをした。ルイルイと位置的には同じだが、感覚的に違う。ちゃんと触れられた。
「貴方の胸の中にいる時が、今は一番落ち着きます。前までは、胸が痛むほどドキドキしてたのに」
「俺の魅力が減ったってこと?」
「ふふっ、そういうことじゃないですよ。これも恋人である僕の特権です♡」
家に帰ったら、「床くらい直せば?」って置き手紙とともに、十万円の札束が置かれていた。何アイツ。ふざけてんなあ。
「この札束も燃やしてやりたいいい!!!」
けどもったいなさすぎて、そんな真似できないくらいには貧困してて、お金のありがたみを知っている俺は、それを置き手紙で包んで、マジックペンで借金と書いて財布にしまった。
ピコン、と勉強中に連絡が来た。真城さんからだ。明日の花火大会、一緒に行かない?って。どうしよう。京一さんと行こうと思ってたけど、京一さんは人混み苦手だしなぁ。それに、せっかく僕を誘ってくれたのに断るのもなぁ。
「京一さん、勉強中にすみません」
京一さんは僕の部屋で、僕が勉強している間はTOEICの勉強している。彼曰く、湊が頑張ってるから俺も勉強、嫌いだけど、頑張れそうな気がする、らしい。
「ううん、大丈夫だよ。分からない問題でもあった?」
「いや、そうじゃなくて。明日の花火大会、一緒に行かない?って誘われて」
「へえ、良かったじゃん。一緒に行ってくれば?」
「え」
何だろ、そんなあっさり送り出されると、何か寂しい。嫉妬、しないのかな?でもでも京一さん、僕と花火大会なんて行きたくないんだよね、きっと。
「何?嫌な子なの?」
「……京一さんは僕と花火大会、行きたくないんですか?」
「湊の友達がせっかく誘ってくれたんだから、俺が邪魔することはできないよ」
とか言って、そうやってありきたりな言い訳して、やっぱ行きたくないんだ。僕と、花火大会、昨年はあんなに、あんなに刺激的で楽しかったのに。
「ああそうですか。分かりました」
行く、高橋も誘って三人で行こ。って返信した。高橋は真城さんのことが好きだから、きっと誘えば喜ぶと思う。高橋に真城さんと同じ風に花火大会の話を持ちかけた。明日の花火大会、一緒に行かない?って。
「お前と二人で?」
「いや、真城さんと三人で」
「おけ、楽しみにしてる」
真城さんから返信が来た。
「わかった、集合は何時にする?」
「高橋、集合何時にする?」
「17時に駅で良いんじゃん?アリスにも伝えとく」
「ありがと」
初めてだな。お互いの連絡先は知ってんのに、こうやって遊びの予定決めるの。すごい楽しみ。あと少し、勉強も頑張っちゃお!
「ママ、浴衣って何処にある?」
「明日の花火大会?えっとね、昨年クリーニングに出して……」
と衣装部屋の中を二人で探し回った。あったあった、とママが浴衣をその中から見つけ出してくれた。それを僕は自分の部屋の普段着のクローゼットにかけた。楽しみ。
「明日、浴衣着ていくの?」
お風呂上がりの京一さんがノックなしに僕の部屋に入ってきて、浴衣を見てホクホクしている僕の姿を見られた。
「何ですか?今になって行く気になったんですか?」
「いや、そうじゃないけどさ……」
京一さんがそっぽを向いて言葉を濁した。
「何?」
「ううん、何でもない」
と言って、京一さんは僕のベッドなのに自分のベッドのように寝転んだ。最近、京一さんがちゃんと言ってくれない。
「京一さん、まだ寝てなかったんですか」
僕がその後でお風呂に入って、寝る準備を整えて時間がそれなりに経ったのに、京一さんはまだ寝ていなくてスマホを見つめていた。
「うん、湊が来るの待ってた」
何この人、可愛いすぎ♡♡
睡眠薬のせいで眠そうな瞳で僕の方を見つめて手を伸ばす。いつもは寝顔拝むか、夜更かしした京一さんに乗っかられるかなのに。僕はその京一さんに四つん這いになって覆いかぶさって、特段何をする訳でもなく、僕が来て幸せそうに微笑む貴方を見つめていた。
「可愛いですね♡」
「一緒に寝よ」
京一さんが僕の頬に触れる。その手、その髪、その顔、その瞳、その唇、全てが僕の好みだ。
「いつも一緒に寝てるじゃ」「チューしよ?」
「え」
顔を少し引き寄せられて、貴方も顔を少し近づけて、僕達はチューした。貴方の気まぐれな行動にはいつも僕は驚かされている。貴方はチューすると満足気に
「おやすみ」
……って、寝れるか!!!貴方は僕の頭を混乱させて眠りへと落ちた。まだドキドキして落ち着かない僕はその隣りに添い寝して、手を握ったりなんかして、京一さん?本当に寝ちゃったんですか?って、貴方の寝顔へと問いかけた。それだけじゃ、少し悔しかったので、脚を絡めて頬にチューなんてして、でもそれ以上の睡眠妨害は貴方の可愛らしい寝顔を前にしてはできなかった。
朝、ラジオ体操最終日に、初めて寝坊した。京一さんが必死に「湊、起きて!!ラジオ体操の時間だよ!!!」って起こそうとしてくれたのに、僕は動けなくて、今日は本当に無理です……って言って二度寝した。せっかく、お菓子貰えたはずなのに。最悪な朝。
「おはよう、ママ。京一さんは?」
「京くんなら貴方の代わりにラジオ体操行ったわよ」
「え、嘘……」
あんなに早起き苦手な京一さんが、夏の日差しに弱いあの京一さんが、夏休み初めはすごい嫌々ラジオ体操やってた京一さんが、僕の代わりに……好き……。
「帰ってきたらちゃんとお礼言うのよ」
「うん!」
京一さんは帰ってくると早々、僕の方へ駆けてきて、少々興奮気味に、全部貯まったスタンプカードとアイスの無料引き換え券を手に入れたことを報告された。お菓子詰め合わせよりも断然嬉しい。
「湊!これでアイス一緒に交換しに行こ!!」
無理ぃ、超絶可愛い!!!
「京一さん、ありがとうございます♡♡」
僕は嬉しすぎて京一さんにずっと抱きついていた。京一さんからは仄かに暖かいお日様の匂いがした。
二人で朝食を食べ終わってから、僕達はコンビニへとアイスを引き換えに行った。コンビニには子供達がいつもよりもいて、みんなアイスを選んでいた。
「あ、狡い大人だ!」
と一人の子が京一さんに向かって言っていた。
「狡くないよ、スタンプカードみんな埋まってたでしょ?」
「でも一回も来てなかったじゃん!」「見たことないよね?」「ズルだ!」「大人なのにそんなことして恥ずかしくないの?」「アイス交換しちゃダメ!」
京一さんが僕のせいで、精神的攻撃を食らってる。
「いや、それは僕の……」
って言おうとしたら、京一さんがシッて人差し指を口元に当てる。小さな子供達に囲まれて大変そうなのに。
「あははっ、ごめんって!でも俺はわるーい大人だから、みんながすぐにアイスを選ばないと、全部持って帰っちゃうよ??」
「嘘つき!」「そんなのできっこないくせに!!」
「へえ、じゃあやって良いんだ」
買い物カゴを取って、アイスを次から次にその中へと入れていく京一さんを見て、子供達が焦り始めた。
「ダメ〜!」「もう取らないで!!」「アイス泥棒!!」「返して!!」「マナー違反だよ!」
厳密に言うと、このアイスは君らのじゃないし、京一さんはただカゴに入れただけだから泥棒でもない。
「湊くん、あの騒ぎ何?」
その状況を面白がった吉岡さんが笑いながら僕に事情を聞いてきた。僕が説明すると、さらにツボに入ったらしく爆笑している。
「はいはい、選び終わったならレジに並ぼうね」
と京一さんが今度を子供達と手を繋いで誘導している。何でこう、あの人は子供に好かれる体質なんだろう。
「あっ」
「あ、美優ちゃん……」
「(やっば!!)」
隣りで呑気に笑ってた吉岡さんが困惑している。レジの美優ちゃんと京一さんをエンカウントさせてしまったからだ。かと言って、今からレジ交代するのは不自然だし、アイスだけだからちゃちゃっと済ませて欲しい。
「お姉さんも悪の組織の一員なの?」
って子供の一人が美優ちゃんに尋ねる。京一さん、子供にどんな嘘付いてんだ。
「ううん、違うよ。お姉さんはただの」「あ、彼女でしょー?」
ああああああ、地雷踏み抜かれた〜〜っ!!!だから子供ってのは嫌いなんだ。安易に年収とか彼女とかそういうのばっか聞いて、失礼極まりないのに幼いだけで不条理に許されている存在。
「キョウイチローは……」「別れた方が良いよ!!」「アイス泥棒だもん!」「悪の組織にアイス流してんだって!」「超わるーい大人なの!!」
「そんなこと大声で言わないで、本当に、お願い」
京一さんもここまで子供達に振り回されると思ってはなかったのだろう。タジタジだ。
「じゃあ、本当にカノジョ?」「チューしてみてよ!」「好きなところは?」「馴れ初めは?」
「えっ、そんな、いや……」
子供達に質問攻めされて照れてる美優ちゃん、名前しか知らないからこの呼び方になっちゃうけど、もう何か全部嫌だ!!!
「そんなうるさくしてると、このお姉さんがアイス券使えなくしちゃうぞ〜!!」
吉岡さん、いつも思うけどまじでナイス!!!まじで優秀!!!
「「えーーー、嫌だ!!」」
「良い子にしてれば貰えるから、ね?」
吉岡さんがナイスフォローしたと思ったら、
「このブースっ!!」
って一人の男の子が吉岡さんに向かって言った。すぐさま、京一さんがその子の腕を掴んで、怖い顔してコンビニの外へと引っ張り出してる。子供がいくら離せやら痛いやら言っても無視して、ズカズカと歩く京一さん。あれ絶対に怒ってる。
「何であんなこと言った」
「ブスにブスって言って何が悪いんだよ!!アンタも悪の組織とかくだらない嘘ついて、いい大人してバカじゃないの??」
「そうだね、俺は君の言う通り馬鹿だよ。でも、君のように他人を傷付けて不愉快にさせる言葉を使わないように努力している。何故だか分かる?」
「知らねぇよ、そんなん。俺に聞くなバーカ!」
「それはね、他人も君と同じように君を傷付けて不愉快にさせる言葉を平気で君にかけるようになるからだよ」
「は?何処に証拠があんだよ」
「証拠はない、俺の経験則だ。俺は過去に何度も他人を蹴り飛ばして踏み潰して嘲笑ったことがある。だからたった今、この瞬間にも、俺の脳内では罵詈雑言の声が止むことなく響いている」
「あは、頭イッてんじゃねーの?」
「え、ああそうだよ。嘘だと思うんならそれで良い。けど、俺はそんな生き方はオススメしない。毎日ずっと死ねと言われ続けて生きるのは、とても生き地獄だからね」
男の子がコンビニの中に入ってきた。吉岡さんに素直にごめんなさいって言っている。京一さんはその男の子に諭すためにしゃがみ込んだその場所から動いていなかった。
「京一さん、大丈夫ですか?」
「うん、えっと……大丈夫、なの、かな?」
ってはにかむ京一さんの顔は、真夏なのに不自然にも青白くなっていた。罵詈雑言の声がいくつも重なって、訳わかんなくなりながらも脳内で起こっているからその罵声の全てを認識できて、幸せの絶頂でも「俺、生きてて良いのかな?」って、その声の渦に呑まれて不安の波に溺れて涙を溢れさした貴方が悶え苦しみながら過ごした夜を僕は幾度となく知っているから、一緒にいたから、こんなにもこの人の言葉が重く、愛おしく感じてしまう。
「貴方は生きててください、僕が赦しますから」
「ふふっ、幻聴よりも湊の声のが大きく聞こえるね」
そうやって僕の前では、緊張を解いて純粋無垢な子供のように振る舞う貴方のこの姿が、きっと貴方の本質なんだろうと僕は信じているから、貴方は不器用だけど、心優しくて一途で真っ直ぐな人なんだと僕は思っているよ。
「キョウイチロー、サナとアイス食べよ!」
コンビニから一人の女の子が出てきて、京一さんの手を取る。
「うん、食べよ!食べよーね!」
京一さんが目を擦りながら、サナちゃんに手を取られて少しかがみ気味に歩いて、またコンビニへと誘われてる。
「ミナト、キョウイチロー泣かせちゃダメ!」
やば、小さな女の子に注意された。
「え、僕はその……」
「大丈夫、これは嬉し涙だから。泣いても幸せなの」
京一さん……格好良すぎじゃないですか!!!え、幸せって、え!?!?
「そう言ってもらえて、僕も幸せです♡♡」
少しお辞儀をしながら京一さんの耳元近くてそうやって囁いた。それから、京一さんはサナちゃんに連れられてイートインスペースの隣同士の席に座らされていた。
「サナねー、このアイス選んだんだ!キョウイチローにも一口あげる!」
「本当?ありがとう!」
ダメです、京一さんは僕があーんしたものじゃないと食べれないんです。身体的に受け付けないんです。はやくレジ通して、京一さんの隣りを奪いたい。
「ミナトはラジオ体操してたけど、キョウイチローも来てたの?」
「俺は今日一日だけ、湊の代わりに行ってたんだよ」
「やっぱずるーい!サナは休まず行ってたのにぃ」
「ふふっ、そっかサナちゃんは偉いね!だから、このアイスもとびきり美味しいアイスになってるよ」
「ホント!?」
「うん!サナちゃんがズルせずに頑張ったから、神様がご褒美として頑張った子には美味しいのをくれるんだ」
京一さんが夢のある物語を話している横に座って僕は少しムキになってしまって、
「それじゃあ、頑張ってない僕のアイスは美味しくないって言いたげじゃないですか」
と夢をぶち壊した。
「湊も夏休み中、勉強すごい頑張ってたじゃん!湊のもとびきり美味しいはずだよ!」
って京一さんは僕にも気を使ってくれる。何女の子相手に……子どもっぽい。
「京一さん、毒味してみてください」
僕はアイスの蓋を開けて、京一さんにあーんして食べさせた。「美味しいね」と京一さんが僕に向かって微笑んでくれたからもう満足だ。
「サナのも食べて!」
とサナちゃんも僕と同じように京一さんにスプーンを向ける。京一さんはそれもまた僕のときと同じように、パクッてした。
「うんうん、美味しい。ありがとう」
何このイケメン対応!!!僕は子供嫌いだけど、子供好きな京一さんは好き!!
「サナね、将来はキョウイチローのお嫁さんになる!!」
……は?
「え、本当!?嬉しい♡」
はああああ!!???僕と結婚の約束したじゃん!!!僕にプロポーズみたいなこと言ってくれたじゃん!!!
「ダメ、京一郎は僕のお嫁さん」
と貴方の腕を抱きしめた。サナちゃんがそれをみて、京一さんのもう片方の腕を引っ張る。
「サナの!サナの旦那さん!!」
「京一さんには純白のウェディングドレスのが似合います」
「ミナトは男の子だから、キョウイチローとは結婚できないんだよ?」
クッソ、地雷!!!そんなの関係ないじゃん!!!僕は京一さんと結婚したいんだよ!!!
「戸籍上はそうじゃなくても、京一さんは僕の婚約者だから。サナちゃんとは結婚しない」
「こら、湊。そんな意地悪しないの」
何で僕が叱られないといけないんだろう。僕は本当のことを言ったまでなのに。
「何で?サナのこと好きじゃないの??」
とうるうると目を潤して、上目遣いで京一さんに聞いてきている。そんなちっちゃい子が泣いたところで、
「ううん、好きだよ。とーっても好き!」
京一さん!!!本当に貴方はすぐにそうやって、「好き」だの「愛してる」だの言って、他人の心を弄ぶんだ。
「じゃあ、サナと結婚しよ?」
「サナちゃんがもっと大きくなったら考えてあげるね」
考えてあげるね、って好きだ何だと言っても、貴方、結婚する気はさらさらないんだ。真剣に考えてもいないんだから。
「その時には、キョウイチローおじいちゃん?」
「あははっ、そんな老けてないと良いけど!」
貴方が愉快げに笑うその横顔がちょっぴり怖かった。




